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上司の瞳

「え、エキディウスさん?」


「エキディウス」


 突然頭からインカムをすっぽ抜かれたイサは呆然と目を瞬いた。


見上げた先にいるのはインカムを奪い去った張本人、エキディウスだ。


燃える赤髪の青年は、片手にイサのインカムを持ったまま器用に右目でばちんとウインクをして見せる。


「イサ、よく言った。ほんっとイサの言う通りだよ。地雷女が勝手にやってることで、ジャンは全然悪く無えよな。ってことで、ここはおれにまかせてくれて良いぜ。呪いの耐性はそこそこ高いんだ」


 言って、エキディウスがにっと口角を上げた。それから空いている方の手をイサの頭に伸ばし子供にするようにわしゃわしゃ撫でてくる。イサは慌てた。


「ぅわっ……! で、でもエキディウスさん、良いんですか?」


 ショートカットとはいえ、一応朝に鏡の前でセットしてきた髪をぐしゃぐしゃにされながら、イサは念押しでエキディウスに尋ねる。だって自分がやるつもりだったのだ。なのにエキディウスは好きなだけイサの髪をいじると、さっさと二つ後ろの席に行って念話回線の切り替えを始めていた。


「かまわねーよ。ジャンはおれのダチだからな。コイツに寄ってくる変な虫も、おれが払うのが役目ってね。それにイサ、耐性がなけりゃ呪術関連は結構きついからなー? 確かイサは特性持ちじゃなかっただろ? 無耐性だと下手すりゃ一ヶ月とか軽く寝込むことになるぜー?」


 簡単に説明しながらエキディウスは赤い頭の上にインカムを乗せた。魔石マイクを口元に添えながら軽く肩を竦めている。


 彼の一ヶ月寝込む、という言葉にイサはひくりと顔を引き攣らせた。きぎ、と首を動かしジャンの方を見れば、彼も黙って頷き肯定している。


「い、一ヶ月……」


 昔、学生の頃に体育の授業で指を骨折したことがあったが、その時に医者に宣告されたのが確か全治一ヶ月だったことを思い出す。


 それにオウガストに測ってもらったイサの魔力値は『中程度』というごくごく普通の数値しか出なかった。

 おまけに今ほどエキディウスが言ったような特別な耐性持ちというわけでもない。この世界では人によって毒や呪いをはじめ、自然界の四大元素を持つ者もおり、案内人の何人かは耐性持ちだったりする。


(だけど私はある意味丸腰……一ヶ月も寝込んだら、案内所に迷惑がかかるよね)


 ここシュトゥールヴァイセン案内所は国の機関であるからして、医務官も相応に優秀な人間が勤務しているが、それでも解呪に時間がかかるとなれば、最早足手まといでしかないだろう。であれば、エキディウスの言うとおり彼に任せた方が得策な気がした。


 やると言ったからには責任を持ちたいが、逆に迷惑をかけてしまうなら本末転倒だ。


「うう……すみませんムール統括長。自分でやると言っておいて何ですが、後からかけるご迷惑の方が多そうなのでエキディウスさんにおまかせしてよろしいでしょうか……」


 大きな態度に出た癖に結局は身の程不足と思い知り、イサは自分の不甲斐なさを噛み締めながらジャンとエキディウスに向かって頭を下げた。

 するとジャンのため息が聞こえてくる。


「もとより俺の役目だ。エキディウスがやるというのならそれでかまわん。こいつには貸しがあるからな。それは良いが、ビルニッツ」


「……はい」


 言葉最後に名を呼ばれて、イサはぎゅうと身体を縮こませた。


「顔を上げろ」


 ジャンに言われたとおり頭を上げると、真剣な表情のジャンが一歩イサに近づいた。びくりと肩が震え、イサはぐっと右手を握りしめた。出来ないことを安請け合いしたのだ。何か言われても仕方が無いと覚悟を決める。

 それなのに、ジャンはそっと片手を伸ばすと優しくイサの左頬に触れた。


(えっーーー!?)


「……君が」


 まるで指先で輪郭を確かめるような触れ方に、イサは驚きと混乱であんぐりと口を開けて固まった。


「俺を庇おうとしてくれたことは……嬉しかった。感謝する」


 ジャンは溶け出した氷のように柔らかく瞳を細めてそう一言告げると、感触を惜しむようにイサの頬から指先を離した。


 たったそれだけのことなのに、触れた部分からふっと熱が消えた気がして、イサの胸がなぜかきゅうとつまされる。


「ちょうど良い機会だ。今回は人間相手だが、まれに呪詛童子などの魔物が飛ばした術が念話越しに届く場合もある。エキディウスの対応を見て勉強すると良い」


「は、い」


 ジャンの突然の行動に硬直するイサを放置して、ジャンは今の動作がさも無かったかのように、普段通りの口調で指示を投げるとくるりと踵を返してエキディウスの元に歩いていった。


「エキディウス、流石にそろそろ限界だろう。始めろ」


「あ……? あ、ああ! うん、よし! んじゃ、いっちょやるかぁ!」


 なぜか目を白黒させて驚いたような顔をしていたエキディウスは、ジャンに促され念話の保留解除ボタンを慌てて押していた。


 同じくイサも、一瞬ぼうっとしていた自分の頬をぺちりと軽く叩いて、自分の席から植物紙のノートと筆記用具を取り出しジャン達の元に戻る。


 応対を始めたエキディウスは立ったままでインカムに話しかけていた。


 長く待たされ余程怒り心頭なのか、離れていても怒号が漏れ聞こえてくる。


 ジャンは無言でエキディウスの左隣に陣取っていた。何かあったとき、それこそ術が飛んできたときに対処するためだろう。


 彼は無言でイサに自分のすぐ隣の席を示すと、胸元のポケットから月晶石のペンデュラムを取り出し胸の前で印を切り始めた。

 その横顔を見ていると、なぜかイサの胸がどきどきと五月蝿い音を立てた。


(さっきのは、反則だと思う……)


 やたらと心臓が騒いでいるのはきっとエキディウスが心配なせいだ。そのはずだ。けれど頭をよぎるのは、ジャンに優しく触れられた左頬の熱さだけで。


 溶けたような瞳に吸い込まれそうな気がしたことを、イサは内心かぶりを振って打ち払い、目の前の業務に集中した。

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