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僕からの手紙

 数日後。


 僕は記憶を失ったみたいだ。

両親が泣きながら僕を抱きしめてきて、何事かと思ったけど、とりあえず受け入れた。


 なんだか、そうしたい気分だったから。


 さて、僕は記憶がないことに、少し嫌な感じが拭えなかった。

苛立ちなのか、悲しいのか、虚しいのか、なんだか訳のわからない状況だ。


 まあ、でも、どうでもいいけどね。きっと、そのうち慣れるから。


 どうせ、そこまで大した記憶もないだろうからと、僕は記憶のことを放って、新たな環境の準備を始めた。

 スマホもないから、新しく契約しに行ったり、新たな学校への編入試験を受けたりと、色々面倒だったよ。


 さらに、数日後。


 僕は新たな場所で新しい高校に転校した。


 まあ、転校生が珍しいのか、みんな僕に話しかけてきたけど、いつも通り人を観察して終わりって感じだった。


 僕のそっけない対応と、受験の忙しさで、僕への興味が薄れたみたいだ。


 全然いいけどね、むしろありがたい。


 煩わしい人間関係に、興味なんてないし。


 やっと、いつも通りの静かな日常を手に入れた僕は、引っ越してきた時に放置していた荷物を整理する。


 すると、一つの小さなダンボールの中に、手紙と分厚い封筒が入っていた。


 手紙を見ると僕が書いた文字のようだった。


 流石に気になって、中身を読むことにした。


 黒歴史が書いてあったら、即捨てようと心に誓って。



 【未来の過去の僕へ】


 この手紙を読んでいると言うことは、この手紙を見つけてくれたんだね。


 まずは、読んでくれてありがとう。


 この手紙を読む前に、確認したいことがある。

 

 君は、高校1年生から2年生の終わりまでの記憶がないね?


 それも、不思議なことに知識以外の大事な何かが。


 現状、今の君がどう思っているのかは、僕には分からない。


 もしかしたら、心にぽっかりと大きな穴が空いているのかもしれない。

 いや……どうだろう。君はどうでもいいと、放置するかもしれないね。


 でも、どうしてもこの手紙を書いている僕が、今の君に伝えたいから書かせて欲しい。


 君が記憶を無くした原因は、高校三年生に上がる前の僕にある。


 僕は大切な人たちのために、自分の記憶を犠牲にしたんだ。


 驚いたかい? 今の僕には、大切にしたい人たちがたくさんいるんだ。

封筒の中に写真がある……そこにいる人たちが、僕が大切に思ってる人たちだよ。


 たくさんありすぎて驚いただろ?

 それが、高校2年生の僕の、僕たちの大切な思い出の一部だよ。

 

 あと、ごめん。何をして記憶を失ったかは書けない。


 時間がなさすぎて、説明できないんだ。


 ごめん。


 さて、話を切り替えさせてもらうよ。


 実はね、何も興味を持てないつまらない今の僕に、やってほしいことがある。


 これを読んで、動くか動かないかは君に任せる。


 ただ、もし、本当にやりたいことが決まらなかったら、ぜひ参考にしてくれ。


 それは、次の一枚に書いて残しておくよ。


 【君の人生が、少しでも幸福になることを祈ってる。】


「これ、本当に僕が書いたのか?」


 僕らしくない、感情の籠った文章だ。

 

 僕にとっての大切な人ね……にわかには信じられないけど、力強い筆跡と、ところどころ滲んだ箇所がある。


 おそらく涙の跡だけど……。


 続きが気になったので、僕はもう一枚の手紙を見た。


 そこに書いてあったのは手紙に記された通り、記憶を無くす前の僕がやりたかったことリストが書いてあった。


 僕は、一旦手紙を机の上において、手紙に書いてあった封筒に目がいく。


 封筒の中には、大量の写真が入っていた。100枚近くの写真が入っていた。


「これが……僕?」


 今まで自分に興味がなかったけど、封筒に入っていた写真を見て考えを改める。


 その写真に映ってる僕は、間違いなく僕で……。

そこには確かに楽しそうに笑う僕の姿と、誰かも分からない笑顔の人たち。


 制服姿や、僕が着なそうな服、水着、浴衣、執事服……訳が分からない。


 僕はその写真を眺めて見ていると、写真の上に一滴の雫が溢れた。


「あれ……僕は、なんで」


 泣いているのか。


 分からない、分からないけど……確かに、僕にとっては大切な思い出だったのかもしれない。 


 だって、涙を止めることができないから。


 そして、この写真達の中で一際、僕と一緒にツーショットでたくさん映っている彼女は……いったい。


 ふと、小さい段ボールの中身が気になったので、覗いてみる。

 

 そこには、黒い小さな箱が入っていた。さっきは、手紙と封筒に隠れて見えていなかった。


 中身を開けてみると、ネックレスと指輪が入っていた。

こんなアクセサリー、僕は絶対に身につけない……。


「これ……あの女の子からもらったのか?」


 僕は、すぐに二つを取り出して身につけようとして、止まる。

ネックレスはいいけど、指輪は薬指にしか合わない。


 なんだか、今の僕がつけるのは居た堪れない気持ちになるので、ネックレスと一緒に身につけることにした。


「……はは、僕らしくない」 


 アクセサリーをつけた自分を鏡で見て自虐的に笑う。


 青色の綺麗なアクセサリーを触ると、胸がポカポカと温まり不思議な気持ちになった。


 僕は……興味がなかった過去の記憶に、少しだけ興味が湧いてきた。


 一旦片付けを投げ置いて、ベッドに寄りかかる。


 そしてまた、もう一方の手紙を読む。


「過去の僕がやりたかったこと……か」


 やりたかったリストと共に、学園の住所と誰かの住所が記載されている。


 でも……僕にはそこに行く勇気なんてない。会った時に、どう反応していいか分からないから。

おそらく、記憶を無くす前の僕も、今の僕がそこに行かないことを分かってながらも書いたことを、なんとなく察することができる。


 一枚目の手紙に住所のことを書かなかったのは、たぶんそういうこと。 

たぶん、この考えで合ってると思う。

 だって、過去の僕は、今の僕だったんだから。 


 記憶を無くしてから、数日が経過した。

正直、記憶があろうがなかろうが、どうでもよかった。


 この手紙を読んで、写真を見るまでは。

 

 何もかもどうでもいいと思っていた心の中で、少しだけ何かが芽吹いた気がしたんだ。



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