物足りない
〜数年後〜
今年、僕は25歳になる。誕生日を迎えていないから、まだ24歳だけどね。
「アキラ君、次はオムライスを頼むよ。私はコーヒーを淹れるから」
「わかりました、善さん」
「あきらくーん、これ追加の注文お願いね」
「わかりました、良子さん」
ここで働いて、もう4年が経つ。
善さんと、良さんの2人夫婦が経営してる個人経営のお店だ。
料理を作りながら、ここで働くことになった経緯を振り返る。
僕は結局、記憶を無くす前の僕からの手紙の通りに行動した。
記憶を無くした僕がやりたかったこと。
それは、料理人だ。
記憶を無くす前の僕は、とある人にふわふわのオムライスを作ってあげられなかったことを後悔してたみたいだ。だから料理人って、安直な気がした。
でも、新天地調理のアルバイトを始めた時、確かに楽しいなと思えた。
色々と厳しい世界ではあるけれど、働いている時は大変なのに、すごく充実した気分になったんだ。
僕の高校三年生は、調理バイトに時間を費やす日々だった。
昔の自分に気付かされたみたいで少し癪だけど、何も行動しない自分よりは、今の自分の方が好きだった。
休みの日は友達がいないのでバイトの日々。バイト先の人たちは結構年上の方ばかりで友達というより先輩や上司に近かった。
年齢が上の人ばかりだからなのか、調理場は活気に溢れている……怒号の嵐の日々が多い。
料理長が、副料理長や部下の人たちを叱咤しているんだ。もちろん、叱っているだけじゃなくて、指導も兼ねてだけどね。びっくりするから、あんまりやらないで欲しいけどさ。
それが嫌な時もあるけど、僕には影響がない。一時期アルバイトの若い子達にも同じことをしていたようで、あまりにも調理のアルバイトが続かないので、僕を叱責する人がいない。でも、しっかりと指導はしてくれるので感謝している。
時給もかなりよかったので続けていた。年収の都合上、時間制限があったんだけど、それでもギリギリまで働いていた。
みんなは、僕が高校生ということを忘れるらしい。仕事が丁寧で覚えも良くて生意気じゃないからだって。
うちの娘は、息子はっていう話で盛り上がってる。残念ながら僕は入れないけどね。
そんなこんなで、元々は大学に行く予定だったけど、先生達の勧める進路を蹴ってまで、僕は料理の道に走って行った。
専門学校は、父さんから教えてもらった。知り合いが通っていた学校で、なかなか良いところらしいと教えてもらった。そこそこ近かったし、本当に良さそうな場所だったので、そこに決めた。
専門学校に行って、料理のことを学んだ。ひたすら、目の前の授業と料理とバイトに時間を費やした。
料理関連の座学、料理の授業、研修、バイトを繰り返す。料理技術コンクールに参加しないかと言われたけど断った。
そういうのは、なんだか興味がなかったから。
目立ちたくないという呪いにかかっているのかもしれないな。
記憶を無くす前の僕は、かなり目立ってそうだったけど。
髪の毛も切ってあったし、メガネもコンタクトに変えてたっぽいから。
髪はまた元に戻したよ、落ち着かなかったからさ。
そんなこんなあって、僕は調理学校を卒業した。
就職先は迷っていた。何社か面接して、すべて合格することができた。
成績かなりよかったし研修も色々なところに行ったから、勉強熱心で扱いやすそうだと思われたんだろうね。
目の奥からどう料理してやろうかって眼差しを感じに感じまくったから。
給料もそこそこよかったけどね。なんか、気が進まなかった。
専門学校の先生も正直で、メンタルが弱いと続かないぞと教えてくれた。
つまり……そういうことだろうね。
正直、かなり迷っていた。
僕は元々、過去の自分がやりたかったことを叶えるために直走ってきた。
でも、いざ選択肢が増えると、どうして良いか分からない。
だって、この先を決めるのは、今の僕自身だから。
やりたいこともなく、ただ言われた通りに動くだけの僕。
だからこそ、気が重かった。
周りからは贅沢だなんだと言われた。そんなに内定先があるのに、まだ迷うのかって。
決まらないものは仕方がないだろ……。周りがとやかく言ってきたけど、無視した。
同い年くらいのやつらって、なんでこんなに面倒なんだって思ってたよ。
悩みに悩んでいるそんな時、先生にまた声をかけられた。
「アキラ、ここなんかどうだ?」
唯一、僕の名前を呼んでくるのは臨時教師の村雨さん。
なにかと僕に気遣ってくれる優しい先生だ。
たしか、自分の店を持ってて、ここ最近2号店もだしたみたい。
薪窯ピザとパスタのイタリアンのお店のオーナー兼料理長もしてるみたい。
先生からもらった紙を受け取る。
「ここは?」
「ああ、老夫婦が個人経営してる店なんだけどな。そろそろ体力的に厳しいそうでな。ほら、死の花病が急に治ってから、発症する人もいなくなったろ?」
「ああ、たしかにそんなこともありましたね」
僕はあまりそういうことに関心がないから忘れてたよ。
「そこの店、花畑の一角にある店らしいんだけどな。死の花病が流行る前までは、結構繁盛してる店だったんだけど、死の花病のせいで客足が一気に減ったらしくてな。アルバイト達も離れて行って、2人で経営してたんだ。常連さんのおかげで、店は守れたそうなんだけどよ。また、客足が戻ってきて大変らしくよ」
「なるほど」
「ここから離れてるから引っ越し必須だし、乗り物がないと遠いし、給料は安いんだが……店主の人柄、賄いは3食ついてきて、食材は使いたい放題だし、働き易さは保証するぜ? あと、自分のメニューも考案しやすい。なんか、こう色々できるんだよ。今は使ってないみたいだが、ピザ窯もあるらしいぜ」
「詳しいんですね」
「まあ、元師匠だからな、俺の」
へえ、先生の師匠か。先生は良い人だから、その人の師匠なら信用しても良いかもと思える。
「なるほど……面接したいですけど、いいですか?」
「ああ、もちろんだ。俺も推薦状を出しておこう。」
「ありがとうございます」
「おう」
そのあと、僕は面接に合格して、そこに就職することにした。
面接してる時のゼンさんとヨシコさんの表情がとても温かくて、僕は惹かれるものを感じたんだ。
先生が教えてくれた場所に就職することを伝えると、先生は良い笑顔で祝福の言葉をくれた。
卒業式の時も、わざわざ僕に会いにきてくれた。臨時の先生だから、こういう場所には来ないはずなんだどね。
「アキラ、元気でやるんだぞ」
「先生もお元気で。長期休みには、必ず先生の料理食べに行きます」
「おう、待ってるぞ。それとよ、アキラ」
「はい?」
「店に来たら、俺のことは店長って呼んで良いんだぜ?」
「……はぁ?」
「はは、なんてな。じゃあ、達者でなアキラ」
なぜか頭を撫でられる。
……もう、21歳になるのに、不思議と心地のいい気分になったのを今でも覚えてる。
「はい、お世話になりました……その、店長」
僕が店長と言うと、先生はすごくいい笑顔で返事をした。
「おうよ!」
こうして、僕は先生が推薦してくれた個人経営店、洋食笑顔にお世話になることになった。
働き始めた当初はかなり忙しくて大変だった。
覚えることも多いし、出勤時間も長いし、慣れない一人暮らしで、正直テンパってた。
一時期は、洋食屋なのにピザまでやるのかと、心の中で文句を言っていたけどね……。
まあ、1ヶ月も経てば不思議と人間慣れるもので、それくらいもすれば一人暮らしも仕事も楽しめるようになった。
仕事を楽しんで働けてるのは、この店の常連さんやゼンさんヨシコさんの人柄のおかげだろう。
先生から勧められた店だったけど、本当にいい職場だと思う。
僕が入ってから一年後。
ようやく学生、主婦さんのアルバイトが充実してきたことで、お店がうまく回り始めてきた。
それに、死の花病?が発症しなくなったことで、お客さんも増えてきた。
このお店の前には、就職する前に先生も言っていた花畑が広がっている。
目の前の花畑は春夏秋冬で色々な花を咲かせるんだけど、中でも僕が好きなのは夏の景色。
働いている時に見える向日葵畑と後ろに見える風車の景色が、疲れた心を癒してくれるんだ。
仕事が終われば、僕はバイクで一人暮らしの家に帰る。
実家からここまで通えないことはないけど、一人暮らしの方が色々と楽だったので家を借りた。
父さんの知り合いの会社の伝手もあって、結構いい部屋を安めに借りることができたしね。
割と今の生活は気に入ってる。
……でも、なんか物足りないなって思う時もあるんだ。
作り慣れた半熟のオムライスを自分のために作って食べる時によく思う。
何が原因かは分かってる。
やりたかったことリストの中に書いてあることが原因だって。
「ヒマリに半熟オムライスを食べてもらう、か」
半人前だけど料理人にもなれたし、一応過去の僕がやりたかったことの一つは叶えることができたわけだけど。
自分で作ったオムライスを食べ終えて、食器を洗う時にまたふと過ぎる。
やっぱりなんか物足りないやってね。




