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捕食者と被捕食者


 放映会場に充満する歓声を割って、実況役の声が響く。


「おおっと!どうやら《ハイカイ・メキシキーセ》が“怪人”と接敵したようですが、その攻撃にたまらず“怪人”は逃走!《ハイカイ・メキシキーセ》は後を追います‼︎」


 会場に設置された6台の大型クリスタルモニターの全ての画面には、《ハイカイ・メキシキーセ》のメンバーの視点が映し出されている。

 しばらく前までは大空間に設置された「隠者の眼」からの映像も映っていたが、冒険者たちが皆ダンジョンの奥へと向かう通路に姿を消してからは、冒険者の主観視点に切り替わっていた。


「大会決着の方法が変更された事によって、冒険者たちはリタイアを表明した《スプーキィ・ファントム》以外の残った全てのチームが、“怪人”を追ってさらにダンジョンの奥へと向かいます!……しかし、やはり煙のせいで視界が悪いですね」


 冒険者の主観視点は、戦闘中などは特にそうなのだが、冒険者自身の動きによって映像がぶれてしまったり、ピントが合わない事も多い。

 そこへさらに通路に充満する黒煙がかかって、何が起きているのかはっきりと認識するのが難しい状況になっていた。


 しかし、それにも関わらず観客はその熱狂ぶりを表す大きな歓声を上げ続けている。

 その理由はこの会場に居る者の全てが、大会の決着の瞬間が間近だという事を理解しているからであろうと思われた。


「冒険者たちが通っている通路の先には、大会運営が設定した最終目標地点である“首の無い女神像”が有る空間が待っています。おっと!タイミング良く画面の一つがそちらの映像に切り替わりました。……やはり、煙が充満していますね。しかし、どうやらその勢いは収まり始めているようです。空間内の様子を視認する事は、何とかできそうな状態です!」


 映し出された映像にはやはり黒煙による黒いモヤがかかってはいるが、少なくとも“首の無い女神像”の姿を確認できるくらいの視界にはなっていた。

 そしてその誰も居ない空間を映し出したもの、それ以外のクリスタルモニターの画面には、“怪人”を追うそれぞれの冒険者チームの主観視点が映し出されている。


「先ほどの様子を見る限りでは、《ハイカイ・メキシキーセ》は“怪人”に見事手傷を負わせたようでしたが……ビクターさん、彼らは何やら不思議な武器を使っていますね。火花と大きな音が特徴と言えそうな武器ですが、あれは一体何なんでしょう?まさかとは思うのですが、音で攻撃しているのでしょうか?」


 実況役は解説役のビクターに話を振る。


「……お恥ずかしながら、私にも分かりません。何やら棒というか、筒のように見える形状ですが……確かに何とも奇妙な武器ですね。魔導具、では無いように思いますが……」


 ビクターは言いにくそうな様子で、顔をしかめたまま答える。


「ただ、使用している様子を見る限りはクロスボウと同じように運用する、遠距離からの攻撃を目的に設計された武器である事は間違い無いと思われます……おそらくは何かを発射しているのではないかと……」


 言葉こそ解説者然とはしているが、それは何とも歯切れの悪い、見る者が見れば分かるだろうと言われてしまうような解説であると言えた。






「“銃”よ。まあ、知らないのも無理は無いわね」


 “お嬢様”はクリスタルモニターの画面を見たまま、得意げな顔でそう言った。


はるか東方の地でごくわずかな数しか製造されていない、その製造法に関しては門外不出の“兵器”ですもの。かの“渡り人”がもたらしたとされる異界の叡智えいちの結晶とうたわれる、ね。だけどそんな御大層ごたいそうな宣伝文句にしては、随分としょぼくれた殺傷能力だと思わない?あの“怪人”も、おそらく命中したのに走って逃げちゃったわ」


 レエモンはその言葉に釣られて“お嬢様”を見る。レエモンの顔を、嫌な汗が伝って流れて行く。


「なあに?その顔。私が“銃”について知ってるのがそんなに不思議なの?うふふ……ヴァルスラッグ一族が持つ情報網を、舐めてもらっちゃ困るわね。それに融資先の与信情報その他を正確に調査できないようじゃ、銀行業なんてやってられないわ。ヴァルスラッグ家(本家)が抱えてる“調査部”は、国家が転覆してしまうような極秘情報でさえ、それこそ数えきれないくらい握っているのよ」


 レエモンの視線に気付いたのだろう。“お嬢様”はレエモンの方を向くと微笑ほほえみを浮かべてそう言った。


 貴族は社交の能力を磨くために鏡の前で笑顔を作る訓練をすると、どこかで聞いた覚えがあるレエモンだったが、確かに“お嬢様”の笑顔は、庶民の小娘たちが浮かべるそれとは完全に違っていた。笑顔がまとう気品がまるで違う。

 しかし今の“お嬢様”の笑顔からは例の「肉食獣を思わせるような雰囲気」が、その顔にまとっている完璧と言って良いほどの気品さえも透過して、あらわにもはしたなく、にじむように漏れ出しているのだった。

 その笑顔のまま、“お嬢様”は言葉を続ける。


「そうそう、そう言えば最近はこんな事も新しく知ったわ。何でもこの国の王都には、数ヶ国にまたがってコソコソと秘密()に、密猟者とその活動を取りまとめている組織の拠点が存在するらしいわね。“密猟組合”なんていう、そのまんまの名付けの、ね」


 “お嬢様”はまるで世間話でもするかのような調子でさらりと言った。


 レエモンの目が無意識に大きく見開かれる。心臓が大きく跳ねる。

 彼の体の奥の、胃だけではなく臓腑ぞうふのひとかたまりが、まるで「きゅう」と音を立てるかのようにして縮んでいく。


「あはははは。良い!良いわ!その表情‼︎ 男前なお顔がもっと素敵になったわよ、レエモン。……御免なさいね、だってシカロの紹介なんだもの。どう考えたって怪し過ぎるから、あなたについては特に念入りに調べさせたのよ」


 “お嬢様”はからからと笑う。とても楽しそうだ。


 彼女は初めから知っていた⁉︎ そう、レエモンが何者なのかを、実際にこうして会う前から、彼女は既に知っていた。

 知っていながらレエモンに城の門をくぐる許可を与え、会見し、夕食に招待し、そのままの流れでこうして大会の観戦に付き合わせていたのだ。


 全ては“お嬢様”の望むままに。


 レエモンは見事に、彼女の掌の上で何も知らないままに踊らされていたのである。


 レエモンの脳裏に、自身の掌に乗った、あのヴァルスラッグ虹貨こうかの輝きが甦る。

 あの七色に怪しく光る輝きが。


 レエモンの体が震え始めた。抑えきれない恐怖に突き動かされて、どうする事もできずに震え始めた。


「それにしても“特殊狩猟組合”だなんて……安直だし陳腐だわ。隠すんだったら、もう少しひねった名付けにした方が良いんじゃないかしら?その方が、あなたのそのミステリアスな雰囲気がさらに活きて来るんじゃないかと、私は思うのだけど」


 恐怖で身じろぎさえできないレエモンを嘲笑あざわらうかのように、“お嬢様”は微笑ほほえんだまま顎に指を当てて、全く持ってどうでも良いような事を話している。

 いかにも普段通りといった彼女の様子なのだが、レエモンにはその姿がまるで怪物か悪魔のそれであるかのように感じられた。



 ダメだ。何が上手く取り入れば後ろ盾になってくれるかも知れない、だ。


 こんな化け物、自分なんぞにコントロールできるわけがない。



 “お嬢様”が“命のきらめき”についての即興劇を見せた時、レエモンは彼女を理解できたような気がしていた。しかし、ここへ来てそんな幻想は跡形もなく吹き飛んでしまった。


(これが……これがヴァルスラッグの一族か……これがヴァルスラッグの恐ろしさなのか…………いや!違う!そうではない!)


 レエモンは震える体を強張こわばらせたまま理解する。

 今回の“お嬢様”との会見を取り持ってくれた奴隷商シカロが恐れていたのは、ヴァルスラッグ一族が持つその強大な力だとレエモンは思い込んでいた。

 しかし違う、そうではない。


 シカロが本当に恐れていたのは、この、人によっては小娘とも言ってしまえるような年齢の“お嬢様”、彼女本人だったのだ。


 そう、今自分が“お嬢様”に恐怖を感じているのは彼女がヴァルスラッグ一族の人間だから、その力が後ろに控えているからではない。



 彼女自身が怪物なのだ。



 彼女は、いや、正確に言うのであれば彼女が持つ“魂”の本質は、生態系と食物連鎖の頂点に君臨する「捕食者」そのものなのだ。


 その恐ろしさの底が、レエモンにはまるで見えて来ない。


 肉体的な能力なら、レエモンと“お嬢様”は比べるまでもない。物理的な話をするのであれば体格と筋力の優位性で、レエモンは簡単に彼女を組み敷く事ができるだろう。


 しかしそんな事は現実には不可能だし、無意味ナンセンスな考えだ。

 かえるが蛇を丸呑みにはできないように、人がドラゴンをほふる事ができないように、被捕食者が捕食者を凌駕りょうがする事など、できるはずが無いのだ。


 被捕食者にできるのは、ただただ捕食者を“おそれる”事だけである。



 ふと湧き上がった疑問を飲み込む事ができずに、レエモンは“お嬢様”に質問する。


「私が何者かをご存知で……怪しい人間だとご承知の上で、“お嬢様”は何故()えて、私にお会いになったのですか?」


 それを聞いた“お嬢様”はキョトンとした顔になる。意外な質問だったらしい。

 しかしすぐに、彼女は何でも無いかのような口調で答える。


「何故って…………そんなの、退屈(しの)ぎに決まってるじゃない」


 “お嬢様”の答えを、レエモンは即座に理解する事ができなかった。

 ポカンと口を開けた彼に向かって、彼女は続ける。


「どんな贅沢をしたところで貴族の生活なんて、それが当たり前になってしまえば退屈で窮屈で面倒で、ただただ虚しいだけのものよ。物質的に豊かだからって、それが“よろこび”に直結するわけじゃないわ。あなたに理解できるかどうか分からないけど……」


 “お嬢様”の翡翠ひすい色の瞳は、静かに燃えるような光をたたえたまま、レエモンを真っ直ぐに射抜いている。


「私は恋のさや当てだとか、不倫に溺れるとか愛人を囲うだとか、身のまわりの物を周囲に見せびらかして気持ち良くなるだとか、そんな事を楽しいと本気で思い込めるような頭の弱さには、残念ながら恵まれなかったようなのよ。これは一種の悲劇よね」


 彼女の言葉がやはり「伊達」や「虚勢」や「傲慢」から来るものでない事は、その口調や態度から見て取れる。

 彼女は至って真剣に、自身が思うところを述べているのだ。


「お父様みたいに、“虚無”に呑み込まれて自分の世界に閉じこもってしまうなんてのもごめんだわ。……そう!燃やし尽くしたいの!私は。この命を!……それはこの家に生まれた私の責務であり、使命であり、そして宿命であるに違い無いのよ!」


 そう言い切る“お嬢様”の姿は、自分の言葉に酔っているようでもあるし、その言葉を自分に言い聞かせているようでもあった。


「……私にとってはあなたが何者かなんて、そんなのはどうでも良い事なのよ。あなたは素敵だわ。その男前なお顔も、持ち込んだ品物も、あの“怪人”を知っているというそのえにしも。分かるでしょう?私、あなたを気に入ってしまったのよ」


 数多あまたの商人が彼女のお気に入りになりたいと心の底から願うのは間違い無い事だろう。

 しかし今のレエモンは、彼女に気に入られた事を嬉しいなどとは全く持って思えなくなっていた。


 レエモンは“お嬢様”の突き刺すような視線を、必死の思いで耐えている。

 体の震えは一向に収まる気配が無い。


「末長く“友人”として、お付き合いしていきましょうね、レエモン。私がこの命を燃やし尽くす、その一大事業に、あなたにもしっかりと協力してもらいますからね……うふふ……」


 目を細めて“お嬢様”が笑う。


(化け物め!)


 縮こまった臓腑ぞうふの中をゾクリとした感覚がはしり抜けるのを感じながら、レエモンはそう心の中で呟いた。


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