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不可視の一撃


 待ち伏せは見事に成功した。


 ヒャクリキが通路の窪みに身を隠して息をひそめていると、黒煙が充満する通路の空間の中、ヒャクリキの目の前を、三人の冒険者が通り過ぎて行った。


 冒険者たちは周囲を警戒しながらゆっくりと進んでいた。

 通路の天井には明かりをともす水晶が点々と続いているが、その光はほとんどが黒煙にさえぎられ、視界はとても良好とは言いがたい。

 ヒャクリキの居る場所を通過した冒険者たちは前方にしか注意を払っていない。

 彼らの背中はガラ空きになっていた。


 ヒャクリキは窪みから飛び出すと素早く駆け寄って、三人のうちの一人の後頭部をウォーハンマーで殴りつけた。

 殴られた冒険者が被っていたケトルハットの板金越しに、頭蓋骨を陥没させ、その中身をぐちゃりとつぶした手応えがヒャクリキの手に伝わって来る。


 鈍い打撃音と冒険者が倒れた音で異変に気付いた残りの二人が、ヒャクリキの方へ振り向いた。


 遅い。そんな反応ではまるで遅い。遅過ぎる。


 哀れな二人は、おそらく何が起きたのかを認識する暇さえ無かっただろう。

 続け様にヒャクリキが振るったウォーハンマーに、一人はこめかみのあたりから前頭部にかけて、もう一人は顔面を無惨にも破壊され、おそらくはそのどちらともが、一撃で即死した。


 呆気あっけないほど簡単に待ち伏せが成功したその場所から、ヒャクリキはすぐさま離れて移動し始める。

 死体を片付けるような暇は無い。だから待ち伏せを続けるのであれば、その場所ポイントを変える必要が有った。


 するとそれほど距離が離れないうちに、後方から別の冒険者たちの声が聞こえて来る。


「@¥マ%=#‼︎ *@+$テ#/#ア△‼︎」

「∵@&ゆ#‼︎ *〆⊿#ケ#〜¥疾$@%*△‼︎‼︎」


 先ほどの待ち伏せで仕留めた哀れな犠牲者の死体を発見したのだろう。何やら大声で話しているのは分かるが、ヒャクリキには彼らが話している言葉が聞き取れなかった。どうやら異国の言葉で話しているらしい。


(やはりチームごとに別れてバラバラに追って来ているな……。このまま待ち伏せと移動を繰り返しながら、あの“首の無い女神像”が有った場所に向かうか。ある程度向こうの数を減らせたら、そこで反転してダンジョンの入り口に向かうとしよう)


 ヒャクリキは頭の中にあるダンジョン内の地図と照らし合わせながら作戦を考える。

 “首の無い女神像”があった場所にそびえる崖。苦労してヒャクリキが登ったあの断崖絶壁の下で燃えていた炎は、どうやら既に鎮火したのではないかと思われた。

 それは通路に充満していた黒煙が少しずつ薄くなり始めている事から予測できる。黒煙はとっくに膨れ上がるのを止めており、そのむくむくとした動きが見られなくなっていた。


「@痴@⌘#*ぺ$#△‼︎‼︎」


 また聞き取れない声が聞こえて来た。先ほどよりも近い。

 その声の調子に引っ掛かるものを感じたヒャクリキは、声のした方に目を向ける。

 すると視界の中に、見慣れない風体の冒険者が片膝を着いて何かを構える姿が、黒煙が途切れる隙間から見えた。

 どうやら待ち伏せを仕掛ける前に見つかってしまったらしい。ヒャクリキは心の中で小さく舌打ちをするが、すぐに冒険者の奇妙な動きに気が付いて、眉をひそめる。


(??)


 その冒険者は、まるでクロスボウを構えるかのようにして、手にした何かをヒャクリキに向けているようだ。

 それが何かはヒャクリキには判別できない。クロスボウにしては、バネ板らしき部品が見当たらない。代わりに先端に火が燃える短く細い縄のようなものが取り付けられ、その火が小さく赤く光っている。


 あれが何かは分からないが、離れた場所で構えるのだから、おそらくは飛び道具だろう。念のため射線から体を外しておくか、そうヒャクリキが思った瞬間だった。

 冒険者が手にした何かが火花のように光ったかと思うと、同時に破裂音のような大きな音が通路に響き渡った。


「‼︎‼︎‼︎」


 何が起きたというのか⁉︎

 その瞬間、ヒャクリキは腹部にまるで焼け火箸ひばしを突き入れられたかのような熱と痛みを感じる。


 痛みに顔を歪めながら、思わず熱を感じた部分を見たヒャクリキは驚く。

 ブリガンダインの表面に穴が開いている。硬い革は裏地の板金ごと貫かれたようだった。

 いや、ブリガンダインの下に着込んだチェインメイルすらも貫いて、どうやら“何か”がヒャクリキの腹の中にまで深々と突き刺さっているらしい。


(な、何だあの武器は⁉︎ やはりクロスボウではなかった事くらいは分かるが……)


 あれが遠距離攻撃用の武器である事は間違い無い。ヒャクリキは冒険者が居たそれなりに距離が離れたあの場所から射撃されたのだろう。しかし何が飛んで来たのか、ヒャクリキの腹に突き刺さった物は一体何なのか?それが皆目かいもく分からない。


 相手が使っているのがクロスボウだった場合、さすがに飛んで来るボルトをつかんだりするような真似こそできないが、ヒャクリキの動体視力なら少なくともボルトが飛んで来る軌跡を視認するくらいはできる。開いている距離次第では飛んで来るボルトを反射神経だけでかわす自信すら有った。


 しかしあの奇妙な武器から撃ち出された物が何なのか?ヒャクリキの目にはそれが全く見えなかった。


 敵はその場から動く事なく、何やらゴソゴソと手元を忙しく動かしている。

 おそらくクロスボウと同様に、再度射撃するための準備をしているのだろう。


 理解不能な、未知の攻撃に対して、ヒャクリキの“勘”がけたたましく警戒音を鳴らし始める。


(クソッ、マズったぜ……)


 とりあえずこの場所を離れようとしたヒャクリキだが、膝から力が抜けそうになる両足は、先ほどまで普通に動いていたのがまるで嘘のように重い。

 二、三歩ほど動かした足がよろけて上体が大きく傾く。ヒャクリキは反射的に通路の壁に手を突いて、倒れそうになる上体を支えた。

 味わった事の無い苦痛がヒャクリキを襲って来る。ヒャクリキの歪む顔に、脂汗がじわりと噴き出し始める。


(次の射撃までに何とか近付いてウォーハンマーの一撃を加えるか?……いや、ダメだ!)

 

 敵の仲間だろうか、ヒャクリキの視界の中でさらに三人ほどが加勢するように姿を現した。先の一人に追い付いたのであろう三人は、それぞれがそのまま片膝を着いてあの奇妙な武器を構え、射撃姿勢に入る。


「くっ!……そったれがッ‼︎」


 ヒャクリキは無理矢理両足に力を込める。力を込めた途端とたん、腹部にうずくような熱と痛みが拡がり、さらに大きくなってヒャクリキを襲って来る。


「うぐっっ……」


  しかしヒャクリキは痛みを無視して駆け出した。両足を交互に前後させるたび、痛みの重さが臓物ぞうもつにのしかかって来るような感覚に襲われる。


 ヒャクリキの背中から、あの破裂音がほとんど同時に三発続けて聞こえた。


 ヒャクリキの肩を、あの武器から撃ち出された“何か”がかすめる。

 同時に通路の壁を“何か”が跳ねたような音が響く。


 しかし幸いにもあの“何か”は、今度は一発もヒャクリキの体には当たらなかった。

 痛みを抱えたまま、ヒャクリキは必死で足を動かし続ける。


 やはり飛んでいる“何か”を、目でとらえる事ができない。

 こうなると、ヒャクリキはとにかく逃げるより他に手が無かった。


 ブリガンダインとチェインメイル、さらには鎧下の戦闘服までも貫通して来る見えない“何か”。

 盾が有ればまた違ったかもしれないが、今のヒャクリキには敵の攻撃、あの飛んで来る“何か”を防ぐ有効な手段が無い。


 待ち伏せにおあつらえ向きかと思って身を潜めた通路という場所は、今やヒャクリキにとって一方的に敵の射撃を浴びせられる危険地帯へと、その性格を一変させていた。


(ダメだ……通路で戦っては、一方的に遠距離から攻撃されるだけだ。止むを得ん、あの崖が有る場所、“首の無い女神像”が有る場所まで、とりあえず一旦退()くとしよう……)


 痛みのせいで乱れ始めた呼吸に息苦しさを感じながら、ヒャクリキは目的地へと向かって通路を駆けていくのだった。


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