チャンピオンの責務
「はぁぁぁぁぁ⁉︎ 逃げた⁉︎ 逃げやがった‼︎ あの野郎‼︎ ンでだよ!どう考えても戦う流れだったじゃねぇか‼︎ チクショウ!戻ってきやがれ!この卑怯者‼︎ メケ鶏野郎‼︎ 斬らせろ!斬らせろよ‼︎ んがあぁぁぁぁぁ‼︎‼︎」
ヨーカーが地団駄を踏んで、獲物を逃した悔しさを全身で表現している。
そんな彼の傍で、コーネリアは運営委員会が決定した決着方法について考え込んでいた。
(……運営委員には市長であるチェイミー卿も参加しているから、完全な無理筋ってワケじゃないけど、それにしたって法の手続きを完全に無視するやり方よね、“生死を問わない”だなんて……もしかすると、“怪人”の存在による街のイメージダウンを恐れているのかしら?)
この王国内で“ダンジョンコンクエスト”が隆盛の兆しを見せ始めてから、以前は減少する一方だったドラセルオードの人口はやや増加する流れに転じ、ここ一年ほどは少しずつ人口が回復していると、コーネリアはどこかで小耳に挟んだ記憶が有る。
《ドラセルオード・チャンピオンシップ》が年々規模を拡大している背景には、このイベントを通じてさらに人をこの街に呼び込みたいという、行政の思惑が少なからず影響しているのは間違い無い。
(いえ……むしろ、こうも考えられる……)
考えようによっては大会運営側は、“怪人”と噂される不気味な存在が現実に存在すると知った時、イメージダウンを恐れたわけでは無いのかも知れなかった。
むしろ逆に、噂の“怪人”を見事に制圧したチーム、という「英雄」を作り出すチャンスだと捉えた可能性も有る。
そう、かつて伝説となった《ドラゴン・ベイン》のような「英雄」を。
もしそういった「英雄」が生まれる事になれば、“ダンジョンコンクエスト”の、そして《ドラセルオード・チャンピオンシップ》の人気はさらに高まっていくに違い無い。
大会運営はそのように考えているのではないだろうか?
だとするなら、コーネリアたち《エンシェント・ディバウアーズ》は何としてでもその「英雄」にならなければいけなかった。
そう、ポッと出の新チームに脅かされるなど有り得ないような、確固たる存在にならなければいけない。
「みんな、何ボケっと突っ立ってんだよ?俺らも早く追いかけようぜ!他のチームに先を越されちまうぞ!あのマンブ野郎を斬れなくなったらどーすんだよ⁉︎」
焦りを隠せない様子でヨーカーが言う。
“怪人”がダンジョンの奥へと続く通路の入り口へと消えて行ってから、《アドベント・マーシナリィ》の三名、《ハイカイ・メキシキーセ》の四名が、“怪人”を追うように、続けて通路へと飛び込んで行った。
どちらのチームも、いや、先へ進んだ彼らだけでなくここに残っているどのチームも、《フーリガンズ・ストライク》を除いた全てのチームが、角鬼の“大攻勢”によって頭数を減らしている。
《エンシェント・ディバウアーズ》は二名の犠牲者を出したが、他と比べるとそれはかなり少ない方で、《スプーキィ・ファントム》などは七名でスタートしたのに二名しか残っていない。その二名も満身創痍といった有り様だ。
「完全な早いもん勝ちの状況じゃねえか!こんなとこでグダグダやっててもしょうがねえだろ⁉︎ 早く追いかけようぜ!」
コーネリアがあたりを見回すと、《ヴァーミリオン・ヘル・ナイン》の四名と、《ドラセル・パンツァーズ》の三名、そして《フーリガンズ・ストライク》の面々は、それぞれのチームで固まって何やら相談していた。
(……さすがの面子ね。ここまで生き残ってるだけの事はあるわ。慎重になるべきだと判断できてる。そう、今は考え無しに軽率に動いて良い状況じゃ無い……)
「なあ、コーネリア!早く!早く行こうぜ!なあ!なあって!コーネリア!なあってばよ‼︎」
「うるさい‼︎ 考えてるんだから、ちょっと静かにしてて!」
コーネリアは思わず大きな声を出す。
いきなり怒鳴られた事で、バタバタと落ち着きの無いヨーカーはピタリと動きを止め、少しだけ萎んで大人しくなった。
そんなヨーカーを尻目にコーネリアは顎に手を当てて、引き続き思考を整理していく。
(あの決着方法を提示された事で、それぞれのチームは再び“協調”ではなく“競争”する状態へと戻った。あの“怪人”は強いわ。“捕縛”するにせよ、“制圧”するにせよ、頭数が少なくなってるチームは明らかに不利。そうなると……)
コーネリアは相談を続けている《フーリガンズ・ストライク》の面々を無意識のうちに見つめていた。スピードを信条とする彼らにしては珍しくのんびりしているように思えるが、あの“怪人”相手では慎重にならざるを得ないのも理解できる。
何より“怪人”を“捕縛”、もしくは“制圧”するには他のチームを出し抜かなければならない。おそらくそれはどのチームにとっても、そう簡単な事ではないだろう。
ふと気付けば、視界の端で《スプーキィ・ファントム》の一人がチーム旗を取り出すのが見えた。彼らはそれを高々と掲げた後、その場に座りこむ。
(まあ、そうでしょうね。たった二人じゃあ……ここでリタイアするしかないわよね)
《スプーキィ・ファントム》が取った行動は、大会からリタイアする意志を表明するジェスチャーだ。こうする事によって運営から救助が向かい、リタイアした場所が到達地点として公式に記録される。
彼らはどうやら、今大会のチャンピオンの座を諦めたようだった。
可哀想に、生き残りが二人だけではチームの再建もままならないだろう。おそらく《スプーキィ・ファントム》というチームはこのまま解散、消滅すると思われる。
しかし二人のうちの一人、コーネリアもよく見知った顔のチームリーダーは、その全身からくたびれ果てたような雰囲気を漂わせながらも、どこか安堵しているかのような表情をその顔に浮かべていた。
それを見たコーネリアは少し複雑な気持ちになる。あのチームリーダーの心情が、少し理解できるような気がするからだ。
“大攻勢”というとんでもない災厄を辛くも生き延びて、その結果誰がどう見てもリタイアせざるを得ない状況、戦い続ける事を諦めるしか無い状況に追い込まれる。
それはある意味、不運の中で非常な幸運に恵まれたと言えるのかも知れなかった。
しかし、コーネリアはここで立ち止まるわけにはいかない。
床に座って放心したように一点を見つめている《スプーキィ・ファントム》のリーダーの顔から、コーネリアは意識して視線を逸らす。何かを振り払うかのように。
そう、立ち止まるわけにはいかない。
一生に一度有るか無しかというほどの危機と、そのプレッシャーから解放されて肩の荷が降りたであろうあのチームリーダーを、「羨ましい」などと思うわけにはいかない。
何故なら彼女はランキングトップチームのリーダーとしての責務を果たさなければならないのだから。
前大会優勝の栄光と名誉を、何としても死守しなければならないのだから。
困難を跳ね除ける確かな実力を備え、諦めてしまう他者を置き去りにして、その先へと進んで行く。
それも尋常ならざるプレッシャーと闘いながら。
だからこそ《エンシェント・ディバウアーズ》はランキングのトップに居られるのだ。
だからこそ《エンシェント・ディバウアーズ》はチャンピオンたり得るのだ。
チャンピオンとしての責務を、コーネリアは果たさなければいけない。
(結果的にはウチのチームが一番頭数が多い状況になった。あの通路の入り口から先はどんな構造になってるかも分からない未知の領域。その先で待ってるのはあの“怪人”、つまり見えない危険が多く潜んでいる。だから《フーリガンズ・ストライク》もいつものように先行するワケにはいかない…………これなら、この状況なら……)
コーネリアは顔を上げる。
彼女の目には、勝利を確信した事を示す、強い光が輝いている。
「アンネ、煙を防ぐために何か顔に巻く布をちょうだい。みんな注意して。幸い煙の勢いはかなり弱くなってきてるけど、視界が悪い通路であの“怪人”に襲撃されたら面倒だわ。もちろん急ぐけど、慎重さを欠いてはダメよ」
いつもあの細身の体のどこからそんな体力が湧いてくるのか不思議になるヨーカーと、あれだけの事が有ったというのに全く普段と様子の変わらないボードゥアンはともかくとして、自分を含めた残りのメンバーたちが消耗しているのは明らかだった。
あえて鼓舞するかのような口調で、コーネリアは彼らに語りかける。
「ここから先はいつも通り、平常心で臨めば絶対に私たちが勝てるわ。焦ったり、油断したりしないで、当たり前の事を当たり前にやるだけよ。どうして私たちがチャンピオンの座に着いているのか、この大会を観ているすべての人たちが疑う余地もないくらいに、これ以上無いくらいに分かりやすく教えてあげましょう!」
「ええ、そうね」
「あの二人の犠牲を無駄にはしないわ」
「うむ」
「まぁ、結局最後は俺らが勝つのさ。当たり前にな」
「早く……早くぅぅ……ガマンできねぇよぉ……」
メンバーたちはコーネリアの言葉に応えてそれぞれ小気味良い返事を返す。
そうして未だ相談を続ける他のチームを置いて、《エンシェント・ディバウアーズ》は細く煙を吐き出す通路の入り口へと入って行った。
「…………行ったね。だけど良かったのかい?先に行かせて。ボクらが追い付けないとは思わないけど、他のチームに先に“怪人”を捕捉されたら面倒じゃないかな?」
リリアーネはダイソンに問いかける。《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちは、ダイソンの指示通りに“相談するふり”を続けていた。
「構わんさ。いわゆる露払いだな。この先のダンジョンの構造がどうなってるか、運営はともかく俺たち冒険者は誰も知らないんだ。だがダンジョンの奥から戻って来た“怪人”は知っている。もしこの先の通路がまた、あの迷路みたいな構造になっていたとしたら、待ち伏せされている可能性の有る危険な場所に、わざわざ飛び込んで行く事になる」
《エンシェント・ディバウアーズ》が先へ進み始めたのを見た《ドラセル・パンツァーズ》と《ヴァーミリオン・ヘル・ナイン》は、慌てて後を追うかのように通路の入り口に消えて行った。
それを見届けて、《フーリガンズ・ストライク》もようやく動き始める。
「なるほどね。そうか、地の利は“怪人”の方に有るのか。そう言われたら、確かに他のチームじゃ、あの“怪人”の制圧は荷が重いような気がして来るなぁ……」
眼前に近付いて来る通路の入り口を見ながらリリアーネが言う。
「“怪人”が頑張って、他のチームを各個撃破してくれると助かるんだがな。そうして疲弊した“怪人”を、今度は俺たちが制圧する」
「“漁夫の利”だね」
「とはいえ、《エンシェント・ディバウアーズ》だけはそう簡単には行かないだろうな。結局はあのチームと競う事になるわけだ。……まあ、チャンピオン旗がすんなりと手に入っちゃあ、それはそれで味気無い。とにかく、挑戦者である俺たちはいつも通りにやるだけだ」
「あの“怪人”も、“三角包囲”にかければどうって事はないだろうしね。つまりボクたちが考えないといけないのはどうやってその状況まで持っていくか、って事になるのかな?」
煙への対策だろう。メンバーたちは首に巻いていたスカーフを顔に巻き付けて鼻と口を覆う。
「ああ、その通りだな。よし!お前たち、準備はいいか?それじゃあいよいよチャンピオンの座を貰い受けに行くとしようじゃないか!」
そして上機嫌なダイソンの言葉とともに、《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちは通路の入り口へと入っていくのだった。




