異国の冒険者
冒険者たちが頭の中でイメージしている、彼ら自身からなる「城」に、角鬼たちの肌の色、土色の波がぶつかる。
その様は、まるで海に突き出た岩場の上に築かれた小城に向かって、荒れた海が次々と波を叩き付けて、揉んでいるかのようだった。
角鬼たちは束となり、塊となり、壁となり、次から次へと大空間の橋に陣取る冒険者たちを目掛けて攻め寄せる。
開始されてまださほど時間の経っていない戦闘は、早くも「死闘」と呼ぶべき様相となっていた。
ダンジョン入り口側の通路から、まるで湧き出すかのように現れる角鬼たちは、そのまま正面からも襲い掛かって来るが、全体の半数ほどは橋が架かる水路を渡り、ダンジョン奥側である裏側に回り込んで、橋の上の冒険者たちを前後から挟み撃ちにしている。
その結果、冒険者たちは角鬼たちの攻撃に対応するべく、前衛を半々に分けて橋の両側を守らざるを得なくなった。
両側の橋の袂を守る各チームから集められた前衛たちは、自分達の「城壁」としての役割を果たすべく、必死の攻防を繰り返していた。
橋の袂の前面に、何層かの横列になって展開し、橋の上に陣取る後衛たちに角鬼を近付けないように、その攻撃が届かないようにカバーしている。
前衛たちからなる「城壁」の守りは固く、角鬼たちのまるで荒ぶる波濤のような攻撃にも、決壊する気配は今のところ感じられない。
角鬼たちはなんとか「城壁」を破ろうと、守りに穴を開けようとして押し寄せるのだが、そうすると角鬼たちが固まった場所へ、今度は橋の中央に陣取る魔術師たちの魔術が撃ち込まれる。
角鬼たちは次々と勇敢に突撃を続けているが、それはつまり、同時に総勢二十名を超える魔術師たちによる無慈悲な魔術の集中砲火に晒されるという事でもあった。
さらには魔術師たちとは別に、橋の縁に並んだ射手や弓手たちがめいめいに角鬼たちを狙い撃つ。水路を渡ろうとする角鬼、水路の中や離れた位置から冒険者目掛けて投石しようとする角鬼、何を思ったのかいきなり動きを止めた角鬼。それらを、彼らは手にしたクロスボウやショートボウ、ロングボウから放たれるボルトや矢の一撃で射抜いていく。
角鬼たちの数は多く、また所々で密集しているので、そこまで精密に狙いを付けなくてもほぼ確実に命中すると言って良い状況だった。
事前にコーネリアが想定した通り、大空間内で繰り広げられる戦闘は、さながら攻城戦のような様相を呈している。
ただ、大空間に侵攻してくる角鬼たちの数はコーネリアの想定を遥かに超えており、彼女は事前にイメージしていた戦闘の見通しが、今となっては非常に甘いものであった事を痛感するのだった。
守備側である冒険者の前衛と、攻撃側である角鬼とが激しくぶつかる橋の両側の袂付近。
魔術やボルトや矢、投げられた石つぶてが忙しく飛び交う空中。
前衛が大盾で角鬼の“戦士”の攻撃を受け止め、それと同時に背後からシュベルツが槍で急所を貫く。
横殴りの雨のように降り注ぐ魔術の集中砲火を浴びて、赤い血を噴き出しながらバタバタと倒れていく角鬼たち。
大空間内は無慈悲で凄惨な、まさに「戦場」と化していた。
冒険者の中には投石などによって負傷する者もちらほらと出始めているが、幸い戦線離脱するほどの怪我を負う者は今のところ出ていない。
それとは対照的に角鬼たちは冒険者の攻撃によって次々と地に倒れ、大空間の地面は角鬼の死体で溢れかえり、まるで肉の絨毯が敷かれているかのようだった。
見れば角鬼たちは仲間の死体を積み上げて壁を作り、飛び道具を防ぐ遮蔽物にし始めている。それなりの厚みで積み上げないと、「魔素の矢」を始めとする魔術は容易くその壁を貫通してしまうが、ボルトや矢などの飛び道具に対してはどうやら充分な効力を発揮しているようだった。
激しい攻防の最中、いきなり橋から少し離れた何ヶ所かの場所で煙が巻き上がった。冒険者の誰かが煙幕弾を使ったらしい。
それによって角鬼が攻撃してくるルートを誘導する事に成功したようで、魔術や射撃の射線をさらに集中できるようになった。
さすがはランキング上位、百戦錬磨の冒険者たちである。
無駄の無い、それでいて効果的な攻防を、即席の同盟とは思えないような見事な連携でこなしている。
しかし、コーネリアは内心の焦りを隠せなくなり始めていた。
そのためか、魔術発動の精神集中が、先ほどからスムーズにできなくなっている。
角鬼たちは倒しても倒しても、次から次へと湧き出て来る。キリが無い。
冒険者側はここまで大健闘と言って良い戦いを続け、作戦も見事にハマってはいるが、角鬼たちの攻勢は一体いつまで続くのだろうか?
「グルアアァァぁぁ‼︎‼︎」
そして厄介なのは角鬼の“戦士”だ。動きを止めてしまえばその大きな体躯は魔術や射撃の格好の的ではあるのだが、その激しい攻撃の前に、前衛たちは防戦一方になっている。
離れた場所では遊撃隊である《フーリガンズ・ストライク》の面々やヨーカーとシュベルツが、それぞれ角鬼たちと同時に“戦士”をも相手どり、互角以上に渡り合っている。渡り合ってはいるのだが……。
とにかくいかんせん、敵の数が多すぎる。
気付けば冒険者側にとって、状況は完全に、単純な消耗戦へと突入していた。
角鬼側のまだ投入されていない戦力にもよるが、このままの状況が続けば冒険者側は疲弊するばかりで、後は時間の問題でほぼ確実に、敵に圧し潰される事になってしまう。
(どうする⁉︎どうしたら良いの?今はなんとかなってるけど、どこかでこちら側の体勢が崩れたら、一斉に潰されてしまう!)
このままではマズい。
豊富な経験に裏打ちされたコーネリアの“勘”は、彼女自身に対してやかましく警告を発して来る。
新しい作戦に切り替えるべきなのだろうか?
それとも、このまま敵の攻勢が落ち着くのを待つべきなのだろうか?
決断しかねる状況に、コーネリアが焦りをつのらせていたその時、
「コーネリア‼︎《ハイカイ・メキシキーセ》の連中が、何やら言って来てる‼︎ ヤツらの話はカタコトだからハッキリとは聞き取れないが、なんでも“発破”を使いたいとか言ってるらしい‼︎……」
離れた場所に居た《ヴァーミリオン・ヘル・ナイン》のリーダーがコーネリアに近付いて来たかと思うと、早口の大声で話しかけてきた。
「“発破”⁉︎ ゲストチームの《ハイカイ・メキシキーセ》が?……こんな地下で爆薬を使うって事?そんなの危険過ぎ…………」
焦りから来る苛立ちに神経を焼かれながら、提案を即座に却下しようとしたコーネリアだったが、なぜかその口は閉じられた。
坑道などの地下空間で爆薬を使用する際には、常に大きな危険が伴う。坑夫という生業からは遠い場所で生きてきたコーネリアでもそんな事くらいは知っている。
爆発の効果を事前に予測するのは難しい。衝撃で落盤事故が起きるかも知れないし、そもそも爆薬を扱うという事は、それだけで暴発などの危険と隣合わせなのだ。
(……でも、どちらにせよこのままじゃマズいわ。リスクを取ってでも状況に変化を起こさなければいけない事は確かなのよ。試してみる価値は……有るかも知れない‼︎)
敗北必至の未来を回避するため、ここは賭けに出るべきなのか。いつもの慎重な彼女なら決してしないであろう決断を下そうとしている事を、コーネリアは自覚していた。
「良いわ‼︎ やらせてみましょう‼︎ ただし、あまり大きな爆発は起こさない事、私たちには決して被害が出ないように細心の注意を払う事、“発破”を使う前に必ず合図をする事、以上を絶対に守るように伝えて‼︎」
了解した、と言い残して《ヴァーミリオン・ヘル・ナイン》のリーダーはコーネリアから離れて、小走りで駆け出して行く。彼が向かう先には、他の冒険者たちとは明確に異なる意匠の装備に身を包んだ者たちが居る。
異様な風体の彼らが使っている武器はコーネリアも初めて見る、何とも奇妙な物だった。
クロスボウと同じように構えるのだが、その武器にはバネ板が見当たらない。剣ほども有る長さの金属の棒のような、筒のようなそれの先端を標的である角鬼に向けると、鼓膜を殴りつけるような破裂音と共に先端から火花のようなものを発し、気付けば武器を向けている先の角鬼が倒れている。
何かを飛ばしているという事は分かるのだが、その何かを目でとらえる事ができない。
彼らは他の射手や弓手たちに混じって、橋の縁からその奇妙な武器で角鬼たちを攻撃し続けていた。
(新しく開発された魔道具?……いや、違う。発光する触媒も見当たらないし、この匂いは……発火石?の火花の匂いに似てるわね……という事は火薬を使ったカラクリなのかしら?)
今回の大会に設けられた参加チームの特別枠に招待された異様な風体の彼らが、隣国で高名な冒険者チームである《ハイカイ・メキシキーセ》だった。
大会の運営がなぜ彼らに目を付けて、どう交渉し、そして連れて来たのかは不明だが、「確かな実力を持ち、隣国では彼らを知らない者は居ない」という前評判というか噂が、参加チームの間では囁かれていた。
角鬼たちの“大攻勢”の波に追われながら、どうにかこうにかこの大空間まで逃げ切って、なんとかギリギリで自分たちに合流できたところを見ると、確かに実力は有るのだろう。
しかしダンジョン内で爆薬を使用するというのは、コーネリアの感覚からすれば、やはり非常に危険と言わざるを得なかった。
古い時代の冒険者たちの中には、ダンジョン攻略において爆薬を扱うチームもあったらしい。
しかしあまりにも事故が発生する事例が多過ぎたので、現在、ダンジョンへの爆薬の持ち込みは、少なくともドラセルオードの冒険者組合では禁止されている。
(もしかしたら隣国では事情が違うのかも知れないけど……それにしても、それを許可する私も私よね。……どうかしてるわ。やはり恐怖感が麻痺している。本当にこれで良いのかしら⁉︎)
コーネリアの心中に、焦りと同時に不安が湧き上がって来る。
しかしもう決断してしまったのだ。あとは良い結果が起きるよう、神に祈りでもする以外にできる事は無い。
見れば《ハイカイ・メキシキーセ》の面々は、その奇妙な武器を橋の欄干に立てかけて、明らかに爆薬を使う準備を始めていた。
「遊撃隊のメンバーは一旦陣地に戻って来て‼︎ 今から爆薬を使うわ‼︎ 急いで‼︎」
コーネリアは大きく息を吸うと、彼女に出せる精一杯の大声で、散らばっている遊撃隊に指示を飛ばした。




