舞台裏の口論
バルコニーの入り口から、のそりとルナルドが姿を現した。
賭け札の追加販売の指示をして戻って来たのだろう。その表情は見るからにホクホク顔で、一仕事終えた後の満足感が浮かんでいる。
「凄いわぁ、今年の大会は。まだちゃんと計算したわけじゃ無いけど、賭け札だけでもとんでもない売上よぉん。“ダンジョンコンクエスト”は、まさに新時代の錬金術と言っても良いんじゃないかしらぁん」
喜びに満ち溢れた声でそう言いながら、ルナルドはバルコニーの手すりに寄せられた椅子の一つに腰を下ろす。
マンチェットは顔を顰めながら横目でその様子を眺めていた。
何とも言い表せられない不快感が、そんな彼の心の中を塗りつぶしている。
「さあ、いよいよ決戦ねぇ。ここからさらに盛り上がるように、冒険者たちには頑張ってもらいたいわぁん」
そのあまりにも危機感に欠けたルナルドの声が面白くなかったのか、チェイミー卿が横から口を挟む。
「しかし、冒険者チーム全てが全滅する可能性も有りますからな。その場合、大会不成立として賭け金の払い戻しに追われる事になるわけで、ルナルド殿も喜んでばかりというわけには行きますまい」
冷ややかに、チクリと皮肉混じりの一言をルナルドに投げかけた。
しかしルナルドは涼しい顔でチェイミー卿に応えて、彼のとんでもない計画を話し始める。
「そこは企画部長として、ひとつアイデアを提案させて頂くわぁん。仮に今潜っているチーム全てが全滅したとしても、大会を続行すれば良いのよぉ。そう‼︎ いざ延長戦ねぇん‼︎」
「なっ‼︎‼︎‼︎……」
マンチェットはあまりの驚愕に、思わず座っていた椅子から立ち上がってしまっていた。こんな状況で、この男は一体何を言っているのだろうか?
「追加の参加枠を設けて、冒険者チームに参加を呼びかけるのよぉん。大会は続行するのだから、賭け金を払い戻す必要も無いってわけねぇ。大丈夫。熱に浮かれた観客なんて、何とでも言いくるめられるわぁん」
得意満面といった顔でルナルドは彼のアイデアを話す。マンチェットは唖然とした表情でそれを聞いている。
「そうなればぁ、さらに追加で賭け札を販売できるわねぇん。大会を中止になんか、絶対にしてたまるもんですかってのよぉん。人類のプライドにかけて、角鬼どもと決着をつけるのよぉ。もちろん、我々人類の勝利でねぇん!」
「そんな、不可能です‼︎ 受け入れられません‼︎ 上位チームを失うだけでも我々冒険者組合にとってはとんでもない痛手なのですよ‼︎ そこからさらに冒険者チームを追加で参加させるなど……少なくとも組合長の許可が必要です‼︎」
さすがに堪らなくなったマンチェットは、自分でも無意識のうちにルナルドの案に異を唱えていた。
マンチェットの抗議の声には、彼の抑えきれない怒りが微かに滲んでいる。
「……別に組合に協力して頂かなくってもぉ、大会運営がアナウンスするわぁん。上位チームがゴッソリ居なくなるのよぉ。空いた席に収まりたいチームはいくらでも居るだろうし、すぐに集まると思うわぁん」
「なっ‼︎‼︎……それは大会運営が組合を飛び越えるような真似をする事だと、理解されているのでしょうか⁉︎ 本気で仰っているのですか⁉︎ 組合がそんな勝手をすんなりと受け入れると、本気で思っておられるのですか⁉︎」
話しながら段々とマンチェットの声が大きくなっている。彼自身それを自覚してはいるのだが、溢れてくる怒りを止める事ができなかった。
ルナルドの言動の端々から薄々とは感じていたが、彼は冒険者組合も、目の前のマンチェットについても、さらに言うならば冒険者たちさえも、かなり下に見ているようであり、それらをまとめて蔑ろにするような彼の態度が、マンチェットの怒りの炎に油を注ぐのだった。
マンチェットの抗議を受けたルナルドは、口を閉じるとマンチェットの顔をじっと見つめてきた。少し呆けたような無表情で沈黙している。どうやらルナルドにとっては、抗議しているマンチェットの剣幕が意外だったようだ。
「組合を代表する責任者として、その案は受け入れられません‼︎ 冒険者組合の総意として、断固反対させて頂きます‼︎」
一気に捲し立てたためか、少し息を切らしてマンチェットは小さく肩で息をしている。その視線はルナルドに固定されたまま、微動だにしない。
しばらくお互いがそのまま無言で向き合っていた。もしかするとルナルドも、自分の提案がどれほど無茶なものであるかを理解したのだろうか。
しかし、ルナルドはいきなりその呆けたような表情を、眉間に皺を寄せた剣呑なものに一変させると、昏く鋭い眼光でマンチェットを睨みつけ、先ほどまでのどこから出しているのか分からないようなカン高い声とは打って変わって、ドスの効いた、まるで地の底から響くような低く、野太い声で話し始めた。
「…………うざってぇなあ。テメエ。こっちが黙って聞いてりゃあ、一体何様のつもりだよ、あァン⁉︎」
驚いた事に口調まで変わっている。まるで別人になったかのようなルナルドの雰囲気に、マンチェットは思わず息を飲んだ。
「テメエこそ、この大会にどれだけの金がかかってるか、ちゃんと分かって言ってんだろうなぁ⁉︎ 大会に関わる利害関係者がどれだけ居るのか、ちゃんと理解した上で言ってるんだろうなぁ⁉︎ えぇ⁉︎ オイ‼︎ 断固反対だぁ⁉︎ 眠たい事抜かしてんじゃねぇぞ‼︎ このダボが‼︎」
おそらくは今の剣呑な表情と、粗暴さにまみれた声、これこそが悪辣な手腕で名を知られたルナルド商会の代表としての、彼の本性なのだろう。
それにしても普段からの落差が大き過ぎる。狂気じみた豹変ぶりだ。
「出資者は皆、遊びや酔狂で金を出してるわけじゃあねえんだよ‼︎ 可能な限り収益をあげられるように話を持って行くのは、当たり前の事だろうが‼︎ つまんねえチャチャで大会がポシャりでもしたら、テメエ一人で責任とれんのかよ⁉︎ あぁ⁉︎」
威圧するかのような恫喝を正面から浴びせられるマンチェットだったが、ここで恐怖に負けて引き退がるわけにはいかなかった。
どうしても曲げる事のできない彼の信念と、ルナルドの傲慢さに対する怒りが、マンチェットを突き動かしている。
「あなたは一体、冒険者たちの命を何だと思っているのですか⁉︎ どうして彼らがあなた方出資者の資金の回収のために、犠牲にならなくてはいけないのですか⁉︎ 金さえ出せば、何をしても良いわけでは無いでしょうが‼︎」
そう、確かに出資者からの資金提供が無ければそもそも大会を開く事さえできないのは事実だが、だからと言ってそれを理由に大会が「ただの金儲けの道具」そのものに堕してしまうのは本末転倒であり、絶対に間違っている。
マンチェットは彼の魂とも言うべき部分で、そう確信していた。
(そうだとも、絶対に間違っているぞ‼︎ どう理屈を捏ねたところで、この大会、いや、“ダンジョンコンクエスト”は“紛い物”、いっときの娯楽を観客に提供するだけの、言ってしまえば“虚構”なんだ‼︎ そんなものに冒険者たちや多くの観客が翻弄されて、その裏で一部の金持ちだけが暴利を貪る。私はそんな“虚構”に加担するために、組合の一員になったわけではない‼︎)
マンチェットは全く怯まず、ルナルドから視線を外す事なく睨み合う。
対峙する二人の雰囲気に呑まれて、バルコニーの空気にはピリピリとした緊張感が張り詰めていた。
しかし、火花が散りそうなほどに睨み合う両名の緊張がピークに達しようとしたその時、そんな空気を最高責任者の言葉が切り裂いた。
「二人とも、そこまでだ!今はとにかく、冒険者たちが角鬼どもに対処できるかどうかの瀬戸際ではないか。ここで運営内の人間が諍いを起こしている場合ではないだろう!」
カーモーフ会長は意識して出しているであろう、落ち着いた、威厳を滲ませる、それでいてハッキリとした声で話す。
「少なくとも……ここまで来て、今さら大会を中止する事はできん。そしてもちろん、貴重な人材である優秀な冒険者たちの全滅など、私も望んでおらん。しかし、今はとにかく成り行きを見守るしかない。そうだろう?」
一触即発だった空気は、その言葉で一旦は鎮まったようだった。
運営のトップであるカーモーフ会長の仲裁ではあったが、マンチェットは心から納得する事はできず、険しい表情のまま「失礼しました」と短く一言言って、椅子に座り直した。
「あらぁん、いやだわぁ。私としたことがアツくなっちゃってぇ……皆さま、ごめんなさいねぇ、ヘンな空気にしちゃってぇ。……そうよねぇ、冒険者たちには是非とも頑張ってもらって、一人も欠ける事無く無事に戻って来て欲しいわぁん」
口調が元に戻ったルナルドは、白々しい調子でそう言った。先ほどまで全身から発していた剣呑な雰囲気も、いつの間にか嘘のように消えてしまっていた。
「状況が動きました‼︎ あの姿は……《ハイカイ・メキシキーセ》です‼︎ 無事だったようです‼︎ 今、大空間の冒険者たちに合流しました‼︎」
その時、まるで見計らっていたかのようなタイミングで、クリスタルモニターの前の担当者から報告が上がる。
「ああ‼︎ 彼らを追うように、続けて角鬼の集団が大空間に侵入‼︎…………と、とんでもない数です‼︎いくつかの入り口から、次々と角鬼どもが現れています‼︎」
報告を受けて、バルコニーに居る者たちは誰もが広場のクリスタルモニターの画面に視線を移す。
画面の中では、途轍もない数の角鬼が、今まさに冒険者たちに襲いかかろうと、彼らの陣地目がけて動いていた。
「いよいよか。それにしても……何という数なんだ。頼むぞ、冒険者たちよ。角鬼どもを、何としてでも退けてくれ」
チェイミー卿が呟く。彼は凄まじい角鬼の数を改めて視覚的にとらえる事で、どれほどの脅威がドラセルオードの街の近郊に息を潜めていたのかを、再認識したようだった。
その表情からは、差し迫った危機感がハッキリと読み取れる。
「ついに、ついに角鬼の“大攻勢”が冒険者たちを飲み込みます‼︎ ビクターさん‼︎ きっと、冒険者たちはきっと、見事に角鬼たちを撃破できますよね⁉︎」
放映会場に実況役の声が響き渡り、解説役のビクターに同意を求めるように問いかけた。
しかしその問いに対して、ビクターは何も答えない。
中央広場の大勢の観客たちとバルコニーの大会関係者。それら皆が固唾を飲んで見守る中、同盟を組んで共同戦線を張った冒険者たちと、向かい合う夥しい数の角鬼が、ついに画面の中でぶつかる。
その瞬間、広場からは大きな、どよめきのような歓声が巻き起こった。




