《ドラセルオードリーグ》上位チーム同盟戦線
《エンシェント・ディバウアーズ》の一行が広大な空間に到着した時、空間にはすでに先行していた冒険者チームが集結していた。
「ふえ〜、錚々たるメンツが集まってるじゃねえか、全部で何人居るんだよ。これじゃあいくら角鬼の大集団って言っても、俺が斬れる数がかなり減っちまうじゃねえか、まったくよ」
気の抜けた声の調子でヨーカーが呟く。その呑気な様子とは裏腹に、彼の装束と被っている仮面は、半分ほどの面積が角鬼たちの返り血で赤黒く染められていた。
「阿呆。実況が言ってたように、角鬼どもはとんでもない数なんだぞ。むしろ殺っても殺っても追い付かなくなる可能性の方が高いだろうから、これでも戦力的に足りねえぐらいなんだよ」
シュベルツがヨーカーの言葉に突っ込む。そんなやりとりをしながら、一行は他のチームの面々が固まっている橋の近くへ向かって歩いて行く。
近付くにつれて、どのチームが生き残っているのか確認できるが、やはり上位チームの中でも確かな実力を備えたチームばかりだと言えた。
そんな全滅を免れてここへ辿り着いた冒険者たちの集団の中には、もちろん《フーリガンズ・ストライク》も含まれている。
彼らの姿を見るなり、コーネリアの表情が少し硬くなる。
しかし《フーリガンズ・ストライク》のリーダーであるダイソンは、そんなコーネリアの姿を見つけると、意外なことに向こうから彼女に話しかけて来た。
「ようやく真打ちのご登場か。待ちかねたぞ、チャンピオン。これだけの数が集結した戦力にあんたらも加わって、これが本当の“戦鬼にハルバード”ってヤツだな」
思いの外気さくで明るいダイソンの口調に、コーネリアの硬い表情は自然と怪訝な色を浮かべる。
「……いやな、ここに居る連中と今まで話してたんだが、せっかくそれなりのチーム数が集まって同盟を組んだんだ。俺はチームごとバラバラに戦うよりも、ここに居る全員がひとつにまとまってぶつかった方が良いと思うんだよな」
なるほど、バラバラに戦っては敵の数に飲まれて各個撃破される可能性が高い。おそらくダイソンはそういう事が言いたいのだろう。
「同感ね。……私だったらそこの橋を中心にして陣地構築するわ。そして接敵する戦線を少しでも短くして、そこにこちらの戦力を集中させるわね。ただ、そうなるとかなりの持久戦を覚悟しなくちゃいけなくなるけど……」
コーネリアがそこまで言ったところでダイソンは他の冒険者を振り返って言う。
「ほらな、やっぱり指揮官はチャンピオンチームのリーダーで決まりだろ。俺なんかの出る幕じゃあねぇよ。というわけで、コーネリア元帥。俺たち全体の指揮をよろしくお願い申し上げるぜ」
ハッとしてコーネリアはまわりを見回す。周囲の冒険者たちの目は、その全てがコーネリアを見ている。
責任重大な役割を押し付けられた、と気付いた時にはもう遅かった。
上手い事この男の手の平で転がされた気がして、コーネリアの心中に何とも面白くない感情が湧き上がって来る。
しかしそれと同時に、何とも言えない不思議な高揚感が湧いて来る事も、彼女は感じていた。
「……いいわ。やってやろうじゃないの。決まったからにはちゃんと私の指示に従ってもらうわよ。じゃあまず、各チームの人員には前衛、後衛に分かれてもらおうかしら」
コーネリアの指示を受けて、各チームが前衛と後衛それぞれに固まって分かれ始める。
「そしてさっきも言ったように、あの橋を本陣にして人員を配置する。私たち自身が城になって、押し寄せる敵を迎え撃つイメージね。敵の攻撃は狭く、こちらの魔術や射撃は広く撃てるように」
そうしてコーネリアの指示に従って、陣地構築が始まった。
橋は幅も長さもそれなりに有り、橋全体の面積は五十人近い冒険者たちを、なんとか半分ほどは収容できるだけの広さが有る。
その橋の中心に各チームの魔術師を集め、橋の縁を射手や弓手で固める。緩いアーチを描く橋の中央はやや高くなっているので、魔術やクロスボウの射線は遮られない。
救護役や遊撃手はそれらのサポートに当たる。
そして角鬼の大軍勢が攻めて来るであろう、ダンジョンの入り口側の橋の袂の前に、壁のようにほとんどの前衛の人員を固めて展開する。
ダンジョンの奥側からも角鬼たちが攻めてくる可能性があるので、そちら側の橋の袂にも数人の前衛を配置し、さらには橋のまわりに転がっていた《ゴールデン・ラット》メンバーの首無し死体を積み上げて、ささやかな低い壁を作った。
後衛を城内施設や天守に見立てて、それを城壁に見立てた前衛が守る。
つまりは、さながら攻城戦とも言える作戦の守備側を、冒険者たちは演じる事になる。
指示を出しながら、コーネリアは奇妙な感覚にとらわれていた。
コーネリアは自分が本来、非常に臆病な性格だという事を自覚している。
だからこそ誰よりも「情報」を集め、誰よりも“ダンジョンコンクエスト”の戦略を練って来たつもりだし、そのおかげでトップチームにまで登りつめたという自負がある。
しかし角鬼の“大攻勢”にさらされるという、まさに「事ここに至れり」というべき状況で、自分でも不思議なほどに恐怖心が湧いてこない。
これほどの数の冒険者たちに指示、命令ができるという今の立場がもたらす高揚感のせいだろうか、それとも度重なる戦闘の興奮によって麻痺しているのだろうか。
とにかくコーネリアの中に、ひとつの強烈な思いがある事だけは確かだ。
そう、「生きて帰る」という確かな意志が。
もしかするとその思いが、彼女から恐怖を遠ざけているのかも知れない。
「それからウチのヨーカーとシュベルツ、そして《フーリガンズ・ストライク》のメンバーは遊撃隊として角鬼たちを撃破していって。どう動くかは任せるけど、あまり本陣から離れないように注意して。ヨーカー、聞いてるの?主にあなたに言ってるのよ」
「大丈夫、だーいじょぶだって、ちゃんと分かってますよーだ」
「…………それじゃあ、各自持ち場について。最悪、陣地が崩壊するような事になったらもう乱戦を戦うしか無くなるけど、そうなったらほぼ全滅が確定する。そのつもりで各自役割を果たすように‼︎」
コーネリアの号令により、来る角鬼たちの“大攻勢”に備える冒険者たちの緊張感と集中力は、自然と高まっていくのだった。
「いつもながら、本当に人を乗せるのが上手いよね、君は。彼女は引き受けてくれないんじゃないかって、ボクは思ってたんだけど」
コーネリアの指示通りに各チームのメンバーたちが持ち場に収まった後、本陣からやや離れた場所で、リリアーネがダイソンに話しかけて来た。
「大したもんだろ?これで俺たちはいつも通りの戦いができるというわけだ。まあ、こんな状況じゃ、つまらんライバル意識や、意地やメンツなんてものには構っていられない。そのくらいは理解しているだろうからな。」
ダイソンは得意げな顔で答えた。
「とは言え、あの女の統率力と戦略と説得力は、やはり本物だな。変わり種揃いのチームを率いているだけの事はある。他のチームにとっても、その実力は“ランキングトップチーム”という折り紙付きだろうしな」
ダイソンにしてみても、彼を含む冒険者たちは、尋常でない数の角鬼をこれから相手にしなければいけないのだ。冒険者チームをまとめるリーダーとして、コーネリアの統率力を見込んでの提案だった。
そして実際に、ここまでスムーズに冒険者たちをまとめ上げて、間違いなく「死闘」になる事が予想される戦闘に臨ませてみせる。それを可能にするコーネリアの期待以上の能力に、彼は素直に感心していた。
「ボクは基本的には年下が好みなんだけど……ああいう年上のお姉さんに色々と委ねて甘えるっていうのも……うん、悪くないかも知れない。無事に生きて戻るのは当然として、戻ったら是非とも、彼女ともっと親睦を深めたいな。できればベッドの上で」
リリアーネの、遠くに居るコーネリアを見つめるその視線に、怪しい熱量を持った光が宿り始める。
「さて、俺たちの作戦を言っておくぞ。まあ、基本的にはいつもと変わらない。数が多い雑魚どもは連携で潰していって、“戦士”とかいうデカいのは“三角包囲”にかける。“三角包囲”から外れている者はサポートに回れ」
怪しい方向に移行しそうだった話の流れを断ち切るように、ダイソンはチームメンバーたちに作戦を伝えた。
「これまでに潜った修羅場の数々を思いだせ。ベストを尽くせば、俺たちに乗り越えられない壁など存在しない。観客に俺たちの活躍を、これでもかと見せつけてやるんだ‼︎」
そう、“不死隊”に所属していた頃の、あの苛烈な戦いの日々を、ダイソンは思い出す。
なんのために血反吐を吐きながらあの過酷な訓練に耐え抜いたのか。なんのために数えきれないほどの仲間の屍を踏み越えて、死線を超えて生き延びて来たのか。
(この世に存在しないものとして、儚く消えていく人生など、俺は受け入れない‼︎ 俺は必ず苦しんだ分だけ、報われてから死んでやる‼︎ 絶対に、絶対にだ‼︎)
ダイソンが自分に言い聞かせるように心の中でそう言った時、通路につながる入り口の一つから、何者かが発する声のような音が聞こえてきた。




