強欲者たちの“欲謀”
人間の社会、人間の領域から、その外へと「冒険」をし、未知を探索して新たな地平を切り拓く。
未発見の生物や資源、それまで知られていなかった外界の文化や歴史についての知識や情報を持ち帰り、自分たちの世界に恩恵をもたらす。
人々はそんな彼らを「冒険者」と呼んだ。
脅威生物が跋扈する上に危険な罠が張り巡らされた「ダンジョン」から財宝を持ち帰り、発見された新大陸を探検し、貴重な資源を獲得することで、彼らは人間の支配する領域を押し拡げていった。
そんな「冒険」に身を投じ、巨万の富を築いた者も居れば、人跡未踏の荒野で独り寂しく死んでいった者もいるだろう。
いつしか「冒険」は「娯楽」へと姿を変えていったが、上手くすれば一攫千金も夢ではない、もしくは誰も手に入れていない栄誉を手にできるという、「冒険者」という稼業が持つ魅力は、昔から何も変わっていない。
様々な過去や能力を持った者たちが、夢やロマン、野望や欲望を胸に秘めて冒険者稼業に足を踏み入れて来た。
少年時代のマンチェットもそうだった。比較的裕福な家庭に生まれ、それなりの教育を受けた若かりし日の彼だったが、たとえ両親の期待を裏切る事になったとしても、自分も冒険者になるのだと信じて疑わなかった。
しかし気まぐれな神は残酷にも、彼の肺に生まれつき不都合な細工を施した。
時折起きる発作のせいなのか、マンチェットの肉体には冒険者として充分にやっていけるほどの体力が、ついに備わらなかったのである。
肉体が成長するに従い、発作が起きる頻度は減っていったが、結局のところ、彼は幼い頃からの夢を断念せざるを得なかった。
それでも彼は幼い頃夢見た「冒険」から完全に離れてしまう事ができず、冒険者組合の職員として、冒険者稼業に関わる事を選んだのだった。
夢破れたとは言え、マンチェットにとって冒険者たちは特別な存在である。
この街の英雄である《ドラゴン・ベイン》は言うに及ばず、今現在、冒険者稼業に憧れを抱いて飛び込んで来る若者たちにも、少なからず彼は、夢を抱いていた過去の自分を重ねてしまうのだった。
マンチェットが常日頃、冒険者稼業を取り巻く時代の変化を憂慮しているのは、未だ彼の胸の内で燻り続ける「冒険者稼業への憧れ」の気持ちの裏返しとも言える。
しかし…………。
「ああ‼︎ なんと言う事でしょう‼︎《ファイナル・ピリオド》も全滅しています‼︎ こんな、こんな悲劇があって良いのでしょうか⁉︎ 凄まじい角鬼たちの数の前に、冒険者側の戦力がどんどん減っていきます‼︎」
実況役の声が放映会場に響き渡る。彼女が見ているクリスタルモニターの画面の中には、哀れにも角鬼たちによって全滅させられた冒険者チームの、無惨な亡骸が映し出されていた。
「ビ、ビクターさん……今回の大会は一体どうなってしまうのでしょう?先ほど画面に映し出された角鬼たちの大軍勢は、明らかにまだ残っている冒険者たちを目指して進んでいると思われますが……」
その声が震えるのを隠す事もできず、彼女は隣に座るビクターに意見を求める。
「……これほどの数の角鬼を相手どる、などというのは私が《ドラゴン・ベイン》にいた頃にも無い事でした。どうなるのか全く予想もできませんが、とにかく一刻も早く、冒険者たちが合流する事を願うばかりです」
解説役のビクターにも、大会がここからどうなって行くのか、全く見通しが立たないようだ。
「とにかく各個撃破されないように、まずは合流を目指すという事ですが……おおっと、運営から情報が入って来ました!冒険者チームの合流地点なのですが、最終目標地点の手前にある、大きな空間を各チーム目指しているとの事です‼︎えー、そちらに画面を切り替えられるでしょうか?」
実況役が合流地点についてアナウンスする。
そのアナウンスが会場に拡がったと同時に、いくつかのクリスタルモニターの画面が切り替わる。
「これは、かなりの広さが有る空間のようですが……地下水路が流れて橋がかかっている?……ああっと‼︎ 橋の上に‼︎ なんと言う事でしょう‼︎ ここでも冒険者チームが全滅しています‼︎」
切り替えられないようにしてあったはずの大空間の映像は、いつの間にかその制限が解除されていたらしい。合流地点なのだから、映さないわけにも行かないという事なのだろう。
「これは……《ゴールデン・ラット》のメンバーたちでしょうか?……こんな事になっているとは、残念です。……これで12チーム中4チーム。確認できただけでも全体の三分の一が全滅した事になりますが……」
実況役の声は明らかに精彩を欠いていた。彼女が実況を務めた、ここ最近で開催された大会では、冒険者チームの全滅はほとんど起きていない。だと言うのに、ここ1番の大会でこれほどの悲劇が起きてしまい、さすがに意気消沈してしまうのも無理からぬ事だと言えた。
「マジかよ!知らねーうちにやられちまってんじゃねえか‼︎ てめえら先頭を走ってたんじゃねえのかよ‼︎ふざけんじゃねえぞ‼︎」
「いくらなんでも全滅が多すぎんだろ‼︎ もしこのまま大会不成立なんて事になったら、賭け金はちゃんと払い戻されるんだろうな⁉︎ できないなんて言いやがったら、こっちは黙ってらんねえぞ‼︎」
殺気立った声が、観客から上がる歓声の中に混じり始めた。全滅したチームに賭けていた者にしてみれば、現時点で損失が確定してしまう事になるので、彼らの怒りはごもっともではある。
しばらく前まで冒険者たちの活躍に沸いていた放映会場の空気は、ここへ来て何やら不穏な色を滲ませ始めた。
その時、まるで悪意や怨嗟の泡が沸々(ふつふつ)と浮かぶように感じられる、ざわつく会場の空気に割って入るかのように、運営からのアナウンスが響き渡る。
『大会運営から会場のお客様にお知らせいたします。冒険者チーム、4チームの全滅を受けまして、運営本部はチーム間のオッズを見直し、賭け札を追加で販売する事を決定いたしました。会場内の、各売り場において、改訂されたオッズの賭け札をお求め頂けます。……繰り返します。大会運営から会場のお客様に……』
アナウンスを聞いたマンチェットは自分の耳を疑った。
事ここに及んで、運営は新たに賭け札の追加販売を決定したと言う。
信じられない。いくらなんでも、このタイミングでするべき事なのだろうか⁉︎
マンチェットの心中に、驚きと、呆れと、そして怒りとがないまぜになった複雑な感情が、まるで可燃物が発火するかのように燃え上がる。
マンチェットはハッとして観覧席のバルコニー内を見渡す。
(そうか!そういう事か‼︎‼︎…………この!……この、業突く張りどもめが‼︎‼︎)
彼は気付く。ルナルドの姿が、いつの間にか消えている。
チェイミー卿と同じように、ルナルドも数人で固まって何やら話していた。おそらくは賭け札の追加販売について、担当する商会や組合の関係者と協議していたのだろう。
おそらく彼は今、大会の賭博を管理する部門へ行って、あれこれ指示をしていると思われる。
会場から観客たちの、わっ、と沸き立つ歓声が聞こえて来た。
見れば会場内の出店のいくつか、いずれも賭け札の販売所だが、そこへ観客たちが群がり、ダンゴのように固まっている。
販売所の担当者たちが何とか観客を整列させようとしているのだが、殺気立った観客たちは我先にと、賭け札を買い求めようとしているようだった。
(間違っている‼︎‼︎ こんな事は間違いなく……間違っている‼︎‼︎ 間違っているぞ‼︎‼︎ 痴れ者どもめが‼︎ 業突く張りどもめが‼︎ 恥というものを知らないのか‼︎‼︎ 冒険者たちの命を、一体何だと思っているんだ‼︎‼︎)
わなわなとマンチェットの体が震える。
どす黒い怒りの感情が、彼の体を満たし、血管が破裂してしまいそうな感覚に襲われる。
まさか冒険者チームの相次ぐ全滅を逆手に取って、さらに利益を得ようとするとは……正義や倫理といったものは、一体どこへ行ってしまったのか⁉︎
考えてみれば、ルナルドは大会開催前にも冒険者チームの全滅を宣伝に利用したのだ。
この賭け札の追加販売は冷静な者からしてみれば「然もありなん」と言ったところなのだろうが、マンチェットは冒険者組合の人間として、自身の内側から湧き上がって来る、煮えたぎるような怒りを抑える事ができない。
しかし悲しいかな、大会に参加する冒険者の管理、監督以外には、マンチェットに与えられた権限は無い。
彼がやめろと喚いたところで、相手にもされない事は目に見えている。
どうすることもできずに立ち尽くすマンチェットは、少しずつ荒くなっていく自身の呼吸を、何とかして抑えようとするしかないのだった。




