歓声に混じる悪意
各冒険者チームが携帯している「公示人の口」につながっている「隠者の耳」を使って、担当のスタッフが進むべきルートのアナウンスをしている様子を、マンチェットは渋い表情で見つめている。
様々な冒険者組合の業務のうち、「冒険者の管理」を主に任されている彼は、一組でも多くのチームが無事に戻って来る事を願うばかりだった。
彼が憧れたかつての冒険者たちと、今の冒険者たちには無視できないほどの乖離があるとは言え、実際に冒険者たちと接する機会が多いマンチェットにとって、彼らの危機は他人事では済まされない。
単純に冒険者たちが「飯のタネ」だからというだけではない。
組合の責任者として上位チームのメンバーたち、そのほとんどの人となりを、当然マンチェットは把握している。
中にはしょっちゅう問題を起こしたり、いけすかない者も居るには居るが、冒険者たち一人一人は紛れもない一人の人間なのである。
それぞれが皆、ダンジョン攻略という危険が付き物の稼業に挑む様々な理由を抱え、様々な苦労をし、様々な人間模様をチーム内外で描いている。
「冒険」から「娯楽」へと大きくその性格を変えた冒険者稼業だが、昔も今も、その主役は間違いなく彼ら冒険者だ。
マンチェットは心の底からそう思っている。
(頼むから1チームでも、一人でも多く戻って来てくれ……)
マンチェットは祈るような気持ちで、クリスタルモニターの中の冒険者たちの動向を見守っていた。
「合流目標地点はあの大空間か。確かに大勢の冒険者を、満足な戦闘が可能なように展開しようと思ったら、充分な広さが有るあそこしか無いだろうな」
ひょっこりとマンチェットの隣に現れたチェイミー卿が、独り言のように呟いた。
「これはチェイミー卿。警備隊長と何やらお話されていたようですが、何か問題でも起きたのですか?」
マンチェットは疑問に思った事をチェイミー卿に聞いてみる。
「問題も何も、考えたくはない事だが……もし冒険者たちが角鬼の“大攻勢”の迎撃に失敗した場合、角鬼たちがその勢いに乗って街を襲撃して来ないとも限らんのでな。市民の安全を守るため、街を防衛している戦力のほとんどを、あのダンジョンに向かわせたのだよ」
イベントが失敗に終わるという最悪の結末。ドラセルオード市長としてもちろんそんな事は望んでいないだろうが、チェイミー卿は市民の安全が脅かされるという更なる最悪の事態を避けるべく、打てる手を打ったという事らしい。
「難しいだろうが、もし間に合うのであればダンジョンに潜らせて、冒険者を救援するといった事もできるかも知れんしな。正直なところ、角鬼の数があれほどのものとは……全く予想しておらんかったよ」
確かにマンチェットにしても、ダンジョンに潜む角鬼の数の多さは、完全に予想の範疇を超えていた。
あれだけの数の角鬼が街を襲った場合を想定してみる。
報奨金を提示して冒険者を集め、衛兵も加えた戦力で迎え撃てば、さすがに対処は可能だろうが、市民の生命と財産に一体どのくらいの被害が出るのかは想像もつかない。
そんな事態を避けるには、角鬼が街に侵攻するのを、その手前で食い止めなければいけない。少なくとも街を防衛するために外部から傭兵を雇うなり、軍の出動を要請するなりするための時間稼ぎは絶対に必要だと言えた。
チェイミー卿の判断はドラセルオード市長として、その職責を全うする賢明なものだと、マンチェットはそう思うのだった。
その時、放映会場から聞こえていたどよめきが、より一層大きくなった。観客たちが何やら騒いでいる声が、観覧席にまで聞こえて来る。
何かあったのかと、マンチェットは観覧席の手すりから身を乗り出して広場を見下ろした。観客たちはクリスタルモニターを指差しながら、何やら喚いている。
つられてマンチェットがクリスタルモニターの方へ視線を移すと、大画面に映る映像の中では冒険者と、凄まじい数の角鬼が戦闘の真っ最中だった。
「あれは《サファイアン・レイジ》のメンバーたちか、なんという事だ……ついに囲まれてしまったのか……」
どうやら後発の冒険者チームの一つが、角鬼の大軍勢の追撃を振り切る事ができずに、通路から部屋のような空間に差し掛かったところでついに囲まれてしまったようだった。
彼らは何とかして通路に逃げ込もうと必死で戦っているが、角鬼たちの圧倒的な「数の暴力」を前にして、その奮闘はあまりにもささやかに過ぎる抵抗、としか言えないものになっている。
ほどなくして一人、また一人と、《サファイアン・レイジ》のメンバーたちはその数を減らしていく。
それはあまりにも、あんまりな、多勢に無勢。
上位チームとしての本来の実力など、発揮する事さえままならないうちに、《サファイアン・レイジ》はあっさりと全滅してしまった。
観客たちの悲鳴が束になって会場に轟く。
無理もない。観客たちは画面の中の冒険者たちに、かなりの程度で感情移入しながら観戦しているのだ。さらに《サファイアン・レイジ》というチームを贔屓にして、少なくない金額を彼らに賭けている者であれば尚更だろう。
「あああ……そんなのってアリかよ⁉︎ いくらなんでも数が多すぎるだろ‼︎ 卑怯じゃねえか‼︎」
「あれが“大攻勢”ってヤツなのか⁉︎ おいおい、いくら上位チームでも、あれに対処するなんて無理があるだろ‼︎」
「なんて数なんだよ⁉︎ いや、どう考えても無理だろ、あれ。あんな数に囲まれちゃあ、何にもできねえよ‼︎」
「嘘だろぉ!俺の……俺の今月の給金が、給金がぁぁ‼︎ どうしてくれんだよ‼︎ 家賃が払えねえじゃねえか‼︎」
観客たちからの悲鳴には怒声が混じっているものも少なくない。“ダンジョンコンクエスト”での賭けに熱中するあまり、財産を失い、多額の借金を抱えて破滅する市民がここ数年は急増しており、問題視する識者も現れ始めている。
「おっ、おい、見ろよ、あれ‼︎…………おい、嘘だろ⁉︎ 何やってんだよ、クソ角鬼ども‼︎」
今しがたチームの全滅という悲劇が繰り広げられた画面の中で、無情にも更なる惨劇が幕を開けた。
角鬼たちは死亡した冒険者たちの首を切り落とし始めた。あの大空間で行われた事と同じ、おぞましい惨劇が繰り広げられる。
そしてあの時と同じように、生首にされた冒険者たちの頭部が、角鬼たちが持つ槍の先端に刺し据えられ、高々と掲げられ始めた。
さらに画面の端の方を見れば、《サファイアン・レイジ》のメンバーのうち、一人だけ居た女性の冒険者が、数体の角鬼に体を拘束されたまま、引き摺られていく。
死亡しているのか、気絶しているのか、動かない女性冒険者は、身につけていた鎧も、その下に着込んでいた服も、そのほとんどを剥ぎ取られ、白い肌を露出させたまま、まるで荷物のように運ばれていた。
仮に気絶しているだけでまだ息があったとしても、彼女を待つのは地獄のような恐怖と苦しみである事は間違い無いだろう。
マンチェットが見下ろしている観客の中の、特に女性たちの中には、あまりに凄惨な光景を目の当たりにして、気絶してしまう者がちらほらと居るようだ。
(こんな場面を観客に見せてしまうとは、画面を切り替える担当者は何をしているんだ?これでは完全な“放送事故”じゃないか‼︎)
マンチェットが担当者の怠慢に憤っている間にも、惨劇を目の当たりにした観客たちの動揺と混乱はみるみるうちに膨れ上がり、入り乱れ、放映会場はさながら巨大な「混沌のるつぼ」と化し始めた。
「畜生どもが!なんて事してんだよ!この……ケダモノどもがよぉ‼︎」
「嘘だろぉ……返してくれぇ……返してくれよぉ、俺の金ぇ……。明日から一体どうやって生活しろって言うんだよぉ……」
「ウエップ……やべぇ、気持ち悪い……吐い、ちまうかもオロロロロrrr……」
そんな大勢の観客の感情のうねりが渦巻く、会場全体を満たす混沌とした空気の中、マンチェットの耳はその時どういうわけか、その中から一つの声を拾い上げた。
「大損させやがって‼︎ふざけてんじゃねえぞ‼︎てめえらに幾ら賭けてたと思ってやがるんだ‼︎ 何勝手に全滅してんだよ‼︎」
なんとも驚いた事に、全滅という悲劇に見舞われた哀れな犠牲者に向かって、やり場の無い怒りをぶつける観客がいるらしい。
「払い戻しの金がパーじゃねぇか‼︎ 死ね‼︎ 死ね‼︎ 死んじまえ‼︎……って、もう死んじまってんじゃねぇか‼︎ 死んでんじゃねぇよ‼︎ 死体になっても戦え‼︎ 戦いやがれ‼︎ おら!戦えってんだよ‼︎」
「いつも俺らじゃできねえような、派手な生活してやがるくせによぉ‼︎ 見てろよ‼︎てめえらの墓に、思いっきり糞ぶっかけてやるからな‼︎ 覚悟しとけよ‼︎ このクソどもが‼︎」
「ケッ‼︎ いつもはチョーシくれてイキがってるくせによお‼︎ なんなんだよ!その無様な体たらくはよぉ‼︎ ざまあ見やがれってんだ‼︎」
一つ聞こえたかと思うと、次々と哀れな犠牲者に向けた、どす黒い悪意のこもった声が耳に飛び込んで来る。
(………………)
そのあまりの悪意の凄まじさに、マンチェットは驚愕を禁じ得なかった。




