不死隊
ヴァルソリオ城の、食堂と言うにはあまりに大きな部屋。
その部屋の壁の一面に設置されたクリスタルモニターの映像に、レエモンは先ほどから無意識のうちにじっと見入っている。
巨大なクリスタルモニターの画面は依然として四分割され、そのうちの一つには《フーリガンズ・ストライク》のメンバーたちが、遭遇した角鬼と戦っている様子が映し出されていた。
レエモンが見入っているのはどうやらその画面らしい。
画面の中の《フーリガンズ・ストライク》は、得意の連携攻撃で角鬼たちを蹂躙している。
彼らのスピード感溢れる連携攻撃は次々と繋がって途切れる事がない。まるでメンバー五人が一つの生き物のように一体となって動き、哀れな角鬼たちを血祭りにあげていった。
(…………間違いない。ダイコーン帝国の“不死隊”が得意とする連携攻撃だ)
レエモンは《フーリガンズ・ストライク》の戦い方から、彼らの正体を看破していた。
(部隊からの脱走者か。……馬鹿な奴らだ。知っている者が見たら、それこそひと目で分かる。これでは“不死隊”の諜報部に「どうぞ見つけてください」と言っているようなものだ)
自然とレエモンの表情は険しいものになっていた。
ダイコーン帝国は強大な軍事国家として知られているが、ダイコーン帝国軍には公には知られていない、影の部隊が存在していた。
それがダイコーン帝国皇帝直属の秘密部隊、通称“不死隊”である。
“不死隊”には奴隷や死刑囚など、一般の帝国民ではない者の中から特に能力に秀でた者が選抜され、常人では到底クリアできない過酷な訓練を施された後、正式な隊員として配属される。
“不死隊”と呼ばれる理由はいくつかあるが、主なものとしては、
部隊の定員が決まっており、戦死や負傷などによって欠員が出るとすぐさま補充される事。
それから隊員はあまりにも過酷な訓練と、洗脳と言って良いほどの思想教育によって人格に異常をきたし、まるで自分は死なないと思い込んでいるかのような、文字通りの「死を恐れない兵士」になってしまう事。
その二つが挙げられる。
“不死隊”は、主に正規の部隊では遂行できないような難度の高い任務や、暗殺や破壊工作などのような「汚れ仕事」を主に受け持ち、皇帝の権力を陰から支えていた。
隊員たちは過去の経歴、公的な記録などを抹消され、この世に存在しない者として扱われる。
この世に存在しない者なら、死ぬ事など有り得ないというわけだ。
そして、いくら過酷な訓練や任務が辛いからといっても、“不死隊”を抜ける事は、生きたままでは不可能である。
特殊な任務に就いている隊員たちは、皆が皆、余計な事を知りすぎているために外部へ解放される事など無く、戦死するまで戦い続ける宿命を背負う。
たとえ戦死しなかったとしても、負傷で使い物にならなくなった隊員や脱走した隊員は、隊内の「諜報部」と呼ばれる者たちに、ひっそりと暗殺されて姿を消すのであった。
その死をもってしか、“不死隊”の隊員という身分から解放される事は無い。
……という事になっている。
レエモンはふと視線を感じて、隣の腰掛けに座っている“お嬢様”の方を向いた。
彼女は顔をこちらに向けて、嬉しそうにレエモンを見ながら微笑んでいる。
「詳しく知らないとか言っていたわりには、随分と真剣に観戦するのね。やっぱりあなたは“ダンジョンコンクエスト”フリークの素質有りだわ」
レエモンにそう言う彼女の声は、とても分かりやすく弾んでいる。「同好の士」を見つけたと、内心かなり喜んでいる様子だ。
「……いやはやなんとも、食わず嫌いせずに観てみるものですね。想像していたよりも遥かにハイレベルな戦闘だと感じます」
(いかんいかん、“かわいい後輩たち”の戦いぶりに、つい見入ってしまった。しかし世界を股にかけるヴァルスラッグ一族と言えども、やはり“不死隊”の存在は知らないと見える)
頭の中で考えている事を悟られないように、レエモンは当たり障りのない感想を口から出す。
「でしょう!この面白さが分からないなんて、アントニオも“道化”も、なんて可哀想なのかしら。人生の半分以上を損しながら生きてると思うわ」
“お嬢様”は執事と小男を見ながら楽しそうに言う。
むしろ“お嬢様”のような名門中の名門貴族の令嬢が、こんなものを楽しんでいるという事実の方が正直いかがなものかとレエモンは思うのだが、もちろんそんな事はおくびにも出さない。
「特にこの五人組のチームはなかなかやるようですね。息の合った攻撃をしているのが見ていてよく分かります」
白々しく分かりきった事をレエモンは口にする。それと同時に、あの連携攻撃を習得するために彼自身が訓練教官にしごき抜かれた、過去の苛烈な訓練の日々の記憶が、ちらっと蘇る。
「ああ、《フーリガンズ・ストライク》の事?……いつの間にか上位ランクにポッと現れてたけど、そういえば最近人気らしいわね。特にあの舞台俳優みたいな女が」
“お嬢様”の言葉にはやや棘が有るようにレエモンには感じられた。
「確かに異国風な、独特の美貌だと思うけど、この私には遠く及ばないわね。残念でした、お気の毒様」
「…………」
確かに“お嬢様”は貴族の令嬢らしい、磨かれた気品を土台とする稀な美しさを備えてはいるが、あのリリアーネとか呼ばれている女冒険者に勝る美貌、とまで言うのはさすがに無理がある、とレエモンは密かに思う。
街行く人たちを捕まえてどちらが美しいかと聞いたらおそらく、いや、間違いなく女冒険者の方に軍配が上がるだろう。
「ヴァルスラッグ一族家訓‼︎‼︎ “勝てない相手とは決して戦うな“‼︎‼︎」
いきなり例の小男が、またしても素っ頓狂な大声を張り上げた。
本当にそんな家訓がヴァルソリオ家に有るのかどうかは知らないが、おそらく先ほどの“お嬢様”の発言への皮肉なのだろう。
何度か小男の“お嬢様”に対する失礼な発言を聞くうち、レエモンはそれに慣れていくとともに、おそらくこうやって皮肉を言う事が彼の役割なのだろうと理解し始めていた。
「私が気に入ってるチームは断然、《アンデッド・ジ・アーマメント》ね。毎回のように全滅するから、毎回のようにメンバーが入れ替わるのよ。ほんとサイコー。なんでも彼らはバリシア監獄の死刑囚らしいんだけど……」
“お嬢様”はやや興奮した様子で、彼女が贔屓にしているチームについて早口でまくし立てている。小男の皮肉など、まるで聞こえていないかのようだ。
「どうやらあのチームには“脅威生物に出くわしたら、決して撤退してはいけない“っていう絶対のルールがあるらしくて、本当に全滅するまで戦うのよ。大の大人がベソかきながら、ガタガタ震えながら必死で戦うんだもの。堪んないわぁ」
陶然とした表情を浮かべる彼女の言葉を聞いて、レエモンは少し引っかかるものがあった。
(メンバーの入れ替わり、死ぬまで戦う……まるで“不死隊”だな、まさか彼女は知っている?…………いや、まさかな。ただの偶然か……)
さすがにそれは考えすぎだろう、とレエモンは思った。贔屓のチームについて語る彼女の声は、人が純粋に自分が好きなものを感情のままに話す時の声色だ。おそらくそこに深い意味は無いと思われる。
どうやらレエモンが見る限り、“お嬢様”は冒険者たちが死に抗って必死に戦う様、そしておそらくだが、それでもなお命を散らし逝く様に興奮するという、特殊な性癖があるらしい。
観戦が始まってからずっと顔を顰めっぱなしの執事アントニオに、レエモンは思わず少し同情してしまう。
(それにしても、五人もの脱走を許すとは、“不死隊”も緩くなったものだ。かなり隊内の統制が乱れているな。“鋼の栄光”を誇ったダイコーン帝国も、世界的な衰退の流れには逆らえないという事か……。)
かつてダイコーン帝国民、本名マクシアラ・ボルダスキとしてこの世に生を受けながら、現在は帝国とは無関係な密猟組合の幹部候補であるレエモン。
(最近聞くところによると、帝国は軍備を増強しているらしいが、言ってみればそれも帝国の“焦り”の裏返しなのかも知れないな)
「反帝国勢力のテロリスト」という容疑で政治犯として逮捕され、死刑を免れるかわりに“不死隊”に所属していた過去を持つ彼は、クリスタルモニターに見入ったまま、そんな事を考えるのだった。




