「パージ」Ⅰ
広い部屋の中にカースドラゴンが地に伏した音が響き渡る。
4本の脚から力が失われ、その巨体の体重が落下したことで起きる地響きに、部屋の石畳が微かに揺れた。
カースドラゴンの頭部には、ヒャクリキのウォーピックが突き立ったままになっている。その位置と深々と突き立った深さから、ウォーピックの先端はカースドラゴンの表皮と頭蓋骨を突き破って脳に到達し、致命傷を与えたと推測できた。
カースドラゴンの巨体は地に伏して床に横たわったまま、動かなくなっている。
「や、やった……のか?」
ジョエルが恐る恐る声をあげる。《ドラゴン・ベイン》の他のメンバーたちも皆その場に固まったまま、カースドラゴンの様子を観察している。
照明弾の光が途切れた部屋の暗さにカースドラゴンの黒い表皮が溶け込んで、どうにもその様子が分かりづらい。
カースドラゴンの巨体は微妙に震えながら、おそらくはその呼吸に合わせて腹部のあたりが膨らんだり縮んだりしている。
死んではいないと思われるものの、凶悪な脅威生物は先ほどまでの死闘で見せた、その激しい活動を完全に停止させていた。
頭部に“眼”のような物が無いので判断しかねるが、その様子を見る限りは一時的に気絶しているようにも見受けられる。
「油断するな‼︎ジョエル‼︎アンサー‼︎今度こそトドメだ‼︎俺に合わせて、同時に心臓を狙って槍を突き立てろ‼︎」
ブランドンは彼が“ハーケン”と呼ぶ、独特な穂先の形状をした長柄武器を構えながら、指示を飛ばす。
前面に盾持ちのケインを立たせ、ブランドン、ジョエル、アンサーはカースドラゴンにジリジリと近付いて行った。
カースドラゴンの力なく床に投げ出された頭部の横には、例の「謎の黒い液体」をその全身に浴びたヒャクリキが横たわっている。
ヒャクリキもカースドラゴンと同じように、横たわったまま動かない。
動かないカースドラゴンの様子を見て、途中で立ち止まったケインを除く、武器を持った三人は、その横を通り抜けてカースドラゴンの腹側に回ると、少し間隔を空けて立ち、それぞれの武器を慎重に構えた。
ジョエルは片手に持った松明で、ぬらぬらと鈍く光るカースドラゴンの表皮を照らしている。
おそらく心臓が有るであろう位置をブランドンが“ハーケン”の穂先で指し示す。
三人はお互いの顔を見合って頷いてから、タイミングを合わせてそれぞれの武器を狙った位置に深々と突き立てた。
「ぎゅオォアアァァぁぁルrララrr‼︎‼︎」
その瞬間、動かなかったカースドラゴンはいきなり巨体を揺らして立ち上がると、身を捩って体のあちこちから白い体液を撒き散らしながら咆哮した。
驚いた三人は武器を引き抜きながら、反射的に飛びすさってカースドラゴンから距離を取る。
至近距離で大音量の咆哮を聞いたせいで耳鳴りがする中、それでも三人ともが再び、持っている武器をカースドラゴンへと向けて迎撃の意志を見せた。
しかし襲いかかってくるかと思われた手負いの敵は、何故かいきなりその場で半回転した。
それと同時に三人に向かって、黒い巨大な何かが飛んで来る。
その飛んで来た物体に三人はまとめて巻き込まれ、後ろに弾き飛ばされて床に倒れ込んだ。
「くそっ!なんだこれは⁉︎」
謎の物体の下敷きになっていたブランドンは、慌ててその重い物体を跳ね除けると、すぐさま立ち上がる。
追撃を警戒して“ハーケン”を構えるが、カースドラゴンは意外なことに、ブランドンたちに尻を向けて逃げ出していた。
遠ざかっていくその姿をよく見れば、あの長い尻尾が途中から、千切れて無くなっている。
中途半端な長さの尻尾の先端、白く発光する千切れた断面を左右に振りながら逃げていくカースドラゴンは、器用にその折れた背びれを畳むと、そのまま部屋の入り口から通路へ、ぬるりと巨体を滑り込ませて姿を消したのだった。
「なんだありゃ……?逃げた……のか……?」
遅れて立ち上がったジョエルが呆然とした表情で呟く。
その声にブランドンが振り返ると、立ち上がっているジョエルといまだに床にしゃがんでいるアンサーの横で、何か長い物がうねうねと動いていた。
人間の背丈よりもはるかに長いそれは、片方の端は人間の胴ほどの太さから、もう片方の端にかけて緩やかに細くなっている。
そして太い方の端は、白く発光する液体に濡れて、部屋の暗さの中にぼんやりと光りながらバタバタ揺れている。
「なるほど、尻尾を切り離して逃げたのか……」
トカゲは敵に襲われた時に、敵の注意を逸らすために自分の尾を切り離し、敵の目を眩ます囮として使う。
おそらくそれと同じ事を、カースドラゴンもしたのだろう。
「ヒャクリキ‼︎‼︎‼︎」
暗い部屋の中に突然マーテルの叫び声が響く。
見れば彼女は横たわるヒャクリキのそばに駆け寄っていた。
救護しようとしているのだろう。彼女はそのままヒャクリキの頭の近くにしゃがみ込んだ。
同じく近付いたユージンがランタンの灯りで照らすと、あの「謎の黒い液体」をもろに浴びたヒャクリキは、その全身が黒く染まっていた。
ヒャクリキの体からは、微かに黒い霧のような煙が立ち昇っている。
「ヒャクリキ‼︎私の声が聞こえる⁉︎聞こえたら返事をして‼︎」
マーテルは大声でヒャクリキに話しかけているが、当のヒャクリキは浅く、速く、それでいて弱い呼吸こそしているものの、じっと横たわったまま目を閉じて、ピクリとも動かない。
「……とにかく治療しないと。布か何かでこの黒いのを拭い取れば……」
治療するための道具を取り出そうと背嚢の中を漁り始めたマーテルだったが、その背中に向かってブランドンが声を掛けて来た。
「無駄な事はやめろ。そんな事に手を取られているような余裕は無い」
その言葉に、マーテルは自分の耳を疑った。




