虚飾の栄光
(……嘘よ、それは……)
観覧席のメンバーたちがしている会話の外でじっと息を潜めているマーテルは、心の中でそう呟いた。
そう、嘘だ。
《ドラゴン・ベイン》はあの時、カースドラゴンの“討伐”に成功などしていない。
彼らにできたのは、あくまで“撃退”までだった。
ダンジョンの攻略を終えて地上に戻った後、ブランドンはカースドラゴンの体の一部を手に入れていたのを良い事に、なんとそれを証拠として「我々は神話に謳われたドラゴンを討伐した」と各所に嘘を吹聴して回ったのだ。
ドラゴンという、本来なら人の身ではおよそ傷一つ付けられない存在の討伐というエピソードは、ある意味ではダンジョン攻略以上のインパクトを聞くものに与えるようだった。
そして彼の話を聞いた者たちは、誰も彼もがその言葉を、マーテルが驚いてしまうほど単純に信じたのである。
しかしマーテルがそれ以上に驚いたのは、そうして嘘を吹聴するうちに、ブランドン自身がまるで「本当に自分たちのチームはカースドラゴンを討伐したのだ」と信じているかのような態度を取り始めた事だった。
チームの他のメンバーたちも、そんなブランドンに同調するかのように、カースドラゴンの討伐成功は実際にあった“事実”なのだと信じ込んでいるかのように見えた。
なんとも不気味で奇怪な事が、現実に起きていた。
有りもしないダンジョン深部でのカースドラゴンの討伐という偉業は、事実かどうかを検証する術を持つ者が居ない地上の世界において、まったくの“真実”として受け入れられていったのだった。
ただしマーテルと、カースドラゴンのあの「謎の黒い液体」を左足に浴び、不具となってしまった罠師のリョーカを除いて。
カースドラゴンの被害者であるリョーカはそんなチームメンバーたちに呆れたのか、報酬を受け取るとその後すぐにチームを脱退した。
最難関と言われたダンジョンの攻略成功を讃える、国王の招集にも参加しないままにだ。
リョーカがチームを去る時、見送ったのはマーテルだけだった。
他のメンバーは、各所からの饗宴の招待に応じるのに忙しいようで、誰一人として見送りには来なかった。
杖をついて左足を引き摺りながら遠く、小さくなっていくリョーカの後ろ姿が、今でもマーテルの脳裏に焼き付いている。
その頃からではなかっただろうか。マーテルの心に疑念が生じたのは。
奴隷商の監視下での、まるで家畜のような惨めな生活から、非常に危険とは言え、人間として扱われる冒険者の生活へ。
ブランドンに買い取られる事によって、彼女は人である事を取り戻した。
ある意味でマーテルにとっての救世主とも呼べるブランドンに、彼女は少なくとも一時は感謝していた。
彼に自分から体を差し出したのは、その感情からでもある。
しかし、そんなブランドンに疑問を感じ始めたのは、足を引き摺りながら歩くリョーカの背中を見たその頃からではなかっただろうか?
マーテルはそう思う。
彼女にとっての救世主は、嘘の栄光に恥ずかしげもなく平気で浴する事で、ゴテゴテと下品な装飾で飾られた醜い虚像へと、彼女の中で徐々に変わって行ったのだった。
(元々そういう人だったのか、それとも周囲の賞賛がこの人を変えてしまったのか、今となっては知る由も無いけれど……やはり偽物の偉業だわ。チームに貢献した者たちの犠牲の上に築かれた、まさに虚飾の栄光……)
どろりとした、苦くて昏い感情が、マーテルの胸の奥に湧き上がってくる。
(そう、あの人だって犠牲者の一人よ。一体どれほど無念だった事か…………ごめんなさい……ヒャクリキ……)
その感情と結び付くようにして、マーテルの脳裏に“あの時”の苦い記憶が蘇ってくるのだった。