暗闇を駆けながら
ヒャクリキは通路を駆けている。暗いダンジョン内に彼の重い足音が響く。
ついさっきまで剥き出しの地面だった床が、ところどころ石畳に戻り始めている。ダンジョンの深部から、中層に差し掛かったらしい。
今回は見かけなかったが、前回潜った時には “穴掘り小鬼”を見かけた。ダンジョンの拡張を続ける奴らが居るという事は、このダンジョンにはおそらくダンジョンコアがあるのだろう。
密猟行為に手を染めてから、ヒャクリキはドラセルオード近郊のダンジョンにあちこち潜っているのだが、大規模と呼べるようなダンジョンはほとんど無く、前回ここを見つけた時にはその規模から期待できる獲物に少し心が躍ったものだ。
かつて冒険者チームに同行して“暗黒大陸”に居た頃に彼が潜っていたのは、ほぼ毎回大規模ダンジョンだった。“仮面被り”ではない角鬼の方が、向こうでは珍しかった。
しかし、例の大会の攻略対象になってしまったという事は、今後は今まで以上にこのダンジョンで冒険者に遭遇する確率が上がってしまうだろう。そうなると、気軽に潜るわけにはいかなくなる事は自明の理で、ヒャクリキにとっては正直都合が悪い。
次回からは少なくとも潜る前に、“ダンジョンコンクエスト”に関する情報をきちんと入手しておく必要がある。
とはいえ、ひとまずは今回、無事にダンジョンから出る事を考えなければ。
まだその姿を確認してはいないが、冒険者たちは今、ダンジョンのどこら辺まで潜ってきているのだろうか?
ヒャクリキは真っ暗な通路を駆けていく。灯りは手に持って掲げた魔煌ランタンの青白い光のみだが、彼自身はかなり夜目が利くので、最悪の場合、灯り無しの暗闇でも目が慣れればある程度は動くことができる。
昔から夜目が利いたわけではないのだが、いつの間にかそうなっていた。
見えなくなるとはよく聞くが、逆に見えるようになるというのは不思議な話だ。一体いつ頃からそうなったのだろうか?駆けながらそんな事をヒャクリキは考える。
通路の壁に、崩落を防ぐ板木やレンガがちらほらと混じり始めた。天井にも細い梁が渡してある部分が見えて来ている。
ダンジョンに棲み着く野生生物や、脅威生物にはやはり遭遇しない。
前回あれだけの数が居た角鬼は、一体どこへ消えたのだろう?
潜って来ているであろう冒険者を警戒し、身を潜めて隠れているのだろうか?
もしかしたら冒険者たちを迎撃するために、上層に向かったのかも知れない。
深部の脅威生物が少ないというのも気にかかる。
考えられる可能性としては、角鬼たちが氏族の拡大のため、食料や身の回りの品の素材用に大規模な狩りをしたというパターンだ。
かつて所属していた冒険者チームの参謀を務めていた男は、ヒャクリキからすれば無駄とも思えるほど脅威生物に関する知識を豊富に持ちあわせていた。
ダンジョンに潜りながら彼の蘊蓄を聞くうちに、ヒャクリキは自分でも特に意識しないまま、脅威生物への見識を深めていた。
その参謀役の男の言によれば角鬼の繁殖力は凄まじく、条件が整えばあっという間にその数を増やしてしまうとの事だった。
大規模な角鬼の氏族は、その増え過ぎた数が原因で内部分裂や内部抗争を起こしたりもするらしい。
まるで人間のようだとヒャクリキは思う。
深部に潜るまでの道中、角鬼たちのものらしい視線や気配を感じることは多かったが、奴らはついにヒャクリキを襲ってくることは無かった。
ヒャクリキは一人で潜っているのだから、多勢にまかせて襲ってきても良さそうなものではある。
しかしそうはなっていない。
とにかく今回は想定から外れたイレギュラーな事が多すぎる。やはりすぐに地上に戻ると決めた自分の判断は間違いではないはずだ。
通路の曲がり角などの要所に据え付けられた、おそらくは角鬼たち手製の、火がつけられた松明が現れ始めた通路を駆けながら、ヒャクリキはそう思った。