「キュルケゴルダ迷宮の死闘」
「ジョエル‼︎アンサー‼︎ヒャクリキ‼︎お前たちは俺と一緒にヤツを挟んで対角線に位置を取れ‼︎タイミングをずらして遠間から攻撃しろ‼︎ピラドとケインは盾持ちに専念してヤツの前面をキープするんだ‼︎近付き過ぎるなよ‼︎」
ブランドンがメンバーたちに指示を飛ばす。
いまだかつて無いほど凶悪な脅威生物を前にして、彼の声には決死の覚悟を含んだ響きがある。
「リョーカは援護だ‼︎遠間を保ってクロスボウでとにかく強装ボルトを撃ちまくれ‼︎ユージン‼︎お前もだ‼︎それと粘着弾を準備して、ヤツが動きを止めたら撃ち込め‼︎ビクターとマーテルは回避と防御に専念しろ‼︎」
ブランドンが指示を飛ばす間にも、“カースドラゴン”とビクターが呼んだ脅威生物は巨体を壁に貼り付けたまま這い回り、青白い炎を吐いて来る。
どう見ても“眼”らしきものが見当たらないその平べったい大きな頭部にはガマグチのような大きな口がぱっくりと開いており、その口の端にチラチラと青白い炎がゆらめいていた。
盾持ちのピラドとケインがメンバーたちの前面に立ち、全身が隠れるような大盾でカースドラゴンが吐いてくる炎を逸らしている。
“神殿”の神官たちによって防護の加護が施された大盾の表面には、青白い炎の残滓がへばりついてゆらゆらと燃えていた。
メンバーが固まっている場所を離れた罠師のリョーカと射手のユージンは、移動しつつ遠距離から強装ボルトをカースドラゴンに撃ち込み、照明弾の光が弱まるとその都度新しい照明弾を天井に向かって撃っていた。
ブランドンと槍手のジョエルとアンサー、そしてヒャクリキは、柱に身を隠しつつ移動し、攻撃の機会を窺っているのだが…………
「ブランドン‼︎攻撃できる位置を取ろうにも、ああやって壁に貼り付かれちゃ俺らはどうしようもねえぜ‼︎」
ジョエルが叫ぶ。確かにカースドラゴンはその巨体のあちこちに撃ち込まれた強装ボルトが突き刺さってはいるもののまるで効いていない様子で、壁に張り付いたまま重力を感じさせない動きで移動し、床に降りてこようとしない。
「分かっている‼︎お前たちはとにかくそのまま動きを止めるなよ‼︎あいつに的を絞らせるな‼︎…………ヒャクリキィ‼︎」
ブランドンがヒャクリキを呼ぶ。
ヒャクリキはいつものように貧乏くじを引かされる予感がして苛立つが、この状況では指示に従うしかない事も理解していた。
「お前の馬鹿力でヤツに掘削爆弾を投げつけろ‼︎壁に貼りついていても安全じゃないと分からせてやれ‼︎」
やっぱり危険な役回りか。
そう思いながらもヒャクリキは炎を避けて走りながら、すれ違いざまにリョーカから肩掛けの鞄のようにも見える掘削爆弾を受け取る。
導火線には既に火が着けられていた。ヒャクリキはジリジリと火花を散らす導火線がある程度まで短くなるのを待つ。
カースドラゴンと短くなっていく導火線とを交互に見ながら、投擲に最適な場所とタイミングを必死で探す。
(ここだ‼︎)
覚悟を決めたヒャクリキは鞄の肩紐にあたる部分を掴んで大きく振って勢いを付けると、カースドラゴンめがけて放り投げた。
「全員伏せろ‼︎‼︎‼︎」
ブランドンの叫び声が響く中、放物線を描いて飛んで行った掘削爆弾はカースドラゴンには直撃せず、すぐ近くの壁にぶつかった。
そのタイミングで掘削爆弾が爆発する。
一瞬の閃光が疾ったあと、大音響の轟音と爆風が巻き起こる。
部屋の空気が振動し、ビリビリとメンバーたちの肌を震わせた。酒保商人が持ち込んだ最新の爆薬を使用してリョーカが自作した爆弾は、予想以上の爆発力だった。
飛んできた小さな瓦礫のかけらがヒャクリキの頭に当たって跳ねる。より細かいかけらがパラパラと降りかかって来るのを払うようにして、弾かれたようにヒャクリキは立ちあがった。
掘削爆弾が爆発したあたりを見ると、漂う煙の向こうにある壁が爆風でえぐれて大きくへこんでいた。
(ヤツが居ない⁉︎吹き飛んだのか?)
爆風があの巨体をズタズタに引き裂いたのだろうか?
それにしては肉片や飛び散った血液らしきものが見当たらない。
「がああぁぁ‼︎くっそ‼︎ドジっちまった‼︎」
大声がした方を向くと、ピラドが床にうずくまった体勢で片腕をだらりと垂らし、もう片方の手で肩の下のあたりを押さえている。
どうやら爆弾の破片が腕に直撃したらしい。押さえている手が血に濡れている。
それを見たマーテルがすぐさまピラドへ駆け寄った。
「こっちだ‼︎床に降りたぞ‼︎」
離れた場所でアンサーが叫んだ。ヒャクリキは釣られて今度はそちらを向く。
見ればカースドラゴンは一本の柱のそばで体を震わせていた。
その黒い体にはあちこちに傷が付いており、そこから発光する白い液体が流れ出している。
あれは血液なのだろうか?さらに背びれはその途中から尻尾側にかけて、骨が折れて曲がっている。
傷が付いているとは言え、致命傷には至らなかったらしい。その巨体のフォルムは形を保っているし、普通に動いている。
しかし爆破の衝撃は確実にダメージを与えたらしく、明らかに動きが鈍っていた。
「硬いな……さすがはドラゴンと名につくだけの事はある、硬い。……ユージン‼︎」
ブランドンが名前を呼ぶと同時にユージンが撃った粘着弾が、カースドラゴンに命中した。着弾の衝撃で弾けた粘着弾の中身の粘着液が、巨体にまとわりついてその動きを拘束する。
ユージンからいくらか粘着弾を受け取ったリョーカも、拘束するのに具合が良い場所を狙うためなのかカースドラゴンに近付きながら、クロスボウで粘着弾を撃っていく。
数発の粘着弾が命中すると、カースドラゴンは完全にその巨体を床に縫い付けられていた。
粘着弾の粘着液は空気に触れるとどんどん硬化して粘りを増し、その拘束力は強力になっていく。
「よし!動きを封じたぞ。ジョエル‼︎アンサー‼︎止めを刺せ‼︎」
勝利を確信したのだろう。ブランドンがひときわ大きな声で指示を飛ばす。
「おおよ‼︎ドラゴンとはいえ、血が出るなら殺せるのは間違いねえ‼︎けっ!この××××野郎が‼︎ガースの仇だ、覚悟しやがれ‼︎」
「こいつが本当にカースドラゴンなら、それを殺した俺らはマジモンの《ドラゴン・ベイン》だな‼︎すげえ‼︎ドラゴンを殺すなんて、まるで神話じゃねえか‼︎」
ジョエルとアンサーは槍を構えたまま意気揚々とカースドラゴンに近付いていく。
槍を突き立てた後のカースドラゴンの抵抗を警戒しているのか、その後ろでリョーカも油断無くクロスボウを向けている。
「プぎゅるルルるるr……」
二人の槍の間合いに入ったかと思った瞬間、カースドラゴンが妙な鳴き声をあげた。それと同時にその背びれが青白い色に強く発光し始める。
さらにカースドラゴンは平べったい大きな頭をもたげたかと思うと、その長い首をグロテスクに膨らませ始めた。
「いかん‼︎何かしようとしているぞ‼︎離れろお前たち‼︎」
ブランドンの警告に反応してジョエルとアンサーが飛びすさるようにしてカースドラゴンから距離を取ろうとする。
その瞬間、首を倍以上の太さに膨らませたカースドラゴンは頭をメンバーたちの方へ向けると、その口からまるで霧吹きのように、どす黒く輝く液体を噴き出した。




