《ドラセルオード・チャンピオンシップ》開幕
夕焼け雲が浮かぶ空に数発の花火が上がった。
それと同時に楽団のラッパが鳴り響く。開幕のファンファーレだ。
それを聞いた中央広場に詰めかけた観客たちはそれまで以上に騒々しい歓声を上げる。
「皆様‼︎大変お待たせいたしました‼︎只今より、第7回、《ドラセルオード・チャンピオンシップ》を開催いたします‼︎」
「公示人の口」から鳴る大きなアナウンスの声を聞くと、その歓声はひときわ大きくなり、人でごった返した中央広場の空気をビリビリと振動させた。
ドラセルオードの街全体のほぼ中央に位置する、「中央広場」というそのまんまな名称を与えられたその場所が、放映のメイン会場だった。
広場を取り囲むように配置された6台の巨大なクリスタルモニターには、攻略対象のダンジョンの前で待機する冒険者チームのメンバーたちの姿が映し出されている。
自由席として設定されたエリアに並ぶ椅子は、すでにそのほとんどが観客で埋まっており、貴族や富裕層向けに確保された枡席のエリアも、すでに家族や仲間連れと思われる団体客が自分たちの場所に落ち着き始めていた。
会場の通路や少し空いたスペースには早くも立ち見客の姿が見え始めている。
老若男女、貴賤を問わず様々な観客が入り乱れ、通行人や人だかりの中には明らかに“非人窟”の住人だと思われる者たちの姿も、そこかしこに見つける事が出来るのだった。
観客席を少し離れて広場の外周に目を向けると、そこには様々な出店が立ち並び、あちこちで客を呼び込む声が聞こえて来る。
出店が並ぶエリアの中でも、賭け札の販売所に並ぶ人々の列は他のどの出店の列よりも圧倒的に長かった。
出場チームが発表された一か月前から賭け札の前売りは始まっていたが、当日になってもまるで勢いの変わらない大盛況ぶりだ。
会場の空気はお祭り気分一色に染まっている。
その賑わいは不景気にあえぐこの国ではもう滅多に見る事のできない光景だと言えた。
『ご覧のとおり、出場チームの皆さんの顔からは、早くも緊張感がひしひしと伝わって来ます!年に一度の大舞台に向けて調整をして来たであろう各チーム、果たして栄冠を勝ち取るのは一体どのチームなのか⁉︎間もなくスタートの時を迎えます‼︎』
現場の中継をしているクリスタルモニターの中で、現地の様子をレポートする案内人の言葉に、会場の興奮が高まっていく。
《ドラセルオード・チャンピオンシップ》本戦の開始の時刻は、もうすぐそこに迫っていた。
マンチェットは広場のそばにある、この大会のために委員会が借りている建物の二階の窓から、広場の喧騒を見下ろしていた。
この建物は大会の期間中、即席の大会運営事務局として使われる。
彼は窓枠に置いてある灰皿へ細巻きタバコの灰を落とすと、煙とともにひとつ大きく息を吐き出した。
(なんだかんだで、こうして無事に開催できたか……)
とにもかくにも、まずは一安心、といった心境だった。後は特に事故も無く大会が終わってくれるのを願うばかりだ。
「あらぁん、どうしたのぉ?主任さん。そんなにたそがれちゃってぇ」
もう一服、タバコの煙を吸い込んだところで後ろからルナルドの声が聞こえて来る。
苦手なタイプの人間に話しかけられてしまった。あまり気が進まないが無視するわけにもいかないマンチェットは、タバコの火をもみ消して声のした方へ振り向いた。
「これはルナルド様、別にたそがれてるというわけでは…………」
何気なく振り返ったマンチェットの視界の中に、ルナルドとブランドン、そしてさらにもう一人、とても美しいエルフの女性が立っていた。
「…………ただ、無事に開催できて安心していたところです」
マンチェットは途切れた言葉を無理やり続ける。
ブランドンの隣に立っているエルフに、一瞬とはいえ完全に目を奪われてしまった。
(……エフロイド氏の関係者だろうか?それにしても……)
彼女を見た瞬間、マンチェットは彼の脊髄に電流のような衝撃が走ったのを確かに感じた。
彼女はまるで誰かが計算し尽くして作ったかのような整った美しさだ。
なんという美しい黒髪だろう。まるで濡れているかのようなツヤだ。
髪の毛の黒と対比するかのようなクリーム色の肌もきめ細かく、美しい。エルフの特徴であるその長い耳の先端まで健康的な血色で覆われている。
そしてやや伏し目がちな顔は、少し陰を感じる顔立ちをしているが、それこそが彼女から受ける儚げな印象の源泉であるかのようだった。
ブランドンがマンチェットに挨拶をする声で、マンチェットは無意識のうちに彼女を見ている自分に気付き、慌ててブランドンに視線を向ける。
「ご苦労様です。冒険者組合無しではこの商売は成立しませんからね。……マーテル、こちらが冒険者組合の主任…………」
「マンチェット・トリダーです。どうぞお見知り置きを」
「主任」の後が続かないようなので、マンチェットは自分から名乗り、彼女に向かって掌を上にした手を差し出した。
「お会いできて光栄ですわ、トリダー様。いつも主人がお世話になっております」
マンチェットが差し出した手に乗せられた彼女の手の甲に、マンチェットは軽くキスをする素振りの挨拶をする。
「ではまた後で。観覧席で会いましょうねぇん」
ルナルドがそう言い残して、三人は部屋を出て行った。
窓際で彼らを見送ったマンチェットはしばらくその場に立ち尽くしていた。
彼の手には、マーテルと呼ばれた彼女の掌の感触が残っている。柔らかいかと思われた彼女の掌は、意外にもしっかりとした皮膚に覆われていた。
それは決して貴族の令嬢のように、悠々自適の生活をしている女性の手ではなかった。
地に足のついた生活をし、自分の人生を自分の力で支えている者の手だ。
マンチェットは彼女の掌に触れた瞬間、妻の掌の感触を思い出していた。
そこから妻の笑顔を連想している彼の心臓は、どういうわけか高鳴っている。
(いかんいかん、何をときめいているんだ、俺は。そのへんの若造じゃあるまいし)
頭を振って自分の中に生まれた感情をかき消した彼は、彼らに続いて観覧席へ向かうのだった。