《エンシェント・ディバウアーズ》待機中
ダンジョンの入口で待機している冒険者の集団の中、《エンシェント・ディバウアーズ》に用意されたスペースで、コーネリアは襲ってくる緊張と焦りを抑えつけようと、精神集中のための瞑想に入っていた。
いつもならすぐに落ち着く精神も、今日ばかりはどうも言う事を聞かない。
集中しなければ。チームリーダーである彼女の判断が、大会の結果に大きく影響することは明らかだ。焦りや雑念はダンジョン攻略においては邪魔にしかならない。
いつまでも落ち着かない自分の精神に、彼女は尚の事焦り始めていた。
(集中できない……忌々しいわ、このままではまたアイツらにいいところを持って行かれてしまう……)
そう思いながら、コーネリアは《フーリガンズ・ストライク》の面々が固まっている場所に目を向ける。
(出場報酬を前借りしてまで装備を客受けが良さそうな見た目のものに新調したというのに、会見ではあの二人の方が断然注目されていた……)
彼女は恨めしそうな視線を、遠くで何やら談笑しているダイソンとリリアーネに向ける。
この大会の予選とみなされる直近の“ダンジョンコンクエスト”の大会で、彼女のチームは三回連続で《フーリガンズ・ストライク》に勝者のポジションを奪われていた。
その結果は《エンシェント・ディバウアーズ》の栄光が、すでに過去のものになりつつあるという印象を周囲に与えるには充分なものだった。
おかげで最近は彼女のチームのスポンサーに着いている商会が、ヤツらに乗り換えようと動いているらしいという噂まで耳に入って来ている。
どう考えてもこの大会で優勝する、もしくは最低でも《フーリガンズ・ストライク》よりも高い順位で終えるという結果を出せなければ、この先チームは今いる地位に座り続ける事はできなくなる。
そうなれば、彼女が今している貴族のような生活はできなくなってしまう。毎月山のように届く請求書の支払いが、できなくなってしまう。
一度その生活を経験してしまった彼女にとって、それは到底受け入れられる事ではなかった。
駆け出し冒険者の頃の極貧生活に耐え、苦労を重ねながら着実にランキングを昇って来た彼女にとっては、今の生活こそが自分が手に入れた「成功」の証であり、ランキングの頂点こそが自分が居るべき場所なのだ。
なのに……
「くそっ‼︎‼︎こんなんじゃ……」
どうしても集中できない精神状態に、思わず彼女の口から苛立ちの声が出てしまう。
「まあまあ、そんなに気張んなよ。そうやって眉間を寄せてるとシワができるぜ。気楽に行こうや、気楽に。年に一度の晴れ舞台だ。楽しまなきゃ損ってもんだぜ」
近くで自分の武器の手入れをしているヨーカーが、いつもの軽い口調で言った。
まだ本番が始まってもいないのに、すでに特徴的な頭巾と一体になった仮面を着けている。鎧も着ており準備万端といった様子だ。
いつもならチームの順番ギリギリになってから準備を始めるというのに、今日は一体どうしたのだろう。本番が待ちきれないのだろうか。
彼が綿のような道具を使って研ぎ粉を当てている武器は、「刀」と呼ばれる湾曲した珍しい剣だった。聞けば目玉が飛び出るような値段で怪しい商人から購入したらしい。
「楽しむって……あんたみたいに脅威生物を殺せればそれで良い、なんて人格破綻者じゃないのよ!私は。この大会にチームの未来がかかってるのよ⁉︎あんたにも少しは緊張してもらいたいもんだわ‼︎」
「おっと!俺は殺したいんじゃない、斬りたいんだ。そこだけは間違えないでもらいてえな」
……ダメだこいつは。話が通じない。相手にするだけ時間と体力の無駄だ。
そう思ったコーネリアは彼の発言に噛み付いた事を後悔した。
「どんな脅威生物が出て来んのかなあー、楽しみでしょうがねえや。組合が公開してた情報じゃあダンジョンに居るのはおそらく角鬼だって言ってたけど、俺はそんなつまんねえ事は無いと信じてるぜ」
(……せいぜいたくさん敵を倒してくれればいいわ、この人格破綻者が)
口には出さずにコーネリアは思う。
チームの攻撃の主軸を担うヨーカーの事を、実は彼女はあまりよく知らない。「情報」を非常に重要視する彼女だが、彼に関しては積極的に知ろうとも思わなかった。
それにコーネリアは彼に関してあまり良くない噂を耳にしていた。
どうやらヨーカーは“非人窟”に住んでいるらしいのだ。よりにもよってあんな、文字通り人であることを辞めたような連中ばかりが住んでいるような場所に。
服装など、彼の見た目からはとてもそうは思えなかったので、驚いた記憶がある。
まったく、穢らわしい話だ。その戦力としての価値が低ければ、とっくにチームから蹴り出している。
「ああ、斬りたい。早く斬りたい。早くあの感触を味わわないと、おかしくなっちまいそうだよ。いつになったら出番が来るんだろうなあ、ああ、待ちきれねえ……楽しみだ、楽しみだなあ……」
人格破綻者は貧乏ゆすりをしながら何やらブツブツ呟いているようだ。
仮面をかぶっているせいでその表情を見る事はコーネリアにはできないが、彼女はその事に安堵する。
その声から察するに、きっとヨーカーは今、その仮面の下で見るに堪えないほどおぞましい顔をしているだろうから。
コーネリアの背筋に冷たいものが疾ったその時、“チームの守護神”と観客に呼ばれている、“元“神殿騎士のボードゥアンが彼女らに聞こえる声で言った。
「始まったぞ。最初のチームが潜って行く」
その声を聞いたコーネリアは、慌てた様子で再び瞑想を始めるのだった。




