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蛙と蛇


 脚に車輪のついた大きなテーブルで運ばれてきたその料理に、レエモンは度肝を抜かれた。


 テーブルに置かれた、人間が寝そべってもまだ余るような大きさの銀の皿の上に乗っているのは、巨大な鳥の丸焼きだった。

 その姿?は、まるで人間のように腹を天井に向けて横になり、脚を広げて仰向けの状態で寝ているかのようだ。


(おそらく走破鳥チョボルだな……しかし、これは何という……)


 巨大な鳥の丸焼きからは湯気が立ち昇っているが、こんな大きなものを、一体どうやって調理したのだろうか?見ただけで腹が一杯になりそうだ。


 天井に向けられた腹は肛門の位置まで切り開かれており、その中には取り除かれた内臓の代わりに、焼いた野菜や、氷を敷いた器に乗った果物が敷き詰められている。


 ここへ来てからずっと驚きっぱなしのレエモンは、今までに経験した事の無い種類の疲労を感じていた。

 正直なところ、食事が終わったらすぐにでも街に帰りたいところだ。


「今日は特別な日だから、これを用意するように命じたの。別にいつもこんなものばかり食べてるわけじゃないわよ」


 この城の主人である“お嬢様”は、レエモンの驚く顔を見るとそう言った。

 テーブルに着いている彼女の後ろには、例によって執事と小男が立って控えている。


 皿に取り分けられた走破鳥チョボルの肉を、手にしたナイフとフォークで驚くほど小さく切って口に運ぶ彼女は、先ほどからレエモンが盗み見る限り、かなり少食のようだ。

 食前酒とそれに添えらえれたつまみ、スープと前菜に始まったコースの何皿か、それらすべてを、少し口をつけただけで、あとは全部残して下げさせてしまう。


 王族でもそうそう真似できそうにない贅沢な真似だ。ある意味「食」に対する冒涜ぼうとくと言っても良いのではないだろうか。もちろん彼女が残した料理は、裏で使用人が食べて片付けているのだとは思うが。


 そしてその冒涜ぼうとくに対する罰なのだろうか、彼女はとても痩せている。

 病的、とまでは行かないにしても、正直あまり健康的には見えない。血色も悪いようで、肌はろう人形を思わせる青白さだった。


「何と言っても今日は《ドラセルオード・チャンピオンシップ》の開催日だもの。もう待ちきれなくて待ちきれなくて、気が狂いそうだったわ」


 意外な事に、彼女は例の大会に興味があるらしい。

 むしろその口ぶりは、“ダンジョンコンクエスト”を毎回欠かさずに観ていますと言わんばかりだった。


(なるほど、あの馬鹿でかいクリスタルモニターはそのためか……)


 そう思いながらレエモンは食堂の壁のうち、一つの面に設置された巨大なクリスタルモニターを見やった。

 それはあまりにも巨大で、街で立ち寄ったバーに珍しく設置されていたものなどとは比べ物にならない。広場に設置されているものと同じくらいではないかと思えるほどの大画面だ。


「あら、その様子だとレエモン、あなたも興味が有るんでしょう?だから今夜はここに泊まって行くと良いわ。今夜は私と一緒に大会を観戦しなさい。良いわね?」


「…………、えっ‼︎⁉︎」


 “お嬢様”はしれっととんでもない事を言い出した。一体、レエモンのどこを見て、大会に興味が有るなどと思ったのだろうか?


(一緒に観戦だと⁉︎……冗談じゃない‼︎特に興味も無い大会を、よりによって彼女と観る?勘弁してくれ‼︎俺はもう帰りたいんだ‼︎)


 レエモンは声を大にしてそう言いたかったが、つとめて平静を装いながら抵抗を試みる。


「よろしいのですか?お邪魔ではないでしょうか?私は大会について、あまり詳しくは知りませんし……」


 貴族相手でも通用する、柔らかな作り笑いを顔に貼り付けながら、彼女に対して失礼にならないよう言葉を選びつつ、曖昧あいまいに言葉を濁す。


 これで何とか彼女の気が変わってくれないだろうか?

 持ち込んだ商品なのかレエモン自身なのか、彼女が何をそんなに気に入ったのかは分からないが、このままではレエモンの神経がもたない。


「ええぇーーー‼︎‼︎逃げんのーーー‼︎⁉︎?あんた逃げんのォーーー‼︎⁉︎?オイラとアントニオだけじゃ、“お嬢様”の相手するのしんどいんだよーーー‼︎‼︎頼むよ頼むよーーー‼︎‼︎お願いだから、あんたも犠牲いけにえになっておくれよォーーー‼︎‼︎」


 いきなり例の小男が甲高かんだか頓狂とんきょうな大声を上げた。


 こちらの思惑を読まれている事も驚きだが、またしても彼女に対して失礼極まりない物言いに、レエモンは自分の体温が下がって行くような感覚に襲われる。


「そうなのよね。アントニオも“道化”も、興味が無いのか大会について全然知ろうともしないのよ。いつも大会を観戦しながら、私一人だけが盛り上がっててつまんないわ」


 やはり彼女にも小男の言葉は聞こえているらしい。それでいてその失礼な発言を聞き流している。


「これから長い付き合いになるんだもの、これくらいは当然、付き合ってくれるわよねえ。そうでしょう?レエモン」


 彼女は笑いながらレエモンに向かって有無を言わせない圧力をかけてくる。

 その目は心からは笑っておらず、獲物を前にした肉食獣のような光をその翡翠ひすい色の瞳に宿らせていた。


「……ええ、それは勿論もちろん。“お嬢様”からのお誘い、身に余る光栄でございます」

(クソッ‼︎ハメられた‼︎彼女は最初からこうするつもりだったのか‼︎)


 心の中と口とでまるで違う言葉を吐きながら、レエモンは自分が蛇ににらまれたかえると同じ状態におちいっている事を自覚する。これはもう、とても断れるような空気ではない。


「あらぁ!快諾かいだくしてくれて嬉しいわ。……ほらお前たち、ボサっとしていないで‼︎早く私と客人の観戦席を用意しなさい‼︎」


 彼女が号令すると、食堂のすみに控えている男性使用人やメイドたちが弾かれたように素早く動き始めた。


 あっという間に食事のテーブルが片付けられ、二つ並んだ立派な革張りの腰掛けが用意されたかと思うと、クリスタルモニターがぼんやりと発光し始める。


「時間もちょうどいい頃合いね。うふふ、とっても楽しみだわ。……あら、何をボーッと突っ立ってるの?あなたの席よ。早く座りなさいな」


 そう言って“お嬢様”は片方の腰掛けを指差す。


 ……やるしかない。自分と組合のこれからのために。


 覚悟を決めたレエモンは、彼女が指差す自分の席に向かって足を踏み出した。


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