ヴァルソリオ家の“お嬢様”
レエモンは緊張していた。
それこそ数えきれないほどの修羅場を潜ってきた彼だが、今感じている緊張感は、どうやっても誤魔化しようが無かった。
しかしそれも仕方の無い事だ、とレエモンは思う。
なぜなら彼の目の前に座る、まだ二十歳にも満たないであろうその若い女性は、ヴァルソリオ家の次期当主を約束された人物だったからである。
「うーん。良い。良いわね、この手触り。冷たくなってる革の感触が堪らないわ。そしてこの柄…………こんな柄、初めて見るわね。一体どうやって入手したの?特殊狩猟組合の商人、レエモン……だったかしら?」
その女性は膝の上に拡げた商品に落としていた目線を上げて、レエモンを真っ直ぐに見て来た。
白銀に近い色の金髪の奥に光る、突き刺すようなその視線に射抜かれたレエモンは、「落ち着け」と心の中で自分に言い聞かせながら女性の質問に答える。
「懇意にしている“狩人”から買い取ったものでございます。その“狩人”は通常の狩人とは違い、森ではなくダンジョンの奥深くに潜って、稀少な生物から素材を剥ぎ取り、私のところへ持ち込むのです」
目の前の女性はレエモンの答えを聞いて、「ふーん」と気の無い声を出したきり、再び目を落として、手元の商品をその白磁を思わせる指で撫で始める。
彼女が撫でている商品は、蜥蜴なのか蛇なのか、レエモンにも何の皮か鑑定出来ない爬虫類のものらしい皮を、組合お抱えの業者に革の状態に加工させたものだった。
彼女が言うようにその革の質感も、柄も、表面の光沢も、市場に出回る一般の革素材を遥かに凌駕する品質だったが、特に注目するべきはその大きさだ。
目の前に座った女性の膝の上から、彼女の足を覆い隠して床の上にまで広がっている。
あの旦那は一体どれほどの大きさの脅威生物から、この革素材の原料である皮を剥ぎ取って来たのだろうか?あまりにも大きいのでムラが出ないように鞣すのは一苦労だったと、業者も驚きを口にしていた。
「良いでしょう!気に入ったわ‼︎これからも我がヴァルソリオ家の門をくぐる事を許可します!光栄に思いなさい‼︎良いこと?これからは珍しい物を手に入れたら、真っ先に私のところへ持って来るのよ!」
女性はまるで王族が座る玉座のように大仰な形の椅子から急に立ち上がると、非常にハリのある、透き通った声でレエモンにそう言った。
彼女が立ち上がった拍子に床に落ちた革を、彼女の隣に立っていた家令……と言うよりは「執事」と呼ぶのがしっくりくる老人が、ゆったりとした動きで拾っている。
「お役に立てる事、恐悦至極でございます。是非ご贔屓にしていただければと」
レエモンは彼女に挨拶した時と同じように一礼する。
(……どうやら上手く行ったらしい。紹介してくれたシカロは彼女を随分と恐れているようだったが、それほど気難しい人物とも思えないな)
レエモンは緊張を解かないように注意しながらも、心の中でホッと胸を撫で下ろす。
しかしその瞬間、
「いやはや!こんな素性も知れない怪しい商人にも出入りを許すとは、“お嬢様”の器の大きさと寛大さと頭の緩さは、天上天下を駆け巡りまーすなーー‼︎」
いきなり女性を挟んで執事とは反対側に立っている、三頭身にも満たない小さな体の奇妙な格好をした小男が、素っ頓狂な大声を張り上げた。
(い、今!「頭が緩い」と言ったのか⁉︎)
その言葉に驚愕したレエモンは一礼したポーズのまま、固まってしまった。
さすがに「頭が緩い」はあまりにも失礼すぎる。
レエモンが言ったわけでもないのに、彼の胃が「きゅう」と縮み、脇の下に冷や汗が滲む。
ヴァルソリオ家といえば、「天空の住人」「高貴の中の高貴」とまで呼ばれるヴァルスラッグ家、その分家であり、つまりはヴァルスラッグ一族に連なる家柄である。
レエモンの目の前に居るのはそのヴァルソリオ家の次期当主。と言っても現当主である彼女の父親は館に引き篭もってしまっているらしく、そのため彼女は現在、この若さでありながら、実質的なヴァルソリオ家の主人なのだ。
そんな人物に向かって何という暴言だろうか。あの小男は気でも触れているのか?
しかしそんなレエモンの驚きと焦りと恐怖とは裏腹に、言われた当人である目の前の女性は、涼しい顔をしている。まるで先ほどの暴言が聞こえていなかったかのように。
執事である老人の様子も全く変わらない。静かなものだ。
部屋の壁際に控えているメイドたちにも何の変化も無い。
その自然な様子に、レエモンは自分がおかしいのだろうかと混乱する。
「あなたが持ち込んだ商品諸々の代金を準備させるから、別室で待機していなさい。ではアントニオ、あとは任せるわ。行くわよ、“道化”」
そう言い残すと、ヴァルソリオ家の令嬢は暴言を吐いた小男を引き連れて部屋から出て行った。




