青年は探索がてら怪しげな話を聞く
この恋愛特異点は、基本コメディベースで話を進ませていきたいと考えています。
ですが、自分の悪癖のせいでコメディからシリアスへと話が飛んでしまう可能性があったりします。
その時はシエテたちが全力で頑張っているときなのでごめんなさい許してください。
一面砂ばかりの場所だった。どこを歩いても、平坦な砂しか見えない。歩くにはとにかく苦労する場所だった。
そんな場所にザッ、ザッと足音が響く。その音を奏でているのは、革でできたブーツだ。茶色いそれは、馬の革だろうか。なかなかの見栄えであることは確かだ。
「……本当にこんな辺鄙なところに、アイツらがいるんだろうなぁ?」
そう問いかけるのは、屈強そうな、肥満体の男だ。笑みを浮かべながら、隣で歩く者へと言葉を紡ぐ。手甲、身軽な服。背中に背負っているのは巨大な鉄の槍。戦いに出るにはいい装備だ。特にこんな、砂の
舞うような地帯では。草原とは違うそんな場所には、身軽なものがちょうどいい。
「えぇ、もう少ししたら見えてくるんで……」
隣の男は腰に付けた剣を見せつつ、にやりと笑った。屈強な隣の男とは対照的にとてもやせぎすな男だった。吹けば飛んでしまうかのような、そんな容姿の男。
この二人の冒険者がここにやってきたのは、とある噂を聞き付けたからだ。
あの嫌われ者の種族であるオークの集落が、近くにあると。それが事実だとすると、恐ろしい話だった。
オークというのは、怪物。豚頭、あるいは猪頭で、鋭い牙と長い耳を持ち、筋骨は隆々。武器を持てばその勢いで石の家すら壊す。恐ろしい力を持った存在だった。それでいて、知性は低く。言葉を解すことはあまりなく、鳴き声だけでコミュニケーションを取り、人から物や人を奪っていく。獣にも劣る怪物として、恐れられてきた。
「はっきり言えば、オークっていうのは生きているだけで罪。討伐対象のようなもんだからな。こんなのがあったら皆殺ししかねえよ」
こぶしを目のまえに突き上げて、男は言った。その表情には笑みが浮かんでいる。怪物を殺して、英雄になる夢でも見ているのだろうか。そう思うくらいに、下卑た笑み。この後のビジョンも描いているかもしれなかった。
「しかし、オークってのはとんでもない怪物。斧や棍棒の一撃で人や死に、街は壊れるでやんす」
その一方で、隣の男は慎重であった。にやりと笑いながらも、オークの恐ろしさを語ることを忘れない。
「そんな怪物の集落なんて恐ろしすぎです。普通に考えたら国の兵士たちが動く事態で……」
「だから俺たちがやるんだよ!」
やせ男の言葉をさえぎって、肥満男は叫んだ。その叫び声で砂に止まっていた鳥がぶわっと舞う。
「いいか? あと一週間したら兵士連中がやるだろう。でもな、そうだったらロマンが、夢がねえだろ。だからその前に、俺たちがやるんだ。あいつらなんかに任せるわけにはいかねえんだよ! 冒険者なら気張れ! 怪物なんか殺してやるよ! ってぐらいにな!」
「分かりましたよ……だから叩かないでください……。痛いんですよ、アンタの一撃」
肥満男は気合を入れるように、やせ男の背中をバンバンと叩く。それに顔をしかめながら、彼は告げた。どこまでも静かな声で。これから行く場所の恐怖を、彼は理解しているようでもあった。
男たちは砂の地をひたすらに歩いていく。疲れも見せずに歩く様はさすが冒険者と言っていいだろう。
歩いていくらか経った頃か。男たちの目に何かが飛び込んできた。
「な、これが奴等の集落か!」
「……そのようですが、これは集落というより……」
二人の男は目を見張った。目の前に映っていた何かに。あまりにも壮大で、大きなものに。
「ふん、俺たちは止まらねえよ、行くぞ!」
「あぁっ、親分待ってくださいよぉ!」
そんな中でも、男たちは笑顔を忘れずに……、栄光を夢見ながら、目の前の存在へと突撃するのだった。
目の前の何かから男たちが必死こいて逃げ出す、たった数分前のことだった。
琥太郎たちのグループへ、幼馴染である高坂青葉が加入して、数日が経った。琥太郎以外どうでもいいと言い張る青葉と、自分大好き女神のシエテ。琥太郎にとってこの二人がどうなるかというのは一種の不安材料であった。実際、最初の顔合わせの時点だと、本当にボロボロだったと考えている。シエテの言葉が青葉に切り裂かれて、シエテが喚いての繰り返し。ただそれも数日になると、シエテも青葉もしっかり慣れてきたようで、会話をすることが少しはできるようになった。歩み寄らない青葉と、歩み寄りすぎなシエテ。対照的な二人を考えると、これは進歩の一つと言っていいだろう……。
ただ、それはそれとしても。それはそれとして……もう一つ、二人の間には大きな問題が発生した。
そしてこれは、シエテだけではなく、琥太郎自身にも降りかかる問題だったりするのである。
───ガルルルルァ!!
雄たけびを上げて、獣が迫る。赤い体色と短い毛を持つ獣。狼に似た獣だ。長い腕と巨大な爪を持っている。この二つを利用して、相手を切り裂き、殴り倒してきたのだろう。
「モンスター発見! あれは確か……。そう、フェンブラン! フェンブランってやつ!」
シエテが旗を構えつつ、モンスターの名前を叫ぶ。その表情は真剣そのものだった。そのシエテの後ろに控えるのは、青年と黒髪の少女。
シエテと琥太郎、そして青葉はレッドヴィレ近くの草原に来ていた。経験を稼ぐため、探索をしてモンスターを倒すことにしたのだ。
この前の『害鳥退治』が『達成』されてから、シエテは自分を鍛えようと思うようになった。あと少しで死にかけたというほどに完敗したのが、よっぽど応えたせいかもしれない。
今回の草原探索もその一環。レッドヴィレの近くに位置していて、モンスターも普通より多く。またほどほどに強いらしいという点が、シエテの琴線に触れたのかもしれない。
「フェンブランは鋭い爪で相手を切り裂く……らしいわ。飛び掛かられたらひとたまりもないって……。だから、気を付けてかかる必要があるわ」
どっかからの受け売りなのだろう。モンスターの特徴を言い連ねながら、彼女は旗を突き付けた。目の前の怪物へ、自分の全力をぶつける覚悟で。
「近づかせないように魔法をぶち当てればすぐ倒せるらしいから……。私に任せなさいな、全力でぼっこぼこに……ってちょっと!?」
自信たっぷりな言葉を言い放とうとした直後だった。彼女の近くを風が通り抜けるのを感じた。あの黒い髪の毛は……。間違いない。後ろにいたはずの青葉だった。
『ガルルルル!!』
「……邪魔」
今にも飛び掛かりそうに姿勢を低くしたフェンブランへそう呟くと、背につけていた大剣をヒュンっと一気に振るう。
『ギャア!』
と叫び声を上げれば、すぐに空を舞う赤狼の首。一気に、高速に。圧倒的な速さで振るわれた鉄の塊が、狼の命を奪った瞬間だった。
「はっや……!? って、ちょっと……!?」
思わず感嘆の声を上げるシエテ。しかし、そんな青葉の周りで、草むらがガサガサ! と音を立てる。次の瞬間、
『ッガアアアアァァ!!』
怒りの声を上げて、狼の赤い体が4,5体。青葉へと飛び掛かる。同胞を殺されたその激しい怒りを持って、目の前の鎧騎士を貪り喰って、殺しに行くつもりであった。同胞を殺した、あの女だけは許されない。許すつもりなどない。
だが、それを見ても、彼女は動くことはない。動かず、剣をすっと構えるだけ。
「ちょっ、逃げなさいよ!? このままだとアンタ死んじゃうのだけど!?」
シエテの声を、青葉は聞かない。
そして、飛び掛かったフェンブランの大群が、青葉へと口を開けて牙を突き立てようとしたときであった。
「……妙技『三日月返し』」
小さく呟いた青葉が、すっと剣の切っ先を目のまえに突き出す。それと同時に、彼女が動いた。
「はああっ!」
ズバシュゥ!
奏でたられたのは、金属の刃が、相手の体を切りつけた音。彼女の斬撃が、横凪一閃。赤狼の体を切り抜く。まるで三日月がそこにあるかのように、綺麗な斬撃の軌跡を残して。この一撃で、また狼の死体が生まれた。
しかし、殆どの狼は倒れはしない。数体は地面に着地しつつ、再び彼女の喉笛に飛び掛かりにかかる。
「つぎっ」
その瞬間に、彼女が動いた。飛び掛かろうとする前に、青葉が動いていた。そういわんばかりの行動で。剣を持ったまま身軽にぴょんと跳ぶと……目の前のフェンブランの首へと、剣の切っ先を突き刺した。首の筋肉が、剣によって貫かれる音。その音を最後に、もう一体、狼が地面へと崩れ落ちる。死にゆく狼が最後の光景は、草むらへと自身が倒れ征く、そんな姿だった。
「……じゃあ、次。やろっか」
そう言って小さく笑いつつ、剣を構えなおす青葉。
その姿を後ろで見ながら、シエテが声をかける。震える声で。
「……ねぇ」
「なんだ?」
「アンタの幼馴染なんだけど、めちゃくちゃ怖くない? いやホント。マジで……」
「そうか? 俺は……変わってないと思ったよ」
「さらっと言うわね」
シエテはそうツッコむが、琥太郎にはその言葉の証明となるであろう心当たりがいくつかあった。まず第一に、高坂青葉という少女は……元の世界でも剣道のエースだったこと。高校内はおろか、自分の住んでいる地区では特に有名であったりして……。学校にもよく幕が掲げられていたりした。表彰も何度か受けたことがあったりするのだ。
それに、青葉はそれこそ昔から。正義のヒーローになりたかったという夢があったりする。小学校の頃、学校帰りによく秘密基地を作って遊んだことがあったけれど。彼女が持ってきていたのは特撮ヒーローのお面だったり、主題歌の入った音楽プレイヤーだったり。そういった正義のヒーローに憧れたから、正々堂々と、礼を持って戦いつくす武道、とりわけ剣道の道に進んだんじゃないかと予想したほどだ。
元々の素質と夢と。そこに異世界の神からの加護があって、それに大好きな琥太郎が後ろにいる。だから、どこまでも頑張れるかもしれない。
「……でもまずくない? だって……これ、私達いる? ってなっちゃうんだけど」
そんな中でシエテは神妙な様子で言った。琥太郎も薄々感じていたことを。
二人の間にある大きな問題。それは。
幼馴染である青葉がめちゃくちゃ強いせいで、自分たちが何もしてないという事実。
琥太郎にも当然それが降りかかる。
「……私女神だけども、ゲームは面白いからするわよ。ソシャゲとかブラウザゲーとか……。それって、事前登録があって、強いキャラがガチャで手に入るのよね……」
女神はぽつりとつぶやいた。
「そりゃあ強いキャラがいるってのはありがたいし……大喜びで使うわよ、SSRキャラとか……。使ってるときはめちゃくちゃありがたいんだけど……。ようやく知ったわ……。事前登録のSSRキャラに出番を奪われるNキャラって、まさにこんな惨めな感じなのね……」
「惨めというか、すごく頼りになるキャラが頼りになりすぎた。そんな感じだな……。と、そうこうしているうちに終わったみたいだな」
シエテと琥太郎がだべっている間に、狼たちは全滅していた。シエテはやれやれと思いながら、琥太郎と一緒に青葉の方へと歩き出した。狼の屍から皮と肉をはぎ取っていた青葉が降り向く。
「終わったよ、こたろー。私、もっと強くなるね」
本当に嬉しそうにほほ笑む青葉。
「……クソほど何もしてないのに、経験値ってもらえるのよね、ゲーム……」
シエテの虚しい声は、風に溶けていった。
「ただいま戻ったわー……」
カランカラン。と音を鳴らして、女神たちがとある場所へと戻る。二本の剣と、木でできた杯。冒険者たちが集まる、集会所兼酒場。冒険者という存在は手と足を動かして掴んでいく仕事。そして仲間も大事。だから、死んでしまったなんて誤解を招かないように。生きて帰ったという証を皆に見せつけるように。探索でも依頼でも任務でも。所属している集会所へと戻るのが習わしなのだ。
「おう、おかえり。なんや、浮かない顔して戻ってきたなぁ。なんかあったん?」
「ゴウスさん……! 実はね……」
気軽に挨拶してくれたのは、優しい冒険者のゴウスだった。目の前の相手へと、思わず言葉を愚痴る。
「というわけなのよ! なんかもう私のプライドズタズタのボロ雑巾になりそうなのよ!」
これが夜だったらやけ酒でもしてしまいそうなほどに、グッチグチ言葉の弾丸を放つ。それをゴウスは神妙な表情で聞いていた。
「ごめんなさい。いきなり迷惑だったことだったと思いますが……」
「いいや、若い子の愚痴を聞くのは嫌いじゃないで。それも年寄りの役割ってもんや」
皴が刻まれたゴウスの顔が笑みを浮かべた。この人は、長い人生経験を有効に使っている。琥太郎にもそう感じられるほど、その表情はすがすがしい。
「しかし……驚いたで。まさか『アオバ』が兄ちゃんたちの知り合いだったなんて」
「……その名前。ゴウスさん、青葉のこと知っているんですか?」
ゴウスの言葉に、思わず琥太郎は聞き返す。幼馴染の名前が、まさか彼から聞けるとは思ってみなかったことだ。
「知っているも何もやで。ウチに現れた『Aランク』。それがあの子のことや」
「エルメスさんが言ってた……」
Aランクのことと聞いて、真っ先に思い出したのはエルメスの言葉だった。
最近、Aランクの新人がやってきたと。まさかそれが、自分の幼馴染だったとは、夢にも思わなかった。
「その時の驚きたぁ、冒険者人生最大の衝撃やったな。あんなバケモン新人は見たことがあらへん……。時間はかかるかもしれへんけど、兄ちゃんも姉ちゃんも、あれに少しでも近づくとええで。目標にするんや」
「目標がデカすぎるわよお……こんなの怪我しちゃうじゃない」
「ゆっくりでええんや。俺もゆっくり進んでここまできた。行き急ぐ必要なんてないんや」
「そうね……私は女神。不可能なことなんてなんもないわよ!」
ゴウスに諭されて、女神はようやく本来の自分を取り戻す。そんなさなかであった。
「助けてくれぇっ!」
一人の男が、集会所の中へと入って叫んだのは。
「助けてくれえ、助けてくれえ……!」
「助けてくれじゃ分からへんねん! お前冒険者やろ……何があったか教えるんや、早く!」
叫び続ける肥満体の男の姿は、怪我も汚れもそこまでなかったが、顔に恐怖が貼りついてしまっているように見えた。まるで何か恐ろしいものを、見てしまったかのような。
「あ、あそこに行ったんだ……あそこに……。西の街に、奴らがいるって……」
「ちょっと!? 奴等って一体何者よ!」
男たちへの尋問へ、シエテも加わった。琥太郎はそれには加わらないけれど、後ろで男たちの言葉を聞くことにした。
「オークの集落を見たんですよ、俺たちは」
新たに入ってきたやせ形の男は、そうはっきり告げた。その言葉に、周りの人間に緊張が走った。
「あの怪物の……集落じゃが!?」
「見間違いじゃろ! オークの集落って聞いたことがありゃせん!」
ざわざわと音が大きくなる。オークは怪物、群れという概念はあるが、集落という概念はない。というのが常識であるはず。
だが、その男たちの表情は恐慌と真剣そのものだ。嘘をついているというわけでもなさそうである。
「だろ? だからオークの集落なんてとんでもないもの、潰さなきゃまずいって思ったわけよ……。いつか兵士も潰しに行くだろうって思ってさ……。だから、こいつと一緒に見に行こうとしたんだ。西の砂塵の道……。そこを突っ切って……。そしたら、馬鹿でけえたてもんがそこにあってだな……」
「そこに意気揚々乗り込んだら返り討ちに遭ったと……」
「いいや、返り討ちなんてもんじゃなかった! 俺たちは戦ってすらねえんだからよ……」
「戦ってないってどういうことじゃが」
そう問いかけられると、やせ男が口を開いた。
「俺たちは罠にかけられたんですよ……。オークが仕掛けた罠に……」
「オークが……罠だと!?」
冒険者たちが一堂に叫んだ。力任せの連中にそんな器用なことができるわけがないと考えたからだ。
「けれど、俺たちは……罠にはまった。入口の橋を渡って数秒、橋が抜けて動けなくなった後に、直後に要塞から放たれた岩を喰らって……。そのまま逃げるようにして帰ってきたんだ」
男たちの告白に、百戦錬磨の冒険者たちも沈黙した。新しい存在に恐怖しているようにも見える。
「で、オークってやつ? そいつらの特徴はなんだったのよ」
シエテだけがその話題へと切り込んだ。
「よくわからなかったよ、やられちまったしな……だが……」
「だが?」
「……逃げるときに、集落にいたオークを見たんだ。そいつらの中にリーダーが居やがった」
そう小さな声で答える男。一旦言葉を断ち切ると、皆に聞こえる声でしっかりと告げた。
「そいつは……。そうだ……赤かった。赤い髪の……女だ」
はい。次はオークをしばき倒す話です。
強そうなやつらに、どうやって近づいていくか……。
ちょっともう少し延期します。




