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青年たちは『鎧』を知る

言い訳は言いません。

もっと精進します。

(……冒険者の方、遅いですねぇ)


 小さなかやぶきの家。その前に立ちながら、男は一人心の中でそう思った。


 あの冒険者二人が、『ニワトリ』を倒しに行って、暫く経つ。息巻いてこっちへやってきた女も、その後ろにいた男も、全く持って姿を見せにこない。


 襲われて返り討ちに遭ったのか。それとも恐れをなして逃げ出してしまったのか。それともどっちもなのか。


 目の前の林を眺めながら、心の中であの冒険者たちのことを考える。


 最初に考えたのは心配。


 だが、次に考えた時……。男の口元が、ゆっくりと歪んだ。


(まぁ、逃げたか返り討ちに遭って食われたか……。どちらでも構いませんねぇ……)


 心の中での考えが、はっきりしていく。心の中で、その本音をさらけ出す。


「……はっは」


 その本音が、口をついて出た。笑い声という形で。


「はーはっはっは! これだから冒険者は駄目でクズなんですよ! こうなってしまうのが常なのだから!」


 そして、その声は狂気的な高笑いとなって空気を揺らした。大きな声で、冒険者をなじる。独り言ながら、その声音はあまりにも、凶暴で凶悪だ。


「冒険者よ! 今日も一日ありがとうございます! 金に狂ってるような連中を相手にするのがこんなにカモだなんて!」


 高らかに、男は嬉しそうに叫んだ。


 そう。彼の本心はここに現れている。男の抱いていた本心は、あまりにも醜いものだった。


「ニワトリ一体倒すだけで3000キュレル? そんな仕事あり得るわけねえだろぉ! 現実を見ろよぉ!」


 誰もいない場所に、男の声が響く。ネタをばらすような、芝居かかった仕草で。


 害鳥退治というのは、本当。だが、『ニワトリ』というのは嘘。『ニワトリ』という無害な鳥を駆除するだけでお金がもらえるのは、真っ赤な嘘なのだった。


 つまり彼は、噓の依頼で冒険者を釣るような、そんな人間だったのである。


(昔の本に書いてあった。『あの鳥は人間を主食にする』)


 彼は、心の中で自分の過去について回想した。子供の頃、巨大で、肉食で、強いという鳥を本で見つけ、それに憧れた記憶。その記憶を持ったまま成長し、ようやくこの鳥を飼うことに成功したのが二年前。


 念願の夢がかなったが、その鳥には唯一の弱点が存在した。


 それは、その鳥の肉というのが人間の肉だったということ。人間の肉など捌いた経験はないし、そもそもそれは憲兵隊にしょっ引かれるに値する行為だ。今まで鳥を飼うために真面目であり続けた彼に、できるものじゃない。


 そこで、この男は考えた。


(子供の頃憧れていたものを作るためには、馬鹿を釣る必要があるのだ……。)


 その考えを実現するために使ったのが、嘘の依頼だった。やけに高額な依頼を作り……。冒険者を釣る。そして、それにつられてやってきた冒険者を、鳥の餌にする。遺体も衣服も残らない、完璧な計画だ。鳥たちも大喜びだし、自分もうれしい。


 食われた奴はご愁傷様で、可哀想ではあるが、それは奴の方が悪い。そう考えるのに十分だった。


(釣られる連中が一番悪いんだよなあ……。普通気づくはずなのに。冒険者というのは本当に、ちゃんちゃらおかしい奴等だぜ)


 心の中で笑いが止まらない。そう、止まることはない。食われていったであろう冒険者のことを思うと、ほくそ笑むのが止められないのだ。


(これからも、色々やらせてもらうぜ……。冒険者がいる限り、馬鹿がいる限り……この商売には価値がある……)


 心の中でつぶやきながら、男は踵を返す。家に帰って、依頼書を書かなければ。新しい依頼を出さなければ。


「ねえ」


 ちょうどその時だった。


「依頼を受けた。やるよ」


 背後から聞こえる声に男が振り向く。振り向いた先には、ごてごてした鎧を着こなした、一人の冒険者の姿があった。大きな袋を持っているのだけは分かる。ようだ。鎧に隠れて表情など、何も見えない。


「あ、あぁあぁ! 新たに依頼をお受けくださった方ですねぇ! 嬉しいですとも、私は歓迎していたのですよ!」


 男はにっこりと満面の笑みを浮かべた。先ほどまでの、恐ろしい考えはまるで頭の中から消えている。というか、消している。今の彼は、害獣に畑を荒らされている、哀しい依頼人だ。悲しい依頼人という立場を、しっかりと貫いている。


「いやぁ、実はですね。私はここで畑をやっているのですが……」

「……知っている。害鳥がいるんでしょ」

「えぇ、私の畑はその害鳥にあらされて大変困っていまして……」

「害鳥を一体倒すだけで3000キュレル。その値段に釣られて来た」

「本当ですか! いやあ、値段は二の次でして。あの害鳥を倒してくださるのなら、それが一番うれしいのですが……」


 手をすり合わせて、所謂ゴマをするポーズをしながらも、男の中では再び、醜悪な本心が再び鎌首をもたげた。


(またカモがやってきたって感じ……いいねえ、これはあ! だからやめられねえ!)


 心の中で笑いながら、目の前の鎧騎士を見つめる。


「えぇ、えぇ! 害鳥を駆除してもらうことに関しては、大変うれしく思うことでございます! それでは……」

「いい。今から行く必要はない」

「……は?」


 目の前の相手の言葉へ、困惑した表情を浮かべる男。その瞬間、鎧騎士は何かを目のまえに叩きつけた。持っていた、大きな袋だ。


 麻でできたそれが地面に落ちると、開かれた。中身が露わになる。


「!! あ、あああ……!!」


 瞬間、男の顔面が蒼白した。体から体温が消え失せ、震える。


「報酬だけもらいに来た。ざっと9体、27000キュレル」

「いいいいやあああぁぁぁぁぁ!!!」


 そして、男は絶叫する。


 目の前にあったのは、血に染まった、赤と青の首。それらが9個。自分が丹精込めてそだててきた、『ニワトリ』の無残な姿だった。


「どうして……どうしてこんな、一瞬で……」

「さあ、報酬を寄越せ。それだけしか興味ない」


 嗚咽する男へざっ、ざっと歩きだしながら、たった一言だけ告げる鎧。


 その時だった。


───ガアアアァァァァ!!


 奇妙な叫び声を上げて、黒の毛皮と青の体躯が飛翔する。道から飛んできた『ニワトリ』が、もう一体。高速で鎧騎士の背後へと迫る。


 怒りの急降下を行い、切り裂こうとする魂胆なのだろう。


「……ふふふふ、報酬は払いますよぉ……。かならず……払います。お前が死んだ後で必ずなあアァァ!!」


 本性を全てむき出しにして、男は叫んだ。この速さなら……奴を必ず殺せるかもしれない。そう期待しての叫び声。


 しかし、その言葉を聞いても、『ニワトリ』が襲い掛かってきても、鎧騎士は何も恐れることはなかった。ただ、襲来を待っている。


「分かった。なら……今すぐにでも報酬をもらう」


 そう告げると、背中に手を当て、何かを引っ張り出す。それは、巨大な金属の剣。人ひとり分の大きさと重さを持つであろう、鋭き、巨大な剣。


 それを軽々と両手で持って、ゆらりと振り向く。


「……はぁっ!!」


 そして、振り向きざまにその剣を振りぬいた。


 ズバシュッッ! 大きな音を立てて、剣の切っ先、刃が『ニワトリ』の首を捉える。


 そして、完全にとらえきって、刀が首を通った瞬間……。巨躯とその巨大な首は、永遠の別れを告げることになった。全ての力が血液と共に流れていき、体が横たわる。横たわったまま、全く持って動かなくなった。


「っひぃ、っひ……」 


 そしてそこには鎧騎士と血の気の引いた表情をしながらへたり込んだ男だけ残された。血で真っ赤に染まった剣を拭いながら、鎧は問いかける。


「これで10体目。つまりは30000キュレル。どうする?」

「はひ、払わせて……いただきます……」


 観念したかのように、男はがっくりとうなだれて答える。


 そして彼はもう二度と、こういった依頼を行うことなく過ごしたという。



「うぅ……むなしい、むなしいよぅ……」


 街へと向かう小さな道に、少女の声が響く。か細い蚊の鳴くような声で、悲しみを呟いている。


「お前を責めるつもりはないよ。これは、相手が悪い」


 とぼとぼと歩く少女の隣で、そう告げる青年。 


 さっきまで、依頼を受けていたシエテと琥太郎の二人だ。結局、依頼を完遂することはできず。何もできないまま、離脱を行うことのできる羽笛というアイテムを使って、逃げることにしたのだ。逃げて、あの坂の下へ。とぼとぼ途方に暮れながら、街へと歩く。敗走していたのだ。


 いや、逃げることしかできなかった。と言った方が正しい。


 初めての依頼で、害鳥を駆除しようとしたらその害鳥がバケモノだった。それに殺されかけた。その事実は消えないし、消せるものじゃない。


「俺も何もできなかったよ。ただ、この仕事は特殊だった。それだけだろ。だから責めるな。お前は悪くな……」

「そんなわけないじゃない!!」


 しかし、琥太郎に珍しく慰められても、シエテの心には暗いものが巣食っていた。反論するように彼女は叫ぶ。


「アンタはアイテムを使用して、離脱させることができたでしょう!? でも、私は……私は何もできなかった!神的魔術があっても、それが当たっても……全く攻撃が聞かなかったら意味ないのよ!」


 シエテのプライドが傷ついたのだろう。彼女は感情をむき出しにする。


「私は女神、ゴッデスってやつよ! 女神だからこそなんでもできるって思ってたわよ! それでもなんもできやしなかった。理想と現実のギャップに打ちのめされたら虚しくなるに決まっているでしょう!?」

「ここで叫ぶな。人が見ていそうだ」

「うっさい、見られてやる! 見られて炎上でも何でもしてやるわよ! 迷惑系Gotuberにでもなったるわい、クソッタレェ! 失うものがないのがこのダメダメ女神のいいところだっての!」


 完全に意味不明の叫び声を上げながら、ギャーギャー叫ぶシエテ。


 ぐぅぅぅ……。


 するとすぐに体力が切れたのか「はにゃん……」と声を上げながらペタンと倒れ込む。シエテの中から聞こえたのは空腹の音。


「おなかへったぁ……。あ、そういえばお金ねえんだった……」

「任務に失敗したからな。お金は何一つ持っていない」


 無慈悲な宣告に、シエテは「ばたーん!」と擬音を吐いて横たわってしまった。まったく動くことができないぞ、そう言いたげだ。


「も―動きたくなーい……。街に着いても意味なんてないし……ここで一生を終えたーい」

「それはさすがに俺が困る。困るというか、女神としても悲惨だぞ。野垂れ死には」

「知名度皆無な奴が死んだとて、誰も悲しまないわよ……。とりあえずこのまま溶けたーい」

「人は直射日光では焼かれないし、とろけもしない。神だってそうだろう。とりあえず威厳皆無なその姿を何とかしろ」


 そう告げると、琥太郎は斃れているシエテの手をグイっと引っ張る。「むえー」という不平の声が聞こえたが、それを無視して引っ張り上げた。


「あーれー……」


 引っ張り上げて、無理やり彼女を立たせる。


「ぐでーってなるなら何もないところでやれ。例えば、こことかだな」


 そう言って彼が指差したのは、誰も使っていないであろう小さな小屋だった。


「もうそこでいいや。いくわよこたろー!」


 テンションを取り戻した、訳ではなさそうではあるが……。少女は一気に走り出す。琥太郎も一緒についていくように、小さな小屋へと走り出すのであった。



 小屋に入って早々、シエテはバタンとその体を横たえた。疲れ切ったのか、ふてくされたのか。何もない、あるとすれば硬い木しかない。そんな場所に体を横たえて、押し黙ってしまっている。


「……やれやれ」


 琥太郎はため息をつきながら、外で見張りを行っていた。誰も通らない道ではあるだろうが、万が一。というものがある。今ふてくされまくっている駄女神よりは、自分の方がいいだろうと、シエテを小屋の中に入れて、自分は外で我慢をする体制にしたのだ。


 ぶっちゃけ言ってしまうと、シエテが外ってなると彼女の不満がかなりたまってとんでもないことになってしまうだろう。そう思ったゆえの決断でもあったのだが。


(今の彼女が街まで持つとは思えなし、そもそも……お金がないからな。今日はしばらくここで過ごすことになるだろう)


 心の中でそう考える。まさか二日目で此処までひもじく、虚しい思いをする羽目になるとは思わなかった。最初の依頼で何かが起きなければ、お金をもらって帰っていたはずだったのだ。それがご破算だ。イライラは少しばかしある。


 正直なところ、もし任務を終えてあの家へ戻っていたら、あの男を全力でしばき倒していただろう。シエテがするであろう行動も、自分は止めないだろう。こんなことされたら、辛いだけだ。


(だが、俺たちにはその力はないだろ。悔しいけれど)


 そう心の中でつぶやいて、行動自体を否定する。ダメだ。それをするには力が足りない。強くならなきゃ、何もできない。スライムの時は、石でもなんとかなった。でも今回は、ただ逃げるアイテムを使うだけだったじゃないか。


(俺も無関心ではいけないな。関心を持たないといけない時が、来ているのかもしれない)


 それは異世界にやってきて初めて抱いた決意だった。


 流されるままにやっていたら、いずれ足元をすくわれる。自分でも動くことが大事だ。子供の頃、母親に教わった理念。だがそのあとの平凡な人生の中で、忘れてしまったものでもある。だけれど、今回はそれがまた大事であることに、はっきりと気づかされたのだ。


(動くときに動く。この異世界だとそれができないと。この駄女神と二人だから、勇者としても、一冒険者としてもできないと)


 心の中で、琥太郎は決意する。新たなる世界で、抱いた初めての決意だった。


「………」

「!!」 


 だが、その決意を抱いていた途中で、何者かの気配を背後に感じて、驚く。首だけ後ろにして、その存在を見やる。


 鎧騎士がそこにいた。その表情は何も見えない。見えないだからこそ、不気味だった。


(今はシエテが中にいるが……。何もできない。俺しかいないが)


 目の前の相手と戦うことになるかもしれない。戦って、倒れるかもしれない。


 でも、異世界に関心を持った。動かなきゃいけないと悟った。だから……やらないといけないと思った。


 背後にやってきた鎧騎士を見据えながら、戦うために距離を取ろうとする。


 チャリン。

 だがその行動は、鎧騎士が何かを投げる音で中断された。


「これは、うそ……!?」


 次いで聞こえるは、シエテの声。


「お金だあぁぁぁっ! ねーね―琥太郎! すごくない!? お金が降ってきたのよ! どこの神様からの贈り物かしら!私、一生その神様を信仰して生きるわ!!」


 嬉しそうな叫び声と共に、小屋の入り口からシエテが出てくる。しまった!! と思った。おびき出しだとしたら、とても素晴らしい作戦だと思った。目の前の駄女神が、施しを受けて黙らないわけがない。


「って何このものごっつそうな鎧? そいつが神様って感じなの?」

「金を投げたのは……奴だ。だが……」


 シエテが初めて鎧の相手を見やる。怪訝そうな表情で眺めるが、


「ああああああああっ!!!」


 背にかかった何かを見て指を指す。驚愕した表情を浮かべた。


「それ私が予約してた、持ち上げると無料になるツヴァイヘンダーじゃないのよ!? どーして、どーして奪ってくるのよ!」

「アレはシエテだけのものじゃなくてだな……。持ちあげたから無料でもらったんだろ。それくらい強いってやつだ」


 シエテの非難にも、琥太郎は警戒を解かずに相手を見る。あの鎧武者が剣を抜いた時……それが勝負だ。殺されずに、立ち回らなきゃいけない。そう思った。


「……ふふっ」


 しかし、警戒を解かない琥太郎を見て、目の前の鎧が行った行動は、小さく笑い声を出すことだった。


「は? 今のどこかに笑う要素あった?」

「うん。だってすごくがんばってそうだったから」


 柔らかな鈴のなる声で、シエテの質問に答える。


「……はっ」


 だが、琥太郎にとってそれは重要じゃなかった。何故なら、もっと驚くことが他にあったからだ。


 その声音は、聞いたことがある……。


「……まさか、とは思うけど、思うけどさ」

「むぅー……。気づくのが遅い。いつ指摘してくれるか……。私は待ってたんだけどね」


 不満げな声を漏らしながら、相手は。彼女は。鎧は……その兜を脱ぐ。


 露わになったのは、短いおかっぱの、黒い髪。それがふわりと、宙を舞う。


「……運命を、ここまで呪った日はないと思った。どうしてこんなことが」


 その姿に……琥太郎はそう呟いた。


「どーん。えへへ、久しぶり……こたろー」


 見せたのは、昔と同じく。柔らかな笑顔。


 そうして、最強の幼馴染が。高坂青葉が……再び琥太郎の前に姿を現した。

ヒロイン登場。

『彼女』がやってきました。

これからもっと増えるかもしれない、琥太郎ハーレム……



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