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月の光を纏う者  作者: 猫崎 歩
第二部
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第12話 月夜の寄り道  -前編-

 気持ち程度に舗装された裏街道。

 石畳を逸れ、草地へ入った木陰に車を停めてエアニス達は休憩をしていた。既に日が傾き始めている。当初の予定では日が沈む前に港街へ到着する予定だったが、このままでは間に合いそうにない。

 エアニスは煙草を一口、大きく吸い込みながら茂みの奥に目をやる。そこには力無くうずくまるレイチェルと、彼女の背中をさするチャイムの姿。

 車酔いである。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・」

 泣きそうな顔でレイチェルは謝る。

「いや・・俺も運転乱暴だったしな・・・すまん・・・」

 視線を逸らせながらエアニスも謝る。青ざめたレイチェルの顔を見るのが申し訳なく思う程度にはエアニスも反省していた。非難するようなチャイムの白い視線もなかなか厳しい。

 事実、意図的に意地悪な運転をして山を下り、あまり良いとは言えない路面をずっと高速で走っていたのだ。我ながら、乗り物に弱い人だったら間違いなく酔っている運転だと思った。

「うーん、やっぱり今日中に出航手続きを済ませるのは無理かもしれませんね・・・」

 トキが遠くに見てきた海を眺め呟く。

「・・・すみません・・・」

 レイチェルが光を失った虚ろな瞳で謝る。

「あぁぁ、レイチェルさんのせいじゃないですから・・・気にしないで結構ですよ!」

 トキも思わずレイチェルから視線を逸らす。彼女は今、女の子の見られたくない一面を思いっきり晒している。

「にしても・・・ホントに大丈夫?」

「うん、だいぶ気分は良くなってきたから・・・」

 草地で仰向けに寝そべり、空を仰ぐレイチェル。日が暮れ、冷えてきた風が気持ち良かった。

「じゃなくてさ、アスラムに渡るんだったら、港から1週間は船の上よ・・・

 船酔いとかは大丈夫なの・・・?」

「・・・・・・」

 その言葉を聞いて、レイチェルの顔色がみるみる青ざめていく。

「うわーっ!!ごめん、レイチェルっ!!」

 旅立ち早々に乙女としての危機を迎えているレイチェルから目を背け、エアニスとトキは慌てて彼女達の目の前から退散した。



 それから更に3時間後。

 エアニス達はようやく港街・ヴェネツィアに到着した。とっくに日は沈んでしまい、空の八割方が藍色に染まっていたが、それでも未だ人通りは多く街の活気を感じさせた。

 混雑気味の大通りをエアニス達の車はゆっくりと走る。船の乗船手続きは予想通り締め切られていたので、仕方なくエアニス達は今日の宿を探して街をさまよっている所だった。港街という事もあり、物資を運ぶ軍のトレーラーや有名企業のロゴマークが貼られた運送車が頻繁に走っているので、幸いにもエアニス達の車が目立つ事は無かった。

「あの宿なんかどうでしょう?」

 トキが身を乗り出し、行く手に見える派手な看板を指差す。大通り沿いにある観光客相手のリゾートホテルだ。

「そうだな、良さそうだ」

「えっ、まじ? あんな高そうなホテルに泊まるの??

 ちょっと贅沢じゃない・・・?」

 チャイムが遠慮するような声で言う。綺麗な宿に泊まれる事は喜ばしいことだが、戸惑いの方が先立った。

「じゃなくって、追っ手から身を隠す為だよ。下手に人気の無い場所に行くより、こういう人間の多い街は、騒がしい所に隠れた方が見つからないもんだ」

「あ、なるほどね・・・」


 2人部屋を2つ続きで取って、部屋に入るなりレイチェルはベットに沈み込んだ。

「大丈夫ですか?

 何か薬を用意しましょうか?」

 トキが心配そうに問いかけると、レイチェルは顔をベッドに埋めたまま弱々しく頷く。

 今は2つ取った部屋の1つに4人は集まっていた。

「どのみち買出しに行くから、一緒に買ってきてやるよ」

 まだ街の商店が閉まるには早い時間なので、エアニスは今日中に必要な物資を買い付けに行くつもりだった。

「それなら、あたしも一緒に行く。あたしとレイチェルも買っておきたいものあるし」

 チャイムが買出し係り名乗りを上げる。

「いや、お前もココにいろ。買出しはお前らの分もしてやるからさ」

「んー・・・でも、頼みにくいのもあるからさ・・・」

 チャイムの歯切れの悪い言葉に、エアニスは首を傾げる。

「どういう意味だ?」

「女物の下着とか頼まれても困るでしょ?」

 チャイムは意地悪そうな顔をして率直に言ったが、

「別にかまわねーよ」




 エアニスが迷う事無く快諾してしまったので、部屋に微妙な空気が流れた。

「いや・・・ごめん、

 お願い。私も一緒に行かせてください・・・」

 エアニスに頭を下げて買出し係りに志願するチャイム。こう言われてしまっては、お願いする立場に立つ他無い。

 どん引きされている事に気付きもせず、エアニスは時計を確認する。

「まあ、いいけどさ別に。

 行くなら今すぐ出るぞ。店が閉まっちまう」

「あ、うん。ちょっと待って」

 チャイムは壁に掛けたマントと剣を掴み、エアニスの背を追う。

「では僕はレイチェルさんを診てます。気をつけて下さいね」

「あぁ。食事は先に取ってていいからな」

 エアニスは腰に下げた剣を掴みながら頷く。

「すみませんー・・・」

 レイチェルの消え入りそうな声に見送られ、二人は買出しに出かけた。



 大通りを歩くチャイムが空を見上げると、露店のテントや建物から張り出した屋根に遮られ、夜空がひどく狭く見えた。狭い空には穏やかに光る三日月が浮かぶ。その静かな空と騒がしいこの街があまりにも対照的で、空の向こうに此処とは違う別の世界が広がっているように見えた。

 時刻は既に8時を過ぎている。にも関わらず街道沿いの飲食店や旅人相手の道具屋は閉まっている店が殆ど無く、客足も絶えてはいなかった。

 戦争後期頃から街に電気が引かれるようになると、人々の生活時間帯は夜遅くまでずれ込むようになってしまった。ほんの十年前は、日が傾く頃には何処の店も閉まってしまい、日が沈む頃には皆床についていたというのに。

 先の戦争で急激に発達した機械文明は、ようやく兵器以外の技術にも反映されるようになり、人々の生活を変え始めていた。

「こうして歩いてみると、大きな街ね~・・・」

 感嘆の息と共にチャイムが呟く。街灯や店先のランプがオレンジ色の光を放ち、この大通りに限ってはまるで昼間のような明るさだ。

「この辺りの交易の要だからな。遠くからモノを買い付けに来る商人も多い。

 俺が知る限り、この街は金があれば何でも買う事ができるぞ」

 どことなく不穏な物言いをするエアニス。

「・・・今から買いに行く物に、普通じゃ買えないようなヤバい物は入ってないわよね?」

「今日は、な」

「・・・」

 この男に付いて行くと、いずれ身を滅ぼす事になるんじゃないかと本気で不安になるチャイムだった。



 足元に買い物袋を置き、煙草を咥えエアニスは街角に座り込んでいた。

「おまたせ」

 するとチャイムが買い物袋を下げて戻ってくる。例の、"エアニスに頼みにくいもの"を買ってきたのだ。手元のメモ書きを確認するエアニス。

「コレで買い物は全部だな。じゃ、宿戻るか」

 煙草を手元の携帯灰皿に押し込み、腰を上げる。

「あ、ちょっと待って。あそこの店・・・」

「え。何?」

「ずーっと探してた本が置いてあったのよ」

「・・・お前緊張感足りなくねーか?」

「だって、1週間くらいずーっと船の上でしょ?

 そういう暇つぶしが欲しいじゃない。エアニスだってソレ・・・」

 チャイムはエアニスの手元を指さす。そこにはエアニスがついでに買ってきた「内燃気の歴史」と題された本が。そう言われてしまうとエアニスも反論の余地は無い。

「チッ、分かったよ」

「今、チッって言った・・・」

「言っとくけど、そーいうのは自分のカネで買えよな」

「そんな事、言われなくても・・・!」



「泥棒!!」

 言い合いになりかけた二人は突然響いた声に振り向く。すると、やっと人通りもまばらになった街道を、麻袋を抱えた男が全力で走り抜けて来た。

 有無を言わさず、チャイムはエアニスに自分の買い物袋を押し付けて駆け出した。

「おいっ!!」

 エアニスの制止を聞かず、チャイムは袋を持った男との距離を一気に縮め、男の背中にタックルをかけた。チャイムと男が砂埃を上げながら街道の石畳を滑っていく。

「なっ、この女っ・・・!」

 バチンッ。

 男が折りたたみのナイフを抜いた。それに気づいたエアニスは、両手に抱えた荷物を手放し咄嗟に胸元の小銃に手を掛ける。買い物袋が地面に落ち、中身をぶち撒ける。

 だがその心配も無く、既にチャイムはナイフを持つ男の腕をひねり上げ、関節を固めていた。ギリギリと男の肘をねじ上げて自分の方を向かせる。

「あんたっ!!

 その袋人から盗ったモノじゃないのっ!?」

「いでででっ!! このっ放せぇっ!!」

「暴れんじゃないわよ!!

 腕折るわよっ!?」

 その周りには、騒ぎに気付いた野次馬達が人垣を作り始めていた。やれやれと、エアニスは頭に手を当てる。


 エアニスにとってチャイムはどうにも頼りない印象だったが、すこしは戦えるようである。

 窃盗犯に一瞬で追いついた瞬発力といい、ナイフに怯えずその腕をひねり上げる事といい、そう簡単に出来る事では無い。エアニスはパチパチと手を叩き、チャイムに歩み寄る。

「やるじゃん。見直したよ」

「そりゃどーも。で、どうしよう、こいつ?」

 その質問に答えず、エアニスはチャイムに押さえつけられた窃盗犯の頭を、硬いブーツで思いっきり蹴飛ばし、気絶させてしまった。

 青ざめるチャイム。

「だから・・・乱暴すぎるって・・・」

「あぁ・・・俺はこういうカス野郎には厳しいからなぁ・・・」

「なんで他人事みたいに言うの?」


「す、すみません。大丈夫でしたか?」

 麻袋の持ち主だろうか。気弱そうな男が野次馬をかき分け現れた。

「大丈夫よ。

 あなたね、これを盗られた人は・・・って・・・!」

 チャイムはその男の顔を見て、驚きの表情を浮かべた。

「エリオットじゃない!!」

「あ・・・チャイム先輩!?」

 現れた男も、驚いた顔でチャイムの名を呼んだ


「チャイム・・・先輩?」

 一呼吸遅れてエアニスが奇妙な響きの呼び方に苦笑いを浮かべた。

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