第13話 月夜の寄り道 -中編-
「ほんとに久し振りね、元気してた!!?」
「はぁ、そこそこは・・・」
久し振りに見知った顔に会えたのが嬉しかったか、チャイムは上機嫌である。それに対し、エリオットと呼ばれた男は、チャイムの浮かれたテンションについていけてない様子だった。
場所は大通りに面した酒場。
そこでチャイムとエリオットは、食事を取りながら旧友との再会を楽しんでいた。もちろん、チャイムの隣には少し距離を置いてエアニスが座っている。
因みに大通りでチャイムとエアニスが畳んだ物盗りは、憲兵隊の詰め所に連れて行くのが面倒だったので、ロープで縛って路上に転がしておいた。放っておいても野次馬の誰かが通報してくれるだろう。
「で、こっちらはどちらさん?」
ずっと状況が飲み込めずにいるエアニス。正直チャイムの知り合いなど、どうでもよいのだが、付き合いとしてとりあえず尋ねておいた。
「あぁ、私がエベネゼルにいた時に、一緒の隊で訓練してた後輩なの」
「・・・訓練って何の?」
エアニスはチャイムがエベネゼルで何をしていたのか知らないので、話が見えてこない。
「騎士団の訓練に決まってるでしょー」
「はぁ?」
一瞬自分の耳が馬鹿になったのかと疑うエアニス。
「お前、ひょっとしてエベネゼルの・・・」
「うん。聖騎士団員よ。あれ、言ってなかったっけ?」
「・・・へー・・・。」
彼女の予想外の肩書きに、エアニスは遠い目をして無感動な声を上げる。
騎士ってこんなヘナチョコでもなれるんだ・・・エベネゼルはよほど深刻な人材不足問題を抱えているとみえる。いや、さっき泥棒をシメた時の手際はよかったけどさ。
という感想は、心の中だけに留めた。
二日前。4人でトキの買ってきたケーキを食べたあの時。
エアニスはチャイムの大剣の柄にエベネゼル騎士団の紋章が刻まれているのを見ていた。エアニスにとって、あの時はまだ彼女達の事は"どうでもいい事"と捉えていたので、あまり深く考えてはいなかったが、まさか本当に騎士団員だとは思いもしなかった。
いや、騎士団の剣を持っているのだから、普通ならば真っ先にその可能性を思いつくべきなのだろう。しかし、あまりのチャイムの頼りなさと、らしくなさに、彼にその考えは欠片も頭をよぎらなかったのだ。
「ちょっと・・・何か失礼な事考えてない?」
「そんな騎士様、滅相も無い・・・」
エアニスの微妙な半笑いにチャイムが眉を吊り上げた所で、丁度注文していた飲み物がテーブルに届けられ、不毛な争いは起こらずに済んだ。
「エリオット=グラハムと申します。今はその、エベネゼルからの派遣員としてこの地の視察をしている所です」
エアニスに自己紹介をするエリオット。チャイムを先輩と呼んだので、恐らく17、8歳だろうか。金髪で童顔の、騎士と呼ぶには頼りない印象だ。チャイムといいエリオットといい、エベネゼルの騎士はみんなこうなのだろうか?
「エアニスだ。今はこいつの用心棒みたいなことをやらされている」
「やらされてるって、アンタ・・・
あ、エリオット。
ここは第三国からの要請で来てるの? それともウチの自主派遣?」
「えぇ、本国からの通達で・・その・・・」
言いにくそうにチラリとエアニスの顔を見るエリオット。部外者であるエアニスに聞かれるのはまずい話なのだろうか。
「すみません、人の目もあるのでここで話す事は・・・」
「じゃ、場所変えるか」
まだ注文した食事も飲み物も殆ど残っているのに、エアニスは口元を拭きながら言う。唐突な提案にチャイムは彼にいぶかしげな視線を向ける。
「振り向くんじゃないぞ。さっきから入り口側のカウンターに座った二人組みが、こっち見てる」
「!」
「それって、ルゴワっ 」
チャイムが露骨に動揺した声を上げたので、エアニスはチャイムの口にパンを押し込み黙らせた。
「違うと思う。その二人組、ずーっとあんたの事を見ているようだ」
言いながらフォークでエリオットを指すエアニス。エリオットは苦い表情を浮かべる。
「心当たりあるんだな?」
「・・・えぇ」
意外と動揺の色を見せないエリオット。見かけよりは度胸があるのかも知れない。
「申し訳ありません、先輩。巻き込んでしまう前に、僕は行きますね。まだ暫く街にいるつもりですので、機会があれば、また」
エリオットは椅子に立て掛けた大剣を取り、マントを羽織り店を出て行った。チャイムは引きとめようとしたが、エアニスの視線に釘を刺され、エリオットに声すらかける事も出来なかった。自分達もルゴワールに追われる身である。あまり目立った事は出来ない。
そしてエリオットを追うように、エアニスが指したカウンターの二人組みも店を出て行った。
「さて、じゃ俺達も行くか」
「行くって、どこによ?」
どこか非難するような、憮然としたチャイムの表情。その言葉に対しエアニスは意味ありげに笑う。
「どっちがいい?」
エリオットの出て行った方向と、その逆の方向を交互に指差し、エアニスは悪戯っぽい笑みを浮かべる。その笑顔に、チャイムの目が点になる。そしてニカッと笑うと、
「コッチに決まってるじゃない!」
チャイムが指さすのはエリオットの歩いていった方向。
「ま、いいだろ」
エアニスは少し大目の代金をテーブルに置くと、剣を片手に立ち上がる。
何だかんだで、この男もお人良しなのかもしれない。チャイムは苦笑を浮かべながら席を立った。
◆
「お前か。俺達の事を嗅ぎ回っている奴は?」
路地の奥から粗暴な凄み声が聞こえる。
エアニスとチャイムがエリオットを見つけた時、彼は人気の無い倉庫街で四人の男に囲まれている所だった。
「今日の取引の事を知っているんだな?」
エリオットの前に立つ大男が、彼を見下ろしながら問い掛ける。
「取引場の関係者の方達ですね?
あなた方のボスにお会いしたいんです。案内していただけませんか?」
エリオットの言葉に、男達は声を揃えて笑い出す。
「お前みたいなガキにボスが会ってくれるわけねーだろ!!」
男がエリオットの襟元を掴んだ。エリオットは仕方ない、といった表情で腰の剣に手を掛けた。
気弱そうなエリオットの顔が、すぅ、と暗い眼差しに変わる。
彼の襟首を掴んだ男に嫌な寒気が走った。
ごいんっ!
鈍い金属音が響いたと思うと、エリオットを掴んだ男が白目を剥く。クタリと崩れ落ちた男の背後には大剣の腹で男の脳天を一撃したチャイムが立っていた。
「!・・・先輩!!」
「なんだ、この女! いつの間にっ!」
男がチャイムに掴みかかろうとするが、剣を切り返したチャイムに腹部を打ち据えられる。大剣の刃は潰されているとはいえ、この重みをまともに受けたのだ。泡を吹いて男は崩れ落ちた。
顔色を変える残りの二人の男達。胸元に手を入れ、抜き出したのは・・・
拳銃。
『!!?』
街のチンピラの予想外のエモノに、チャイムとエリオットは硬直する。
ばがん!
しかし男の一人が景気の良い音と共に前のめりに勢い良く倒れ込んだ。
「なっ・・・誰だっ!?」
そこには鞘に納まったままの剣をバットのように構えるエアニス。
どごん!
そのままボールを打つかのように、男の頭を叩き飛ばした。
ガヒィィンッ!!
同時に男の銃が暴発し、チャイムのすぐ足元の石畳を砕いた。
「うひぃいいいいいっ!!!」
「お、なんだこいつ。銃なんて持ってやがったのか?」
「ちょっとは慎重に戦ってよぉっ!!」
◆
「・・・ということで。エリオット、怪我は無い?」
言いたい文句を一通りエアニスにぶつけた後、チャイムはエリオットの身を案じるように声を掛けた。
「はい、特には・・・。すみません、先輩」
「そ。・・・ところで、さっきの取引って?
エリオット、あなた結構危ない事に巻き込まれてるんじゃないの?」
彼は困った表情を浮かべる。話せない事情があるのか、それともチャイムを巻き込む事に抵抗があるのか。
「心配しないで。ああいうチンピラだったら何十人いようと、アレが全部相手してくれるからさ」
そう言いながらエアニスを指さす。エアニスはアレ呼ばわりされた事より、またトラブルに自分から関わろうとするチャイムに呆れていた。こうやって、旅先でいつも困った人間を助けているのだろうか?
エアニスには、そこまで他人の為に尽くすチャイムの思考が理解できなかった。
チャイムに半ば詰め寄られるような形のエリオットは、渋々といった様子で事情を話し始める。
「・・・実は、エベネゼルの兵器開発所から流出した銃が、この街の闇市で今日、売りに出されるという情報があったのです」
「銃の闇市・・・!?」
一部の国を除き、この世界では一般人が銃を持つ事は許されていない。何処の国も国家が銃の管理と独占を行い、国軍や一部の憲兵達しか手にする事は出来ないのだ。
しかし、兵器工場と繋がりのある犯罪組織が、工場から横流しした銃器を裏で一般人に高額で売りつけているという現実がある。
「先日、本国の兵器開発研究所に出入りしていた技術者をスパイ容疑で拘束するという事件があったそうです。そのスパイが、開発中の新型銃の試作品と設計図をヴェネツィアの闇市へ流したと自供したそうで。
それで各地の派遣員に、ヴェネツィアで銃器密売の事実を調査しろと指令が下ったのですが・・・
どうやらヴェネツィアの近くに居た派遣員は僕だけだったようでして。一人で調査をしていたところです」
「・・・・・・」
チャイムは黙り込んでしまった。チャイムもこうしてヴェネツィアに居る訳だが、彼女はエベネゼル本国からの通達を知らなかった。国外に出ている騎士団員は定期的にエベネゼルと協力関係にあるギルドで、本国からの定期連絡・指令を聞く義務がある。しかし、レイチェルの件に関わって以降それどころではなくなっていたのだ。
それはまぁ・・・さて置いて、とチャイムは自分を棚に上げて、
「そんな・・・一人でなんて無理よ。エベネゼルに駐留するレオニール軍に協力を・・・」
「それじゃエベネゼルの名に傷が付くもんな」
黙っていたエアニスが口を挟む。
「建前を何よりも大事にしている国だ。自分の国から流れた銃器が他国の闇ルートで売られてるなんて、イメージダウンもいいところだ。できるだけ内密に回収しろとか、指示されてるんだろ?」
エアニスの言い方が気に入らないチャイムはムッとした表情を浮かべるも、エリオットが苦い表情で頷いてしまったため、何も言えなくなってしまった。
確かにチャイムの故郷、エベネゼルは、世界に対し自国の健全性を過剰なまでにアピールしている節がある。
平和の象徴、正義の国、世界一の宗教国家、貧困国に対する惜しみない慈善活動。
そういったイメージを定着させ、それを維持する事に躍起になっているのだ。チャイム自身それを感じる事はあったので、なおさら反論し辛かった。
「まぁ、そういう話なら俺はパスだ」
「えっ!?」
エアニスの宣言に目を丸くするチャイム。
「そんな、私とエリオットだけじゃ、あんな銃持ったチンピラ集団相手にできないわよっ!」
「知るかよ。俺に頼るな。
とにかく、こんな事に付き合う義理は無い。お前らだけで何とかしろ。
今日は運転で疲れてるから先に宿に帰らせてもらうぞ」
突然態度が冷たくなるエアニス。言いたい事だけ言って、一人で歩き出してしまった。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!
お願い、協力してっ。あんたならあんなチンピラ相手にするの朝飯前でしょ!?」
「気が乗らねー」
チャイムはエアニスの袖を掴み引き止めようとしたが、見向きもされず乱暴に振りほどかれてしまった。
「~~~~っ、いいわよっ私たちで何とかするからっ!!
バカ!!アホ!!この男女ぁっ!!」
◆
チャイムには言えなかったが、エアニスがあのエリオットという騎士に協力できない理由は別の所にも有った。
エアニスも、その闇市の客なのだ。とある倉庫で月に一度、銃の密売会が行われる事はエアニスも知っている。エアニスの家に隠されていた銃器も殆どがこの街の密売所で手に入れたものであり、エアニスにとっては近場で銃を手に入れるのに丁度良い場所なのだ。それを自分から潰しに行く気にはなれなかった。
そしてもう一つ。エアニスは個人的な恨みから、エベネゼルという国が嫌いであった。
その名を口にするだけで、胸が焼ける程に。
エアニスはチャイムを置き去りにして、宿に向かって歩いていた。
しかし1人で宿に戻れば、トキやレイチェルに責められるのは明らかだ。今更どうしたものかとエアニスは足を止め、1人ベンチに腰掛けてぼんやり考える。
「・・・馬鹿か、俺は。これじゃただの八つ当たりじゃねーか・・・」
頭を掻き独り言を呟くエアニス。あの国の事となると感情的になり易いのは自覚している。ああいう態度を取ればチャイムも仕方なく諦めるのではないかと思ったが、彼女は余計にむきになってしまい、全くの逆効果だった。彼女の性格を考えれば容易に想像できる反応なのに、さっきのエアニスはそれができなかった。
腰に繋がった懐中時計を見ると、もう日付の変わる時刻であった。銃の取引は普段、あと1時間後に、港のとある倉庫で行われる。
「はぁ・・・早くアイツ連れて帰らないと、トキ達が怒るな・・・」
エアニスは嫌々といった様子で、ベンチから腰を上げた。
◆
一方、チャイムとエリオットは港の倉庫街を探索していた。エリオットの情報によると、この辺りの倉庫で取引が行われるというのだ。
だが、どの倉庫かまでは見当が付かず、当ても無く倉庫街をさまよっていると、路地から体格の良い男達が道を塞ぐように立ちはだかった。
「・・・ただのカツアゲって風じゃないわね」
この状況で現れたのだ。闇取引の関係者達だろう。
チャイムは早鐘を打つ心臓を落ち着かせようと静かに息を吐き、腰の大剣に手を掛ける。
「遅かったな、エリオット」
ごろつき風の男達の中に、一人だけ雰囲気の違う男がいた。
明るい色のスーツを着た、白髪交じりの髪を後ろに撫で付けた初老の男。右手に握ったステッキと、それを握った指に輝く大きな指輪が成金趣味を感じさせた。
「バイスさん、遅くなりました。銃を狙っている他組織の妨害があったもので」
「・・・!?」
エリオットはバイスと呼ばれた初老の男と顔見知りのように話す。
「えっ・・・なに、コレ・・・エリオット、どういう事!!?」
状況を掴めず戸惑うチャイム。彼女に視線を向けて、バイスがエリオットに問いかける。
「何だ、この女は?」
エリオットは困ったように頭を掻き、
「すみません。たまたま街で会った同郷の先輩で、付いて来てしまっただけです。
バイスさんとお会いするまでには何とかしようと思ってたのですが・・・」
どんっ!
エリオットの剣の柄が、チャイムの腹部をえぐった。柄はまともに彼女のみぞおちに入り、チャイムは息も出来ず思わず地面に膝をついた。
「・・っあ・・・っ!」
息も絶え絶えに、チャイムはエリオットを見上げる。
「すみません、先輩。銃器の流出の話、密売人は僕なんですよ。
派遣兵として密売の調査に来たという名目があれば、この街で堂々と動く事ができますからね。適任でしょう?」
「・・・・!?」
「先輩が悪いんですよ? 僕は先輩を巻き込むつもりはなかったのに、先輩がお節介にも付いてきてしまうから・・・。
あ、でも大通りで泥棒を捕まえてくれた事には本当に感謝しています。あれは取引品を狙っていた敵対組織だったんです。本当に助かりました。
・・・先輩? 聞いてますか?」
チャイムは薄れゆく意識の中でかつての同士の言葉を聞いていた。
その声はチャイムの良く知る、人懐っこく、少し遠慮がちなエリオットの声。
聖職者でありながら金に目が眩み、闇に魅入られ手を汚した者の言葉。
何かを言おうと必死に声を発しようとしたが、喉を振るわせる事すら出来なかった。
そして、チャイムの意識は闇に落ちる。




