部屋の隅 〈2016年2月〉
フッ。お茶の間の電気が、不意に消えた。
「あ。停電」
そう声をあげたのは桐野だった。
桐野たち三人は夕食を食べ終えたあと、お茶の間のこたつで温まっていた。
「ブレーカーが落ちたのかの」
現世は言った。
「ちょっと見てくるよ」
イソマツがお茶の間を出ていく。
外は大雪である。暗闇のお茶の間の温度は、見る見る下がっていく。
「……寒い」
ガラリ。イソマツが戻ってきた。
「ブレーカーじゃないね。電線が雪で切れたのかも」
ということは、電気がいつ復旧するか分からないということだ。
家の中には桐野たち三人だけであり、大人たちは用事で今夜は誰も帰ってこない。
「うう……、こたつの中は温かいのに背中が寒くて変な感じだのう。頭が重くなってきよった……」
がばり。桐野が突然出て、みんなに言う。
「このままこたつに入っていたら、寝てしまって風邪引いちゃう。寒いけど外に出て、眠らないようにしないと」
桐野が、この状況を切り抜ける策として出した提案はこうだった。
三人は部屋の四隅にそれぞれ座る。これで部屋の四隅は左角から順に、イソマツ、現世、桐野、誰もいない空間、という状態になる。
イソマツは、隣の隅に座っている現世のところまで歩いて行き、肩を叩いてからその場所に座る。そして現世は、桐野の場所まで歩いてイソマツの時と同じことをする。桐野の隣の隅には誰もいないから、曲がって通過し、イソマツの肩を叩く。
これで一周するというわけだ。
イ ← ※
(襖)↓ ↑
現 → 桐
現世が「おお、何だか面白そうなのだ!」と声をあげる。
三人は早速、四隅に行って開始した。
まずイソマツが壁、というよりふすまを伝って、現世のところまで向かう。
「現世ちゃん」
そう声をかけて、現世は肩をたたかれる。
「うむ……。いかん。寝るところだったのだ」
現世が桐野のところまで行き、肩を叩く。
「ん」
桐野は自分が言った通り、壁伝いに誰もいないところを通過し、イソマツの肩を叩く。
「¡Guau!」
これで一周したことになった。
イソマツは現世を肩を叩き、その位置に座る。
そして、自分が叩かれるまで待つ。
(――なんか、雪山で遭難したみたいだなあ)
そんなことを考えていると、桐野に肩を叩かれた。
イソマツは立ち上がり、誰もいない隅を通過する。
そして、現世の肩を叩いた。……
そんな運動を、何回か繰り返した頃であっただろうか。
パッ!
明かりがついた。
「おお! 電気が戻ったのだ!」
現世が言った。
桐野の肩を叩きにいく途中だった。
「……」
「ん? どしたのキリちゃん。変な顔して」
桐野は、何故か真っ青な顔をしてイソマツをにらんでいた。
「――何でアンタ、最初の位置にいるわけ?」
「……へ?」
イソマツはたしかに、最初自分が座っていた。
しかし、それがなんだというのだろうか。
桐野の発言を不可解に思う、現世とイソマツ。
「このやり方だと一度回り始めたら、一周目で一番目の人がいた場所には、誰も座らなくなるはずなんだよ」
「……どういうことなのだ?」
「だって、一番目の隅の人は二番目の隅の人のところに座るわけでしょ? そしたら一番目の隅には、もう誰もいないじゃん。だから三番目の人は都合、二回角を曲がらなきゃいけない計算になるんだよ」
イ ← ※ ② ← ① ② ← ① ② ← ① ② ← ①
↓ ↑ 桐 ↑ 現 ↑ イ ↑ 桐 ↑ ……
↓ ↓ ↓ ↓
現 → 桐 イ → 現 桐 → イ 現 → 桐 イ → 現
桐野の言うことを了解したのか、イソマツの顔が青ざめていく。
「Ay......ちょっと待ってよ。そしたらここに座っていて、僕が肩を叩いたのは……」
言いよどむような口ぶりで、桐野が解説する。
「アンタが最初にいた部屋の隅に、『四人目の人物』が座りでもしない限り、この状況はありえない。イソマツは『四人目の人物』を起こして、そいつが現世の肩を叩いたということになるんだよ」
?←イ ① イ ← ① イ ← ①
↓ ↑ ? ↑ ↑
↓
現 → 桐 現 → 桐 ? 現→桐
現世たちは、目を見開いて二番目の隅――最初現世がいた部屋の角を振り向く。
しかし当然、そこには誰もいるわけがない。
「「「………………」」」
黙りこむ三人。
「今夜は……。客間に布団を敷いて、川の字で寝ようか」
震える唇で、イソマツが提案する。
桐野と現世は、無言でコクコクと頷いて同意した。
外の雪が、ドサリと落ちる音が壁越しに聞こえた。