夢枕に立つというより家族会議 (1)
戻ると言ったら、移動する前の場所に行くと思うじゃない?
まさか気付いたら自分の家のダイニングにいるとは思わなかったわよ。
うちはごくありふれた地方の一軒家だ。
台所とはカウンターで仕切られているダイニングには、木のテーブルと家族分の椅子が置かれている。カウンター横にティッシュボックスやらペン立てが置かれているのは、どの家庭も似たようなものよね。
片付けろと言われて、カウンター横に何もかも積み上げて、よく母に怒られたものよ。
時間は深夜。外も家の中も真っ暗なのにテーブルの周りだけぼんやりと明るい。その黄色がかった暖かい光の中に、両親と弟がいつもの席に座っているのが見えた。
「おかしいわね。寝たはずなのに」
「俺はベッドに寝転がって、動画を見てたはずなんだけど……」
「何時なんだ? 寝室からここまでいつ移動した?」
三人は顔を見合わせて、それぞれ記憶をたどりながら言葉を交わし、ふと言葉が途切れると、ひとつだけ空席のままの椅子に視線を向け、苦しげな表情になり俯いてしまった。
弟の隣で母親と向き合う場所にあるのが私の場所だ。
「心の準備ってものがあるのに、突然ここに連れてこないでよ」
「何時間家の前に立っていたと思っているんだ」
「幽霊に時間の概念はないの」
アッシュに文句を言っていると、ふと視線を感じた。
「……梨沙?」
「姉貴?」
「夢……なのか」
幽霊の状況に慣れてきていたから、家族が私を認識出来ると思ってなくて、平気でアッシュと話してしまっていた。
もう、夢枕に立っている状況なんだわ。
「梨沙!」
机に手をついて腰を浮かそうとした母は、そのままの姿勢でしばし固まり、やがて体の力を抜いて椅子にどさっと座った。
「立てないわ」
「立つなと伝えろ。立ったら夢から覚めてしまう」
「自分で言ってよ。説明が難しい……」
「姉貴、誰と話しているんだ?」
「え?」
眉を寄せて話す弟の問いに首を傾げる。
「アッシュが見えてないの?」
「お、会話出来るんだ。アッシュって誰?」
「死の間際の人間か、死んだやつしか死神は見えない」
「なるほど」
一歩下がって腕組みして立っているアッシュに頷いて、私は家族の座るテーブルに近付いた。
「ちゃんと説明するから立たないでね。立つと夢から覚めてしまうんですって」
「……わかった。それで、アッシュは誰?」
こういう時、若いからか弟が一番順応力が高いな。
両親は、死んだはずの私が目の前にいるってだけで冷静ではいられないよね。
「私の担当の死神」
「死神だと!」
「その人があなたを連れていこうとしているの?」
「お父さん、お母さん、落ち着いて。彼のおかげで私はみんなの夢枕に立てたのよ」
慌てて両親の方に手を伸ばしたけど、触れるのはためらわれた。
だって、どうせさわれないでしょ?
私も両親も悲しい気持ちになるだけ。
もしさわれるとしても、さわっていいの?
幽霊にさわってしまったせいで、両親に何か悪いことが起こってしまったら嫌だ。
「成り行きで人助けと幽霊助けをしたおかげで、特別に家族全員一緒の夢を見させてくれたの。これも死神のおかげなのよ。私担当の死神はアッシュって言うの」
「外人なの?」
「死神に国籍はないんじゃないかしら」
振り返ったら、アッシュは口元に手を当てて横を向き、笑いを堪えていた。
素朴な疑問なだけで、おかしいことは言っていないと思うんだけど、死神の笑いのツボはよくわからないわ。
「担当がつくんだ」
「そうよ。幽霊は人間とだいぶ違ってね、ここに行きたいって思ったら、そこに転移しちゃうのよ。でも突然ポンって遠くに飛ばされたら、自分がどこにいるかわからないでしょ。迷子になりそうになって、何度もアッシュに迎えに来てもらったの」
「……姉がドジで申し訳ありません」
弟の樹が、私の背後に向かって深々と頭を下げた。
「え? まあ、確かに幽霊らしくない行動をしたせいで、アッシュが慌てて駆けつける場面は何度かあったけど、人助けだったのよ?」
「うちの娘がご迷惑かけているようで、なんと言っていいか……」
「お世話になっています。根はいい子なのでよろしくお願いします」
「家族揃って何をやってるの?!」
三人揃って深々と頭を下げないで!
アッシュがどう対応していいか迷って困ってるから!
「死神に、娘をよろしくお願いしますって言うのはおかしいでしょ」
「なるほど。こういう家族から、こういう妙な娘が生まれるのか」
「感心すんな!」
「でも助けていただいているんでしょう? ちゃんと御挨拶しないと」
「…………」
「お母さん、困っちゃってるから、頭をあげて。彼、恐縮しちゃっているから」
「まあ、いい死神さんなのね」
「梨沙がひとりでなくてよかったな」
「ええ、ええ。本当に」
うちの母親は天然はいっているし、父親がそれに慣れ切って変だと思わないのはわかっていたわよ。
「さすが親子だ」
文句を言いたいけど、自分でも少しそう思ったわ。
「あの……な、梨沙。おまえは……その」
「どうしたの?」
「親父は、姉貴が自殺したんじゃないかって心配してるんだよ」
「樹!」
「ええっ?! なんで?」
「違うのか」
家の中でひとりで死んだと聞いたからかな。
もしかして事故だと信じていない人もいるのかしら。
後頭部をカウンターの角にぶつける自殺は、斬新すぎると思うわよ。
「あんなドジな死に方をして、本当に申し訳ないと思うけど自殺じゃないわよ。死ぬ理由がないもの。社長はいい人だし、マネージャーとも仲が良かったのよ」
「仕事も順調だったもんな。映画に出る予定もあったんだろ?」
「詳しいわね」
「そりゃ、親父とおふくろが全部チェックしていたからな。姉貴の出たテレビドラマは全部録画していたし、ネットのドラマを見るために入会もしたんだよ」
そうだったんだ。もしかしてお父さんはまだ反対しているのかもと思ってた。
「よかった。いや、死んだのはよくないぞ。おまえはがさつだと前から言っていただろう」
「でもつらいことがあったのなら、死ぬ前に相談してほしかったのにと思ってたのよ。そうじゃなかったのね」
「死ぬほどつらかったら、家に帰ってるわよ」
ビールが飲みたかっただけなんだとは言えない。
もう一度あの時に戻れるのなら、ほんのちょっとの注意で死ぬのを回避出来るのに。
「梨沙」
「大丈夫よ。わかってる」
変なことは考えちゃ駄目。
せっかくアッシュが家族に会わせてくれたんだもん。
ちゃんと家族と別れをして、娘は死んだ後も元気で、割と楽しくやっているから大丈夫だって安心させなくちゃ。
「東京の部屋の荷物はマネージャーが片付けてくれたんだ。服とか処分してくれって言っちゃったけど平気だよな」
樹がそういう話を片付けてくれていたのかな。
もう成人したんだもんね。しばらく見ない間にすっかり大人びちゃってさ。たよりになるじゃない。
「うん。向こうにある物で特に思い入れのある物はないわ。私の部屋に残っている物も片付けちゃって。いつまでもそのままにしない方がいいと思うの」
「……でも」
「お母さん、私はこの通り幽霊と思えないほど元気にやってるの。家族とも会えたし、ちょっと用事を片付けたら成仏するわ。その時に、いつまでも自分の部屋があると心残りになるかもしれないわ」
「そうね……」
「思い出のものを、私達が持っているのはかまわないだろう」
「あたりまえじゃない。むしろ持っててよ」
少しはまだ感情が残っていたのかな。
寂しいような悲しいような複雑な気分。泣きたいのに泣けないもどかしさが募るけど、それより母親が泣き出してしまったのを見ているのがつらい。
「でさ、用事って何?」
「樹、あんた冷静ね」
「だってさ、ここまで元気な様子を見ちゃうとさ。どうせしばらく俺らの周りをうろうろしてそうだし」
「そうだけどもう会えないし話せないからね」
「俺の守護霊になる?」
「へー、彼女が出来た時、後ろで見てていいの?」
「ヤメテクダサイ」
私だって、弟のラブシーンなんて見たくないわ!
書き溜めていた分がそろそろ消えます(-_-;)




