死神の素顔と新しい出会い (3)
ふたりと一匹で街に移動して、さっそく雑居ビルの非常階段の三階の踊り場に陣取った。
先輩は手摺の上に腰かけて、足をぶらぶらさせている。シロも先輩の傍に寄り添って、私だけは普通に踊り場に立っていた。
電信柱の上も試してみたけど、あそこはおひとり様専用だった。
そうなると、人の行き来の多い表通りを見下ろせる位置って、意外と難しいわ。
屋上まで登っちゃうと、地上と距離がありすぎるし、上を見上げてくれないと顔が見えないのよね。
「あっちに大学があります。うちの弟、あそこの学生なんですよ」
「私……も」
「マジで?!」
それは事件を調べる時に重要よ。
もっと重要なのは調べる手段がないってことなんだけどね。
スマホ持っていないし、図書館に行っても過去の新聞って、今はデジタル化されているわよね。
幽霊は電子機器に影響を与えられるはずだけど、ネットで調べ物は出来ないだろうなあ。
「あの男達はどうです?」
「違う……若い……」
「若すぎる?」
首を横に振ったってことは、犯人はもっと若いのか。
今の男性はアラサーくらいよね。もっと若いの?!
犯人学生説浮上。
「この街は覚えてます?」
「うん」
「先輩の家は近いんですか?」
「…………」
「そっか。一度にたくさん聞きすぎですよね。思い出すこと多すぎると大変だから、ひとつひとつ思い出しましょう。まずは家の場所かアニメの題名か、どっちがいいかな?」
「犯人の顔だろ」
死神って突っ込みの練習しているのかな。
それから毎日、夜は繁華街を行き来する人達をチェックした。
先輩が顔を覚えているかどうかわからないので、もしかしたらまったく無駄な行為かもしれないけど、たまに顔を出すシロは、たぶん犯人が誰かわかっていると思うんだよなあ。
でも教えてくれないんだよね。犯人捜しは死神の任務外になるのかも。
手伝って犯人を見つけた途端に呪い殺しでもしたら、死神の責任になっちゃう可能性はありそう。
この街に居ついて、自然と一日のルーティーンが出来た。
朝になって繁華街に人がいなくなると、私はまず駅に日にちと時間をチェックしに行く。
死神が言っていた通り、太陽が昇ったとか夜になったとかで日付が変わったのはわかるんだけど、時間の流れはあやふやだ。
真剣に道行く人を眺めていると、あっという間に朝になっていることもあれば、昼間やることがなくて気を緩めてぼんやりしていると、夜になっていたこともあった。
だから時間はこまめにチェックして、昼の間に家族がどうしているか確かめるために実家に帰る。
まだ戻っていないみたいだから、初七日が過ぎるまで東京にいるのかも。
弟は大学生なので、割と時間が自由になるのよ。
お父さんは有給が余っているって言っていたもんな。……まさか娘の葬式に使うとは思っていなかっただろう。
こういうこと考えるのはやめよう。
また黒いもやもやが胸の奥からわき出しそうになる。
先輩は私よりずっと思い残すことが多いだろうに、黒いもやもやに飲み込まれていないのはなぜだろう。
シロがまめに顔を出すからかな。
日が傾き始めると、先輩と一緒に繁華街に出かける。
というか、先輩は昼間もずっと繁華街のどこかに立っている。
私も先輩も迷子にならないのは、生きている間にこの街に何度も来たことがあるからだ。
幽霊に脳みそはないので、記憶するというのは苦手なの。だから新しく街の位置関係を覚えるのは無理があるの。
実は私も先輩と呼んでいるせいで、先輩の苗字はもう忘れてしまった。名前はシロが呼ぶからね。忘れかけてもまた覚えられる。
同じ場所にいても犯人は見つからないだろうから、互いが見える距離はキープしつつ、日によって場所を変更して夜遊びする男達を観察した。
商店街の入り口に立っている看板の上に立つこともあれば、マンションのベランダを拝借することもある。もちろん電信柱の上に立つこともあるし、私はすぐ近くに男性がいても平気なので、店の入り口近くに立ったり中を覗いたりもした。
そうして五日目。うちの家族が実家に帰ってきた。
待っていたわよ。
今夜だけは先輩に用事があると話して、深夜に実家に向かう。
毎日通って家中うろうろしていたから、もう感傷はない。自分の部屋にはいっても何も感じない。
だからきっと家族に会っても大丈夫なはずよ。
玄関の前で深呼吸して、意を決して家の中に入ろうとしたら、玄関前にアッシュが姿を現した。
「今度は何をする気だ」
相変わらずのいい男。
黒いもやもやなんて、彼を見ていれば吹き飛ばせそうよ。
もう素のままで姿を現すことに決めたのかしら。クロウは失敗だったと気付いたのかな?
「実家に帰るだけよ」
「嘘をつくな。それだけじゃないだろう」
「なんでわかるの? いつの間にそんな私のことがわかるようになったの?」
「誰でもたぶんわかる」
私を問題児みたいに言わないでくれないかな。
他人に迷惑かけていないよ? 死神にはかけているかもしれないけど。
「さっさと白状しろ」
「家族の夢枕に立ちたいのよ」
「…………」
死神って、意外と表情豊かなのよ。
こいつまた妙なことを言い出したぞって迷惑そうな顔もカッコいいんだから、イケメンってずるいわよね。
「そういう話をよく聞くでしょ? やれるのよね」
「人間の時に霊感が強かったやつの中には、出来るやつもいるな」
……霊感なんて全くなかったわ。
なかったけど、ここで諦めるわけにはいかないわよ。
せめて少しでも家族の悲しみを和らげたいの。親不孝な私に出来ることは、もうそのくらいしかないんだから。
「誰の夢枕に立つ気だ」
「家族」
「だから誰の」
「両親と弟」
「全員かよ!」
最近アッシュの突っ込みのタイミングが上手くなってきた気がする。
「私だって無茶だってわかっているわよ? でも、ひとりずつチャレンジすれば、誰かひとりくらいは成功するかもしれないじゃない」
「……」
顎に手をやって考え込んでいる横顔も素敵だけど、ここでぼんやり眺めてしまったら朝になってしまう。心を鬼にして、私は頑張るわよ。
「待て。どこに行く」
「家の中に入るのよ」
「話は終わっていない。……おまえは幽霊になってから人間ひとりと幽霊ひとりを助けただろ?」
「まあ……そうね」
「ふたり分を足すと、あの世で向かう階層が一段高くなって、まだ点数が残っている」
「点数制なの? レベルアップしても経験値が残っているようなものなの?」
「その点数を全部使ってしまっていいのなら、全員まとめて同じ夢を見させてやろう」
まじか。
一度に家族全員勢揃い出来るの?!
「アッシュ、やさしい」
「点数を使うと言っているだろ。これは贔屓でも不正でもない。おまえが、それだけの行動をしたということだ」
「そんなこと言われたら惚れちゃうじゃない!」
「幽霊に恋愛感情なんてない」
わかっているけどさ、アッシュが私の死神でよかったとは思うのよ。
「家族に会えて、先輩を殺した犯人を見つけたら、おとなしく成仏するから心配しないで。でもその前に温泉にも行きたかったかな。三年くらい前に行った旅館がよくってね、ご飯も美味しかったし露天風呂が最高で……」
行きたいと思ったまま、その場所を思い描いちゃいけないんだった。
気付いたら、真夜中の旅館の露天風呂に脹脛まで使った状態で立っていた。
「……誰?」
「あ、先客が」
やばい。すでにもう幽霊が先にいた。
旅館の浴衣を着た中年のおばさんだ。
でもその浴衣、この旅館のものじゃないでしょ。ここは可愛い花柄の浴衣なのよ。
「たぶん出る場所間違えてますよ」
「え?」
「私も間違えて来ちゃったんですけどね」
幽霊が向かい合って、服を着たまま露店風呂の真ん中に立っているのって間抜けじゃない?
しかもふたりとも、間違えてここにいるんだよ。
旅館からしたらいい迷惑。
「おまえは、毎回毎回、何かやらないと気が済まないのか!」
「アッシュ! 迎えに来てくれたー!!」
「えーい、抱き着くな!」
アッシュ、マジやさしい!
「あ、ここ女風呂よ」
「おまえ以外誰もいないのに気にするな。戻るぞ」
いつの間にか浴衣の幽霊は消えていた。
そりゃ女湯に男が突然出現したら逃げるわよね。




