死神の素顔と新しい出会い (2)
黒ずくめなのは前回会った時と同じ。でも同じなのは服の色だけ。
黒いパーカーに黒いジーンズ。ハーフブーツまで黒だ。
深くかぶったフードから見える前髪も黒い。人間だと白目の部分も黒い……というか深い穴のように見えなくもない。深すぎて色が見えなくて黒に見える感じ。
長い前髪から覗く瞳は青い光を発していて、夜の闇の中だったら青い炎が灯っているように見えたかもしれない。
中二病全開のこの姿が、死神の素顔?
フードのせいで影になってよく見えないけど、整った顔をしていた。
目尻が少し上がった切れ長の目で、眉がきりっとしていて、はっきり言ってドストライクのタイプだ。
「急いで来たんだよ。今度は何を始めた?」
「これが素? なんで最初からこれで来なかったの? もっとよく顔を見せて」
幽霊に遠慮なんてものはない。
他人の家にも平気で入っていくのが幽霊よ。
恥じらいなんてものもないし、欲望もないはずなんだけど、顔をちゃんと見たいと思ったのはなんでなんだろう。好奇心? 本能?
立ち上がってすぐ目の前まで近づいて顔を覗き込もうとしたら、片手で頭を掴まれた。
「近すぎる」
「顔が見たいのよ。もろに好みの顔なの」
それでもどうにか近付きたくて頭を左右に振ってみたけど、アッシュの手がデカすぎる。バスケットボールる噛むみたいに私のおでこの辺りを掴んで、腕を伸ばしているもんだから近付けない。
「はあ? 普通は怖がるところだろう」
「なんで?」
「俺の目を見て怖いと思わないのか?」
「綺麗だけど怖いってほどじゃないわよ?」
「ちげーよ」
そんな幽霊でも見たような顔をしないでくれないかな。幽霊だけど。
「声は? 声優の声のままじゃない」
「違う。似ていたから最初から自分の声だ」
「エクセレント」
素晴らしい。最高。
死神がこんなに尊いなんて。
まだ実家に帰れていないのに、この場で成仏してしまいそう。
いや、煩悩まみれだから成仏出来ないかな。
「おまえ、ホントおかしいだろ」
「何よ。私の男の趣味に文句付けないでよ。世の中にはいろんな趣味の人がいるのよ。あ、そうだ。先輩、この死神が……」
振り返ったら先輩は、いつのまにか駐車場の端まで転移していた。
「幸奈は男には近付かない。襲われた時の記憶は残っているんだ。嫌なんだろう」
「それで猫型なのね」
私ったら、いくら感情が乏しくなっているからって、思いやりがなさすぎでしょう。
名前や自分のいる場所はわからなくなっても、殺された時の記憶だけは残っているなんてつらい。
こんないい子を殺すなんて人間じゃないわよ。
そういうやつがいるから、女性も、普通の一般の男性も迷惑をこうむるんじゃないの。
「ここじゃ駄目だわ」
「少しは話を聞け。また面倒なことに顔を突っ込む気だろう」
「めんどう? じゃああの子はどうするの? あなた達は忙しくて、いずれ対応出来なくなるんでしょ? 犯人が見つかるまで、あの子はあの世に行こうとしないわよ」
「そうだとしても、おまえがやる必要はない」
「じゃあ誰がやるのよ。幽霊は他の幽霊に関わっちゃいけない決まりがあるの?」
くるっとシロに顔を向けて聞いたら、背中の毛を逆立ててびくっとしてから首を横に振った。
「そうよね。人間にとり憑いている霊や、死んだ場所で事故を起こさせている幽霊もいるんでしょ? それに比べたら私のやろうとしていることは問題ないでしょ」
「心配しているんだよ」
「え?」
イラっときたのか、アッシュが前に足を踏み出したのでふたりの距離が近くなった。
瞳の部分の光が少し赤みがかった気がする。もしかして感情で色が変わるの?
なにそれ。萌えるんですけど。
「犯人が見つかる保証なんてどこにもない。何か月も何年もかけても見つからなかったらどうするんだ? 今はそうして元気だけど、ある日突然なんの反応も返さなくなるやつだっている。闇に飲み込まれて、姿を消してしまうやつだっているんだぞ」
幽霊って、意外とデンジャラス。
「シロ……先輩の家族は? 会いに行けたの?」
「いや、最初は襲われて殺された衝撃が大きくて、事件現場にずっと蹲っていたからな。半年ほどして不意に立ち上がって、ここに来たんだ」
「そう……なんだ」
アッシュが心配してくれているのに我儘でごめん。
それでも先輩をひとりにして行けないよ。
幽霊になっても性格は変わらない。馬鹿は死んでも治らないものよ。
「先輩、もっと人がいるところに行きましょう!」
声をかけながら走り出したら、
「おい、あの幽霊走ってるぞ」
「なんであんなに変なんだろう」
そこの死神コンビ! 聞こえているわよ。
「この道をずっと行くと街に着くんです。そこは急行の停まる駅のある大きい街なんで、繁華街も広いんですよ」
「……うん」
先輩もちょっと引いているような気もするけど、きっと気のせい。
ブルゾンのポケットに手を入れて俯いて、頷くというより頭が揺れていると言った方がいい状態で返事が返ってきた。
「そこなら人間も多いから、犯人を見つけられるかもしれません」
「……こわい……男……いや」
犯人も男だから、怖いからって避けていたら見つけられないんだけど、無理はさせたくないな。あの黒いもやもやに飲み込まれると、さっきアッシュが言っていたみたいに闇に飲み込まれるんだろうから、そうならないようにしなくては。
ここからアッシュがいる距離なら平気なら……。
「上から探しましょう。ビルのベランダとか電信柱の上とか」
「上……上、アニメ……みたい」
おっ。今までで一番反応があった。
あるある。人外が高いところから街を見下ろすシーン。
「それなら出来そうですか?」
「目……金色で、髪……あんなの」
アッシュを指さして言うけど、なんの話かわからない。
まさか犯人の目が金色っていうんじゃないわよね。
「あと、青……緑?」
「私に聞かれても」
「あの上……いる」
え? 電信柱の上に誰かいる?
先輩が指さした方を振り返ったけど誰もいない。
電信柱……上……。
「アニメの話かい!」
先輩と話す時は、私が突っ込み要因か。
「なんてアニメですか?」
「………………」
「あ、わからないなら」
「わかる…………わか…………」
どよーんと空気が澱んできたよー。
アニメの題名が思い出せないのが、そんなに衝撃なの?
アニメオタクか!
「急いで思い出さなくても、そのうち思い出しますよ」
「……でも」
「当分一緒に行動するでしょうし、思い出したら教えてください」
「いっしょ?」
「うんうん」
「…………た」
先輩は口を開いては閉じを何度も繰り返している。
辛抱強く待っていたら、腕が伸びてきて私のセーターを掴んだ。
「た……すけて……」
「オーケー。がんばる」
「……え?」
だって、その一言を言うのがとても大変だったんでしょ?
襲われた時、何度も助けを呼んだのかもしれない。でも山の中じゃ誰も来てくれなかったんじゃないかな。
絶望して、誰も助けてくれないと思って、でも私を頼る勇気を出してくれたのなら、やれることはやりたいじゃない。
「しばらく探偵みたいなことをしますよ」
「たん……てい……」
探偵するのは嬉しいみたいだ。
何が嬉しいのかわからないし、そもそも嬉しいという感情があるのかわからないけど、最初に声をかけた時とは違って、ちゃんと目の焦点があっている。
少し顔つきも明るくなった気がするわ。
「じゃあ一緒に移動しましょう。はぐれるといけないから、ちょっとずつ転移しましょう」
「転移?」
ひょこって首を傾げると可愛いね。
さっき転移してたのは、彼女にしたらどういう感覚なんだろか。
「こんな感じで」
実際に少しずつ転移して見せたらわかってくれたようだ。
「俺は戻るわ」
成り行きを見守っていたアッシュが、片足を踏み出して、その足が地面に届くより早く姿を消した。
かっこつけやがって。似合うじゃないか。
いい男だから許す!
「おう。お疲れにゃ」
「にゃとか言うんだ」
「猫なんだから当然にゃ」
得意げに尻尾を揺らしてとことこと先輩に歩み寄るシロは、確かに話さなければ猫と見分けがつかない。
シロも本来の姿はアッシュと同じような人間系だとしたら、この演技は素晴らしいわ。
語尾ににゃをつけるのは……アニメ好きの先輩の好みなのかもしれない。
「あれ? もしかしてシロって雑種じゃない?」
「これでもラグドールって種類の猫に化けたつもりだ」
「ごめん。知らない」
「ふん」
街に着いたらペットショップを覗いてみようかな。
「幸奈。移動するのか?」
「……うん」
「そうか。よかった」
先輩はシロの前にしゃがんで、優しく頭を撫でた。
「シロ……は?」
「今までと同じさ。顔を出すよ。街までは一緒に行くか?」
「うん」
亡くなったのが二年前ってことは、シロと先輩が出会ってからも二年か。
不思議な、でもやさしい空気が流れている関係だな。




