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騎馬戦  作者: kyomukan
9/12

9

「せーの」

鈴木は、後ろの二人と声をあわせ、立ち上がった。


教師の方も、騎馬を組みはじめている。

怖いのは、今年異動してきて、新しく騎馬戦の顧問となった、体育教師だ。

そいつだけ、と言っていい。


教師たちが、昼休みに練習すると聞き、見に行った。


すでに、グラウンドには人だかりが出来ている。

近づくと、生徒たちの声が聞こえた。

「せんせー 頑張ってー」

「ほら、そこだ!」


声には、微妙に揶揄するような響きがあった。

どこか笑いが含まれている。

鈴木は、人だかりをかき分け、前に出た。


教師たちは騎馬を組み、ぶつかり合っていた。

騎手は、腰が引け、手はバタつき、しっかり立ち上がれていない。

騎馬は、騎手を持ち上げるのが精一杯で、まともに動けていない。


なんだこのざまは。


何年も、ろくに体を動かしていないのだろう。

教師たちは、汗だくになりながら、ヒーヒー言っている。

それは、脂肪という鉛をつけた豚どもが、鳴き声を上げているようだった。


昨日見た黒組の練習とは、雲泥の差だ。


鈴木は、その醜悪な光景から目を背けた。

いつも偉そうなことを言っているくせに、自分の身体も満足に扱えないのか。

こんなものは練習とは呼べない。ただの運動だ。


「老害が」

鈴木は、グラウンドを後にしながら、吐き捨てるようにつぶやいた。



吐き出せば、頭は少し冷静になる。

鈴木は、クラスに戻り、分析をはじめた。


騎馬は6騎だったが、1騎だけ騎手がいなかった。

体育教師がいなかったから、そこに入るのだろう。


体育教師は、日ごろの体育での動きや、

騎馬戦の部活の連中から聞いた話を考えれば、

個人としては、脅威だろう。

だが、馬が木偶なら、対処法はある。


数日後、思わぬ情報が入ってきた。

大将は、体育教師ではない。

鈴木は怒りを通り越し、呆れた。

勝つ気がないのか、と思った。


だが、一応、作戦は立てている。

その準備は済んでいた。

まずは、向こうの出方次第だった。


女子たちは、喋りながら、だらだらと騎馬を組んでいる。


向こうは、騎馬を組み終えたようだ。

大将は、数学の教師だった。

見るからに弱そうだ。


そう言えば、どっかのクラスの、生徒の父だったような。

確か名前はーー


「冷たっ」

首にどろっとした感触。

目の端でそれを捉えた。

よだれだ。


「おい、何すんーー」

鈴木は、途中で言葉を失った。

白井の表情に、息を呑む。


目を大きく見開き、その瞳は、相手の陣に釘づけになっている。

口からはよだれを垂らし、呼吸は、短く荒い。

見たことがないほど、興奮している。


その白井が、前を見たまま、言った。

「あれをやるぞ」


あれ? 

あれって、まさか。

今更。なぜ。

組み立てていた策はどうなる?


「いや、あれは聖人の時に…」

鈴木は、そこで言葉を切った。


白井の尋常ではない表情。

何かに取り憑かれているような、常軌を逸した瞳。


俺に、選択肢などない。

出来る事は一つだけだ。

狂気に、殉じる。


鈴木は、大きく息を吐き、言った。

「わかった」


女子の騎馬が組み終わった。

白井が片手を上げる。


太鼓の音が、鳴った。

女子の雑談がピタリと止まる。


白井が、歌い出す。


女子が体を揺らしはじめた。

何人かは、白井に合わせ、歌をつぶやいている。


鈴木の心が、徐々にざわつき出した。


白井の歌声には、不思議な力がある。

それは、聴いている人の心を侵食し、感情を支配する。


哀しい歌なら、哀しみに、

楽しい歌なら、喜びに、心が満たされる。

今なら、狂気に、犯される。


女子が、一人また一人と、歌いはじめた。

歌声は重なり合い、段々と大きくなっていく。


白井の歌声は、女子の声に呑まれることなく、

別のもののように、響いている。


頭がいかれた人間には、暗示がよく馴染む。

合図が出たら、大将だけを狙うように刷り込ませている。

首を獲るなどという、難しいことはできない。


ただ押し潰す。


何がいようと、どうなろうと、ただ前へと突き進む。

騎馬同士がぶつかり、目の前の騎馬が倒れても、

次の騎馬はそれを踏みつけ、また突き進んでいく。

どれだけ屍が出ようとも、前へ前へと進んでいく。


サビに入った。

白井が絶叫する。


異様な光景が広がっていた。


ヘッドバンギング。

女子たちが、寸分の狂いなく、髪を振り乱し、頭を振っている。

熱狂が、グラウンドを覆っていた。


白井の歌声が伸びきった。

声が止み、静寂が訪れた。


試合開始の笛が鳴る。


白井が手を上げた。

ゆっくりと下げ、指を前に出す。


突っ込め。

そして、死んでいけ。


狂った獣となった、女子どもが、一斉に走り出す。


それを追いかけるように、再び、太鼓が音を奏でる。

白井の叫びが重なる。


射精以上の快感に鈴木は襲われた。

体が、ビクビクと震えている。


土煙が舞っている。

前がよく見えない。


鈴木は虚脱を通り越し、虚無感を感じた。

使ってしまった。

あんな老いぼれに。


さあ、どうするか。

鈴木は、次の試合のことを考えはじめた。


土煙がおさまった。


鈴木は、目を疑った。

眼前に、相手の大将がいる。

騎馬ではない。ただ背負われていた。

その後ろには、狂気の群れが迫っている。


なぜ?

まずい。

どうやった?


全身が総毛立つ。



そのまま呑まれろ。

鈴木が、祈るようにそう願った瞬間、

相手の大将は振り向き、群れに飛び込んで、

騎馬と騎馬のわずかな隙間をすり抜けていった。


群れは、急に止まれない。


壊れた笑みを浮かべた女子どもが突進してくる。

鈴木を、恐怖が襲う。

歯の根が合わない。


護衛がぶつかる。

潰され、呑まれた。

勢いは止まらない。


「手を離せ!!」

鈴木は、震える声で叫んだ。


後ろの二人とバラける。

白井を背負った。


歌声は、何事もないように続いている。


群れ。ぶつかる。

寸前、かろうじて隙間に飛び込んだ。

人一人がなんとか通り抜けるほどの隙間。

狂気が、すぐ横を駆け抜ける。


手を離した二人から叫び声が上がった。


鈴木は、舌打ちをした。

この判断をあの一瞬で。

ヤラれた。実力を見誤った。


「ああ!!」

声を出し、後悔を振り払う。

まだ終わっていない。


脚に力を入れ、大将を追いかける。


歌声は、続いている。


鈴木は必死に駆けた。

体が重い。

鉛がついているようだ。

汗が止まらない。


背中は見えているのに。


だが遠い。

遥か先に感じる。


後ろから、反転した群れの足音が近づいてきている。


走る。

メガネが下がってきた。

息が上がる。


足音が近づいている。


酸素が足りない。

心臓が破けそうだ。


こんなの俺がやる仕事じゃない。


手が届く。


足音。

歌が、唐突に途切れた。

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