俺は今、俺だったか?
屋上はガルダの重量で押しつぶされていた。構造体が歪む程に。
階段は封鎖されていたがジャンプユニットを使用すれば外壁の穴から突入出来る。
「(トレーサー、起動。屋上に展開したトカゲをマーク)」
『下に敵反応。赤トサカ部隊、間近です』
スネーク・アイで天を睨み、次いで地を睨む。
屋上には砲撃を続けるガルダとそれを護衛するウィードラン部隊5名。
二階下には素早く展開しながら登って来る敵精鋭部隊。
敵は戦力を吐き出し尽くした後の様だが、様々な意味で時間は無い。
赤トサカの戦闘力と保有兵器は脅威だ。ブーマーが装備を使い尽くした今、時間稼ぎも出来ないだろう。
崩れた壁から外を見ながらブーマーは舌打ちした。
「実戦と訓練両方併せて考えてみても、今までで最低最悪の突入シチュエーションだ」
「高い所は苦手か?」
「高い所に居るトカゲが苦手なんだ」
「ガルダに好き放題撃たれている友軍もそう思っているだろうな」
イオは穴から外に向かって突き出した鉄筋の上にしゃがみ込む。
高層ビル頂点からの景色は最悪だった。破壊された街並みのあちらこちらで友軍が吹き飛ばされている。
コルウェ市での戦いはたった一機のガルダのせいで圧倒的劣勢を強いられていた。
「イオ、もし落ちたら冷静にジャンプユニットで速度を殺せよ」
「その時は下で待ち受けているトカゲに皮を剥がれるだろうな」
「嫌な想像は無しにしようぜ。
……今更だが、クレイジーな突入をぶちかます前に言っとく事はあるか?
遺言って奴になるかも知れねぇ」
「そんな物は無い。お前にはあるのか? ブーマー」
「あぁそうだな、カラフ方面軍の参謀どもにこう伝えてくれ」
ブーマーはへらへら笑いながら首を掻き切る仕草をして見せた。
オクサヌーンに閉じこもる消極的姿勢のカラフ方面軍司令部に煮え湯を飲まされているのがシンクレアチームだった。
「これで伝わるだろ」
「ブーマー、屋上に展開する敵は少数だ。ガルダの中は知らないが。
俺はトカゲどものディフェンダーを装備している。俺が囮になる」
「頼むぜ、相棒」
ブーマーも鉄筋の上に移動してくる。眼下は正に目も眩む高さだ。強い風に煽られて今にも吹き飛びそうになる。
呼吸を整えてタイミングを待つ。赤トサカの反応は既に一つ下の階にある。
焦れるな。逸るな。
イオは無表情だった。鉄筋を蹴り、屋上の縁に手を掛ける。
スネーク・アイは稼働限界間近だ。
しかし、堪える。五名の敵の警戒を擦り抜けらえるその一瞬を待つために。
敵が背を向けるその一瞬を待つ為に。
屋上の構造物は巨大な室外機にイオの背丈の半分程もある配管ダクト。
それらはガルダに押し潰されているがカバーポイントとして使用できる。
いや、悠長に銃撃戦をする余裕は無いか。
ゴブレットの情報を信じるならガルダは停止状態から120秒で飛行可能だ。
そうでなくとも乗降ハッチを閉じられたら手段は無い。
ブーマーのエナジーグレネードは特殊動力を用いたウィードラン兵器の機能を一部阻害出来る。
それがカギになる。勝負は一瞬。
イオは首だけで振り返り、自分を見上げるブーマーと視線を合わせ、一つ頷いた。
腕に力を込める。ぎしりと音がする。身体はボロボロだった。
ジャンプユニットから圧縮空気を放出。勢いに任せて飛び上がる。
ディフェンダーを起動しつつ、ハンドガンを突き出した。
「チャージ!」
「カバーアップ!」
乗り込み様不意打ちで一体を射殺し、着地。
神経を尖らせていたトカゲ達は直ぐに対応した。屋上に設置されたウィードランの簡易銃座が唸り始める。
赤トサカから奪ったバッテリーで久しぶりに腹を満たしたディフェンダーがその弾丸を受け止める。
しかし、対応し切れる火力では無かった。ディフェンダーはすぐさま警告音を上げ始めた。
「ブーマー!」
背後からブーマーが跳躍した。イオに気を取られていたガンナーを丁寧に射殺。
イオは拉げた配管ダクトを滑るように乗り越え、更に前進。
ガルダに反応がある。急速な排気と共にハッチが閉じ始めた。
「トカゲを止める! ハッチを止めろ!」
封鎖された屋上出入口は屋根付きの踊り場だ。ブーマーはジャンプユニットを制御してその上に転がり落ちながらエナジーグレネードを握り締めた。
イオは残った三匹に向かって出鱈目にハンドガンを乱射。直ぐに弾切れ。
リロードの暇はない。ディフェンダーを構えたまま一匹に突っ込む。
体当たり。重装のトカゲを吹き飛ばす。
『戦闘支援継続中。
パフォーマンスが向上しています』
どろり、ぬるりと遅くなる世界の中でゴブレットの声が響く。ナイフを引き抜く。
一体のトカゲの銃口を払い、足を掬う痛烈なローキック。体勢を崩した所に組み付き鳩尾にナイフを突き込んだ。挙句肉の盾にする。いつもの手段だ。
「エナジーグレネード投下!」
鱗粉が撒き散らされる。ガルダからの排気が止まる。ハッチが軋んで動かなくなる。
イオは肉の盾にしていた一匹を怪力で以て投げ飛ばした。イオに狙いを付けていた別の一匹に激突させる。
ブーマーは優秀だ。咄嗟の優先順位を間違えない。イオに突き飛ばされた一匹を即座に射殺する。
イオはスリングで背負ったレイヴンに手をやった。仲間の死体と共に転倒したウィードランに四発撃ち込む。
「……!」
「……っ」
言葉は無い。一瞬の目配せ。イオは走り、ブーマーはジャンプユニットを噴かせる。
ハッチ開口部正面を避け、左右に分かれて突入態勢。ブーマーは次のエナジーグレネードの準備を終えていた。
「投下!」
鱗粉が弾ける。同時にイオはディフェンダーを再起動してハッチ前面に躍り出る。
内部には案の定ウィードランが待ち構えていた。
『敵ディフェンダー無効化。優位確立』
猛烈な斉射が始まる。ディフェンダーは過負荷に悲鳴を上げている。
ブーマーがイオの背後に走り込んで来て肩を握り締めた。腰を落として姿勢を低く、右手にはハンドガン。
小銃の方は弾切れか、或いはリロードの余裕が無いか。
イオはディフェンダーを構えたままじわりと前進。展開範囲は最小限。ブーマーの為に射線を確保する。
ブーマーはイオに歩調を合わせた。するりするりと足を出し、呼吸を止めて冷静に射撃する。
一、二、三、三つ数える間に、ブーマーは敵の掃除を終えていた。
「前方クリア! イオ、まだいるか?!」
「反応なし。前進する」
ばちばち、と異音を立ててディフェンダーが機能を停止した。高熱を放っていた。
腰を落として射撃姿勢を維持しながらレイヴンをファストリロード。ブーマーもハンドガンのリロードを終え、再度イオの肩を握り直した。
『スネーク・アイ、シャットダウン。再起動まで120秒』
背後には赤トサカ部隊が迫っている。二分も待って万全を期すような余裕は無い。
呼吸を殺し、再度歩調を合わせ、中に滑り込む。
ガルダは巨体だが兵装に機体キャパシティを取られ内部は然程広くない。
兵員格納スペースを越え、動力部に突入。明らかに軽装のウィードランが迎撃しようとするが、イオはそれを即座に射殺した。
視界の悪い機体内部。影に隠れた別個体をブーマーが射殺。前方を警戒するイオ。死角をカバーするブーマー。
既に戦闘力は失われている。最後の足掻きだ。イオは唇を噛み締めながらコックピットに突入した。
「コイツで最後だ」
イオは座席に着いていたウィードランを始末し、レイヴンを放り捨てた。
「信じられねえ、成功した」
ブーマーは荒い息を吐いている。イオはそれに構わずウィードランの死体を引き摺り出し、計器類と正対する。
「まだ終わっていない。赤トサカどもが来たぞ」
「で、どうやるんだ。ガルダを奪うったって……コンドルとは訳が違うぞ」
「手はある」
イオはリトル・レディを起動しガルダの操縦インタフェースに近付ける。
トカゲの物らしき奇妙な言語が浮かぶ。当然、理解できる筈も無かった。
『イオ、貴方はやり遂げました』
「(出番だ、ゴブレット)」
『ガルダは簡易司令部としても機能するウィードランの最新兵器です。
ブルー・ゴブレット単独でのプロテクト突破は困難。
パイロットからキーを奪ってください。アーマーの胸部です』
イオはつい先ほど撃ち殺したウィードランを仰向けに蹴り転がす。
ゴブレットの指示通り、アーマーの胸部ツールスペースに紫色に光るデータキーがあった。鳥の羽に似た形状をしている。
「(これを何処に?)」
『端末下部です』
「(接続完了。やれ)」
叩き込むようにして接続する。様々な計器類が光り始める。
視界を青い女神が泳ぐ。彼女はイオに寄り添うと操縦インタフェースに手を翳した。
『イオ、リトル・レディの処理能力を補う為一時的に貴方の機能強化を停止します。
何も、心配は、ありません。
疑問を持つ必要はありません。貴方はイオです』
「(何を言っている? 俺達には余裕が無い)」
『……接続開始。掌握まで十二秒』
唐突に、イオを眩暈が襲った。溜まらず椅子に手を突くも体の全ての関節ががくがくと笑い始める。
「イオ、おいイオ、どうした!」
「ブーマー……」
イオは歯を食い縛りながらどうにか椅子に座った。
目と鼻の先でゴブレットが振り返り無機質に微笑む。愛想笑いとも違う。瞳が黄金に輝いている。
口付けて来た。ぐにゃ、と視界が歪んだ。
――
『エージェント・イオ、意識レベルに異常が見られます。
身体的なダメージは確認できませんが、何かありましたか?』
「(ゴブレット、俺は……)」
イオは頭を振った。
ブーマーがヘルメットバイザーを開放し顔を覗き込んでくる。
「イオ、大丈夫かよ。意識はあるか?」
「大丈夫だ、離れろブーマー。お前とキスするつもりは無いぞ」
ブーマーを押し退けながらイオは目を擦る。肌は汗で酷くべとついている。
ぼんやりと世界が遠い。見えている筈の物が見えていない奇妙な不快感があった。
おいおい何だよ、俺は今最高にハードなステージを攻略してた。このゲームを始めてから一、二を争う難易度で、最高のアクションと興奮を体験してた筈だ。
その実感が無い。俺は今、俺だったか?
まぁ良い。イオはもう一度頭を振った。
ガルダを奪った以上、後はちょっとしたミニゲームをこなしてこのミッションは完了だ。
「ブーマー、ガルダはもう俺達のモンだ。
良かったな、勲章モノだぜ」
「あぁ……そりゃ良いが……。イオ、お前……」
ブーマーは訝し気な顔をしている。
『ガルダの掌握を完了。エージェント・イオ、ガルダのコントロール中は各種戦闘支援を行えません。
注意してください』
「(構わない、飛ばせ)」
『起動シーケンス省略。上昇します。ハッチ閉鎖』
低い駆動音と共に浮遊感。ガルダが上昇を始める。
「飛びやがった、マジかよ」
「なんだ、信じてなかったのか?」
「そりゃお前の作戦に乗りはしたが……ガルダだぞ?」
「折角貰った玩具だ。存分に楽しませてもらうさ」
イオがそう言うとブーマーはまた怪訝な顔をした。
『エージェント・イオ。ブルー・ゴブレットは確信を得ました』
「(……何のだ?)」
『私達は、良いコンビです』
「(ハハッ、そうだな。俺もそう思うぜ)」
『インターフェースに触れて下さい』
ゴブレットのナビゲートに従って手を伸ばす。ガルダが旋回し、今まで着陸していたビル屋上が前面部の大型モニタに映し出される。
ウィードラン精鋭部隊、赤トサカどもが屋上に飛び出してくる所だった。奴らはギリギリ間に合わなかった。
「ブーマー、奴らの顔を間近で拝んでやりたい所だな」
「それには同意する」
『攻撃開始』
ガルダのウェポンラッチが開く。間を置かず八発のミサイルが放たれ、赤トサカどもを粉々に吹き飛ばす。
「ヒュゥッ! イオ、ポイントを指示する。
リーパーを迎えに行ってやろう!」
「OKだ!」
イオの操作に従順に応え、ガルダは急旋回した。
やってやったぜアクションをよぉーッ