外伝 悪人さんにインタビュー! ~悪の組織の総統編~
リクエスト「抗う者の日常」に、完結一年とレビューとファンアートいただいた記念も兼ねて。ありがとうございます。
悪の組織『抗う者』の朝は早い。
身支度を整える上で意識することは、大衆の前で堂々と悪を名乗っても問題がないか――。
そこまでしてやっと一日が始まると、総統さん(年齢不詳)は語る。
「さすがに寝ぼけ眼で大衆に悪を語るわけにはいきませんからね(笑)」
片手のティーカップにはコーヒー。何気ない仕草に見えるが、これも悪を意識したポージングだという。
「個人的には紙コップに水でもいいんです。咽喉を潤すだけですし、何も飲まなくても死なないですから。ですが、私は悪の組織の総統なので……」
――常にこのような飲み物を?
「はい。本当なら、ワイングラスに赤い液体が理想なのかもしれませんが、さすがに毎日はしんどい(笑) だけど最低でも、ティーカップに色の濃い液体です。ただの水などは長らく飲んでいませんね」
さらりと語る総統さん。常人には思いも及ばない世界だ。
しかしそれは彼にとって、ただの日常であるらしい。
総統さんの真っ白な双眸からは、長年悪を続けてきた誇りが感じられる。
「意外に思われるかもしれませんが、悪というのはイメージ商売なんです。もちろんそれだけという訳ではありませんが。まず、かっこよくなければ人の心には届かない。私はそう思います」
日常の所作一つ一つに、悪としての意識を織り込んでいると語る総統さん。悪の組織を率いるために必要なのは、強い信念と責任感。その一端が見えてくるようなエピソードである。
――しかし、中にはその例外な方もいらっしゃるようですが。
「エリザ、そろそろ起きて。もう。また徹夜したのね」
「うるさいねぇ、あと三十分……」
「長いっ! ほら! 起きて!」
「ははは。全員が完璧に、とはいきませんよ(笑) それにいくらか瑕疵がある方が、秩序の『女神』に反する悪の組織らしい。私はそう思います」
記者の意地の悪い質問にも、総統さんは慌てない。部下たちの個性について、あくまでも悪の組織としてのスタンスは崩さず、『個性を重んじる大所帯』の趣として利用している。
総統さんの、悪の総統としての器の大きさが伺える。
「それに――」
「――ああもう分かった分かった! アンタはほんっと時間に精確だね」
「アナタが私をこんな身体にしたんでしょう?」
「私専属の時計にでもなるかい?」
「はあ。ふざけないで頂戴。まあ、既にそんな感じかもしれないけど……」
「……あれはあれで良いものです。私はそう思います」
慈愛に満ち溢れた目で、仲睦まじい部下を見守る総統さん。含蓄深いコメントである。
仲間の団結。それが悪を率いる者にとって一番重要なことだと総統さんは語る。
「やはり悪の組織『抗う者』一番のポイントといえば団結ですよ。これだけは譲れませんね。キャラの濃さという人も多いですが、これは自然と集まったものですから(笑)」
「培った団結は信頼に、信頼は速やかな悪行に繋がります。普段、私が好き勝手できているのも、優秀な部下への信頼があってこそです」
しみじみと頷く総統さん。悪の組織としては珍しいスタンスだが、そこに至るまでの苦労は並々ならぬものであったに違いない。
――しかし悪の組織のトップには、部下に団結されての下剋上など、裏切りを恐れる者も少なくはありませんが……。
「まあそれも分からなくはないですが、偉そうなことを言うとまだまだかな、と(笑) そういった存在も受け容れるほどの器があってこその悪だと思うんです」
「裏切り者を掌で転がすもよし、あえなく敗して斃れるもよし、寧ろこちらから裏切るもよし。悪の数だけ裏切りがある――。闘争無き悪から、何が生まれるというのでしょう? 語ると長くなりますが、悪とは本来そういうものではないかと、私なんかは思いますね」
真面目な悪の理論を、まるで子どものような笑顔で語る総統さん。
悪を楽しみ、悪を尊ぶその姿勢は、どこまでも揺るがない。
「それに下剋上されたところで、私の勝ちは目に見えていますからね」
冗談めかしてそう語る、総統さんの目がギラリ。気さくで親しみやすい雰囲気の総統さんだが、あくまでも悪の組織のトップだということだろう。経験と実力に裏打ちされた自信が、垣間見える一瞬だ。
独特の世界を持ち、悪の組織のトップとして君臨してきた総統さん。そんな彼を支えてきたものを尋ねると、それは意外にも『家族』だという。
――悪といえども、やはり身近な支えが重要だ、と。
「そうですね。月並みな表現だと思われるかもしれませんが、やはりここまで来られたのは、家族の支えがあってこそ。彼らのお陰で、私はこの場所に辿り着くことができました。心から感謝しています」
声は穏やかだが、表情は真剣そのものだ。
仲間や家族を、なによりも大切にしている総統さん。悪といえども、組織の長である身だからだろう、その姿はとても眩しく見える。
――名残惜しいですが、これで最後の質問です。あなたにとって、『悪』とはなんでしょうか?
「んー、難しい質問ですね。答えなくてもいいですか? だめ?(笑)」
――お願いします(笑)
「うーん、そうですね。私にとって『悪』とは……」
「で。どうだい? その記事の出来は」
「うーん、そうじゃなあ……」
エリザからの問いかけに、総統は曖昧な声をあげた。長テーブルに、手にしていた資料を置く。なんとも答え辛かった。
エリザが総統を呼び出したのは、本拠地最深部にあるディープホール・ミーティングルーム(という大層な名の付けられた、ただの会議室)である。件の聖騎士の少女により別世界に飛ばされてきた今でも、ここで組織の行く末について話し合う習慣は変わっていない。
待ち構えていたエリザとポーリーンとナインズ、という組み合わせ(『プロフェッサーと被害者セット』と陰で囁かれている)に総統は内心、
――また何か事件か。
と内心身構えていたのだが。
「雑誌を売って小遣い稼ぎ――もとい、悪の組織のPR活動をするよ!!」
さすがの総統も、パイプ椅子によっこらせと腰かけて早々、そのような話をされるとは思ってはいなかった。
あーだこーだと学者特有の早口で解説しながら、ホワイトボードにマジックペンで大胆な字を書き散らすエリザに、総統は「落ち着いて?」と声をかけたがもちろん届かなかった。
「聞いてんのかい!? つまり『闇と光の組織』という認識を改めるためにはまず悪の組織という概念と悪自体への信念! 信念を人々に浸透させる必要があり、そも人が行動するポイントは論理でなく感情、あるいは感動、そこに繋がる理由や意志であってだね……」
こういう時ポーリーンは絶対エリザを止めない。「しょうがないわねぇ」とか口だけで言いつつ微笑ましげに見守るばかりだ。ナインズも止めない。性根は真っ当だが基本無口なうえ、彼が手を貸すのは自らより自力の劣る者だけだ。止めてくれるだろうパロミもいない。総統に味方はいない。総統なのに。
しかし自信満々に勢いで行動するエリザと、それに付き合うポーリーンのいつものコンビはともかく。
(なぜナインズまで?)
と総統は疑問に思っていた。恐らくエリザに引っ張られてきたのだろう、と推測していたのだが。
もしかすると。
「もしかしてこの記事書いた?」
「文字に起こしただけだ……この手のものには疎い」
「意外な才能」
総統は赤銅色の甲冑をまじまじと見つめた。寝起きにコーヒーを飲みながら語った悪のロマンが、こうもそれっぽい文章になるとは。
(笑)とかすごい使いこなしてるね、とか、そもそもその手でよくキーボード打てたね、とか色々言おうとして結局全て呑み込んだ。
とりあえず彼が、エリザにゴリ押しされてこの記事を書かされたことと、これからもいいように使われるだろうことは確定した。合掌。
「だけどエリザ、そもそも雑誌なんてこの世界で売れるのかしら? 紙媒体の本を、この世界の庶民に、定期購読させるわけでしょう?」
「そこはこの私に任せておけば万事問題無い」
「……しかし雑誌。『悪』らしくは、ない」
「まあ確かに、それもそうかもしれないが。……総統自身はどう思うんだい?」
「うーん……」
唸り、天井を見上げ。そして首を捻り。
「儂的には無しかな」
無しなんだ……。
エリザとポーリーン、ついでにナインズの気持ちが一致した。
悪の組織の身の上で、この世界の悪に立ち向かうことすら是としたくせに。しかもその結果、『悪の組織』が『闇と光の組織』なんて中途半端な名称になってしまったわけで。
総統のその判断基準がよく分からない、と、三人が口々に(ナインズですら口を開いて)その理由を尋ねると、総統はひょいと肩を竦めた。
「いや、だってこんなの売れなくない?」
端的な回答だった。
ポーリーンとナインズはそこで納得とともに黙る。食い下がるのはエリザだけだ。
「いいや大丈夫だ、秘策があるっ!!」
「秘策のぉ」
「ああ! まず私とポーリーンだ。女二人が絡んでりゃ売れる分野があるんだよ。おまけにマニア垂涎の写真も用意してあってね。どいつもこいつも飛びつくに決まって、」
「聞いてないわよ!? 写真ってどこの誰の――ちょっ、待ちなさい! 待てエリザぁっ!!」
加速する二人の衝撃に当てられホワイトボードが宙を舞う。哀れソイツが地面に落ち砕ける頃には、二人ともすでにこの会議室から消えてしまっていた。まあ遠くから悲鳴やら破壊音やらは聞こえてくるのだが、それはともかく。
総統は咳払いして、ナインズに向きなおった。やり直しだ。
「いや、だってこんなの売れなくない?」
「……そこからか」
「まあ聞いて。そりゃ儂だって儂自身と、儂の悪のロマンに自信はあるけど? でも冷静に商売ってこと考えて、儂が雑誌映えするかと言われたらちょっと……。だって外見ヤバめの髭爺だし……? なにより悪の組織が雑誌売れなくて借金とかダサいし……?」
「まあそれは大丈夫じゃないか」
いったい今までどこにいたのか。ひょいと現れて、なぜか自信ありげなアーロンに総統は首を傾げる。
アーロンは軽く笑った。
「案外あんたのファンは、」
「いっぱいいるってこと!!」
ばっと飛び込んできたパロミ。抱えているのは先ほどの試し刷りの文章の束。しかしたかが数ページのインタビュー記事にしてはやたら分厚い。よくよく見ると、同じ記事を複数部コピーして大事に大事に抱えているらしい。
かわいいかわいい孫娘に、そんな風にしてもらえて嬉しいなぁ。
なんて感情が沸く前に、純粋たる困惑が総統を襲った。
「ええ……?」
「おい、雑誌の噂聞いたか? 幹部が協力して出すっていう……」
「ああ。総統のインタビューが出るんだろ。売れるのかよ、そんなもん」
「なあ? 俳優でもあるまいし」
なんて下っ端どもの雑談のなか、カラカラとひとしきり笑い合って、しばらくの沈黙。
やがて彼らは、合わせたように深く溜息を吐いた。
「俺もう三冊予約した……」
「私二冊……」
まるで懺悔を吐き出すかのように、次々と購入予定者の声がこぼれ落ちる。
「……私はとりあえず、今月号五冊買って様子見かな。それ以降は考える」
「多くない?」
「俺は一応、毎月二冊ずつかな。今月号は四冊買う。総統の目がギラリの写真だけでも永久保存版だわ」
「目がギラリの写真は特別号だけらしいぞ」
「マジかなんだよその商売。買うわ」
「俺もう十冊予約したわ」
複数買うのが当たり前、寧ろ買わない者がいない。そしてそれに疑問を持つ者もいなかった。
そりゃなんで彼らがこんな『悪の組織』なんていう反社会的ならぬ反女神的な組織に属したかって、そこに信念があったからだ。そしてその信念は唯一のトップである総統へと繋がるもので。その総統には色々と情けないところもあるが、その圧倒的強さやカリスマ性が揺らぐほどでもなく。
つまり彼らは、総統に惹かれ、彼についてこんな所――かつて暮らしていたものとは別の世界までやって来たわけだ。
つまり悲しいかな、滅多に見られぬ、総統らしくかっこいい総統のために、多少狂ったように費やすのもおかしくない。
「そんなことよりおじいちゃん、このインタビューの続きはなんて言ったの?」
「それが儂、眠かったから正直覚えてないのよね……ごめんよパロミ」
「えーっ」
「続きが読みたけりゃ雑誌の発売を待つんだね!!」
突如飛び込んできたエリザがどんと胸を張る。背後から彼女を呼ぶポーリーンの声が聞こえるが皆触れない。関わりたくない。
アーロンは肩を竦めた。
「阿漕な商売だな」
「それを題にして賭けの胴元を始めたあんたにだけは言われたくないね。うまいことやったじゃないか」
「アーロンてこんなときだけフットワーク軽いよねぇ」
「人聞きの悪い。俺はただ、『この雑誌のインタビューの最後、総統はなんと言ったでしょう?』と皆に可愛く告げただけだ。ついでにちょっと金が動くだけで」
「……ちょっと?」
さすがのナインズも突っ込んだ。総統は内心激しく彼に同意しながら、穏やかに目を細めた。
すでに皮算用に酔っているらしいアーロンに、己の計画をまた語り出したエリザと、そんな彼女にぶーぶー文句を言うパロミ。全員を呆れたように見るナインズ。
(――『悪』とは、)
悪とはロマン。力。抗うこと。切り開くもの。喚ばれし標、秩序への反抗――。
悪とはつまり、決して一言で言い表せるものではない。
……と、今になって振り返れば答えた気もするが、うろ覚えなので口にはしないでおく。
悪の組織『抗う者』の総統は、ただ口元を緩めて自らの仲間を、家族を眺めるのであった。
あまり『悪』らしくもないが、こういう日常も悪くない。
「見つけたわよエリザぁっ!!!」
「「「あ」」」




