第1話 九年の間に起きたこと
「僕が巧に出会った日」「僕が巧を思い出すまで」の続きです。よろしくどうぞ。
「グラハムが来週来るってさ。スマホにメッセージが入ってた」
明日から高校二年の新学年が始まるという日、巧が言った。
グラハムは小2の夏に氷上健吾さんの行方不明の件がきっかけで知り合って、毎年最低二回は僕たちのところを訪ねてくる。僕たちから異世界の健吾さんの様子をききたいというのもあると思うけど、多分、健吾さんの代わりに僕たちをかわいがってくれてる感じなんじゃないかな。
グラハムは僕たちにいろいろなことを経験させてくれた。ちょっとした旅行に連れ出してくれたりとか。あと、ゲームを僕たちに買ってきてくれたり、巧にスマホを買い与えたり。
そして僕たちはゲームに嵌まった。
というか、まずは僕がFPSに嵌まった。まあ、直前の前世の記憶のおかげで、射撃がとても得意だったのもある。それで僕が嵌まったら、次に巧も夢中になった。巧は銃を扱ったことはなかったらしいのだけど、ゲームだと気軽に試せていい、と言っていた。
その延長線上でTwitchの配信も僕たちは最近始めていて、僕との連絡手段を確保したかったグラハムとしては万々歳だったんじゃないかな。グラハムは本当は僕にもスマホを渡したかったらしいんだけど、お母さんに許可をもらうのが難しそうと思って諦めてたらしい。でも、配信を理由にインターネットを僕がおおっぴらにできるようになったから、いつでも連絡を取れるようになった。
勿論、お母さんも僕たちとグラハムの交流は承知していて、グラハムは僕らにとってはもう親戚のおじさんみたいなものだった。
グラハムが訪ねてくる、という知らせを巧が伝えてきたとき、僕は新しい教科書を買って家に戻ったところだった。教科書が詰まった重い紙袋を机に置きながら、僕は首を傾げる。
「この時期に?珍しいね」
「健吾の母親の法事があって、それに合わせて来るんだと」
「グラハムも出席するってこと?」
おかしいことではない……のかな?宗教とかどうなってるんだろ。
「そうらしいな。で、法事の後、わざわざこっちに来るんだとさ」
巧は何故か嫌そうな顔をしている。僕は巧に訊ねた。
「何かあるの?」
「健吾の家族を連れてくるって。父親が俺たちに会いたがっているんだと。何でも、健吾のことで礼を言いたいとか」
渋面を作っているのはそのせいか。グラハムは何度か僕たちに健吾さんの父親を引き合わせたがってたんだけど、そのたびに巧はいろいろ理由をつけて避けていた。そのくらい、巧は健吾さんの父親を苦手に思っていた。
氷上甚。健吾さんの父親で、今は国際的なスターとして活躍している。英語も話せるようになって。でも、良い評判ばかりではない。息子の健吾さんが行方不明になって一年経った頃にできちゃった結婚して、それで評判を落としたことがあった。一人息子が突然行方不明になり、悲劇の父親だったのが、いつの間にか一般女性に手を出して子どもを作って、行方不明になった健吾さんが戻ってきたときにそのことを知ったらかわいそうだ、とか。でも多分、女性ファンが甚さんの再婚相手に嫉妬しているだけなんじゃないかな。甚さんの再婚相手は本当に普通の人で、シングルマザーだったということだし。
でも、巧が甚さんのことを苦手に思っているのはそんなこととは関係ない。あの猪突猛進そうなところが鬱陶しくて苦手なんだって。実際に会ったこともないのに、よく言うなあと思うけど。
「今回は逃げないんだ?」
「そうしたいけど、今回は無理っぽい。おばさんが家元のところに行くって言ってる日だから」
「ああ、留守番を頼まれてた日だね」
本当は僕も家元のところに行かないかって言われてたけど、配信をしたかったから断った。僕は踊りのお稽古をずっと続けていて、そろそろ名取試験を、って、他のお弟子さんとか先生方には言われたりしてるけど、なんかそこまで道を究める、的な感じも自分の中ではないし、どうしようかなあって感じ。名前を取ったらお母さんは喜ぶだろうけど、そのために取るっていうのも違うんじゃないかな。お母さんは、好きにしていいのよ、って言ってくれてるし。
「僕だけで対応しようか?」
「いや、それはやめた方がいいと思う。グラハムも一緒なんだ」
「グラハムの相手くらいできるよ?」
「そうじゃなくて、ちょっとグラハムと話し合いたいことがあって。言ったろ、そろそろ動かないといけない時が来てる感じがするって。それで、グラハムと話したいんだ」
確かに。健吾さんが壊れないようにするための一手をそろそろ打つことになると思う、って一昨日、巧は言っていた。
うん、そうなんだ。健吾さんはやっぱり心が壊れかけたんだ。翼の城で。
今は大丈夫なんだけど、そのための手立てはこれからしないといけないってこと。例によって、未来から過去に遡って巧が何かしたらしいんだよね。
グラハムとの約束通り、僕たちは健吾さんの様子をちょくちょく確認していた。アレクシスの術式が起動して彼が術者「月の王」になった瞬間に一度、翼の城に戻ることになっているらしいのだけど、その時になってようやく健吾さんはこちらに戻ってこられる。引き替えだからね。そのためにはアレクシスが無事でないとならないんだけど、巧はアレクシスがどこにいるかは教えてくれない。そっちもちゃんと見てるから、としか言わない。まあ、いいんだけど。
で、健吾さんの方だけど、巧の知り合いの精神操作を利用して何とか心を保っていられた。でもやっぱりそれは騙し騙しで、うまくいかなくなっていた。巧の知り合い曰く、孤独なのが駄目なんじゃないかって。誰か話し相手とかいればいいけど、健吾さんは翼の城の中で女王の直接の庇護下にあって、身の安全は保障されている反面、なかなか気安く話せる相手がいないみたい。
妖精たちはずっと健吾さんの傍についてるけど、これは話し相手にカウントするのは無理。まともな会話にならないから。で、巧の知り合いは健吾さんの話し相手になれそうな感じの人ではないらしく、健吾さんの様子がどんどん妙な感じになっていくのを見て、巧は直接健吾さんに会って話をするようにした。それまでは影から健吾さんを見守ることにしていたんだ。けど、それは逆効果だったらしい。巧はずっと傍にいるのではなくて、途中で帰ってしまうから。自分は帰りたくても帰れないのに、って健吾さんは思うらしくて、結局、健吾さんの精神が荒れていくのを止めることはできなかった。
そんなときに、健吾さんに救世主が現れた。
救世主、というのは大げさかもしれないけど、健吾さんの心のオアシスになれる存在が。
ウサギと猫なんだけど。
そして、それはもともとこっちの世界から行った存在らしくて、送り込んだのは状況的に巧らしいんだ。
この話も「男性Vtuber四人の担当になったが、全員普通ではなかった話」の過去編になります。本編の方は成長した司と巧が出てきます。よろしければそちらもどうぞ。




