第十一話
11
鳴き声のような、悲鳴のような、赤子の泣き声には独特な響きがあった。
「この子が、ツキ先生?」
赤子を抱きかかえて家族の輪に戻ってきた夜人に、律花が問いかけた。
「その通りだよ。僕達はこの子によって、未来から呼び寄せられたんだ」
「君たちに声を掛けてきたのは、赤子だったとでも言うのかい。ちゃんと説明してくれるかな?」
怠惰の問いかけに、夜人は笑顔で答えた。
「僕達を呼んだのは成長したツキ先生ですよ。でも、僕達は彼の姿を見たことがない。通信のみで、声しか聞いたことがありませんでした」
「ならば、この赤子がツキであるとは限らないではないか?」
「いいえ、この子がツキ先生です。天使と悪魔の羽を持ち、竜のしっぽ、鬼の角を持つ、どの神話、どの流れにも属さない新しい種族。彼は、自分のことを称して『月に吠えるもの』と言っていました。だから、ツキ先生なんです」
天界、冥界に属することなく、人の手によって生み出された神話的な存在。
ツキは、自分のことをその存在になぞらえた。
「君たちはどうやって、戻って来れたんだい?」
「世界を利用したんです。世界の修正力を――。世界は、あり得ない存在を消し去ります。だから、僕達は袋井さんと母親との関係性が崩れると消える。そこまではいいんです。でもそのお陰で、僕達はある結果を残しました」
「何かあったかな? 君たちが消えて、残るものなどないはずだけど」
「袋井さんや、母親たちに大きな傷を付けることに成功しています。深い心の傷を」
「それが、狙いだったのかい?」
「はい。傷を負った家族は、子供たちを強く大事に思うようになった。それは、自分たちだけじゃない、他の家族に対してもです。その結果、袋井さんは、ある家族の子を救おうとした。自分に寄生した天魔の子供です。――ツキ先生もまた、僕達と同じ確定されていない存在だった。生まれるかどうかすらも、曖昧でした。僕達が、未来から来たことで、本来ではあり得ない関係性のエネルギーを両親は得ることが出来、ついにツキ先生は、生まれる可能性を得ることが出来た。でも、そのままだと自身は天魔ですからね。場合によっては、倒されてしまう。そこに関係するのが、心の傷です。袋井さん達も消えた子供を取り戻すことに苦しんだからこそ、生まれる子供への躊躇が生まれた。本来ならば、撃退士としての任務を遂行するところを、倒すべき相手に情けを掛けられるようになった。そこに、今回大きな役割があるんです」
「ちょっと、待ってくれ。生まれるかすら曖昧な相手が、君たちを未来から送り込んだのか?」
「そうです。それを言ったら、僕達だって一緒でしょ? 確定されていない未来の一部。ツキ先生もまた特異点のひとつだったんです。この世界のね。――ツキ先生は、僕達全員が消えることで本来の力に達し、生まれる事に成功した。でも、それは大きな矛盾があるんです」
「だろうな。ツキが生まれてくるには、子供たちが『未来から来て』いなくてはいけないのに、子供たちがいては『本来の力に達しない』ツキは、生まれないことになる」
「その矛盾を修正するため、世界は僕達を残すことにしたんです。『生まれるに値する力』を与えて」
「しかし、なぜ世界はそんな都合よく、君たちを残した。君たちが『未来から来ない』という方に傾いてもいいだろうに?」
「そうです。そして、その『未来から来ない』選択肢をした世界は、僕達のいた未来なんです。そうなると始めから、ツキ先生は生まれない。そうなると僕達の力は統一されず、曖昧な特異点として扱われる。仕掛けられたゲームにより、過去に行って誰か一人に絞らせることになる。そうなると、過去に行けますから、世界の選択した『未来から来ない』という選択肢を振り出しに戻せる。僕達が過去にこられた時点で、僕達の勝ちは確定しているんです」
「どうして、君はそんなことを知っているんだい?」
「他のみんなより遅く来ることになっていた僕は、ツキ先生にネタばらしをされていたんですよ。世界に『もしこうなったらどう矛盾を修正する?』というゲームを問いかけて、何度も似たような修正を繰り返させる。そうすれば、僕達のいる破滅的な世界も修正されるはずだ、とね。ツキ先生は、別の似たような子供たちに対してもゲームを呼びかけている。いずれ、更なる修正が加わり、未来は変わるはずです。――ただ、こうやって生き残りましたが、未来が本当に明るいのかどうか、ここにいる僕にはわからないんです。まだ、ここは修正途中かも知れませんからね」
しゃべり疲れたというように、夜人は首を振った。
「いや、恐らく未来は明るいよ」
「どうして袋井さんは、そう思うのですか?」
袋井の頭には、一瞬現れた二人の少年少女が浮かんでいた。
あの二人には天使と悪魔の羽根があった。そして、その顔は目の前にいる子供たちとよく似た顔立ちをしていた。
あの子達がさらなる未来の子であるとするならば、生き残ったこの子達には未来がある。孫がいるのならば、未来には更なるのりしろが存在すると言える。
(そう、生きていれば、生きてさえいれば――未来へと繋がる絆が、必ず見えてくるんだ)
頭を悩ませている夜人に、袋井は笑いかけた。
「僕の未来予想――占いみたいなもんかな」
袋井の曖昧な回答に、夜人は口を尖らせた。
「正直、全然わかんないんだけど……」
夜人の説明に、イライラしていた律花がむくれて、ついに抗議してきた。
「それじゃあ、アタシ達は生まれて来ないってこと? じゃあ、なんでここにアタシがいるの?」
「そういうことじゃないんだ。僕達は枝先の未来として、存在はちゃんとしてるんだよ。ただ、ツキ先生がいる時点で、僕達の未来とは繋がらないというだけ」
「だから、それがわけわかんないのよ!」
「そうか……じゃあ、律花ちゃんにもわかりやすく説明するよ」
「なによ、あるなら早く言ってよ」
「僕達4人がどんな条件でも生まれてくる方法は――袋井さんが他の母親たち全員と浮気すればいいんだよ」
「……は?」
ぽかんと律花は口を開いたまま、硬直した。
「そうなれば、僕達は嫌でも確定した存在だといえる。そうだろ?」
「いやいや、ちょっと待ってよ! アタシの思い出は? お父さんは死んじゃってて、悲しんでいたアタシの立場は?」
「それは、怠惰さんに浮気症の父親は死んだことにされていたとか。そういう歴史に書き換わるのかもね」
「駄目だって、そんなこと! 聞いたことないよ!」
袋井を不憫に思う律花は、抗議を繰り返す。
なぜかその隣では、怠惰がニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
「なるほどなぁ~確かにその可能性があるから、世界は子供たちを返してくれたのかもしれん」
「ちょっ! お母さんも、悪乗りしないで!」
「いや~困ったもんだな、袋井君。君が、そんな酷い男だとは知らなかったよ。まあ、実際子供たちが戻っているのだから、そうなんだろうなぁ~」
ぐふふと酷く楽しそうに怠惰は下卑た笑いを浮かべる
当の袋井は事態を理解できず、目を飛び出す勢いで怠惰を見詰めている。
「へぇ~袋井。あんたって、そういう奴なんだ。恋音ちゃんに告白しておいて、3人も愛人を作るだなんて。あんたの浮気グセにも困ったものね」
小馬鹿にする態度で世那は、袋井を見据えた。
「袋井くんは、浮気をするのかぁ~。真面目に見えて案外悪なんだね」
美月は口笛を吹くように笑って返していた。
「よっ! この浮気者!」
「浮気者」
「うわきもの~」
母親たちは口々に調子を合わせて、袋井を吊るしあげた。
「ちょっと! なんですか、それ! 止めてくださいよ! そんなことしない、っていうかそんなこと出来るわけないでしょ!」
袋井は慌てふためき抗議するが、楽しそうな三人は一向に止める気配はなく、「浮気者」コールを続けていた。
告白の状態から、動いていなかった袋井と恋音は向い合って立っている。
浮気者コールを聞いた恋音は、下を向きプルプルと震え始めていた。
「ち、違うよ、恋音。これは、何かの間違えで。夜人君が言ってただろ、子供たちが戻ってきたのは、世界が矛盾を修正するためであって――」
「う、うう、うううぅ……」
(え、そんな、泣かせちゃった。――っていうか、これは僕の責任なのか?)
体を震わせていた恋音が、ぎゅっと拳を握って袋井に顔を上げた。
泣いていない。っていうか、怒ってる。
「裏切り者ぉぉおお!」
飛び跳ねた恋音の拳が、袋井の頬にクリンヒットした。
「もう、いやぁぁぁああああ!」
恋音は脱兎の如く、袋井から逃げていく。
「さあ、始まったぞ、袋井くん。君の出番だ!」
「お膳立てしてやったんだから、しっかり捕まえなさい!」
「よく分からないけど、逃がしちゃ駄目だよ!」
殴られた頬を抑え袋井は、3人の母親たちに苦笑いを返した。
「ちくしょう~、待ってよ、恋音~」
情けない声を発して、袋井は走りだした。
朝日が照らす中、走りだした背中に子供たちの声援が掛かる。
まだまだ先の見えない未来の為、手を伸ばし始めた青年は、それを掴めないでいた。
こうしてゲームは、再開された。
先の見えない未来を賭けたゲームが。
袋井雅人、17歳。彼にはやはり、女難の相がある。
◇◆◇
「それじゃ、行くぜ! 栄えある、第一回ベストカップルコンテスト優勝者は――!?」
What ? if games? End




