第九話
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真っ白な空間を、袋井と凌雅はひた走っていた。
日頃、朝のランニングでは、凌雅が前を走り、ヒイヒイ言いながら袋井が付いて来るのが常だった。
だが今は、袋井が前を走り、凌雅がその後ろを必死について行っているように見えた。
「オヤジ! 本当にあってるのかよ、こっちで!」
「大丈夫だ! 矢印が見えている。恋音は、こっちにいる!」
真っ白な空間では、凌雅には目標となる物体が見えない。そのため、歩みにも躊躇が生まれ、少なからず速度が出せないでいた。
だが、袋井には、自らの恋愛線が見える。
そのため、その先を目指しただひたすらに、走ることが出来た。
何の変哲もない空間の途中で、矢印が止まっているのが見えた。
反射的に、袋井は腕を頭の前でクロスして突進した。
バリッと電流が走ったような音の後、目の前には蕾を思わせる巨大なゲートコアが姿を表していた。
「母さん!」
共に別空間に入った凌雅が恋音を見つけた。
恋音は、宙に浮かぶゲートコアの下に敷かれた赤いベッドのような物に横たえられ、コアから伸びる根っこのような半透明の管に絡みつかれていた。
凌雅は光纏し、ヒヒイロカネから即座に剣を取り出し、飛び上がった。
結界の消失を感じ取れている今、コアの破壊は撃退士にとって容易なもの。
能力の低い凌雅でも、難しいことではなかった。
飛び上がりコアに斬りかかろうとした所で、凌雅は失速、地に落とされた。
その身を、袋井が羽交い締めにしていたのだった。
「なっ! 何するんだよ!」
「待ってくれ、凌雅! あれを!」
凌雅を取り押さえたまま、袋井はゲートコア内部を指さした。
そこには、赤子と思しき影が浮いていた。
背中に天使と悪魔両方の羽根を持ち、龍にも似た尻尾が生えている。
額には小さなツノが見て取れ、その姿は今まで見たどの種族とも違う、異質な姿をしていた。
「なんだよ、あれ……」
「恐らく、寄生していた天魔の子供だよ。天使は、妊娠していたんだ。子供をゲートと直接つなげて、エネルギーを与えているみたいだ」
「そんなこと、どうでもいいだろう! 母さんを早く助けないと!」
「待ってくれ、凌雅! 頼む! あの子を――あの子を何とか助けられないか?」
「何いってんだよ……ゲートコアを壊さなきゃ、母さんを助けられないだろう!」
「わかってる。だけど、恋音を助けて、一緒にあの子も救いたいんだ!」
「……どうして、そんなことを?」
唖然として凌雅は、その身から力を抜いた。
凌雅の身を解き、袋井は自身の頭を抱えた。
袋井自身も事態の状況に、苦悶しているようだった。
「必死だったんだよ、あの二人も。自分の子を守ろうと、なんとかして僕らを利用していたんだ……」
「そのせいで、俺達は苦しんだんだろう! そんなヤツの子供を、なんで助けようだなんて思うんだよ!」
「わかるんだよ! 子供を守りたい気持ちが! 子供を失いたくない気持ちが……。俺も、必死にお前達を助けたいと思ってたから……」
「そんなことで……」
目を大きく広げ凌雅は、苦しみ顔を背ける袋井を見詰めた。
歯を食いしばった凌雅はコアを鋭くにらみ、剣を構え直した。
再度飛ぼうとする凌雅を、袋井は必死に押さえつける。
「止めてくれ、頼む! なにか、なにか方法があるはずだ!」
「離せよ! また、あんたは何かに操られてるんだ! そうじゃなきゃ、そんなこと言わない! ゲートを破壊すれば、すべて決着がつく!」
袋井の静止を解こうと、凌雅が力を込めて腕を振り回した。
その時、内側から熱い物が込みあげた。
それはぼわりと全身に膨らみ、凌雅の体を覆い尽くした。
ゆらゆらと燃え上がる白い炎は、凌雅に足りなかった本来のアウルの力だった。
「これって、まさか……」
分割された魂がひとつに集まる時、その力は本来の姿となる。
よって、他の三人が消えた今。凌雅の力は、本来のものへと達していた。
だが、今の凌雅にとってその力の意味することは決して嬉しいものではなかった。
「そんな――嘘だろ……なんで、みんな消えちまうだよ。それじゃ、本当に未来が、なんにも変わらないじゃないかよ。俺の知ってる未来と、何にも変わらないじゃないかよ!」
あふれる力を手にしながら、凌雅は床に膝をついて泣いていた。
「未来が変わらないって……。何の話なんだ、凌雅」
「オヤジといると、みんな不幸になるんだよ! オヤジと結婚した人は、子供を産んでも、その子を庇って死んじまうんだよ! その時はにはもう、オヤジは死んじまってるし。俺達の知る未来では、人類に勝ち目がないんだよ!」
「そんな……」
泣き続ける凌雅にすでに、戦闘意識はなかった。
「回避する方法はないのか?」
「わかんねぇよ! 母さん達を助ける方法は、俺達が生まれないようにすることなんだ。こんなんだったら、俺達は生まれない方が良かったんだ!」
「生まれない方が良かっただなんて――そんなこと、言うんじゃない!」
「だって、そうじゃないか! 大切な人を守れないのに、いたって仕方ないじゃないか!」
「そ、そんなことは――」
ない。とは、言い切れなかった。
何も出来ない袋井が、そんなことを言う資格はなかった。
(僕がいると不幸になるのか……。僕がいるから、誰も助けられないのか……。生きていれば、生きてさえいれば。そうじゃないのかよ……。そんなことも出来ないのかよ!)
「ウウォォォォオオオオオオ!」
袋井は、叫び走っていた。
恋音に絡みつく触手を千切り取り、恋音を抱きかかえた。
睨みつけるように膝をついている凌雅に顔を向け、恋音を放り投げた。
必死の思いで、凌雅は恋音を受け取った。
抱きとめた恋音は、意識を失ったままであった。
恋音を失ったコアの触手は、すぐ側の袋井に絡みついてきた。
振り払おうとするが、一度絡んだ触手は簡単には外れず、袋井の身が急激に重くなった。
力を失いかけている袋井にとって、コアからの直接吸引は思う以上に辛いものであった。
「何してんだよ、オヤジ!」
「ごめん、凌雅。僕は弱いから、こんな事しか出来ない。恋音を連れて、早く何処かへ逃げるんだ!」
「馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ! オヤジが死んじまったら、俺達だって生まれて来ないんだぞ! 何してんだよ!」
「ハハッ……そっか。馬鹿だなぁ……そんなことにも気づかないだなんて。ホント役立たずで、ごめん」
次第に立っていられなくなった袋井は、床に膝をついた。
恋音を抱きしめる凌雅の身が、少しずつ消えかけ始めていた。
「結局、凌雅を巻き込んじゃってるんだな、僕は。駄目駄目じゃないか」
「今、助ける!」
恋音を床に横たえ、凌雅は剣を再度構え直した。
アウルの充足した凌雅ならば、結界を失ったゲートコアの破壊など、容易であった。
飛び上がった凌雅は、全身の力を込めて、腕を振り下ろした。
――だが、その剣は姿を消し、勢い余った凌雅の体は半回転し、背中から床に叩きつけられた。
「どうして……? 間に合わなかったってのかよ……」
横たわった凌雅の体が、次第に光の粒となって消えていく。
事態を理解した袋井がもがくと触手は、急速に縮んだ。
わけも分からず解き放たれた袋井だったが、凌雅のもとへ駆け寄った。
「ちくしょう……俺は、間違ってたってのかよ……」
「そんなことはない。僕がおかしな事を言ったから……」
「母さんを守ってくれよ。頼むよ。お願いだから――」
「ああ、絶対に約束する。絶対に……」
袋井の言葉を聞かず、凌雅は消えていった。
袋井の後ろで影が動いた。
触手を引っ込めたゲートコアが不気味な音を立てて、開き始めている。
花開き始めたゲートコアは、内側から溢れ出るエネルギーに押され、ボロボロと破砕していった。
駆け寄って恋音を抱きしめた袋井はその身を盾にし、放出されるエネルギーの波を感じた。
「クソッ! なんだよ、これは。凌雅を奪っただけじゃ飽きたらず、みんな飲み込もうっていうのかよ……。ふざけんなよ! ちくしょう!」
気絶したままの恋音を抱きしめる袋井に白いエネルギーの波動が襲い来る。
アウルの殆どを消失している袋井にとって、その光が意味する力を理解していた。
袋井は、死を覚悟した。
袋井は目をつぶり、恋音の身だけを抱きしめた。
迫り来る光が、袋井の全身を包み込む。
途端に、音が消えた。
死――の瞬間では、なかった。
ゆっくりと目を開く。袋井の目の前に二人の少年少女が立っていた。
黒い片翼の天使の羽を持つ少年と、同じく片翼の白いコウモリの羽を持つ少女。
二人は手をかざすだけで光の波を遮り、袋井の回りに障壁を作っていた。
二人は顔だけを向け、唖然と口を開く袋井を見て微笑んだ。
――OJITYAN。
音のない世界で、唇だけが動いていた。
「ハハッ……僕の孫だなんて、言わないでよ……」
苦笑いを浮かべる袋井に、二人は笑って手を降った。
眩い光が、袋井達を見えなくした。




