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What-if games?  作者: 岡田播磨
3章 BADEND **をするから、愛をくれ!
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第六話


 恋音の傷は――致命傷には、至っていなかった。

 切り裂かれた胸元は、巻いている特殊サラシによって保護され、傷にまでは至らず。早まる動機は、自らの失態への、後悔によるものだった。

 凌雅は、恋音を抱えたままひたすら、大通りへ向けて走っていた。

 深い、森の奥まで誘い込まれていた。

 恋音自身も始めから、これが罠であることは気付いていた。

 だが、どうしても確かめたかったのだ。

 袋井の、安否を。

 小柄といえども、恋音を抱えて11歳の凌雅が走り続けるのには、限界があった。

 二人は巨大な木の影に隠れ、迫り来る影に目を凝らした。

 相手を睨みつける凌雅の袖をグッと、恋音が掴んだ。


「凌雅くん、逃げて。人のいるところへ、早く……」

「ダメだよ、母さん。――母さんが死んでしまったら、俺だって生まれてこない。律花達には、事情を話したから必ず助けが来る。安心して」


 恋音の手をそっと握り、凌雅は微笑みながら静かに答えた。


「凌雅くん、ごめんね。……わかっていた、わかっていたの……だけど、だけど袋井さんが――」

「大丈夫。オヤジは、無事だよ。無事じゃなかったら、俺がここにいるはずないんだから。オヤジも絶対、大丈夫だから……」


 凌雅は握られた手をそっと外して、恋音に返した。

 袋井が資料室から姿を消してから、丸一日が経っていた。

 本の山から助けだされた玲那は、フクロウやら妹やらと非常に、取り乱して事情を聞き出すのに時間を要した。

 怠惰の予想は当たっていた。だが、まさかその二体が同時に寄生しているとは思いも掛けなかった。

 なぜ、袋井が姿を消したのか、その事情は分からず仕舞いだった。

 不安に怯える恋音のもとに、不思議なメールが届いたのは、そんな時であった。


『恋音。君だけに、どうしても伝えたいことがある。誰にも言わずに、僕の指定する場所に来てほしい』


 始めから、疑問はあったのだ。

 それでも、恋音はメールに指示に従うことにした。

 ほんの少しでも袋井の情報が得られるのであれば、と。


「くそっ! どんどん理由わけがわからないからなくなってくる。俺達に、どんな未来を描けっていうんだ!」


 姿を表した敵に、凌雅はポケットから父の形見となるヒヒイロカネを取り出し、剣を具現化させて構えた。

 凌雅の前に姿を表したのは――袋井雅人だった。

 その手には、凌雅の物とよく似た剣が握られている。

 先ほど、恋音の傷つけた剣は鈍い金属色を輝かせている。

 息を呑む間もなく間合いを詰められ、凌雅はギリギリで剣を受け止めた。

 重くのしかかる一撃は、体格差もあり、恋音を抱えていて消耗した体力を一気に奪う。

 凌雅の額には、すでに濃い汗がにじみ出ていた。

 渾身の力で相手を払っても、軽く避けられる。

 次の一歩で、剣を相手の顎めがけて高く切り上げる。が相手は、上体をそらすだけでその一撃を避けた。

 がら空きになった脇に、剣が滑り込んだ。

 瞬時に凌雅はアウル遮断し、即座にシールドを展開。

 現れたシールドが相手の剣とぶつかり合い、シールドごと凌雅の体は飛ばされる。

 転がりながらシールドを解き、再び剣を具現化させた。

 立ち上がりながら身構える凌雅だったが、足に震えがきていた


「今ここで、お前を倒したら父親殺しのパラドックスになるのかな」


 足が動かず間合いを詰められない凌雅は、精一杯の虚勢を張った。

 汗を掻きながら笑う凌雅に対して、袋井は依然として無言。

 凌雅が動けないことに気付いたのか、袋井は向きを変え、恋音に近づいていく。

 凌雅の背に冷たいものが走る。


「や、やめろ!」


 勇気を振り絞って袋井の背後に、走り込んだ凌雅に更なる恐怖が襲う。

 首が。

 袋井の首だけが、凌雅の方に向いた。

 無表情の袋井が、背を向けたまま凌雅の顔を見ていた。

 その一瞬が、判断を鈍らせた。

 それは、ヒトではなかった。

 ゾッと、青ざめた頃には、人間の腕ではあり得ない位置から凌雅へと剣が迫ってきていた。

 光纏を解いてもう一度シールドを展開する――には、時間が足りない。

 確実に位置を捉えた刃が、凌雅の顔へと迫り来る。

 だが、刃は、急に向きを変えた。

 風に煽られた葉っぱのように、剣は支えていた体ごと吹き飛ばされていた。

 無残に大地へ転がった袋井の体には、光纏によって生み出された大ぶりの矢が突き刺さっていた。

 驚いた凌雅が、矢の放たれた場所に顔を向ける。

 そこには息を荒くして立つ――もうひとりの袋井がいた。


「オヤジ!」


 凌雅の呼びかけに、もうひとり袋井は答えられず、その場に膝をついた。

 手にしていた弓は光纏を解かれ、全身を覆うアウルの光もチラチラと点滅するように弱々しかった。

 凌雅は、地に伏せビクビクと動く袋井――のように見えた物を一瞥した。

 それは、袋井の顔によく似せた革袋被ったディアボロ――悪魔の使者だった。

 怯える恋音に抱きかかえ、凌雅は本物の袋井のもとへと歩み寄った。

 地に膝をついたまま頭を抑えている袋井が、近づく二人に顔を向けた。


「りょうが……無事か?」

「それはこっちのセリフだよ! オヤジは、どこ行ってたんだよ!?」


 凌雅の声掛けに、袋井は苦悶の表情で答える。


「オヤジ? 僕は、君の父親なのか? 僕が、何者か知ってるのかい?」

「何いってんだよ、オヤジ! 俺だよ、月乃宮凌雅だよ! まさか、俺のことをわからないなんて言わないよな!?」

「君のことはわかる。いや、覚えてる気がする。だけど、そうじゃない。僕は――僕が何者かわからないんだ……」

「な、なんだよ、それ! 自分のことが分からないだなんて、突然そんなことあるかよ!」

「わかってる――だけど、わからないんだ……。ここに来たのだって、矢印みたいのなのが見えた気がして、たどり着いただけで……。僕自身、どうしてあいつに矢を放ったのか……。でも、君たちを悲しませるわけにはいかなって――そう、思っただけで……」


 辛そうに目頭を詰め、なおも袋井は頭を抱えた。

 膝を着いて座る恋音を見て、袋井の表情が少し和らぐのがわかった。


「――れん、ね?」

「は、はい!」

「そうだ、君のことも知っている。でも、どうしてだろう……。わからないのに、君を覚えてる……」


 名を呼ばれ恋音は、顔を少し赤くした。

 辛そうな表情の中でも、袋井は恋音に微笑みかけていた。

 恋音も、答えるように微笑みを浮かべた。が、次の瞬間、自分の体が風船のように中空を舞っているのを認識した。

 事態を把握する間もなく、恋音の体が空へと投げ出されていた。

 袋井――だった者が、渾身の力で恋音を空へと放り投げていたのだった。

 森を抜け、中空を舞う恋音を、待ち構えていた巨大なフクロウが鷲掴みにする。


「まだ幼いが、悪くはない。育ての親としては、申し分なかろう」


 フクロウは、大きく羽ばたくと、あっという間に姿を消した。

 地上の二人は、茫然と抜けた空を見上げている。

 身動きが取れぬまま凌雅が「嘘だろ」と呟くと、隣からすっと息を吸う音が聞こえた。


「恋音ぇぇぇぇえええええ!」


 絶叫した袋井が、狂気の表情で立ち上がった。

 だが、すぐさま体のバランスを崩し、草地にその身を打ち付けた。

 なおも草を掴み、立ち上がろうとするが、震えた足がもがくように地を削った。

 我を失った袋井の顔を見て、凌雅は恐ろしさのあまり色を失っていた。

 袋井を避けるように凌雅は地に腰を付けたまま後退ると、背後に気配を感じた。

 袋井の皮を被ったディアボロが剣を構え、凌雅の脳天に剣を振り下ろす所であった。


「死にたいの? それとも自分の状況すらも忘れた?」


 肉体をすり潰すような鈍い音共にその声は、凌雅の耳元に降り注いだ。

 ディアボロの体は、内部から爆散するように引きちぎられ吹き飛んだ。

 目の前には肉片の赤い雨が降り注ぎ、凌雅の鼻先には先端を尖らせた鉄の支柱が伸びている。

 それは、人の手に巻き付けられた小型のパイルバンカーで、黒い湯気が立つようにその周りを黒色のアウルが包んでいる。

 腕をたどった先には、降り注いだ血の色と同色の瞳を持つ黒髪の狂人――乱れた髪を気にかけず肩まで伸ばし、黒い制服の袖からは全身を覆う汚れた包帯が見える。


「状況から察するに。私のことなんて、完全に忘れているんでしょうね」


 女性は、パイルバンカーを元の位置に戻し、地に這いつくばる袋井を見下した。


「大学部の霧原沙希きりはらさき。忠告通り解散して置かないから、こうなるのよ」


 その言葉は、霧原自身にも言い聞かせているようでもあった。


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