湧き上がる感情と迷い
明け方の城内に、人影が映る。
人影の主は、周囲を警戒しながら自室に戻ろうとしていた。
謁見の間の扉の上には、小さな円卓をかたどった時計がある。
針は早朝、五時を示していた。
侍女たちがあわただしく朝食の準備をしている時間帯。
誰にも見つからないように、大広間への階段を上っていく、大広間から自室へ戻ろうと影の主は急いでいた。
「早く部屋に戻らないと・・・ケイに見つかる!」
漆黒の髪を揺らしながら、自室に繋がる廊下に足を踏み入れようとした。突然、後ろから肩をつかまれた影の主は、ビックリした。
(もしかして・・・ケイか!?)
錆び付いた機械のように首だけ振り返ると、大柄の背の高い騎士が立っていた。
橙色のマントをまとい、銀の帷子に、背中の右肩から左下へと大剣が重々しく顔を出していた。
その顔は、金髪碧眼。頬を覆うように髭を蓄えていた。
騎士も驚いた顔で、影の主をみると微笑んで話しかける。
「いや、済まない。みまちがいだ。一瞬侍女かと思ったんだが変わった姿をしているし忘れてくれ」
影の主は、尋ねる。
「貴方は、誰ですか?」
問いかけられたら答えないといけないなと言う顔で、騎士は話し始めた。
「私は、エクトールと言う。なに、そこのサロンで紅茶を飲んでいたんだが空になってしまってね。侍女らしい姿を見たので、おかわりを頂こうと思ってのことだよ。どうやら君は女性ではないみたいだな、名前を伺ってもいいかな?」
影の主は、エクトールを見上げて答えた。
「クロウと言います、エクトール卿。今急いでいるのです。それで俺にあった事を内密にしておいてくれないでしょうか?」
エクトールは、右手であご髭を触ると目を細めながら言う。
「いいだろう、クロウ。なにがあったかは聞かないが、呼び止めてすまなかった。早く行きなさい」
エクトールの言葉にクロウは軽く頭を下げて、自室へと続く廊下に足をむけて音をころしながら歩いていった。
クロウの後ろ姿を見送ったエクトールは神妙な面持ちで、大広間のサロンの椅子に腰掛けると、溜息をついた。
「彼が噂の、新しい円卓の騎士か。あの子の言うとおりだな」
と、呟いて空になった紅茶のカップに、テーブルに備えてある水差しから水を注ぎいれると人差し指でグルグルとまわした。
カップの中の水は、運命の輪を示すように渦を巻いた。
エクトールは、しばらくカップに視線を落とし考えていた。
/
クロウは、自室の前で立ち止り祈った。
「どうか、ケイが起きていませんように・・・」
恐る恐るドアをあけて覗き込むと・・・ケイは昨夜のように眠っていた。
クロウは、ホッとしてケイを起こさないように自室に入ると静かにベットに横になった。
その瞬間、ケイが目をあけてクロウに覆いかぶさった。
クロウは、驚いて目を丸くして覆いかぶさったケイを見つめると、銀髪を垂らしたケイの瞳から雫がこぼれてクロウの頬を濡らした。
柑橘類の香りを纏わせながら悲しそうな声で、静かに問いただす。
「昨晩は、どこにいってらっしゃったんですか・・・」
クロウは驚いた! ケイが泣くなんて思っても見なかったからだ。
昨夜の事で怒るのはわかる、だけど泣くとなると別だ。何故泣いてるのか不思議でならなかった。
不思議な顔でケイを見つめて言う。
「俺は、さっき起きてトイレに行ってただけだよ。ケイ」
ケイは、涙をボロボロとこぼして、悔しそうな顔でクロウを見て言う。
「すべてを聞こうとは言いません。ですが私にはウソをつかないで・・・! 私は貴方の侍女なのです、円卓の騎士である前に一人の女性なのです・・・」
クロウは、理解できずケイに話しかける。
「ケイ。君が昨晩俺を、介抱してくれたことは本当に感謝してる。でも君が泣いてる理由わからない。怒られるならわかる! だけど何故・・・君は泣いてるんだ?」
「本当に貴方は可笑しな人。ここまで言ってどうして気が付かないんですか! 鈍感にも程があります。貴方が現れてからの、私は変わりました! 以前は、円卓の騎士であることが一番の誇りでした。だから男性に負けないように努力を重ね、ここまで登り詰めた! でも・・・貴方を見てからの私は、おかしくなってしまった! 貴方を見るだけで気持ちが安らいで、貴方を見ただけで心臓がドキドキして。きがついたらいつの間にか貴方を目で追いかけていた! 今も私は・・・円卓の騎士であることに誇りを持ってます。でも、今の私の一番の誇りは、貴方の侍女である事なの・・・!」
クロウは突然の、ケイの告白に言葉が出ない。
(まさか・・・そんな風に俺を見ていたなんて・・・)
「ケイ・・・俺には! 大事な人がッ」
そう告げようとした矢先、クロウの口は閉ざされた。
クロウはその出来事に、目を大きくあけ、瞳孔がひらいた。
銀髪から柑橘類の香りを漂わせて、瞼を閉じ自らのくちびるでクロウの唇に優しく蓋をした。
ケイはゆっくりと、瞼をあけてクロウと視線を合わせず悲しそうにポツリと呟いた。
「ごめんなさい。私は貴方を愛してしまいました・・・もう侍女ではいられません、今後はリアを侍女をつけますので・・・」
涙を流しながら言う、ケイは儚げな表情でとても綺麗だった。
そう言いゆっくりとクロウから離れると振り向く事なく部屋から走って出て行った。
残されたクロウは、唇に手を当てて呆然として考える。
「俺はどうしたらよかったのだろうか。
慰めたらよかったのか? いや。そんなことしたら侮辱もいいところだ」
「ヴェルフィーユを愛してしまった俺には、ケイの気持ちに答えてあげる事ができない・・・」
どうしていいかわからないまま時間は過ぎていった。
クロウの心の内に、このままでいるのはイヤだと思う自分がいる事に初めて気がついた。




