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薬の匂いは嘘をつかない~幕末に転生した女医、歴史の闇を暴きます~

作者:楠木 悠衣
最新エピソード掲載日:2026/06/02
 令和六年、東京。 大学病院の産婦人科医・桐嶋杏、三十二歳。 同僚からは「鉄仮面の先生」と呼ばれている。怒らない。泣かない。患者の手を握って「大丈夫ですよ」と微笑む、あの柔らかさが、どうしても自分には備わらなかった。その代わりに、診断の精度だけで勝負してきた。数値を読み、論文を参照し、エビデンスで動く。感情ではなく、知識で患者を救う医者だ。 そんな彼女が、深夜の緊急帝王切開の最中に倒れ、目を覚ますと――嘉永七年(一八五四年)の長崎にいた。 身体は十七歳の少女のもの。名は、お稲。ドイツ人医師シーボルトと日本人女性・楠本滝の娘として生まれた、混血の少女だ。記憶も人格も、令和の産科医のまま。しかし手は、まだ医の道を歩み出したばかりの少女の手をしている。 細菌の存在を誰も知らない時代。消毒という概念すらない時代。産後の女性が熱に倒れ、子が次々と死んでいく時代に、現代の医学知識を持って放り込まれた。 女性が医療行為をするだけで白い目で見られ、混血というだけで石を投げられる時代に、彼女にできることは何か。 それでも彼女は、迷わない。感情がないのではなく、動くことに感情を使い切るタイプの人間だから。 「できることから、やるだけです」 たった一言を呟いて、鉄仮面の女医は、嵐の幕末へと踏み出した。
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