表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/18

魔術師と禁断の研究

 台風が運んできた岩や雑草のせいで庭が荒れ、しばらくはその除去作業に駆り出されることになった。

 ローレライ修道院。

 セウアマリロ、セウロハ、セウアズールの三国が接する国境付近にある、辺境の聖域だ。

 農作や酒造に長けた修道院であり、豊かな薬草園も備えている。


 ボクたちが一番世話になっている場所だけあって、師匠直筆の魔道書で魔術を研究する見習いも多い。

 山の中で過ごし、そこから見える麓の景色。肌に当たる涼風。草木を揺らす風の音……。ボクは、この静かな時間がたまらなく好きだった。


 けれど、その静寂はおおよそ十秒と持たずに破られる。


「アレク様――! 私でーす!!」


 勢いよく扉を開けたのは、桃色のツインテールを揺らし、元気な声を上げる少女だった。

 キョロキョロと師匠を探す猫のような美少女は、修道女の一人、シンシア。

 アンナと同じ見習い修道女であり、魔術の講義も受けている。

 どうやら師匠に一目惚れしてしまったらしく、度々こうしてやってきては「内弟子にしてほしい」と頼み込んでくる。なんなら、そのままお嫁さんにしてほしいくらいの勢いだ。


 この修道院には「問題児カルテット」と呼ばれる、若い四人組の修道女がいる。

 修道女として優秀な分、どこか突き抜けた個性を持つ彼女たちの前では、あの「隠れ不良修道女」であるその中ではアンナですら、ただの優等生に見えてしまうほどだ。


「こら、シンシア! 戻ってきなさい!」


 血相を変えて追いかけてきたアンナによって、シンシアはしぶしぶと連れ戻されていった。

 再び訪れた静寂。その陽だまりの中に、師匠の姿があった。


 この事件の裏で糸を引く、正体不明の魔術師。

 奴は、禁断の魔術に手を染めていると聞く。

 

 ――「賢者の石」の研究。

 それは、この世界の魔術師が遵守すべき『魔導三箇条』の禁忌に、真っ向から抵触する呪われた探求だ。

 奴らはファンタリー家から膨大な資金を巻き上げ、あろうことかサイアスを被検体として、非道な人体実験を繰り返していたのだという。


 結局、師匠の妹さんの婚約は白紙に戻ったようだ。

 運河計画の主導権が、ファンタリー家からボルク家へと移ったことで、彼女を政略結婚の道具として嫁がせる大義名分が消失したらしい。

 ……けれど、それだけではないはずだ。あのサイアスの処遇に関しても、水面下で何らかの決着がついたのだろう。


「窓が……」


 突然、吹き荒れた突風が激しく窓を押し開けた。

 室内の書類が舞い上がる中、一羽の黒いカラスが滑り込んでくる。


「ごきげんよう、“号哭”の」


 入ってきたカラスが、滑らかな人の言葉を喋った。

 思わずボクの身体が硬直する。けれど、師匠は驚く風もなく無反応を貫いていた。


「あら。少しは驚いてくれてもいいでしょう?」


 ――『潜在的無意識』。

 師匠がかつて教えてくれた理論だ。魔術は人々の潜在意識に影響される。

 「カラスは魔女の眷属である」という共通認識……人類が無意識に抱くその知識こそが、女性魔術師がカラスを使役するための強固な条件となっているのだ。


 だが、生き物に言葉を喋らせるほど高度な使役術は聞いたことがない。……いや、彼女ならあり得る。


『なぜ、わざと捕まっていた。――“声焉”の』


 彼女こそは、七聖剣が一人が一人、“声焉”の聖剣シエル・アルフレッサ。

 竜すらも従えると噂される、使役魔術の至高の使い手だ。


「いわゆる潜入捜査ですよ。言っておきますけど、あれはわたくしそっくりに造った人形ですわ」


「……そんな人形を造るコストがあれば、擬似的な不老不死さえ実現できるという噂ですが」


「貴方も永遠の若さに興味があるの? だけどそれは『魔導三箇条』に触れてしまうわよ」


『それで、首尾はどうだ』


「犯人は一切姿を現さなかったわ。おそらく相手も使い魔越しに指示を出していたのでしょう。けれど、奴らが『賢者の石』を生成していたという噂は、末端の口から聞き出したわ」


『そうか』


「お互い『正義』という言葉には興味がないでしょうけれど。……目的を成すためには、この手を汚しても構わない。そんな人間同士、貴方はこの汚れた手を取って、私と踊ってくれますか?」


 カラスの嘴越しに、面妖な色香を孕んだ声が響く。

 これこそが彼女の魔術だと言われても、ボクは信じただろう。それほどまでに、彼女は「魔女」そのものだった。


 師匠は頷くことも断ることもしなかった。ただ、カラスが飛び去っていった空を、じっと見上げていた。


「……師匠。今度は、ボクも連れて行ってください」

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ