犠牲と覚悟
ベルルがサイアスの調査を開始してから、三日が経過した。
その間に起きた出来事に、特筆すべき進展はない――表向きは。
セウロハのとある橋の上に、通行料を要求する野盗がいた。
だが、その野盗の群れは橋の上で「何か」の襲撃に遭い、全員が事切れていたという。
公式な記録上ではただの討伐だが、目撃者の証言によれば、それは惨劇そのものだった。
敵対者すべてを杭で串刺しにしたという、凄惨な伝承に名高い「恐王」の処刑を彷彿とさせる光景。
梅雨の雨というにはあまりに激しく、台風の接近を予感させる灰色の空。
視界を奪うほどの豪雨は、まるで竜を呼び寄せるかのような不吉な予感を孕んでいる。
「そうか。……被害者に民間人がいなかったことだけが救いだな。相手が野盗であれば、殲滅したところで罪には問えん」
部下からの報告を受け、ワルターは淡々と執務を進める。
今、監査員として最優先すべきは、事件や惨劇によって生じる負の感情――それにおびき寄せられる「竜」への対策だ。
「だが、相手が野盗とはいえ、ここまでの惨劇を演じる必要があるか? これは口封じのための合理的な行動ではない。余分な『殺戮』だ」
ワルターは虚ろに独り言ちた。
「ベルルは間に合わなかったか。……このままでは、アレクシスの方が先に『決着』をつけてしまうかもしれんな」
――――
「ハァ……ハァ……」
台風がセウアマリロを直撃している最中、ボクは館に帰り着いた。
雨に濡れた傘とブーツを玄関に脱ぎ捨てると、ワルターさんが我が物顔で待ち構えていた。
「おかえり。台風がひどいんでな、ここを急遽、仕事場にさせてもらったよ」
何か不都合なことでもあったのか、彼は少しバツが悪そうな顔をしていた。
だが、そんなことはどうでもいい。
「ワルターさん、サイアスについてです。……やはり彼は、後天的なサクリファイスです」
「なんだと? 後天的なサクリファイスとはどういう意味だ。それよりも『やはり』とは……お前、分かっていて黙っていたのか」
「一から話したいのですが、時間がありません。サイアスが生まれた後、ファンタリー家に一人の魔術師がやってきました。生まれつき病弱で療養を続けていた彼を、その魔術師はサクリファイスだと告げたそうです」
「――で?」
「魔術師を受け入れている領地では、彼のことを天才だと喜んだらしいです。……ですが、今やその能力は消えている。彼の体調不良と共に」
「薬物療法で健康になったから消えた、というわけじゃないのか? だが、それだとお前の話と矛盾するが……」
「その魔術師は、彼の主治医でもあったらしいんです」
ワルターさんの目つきが変わる。
そう、彼は気づいたのだ。
その魔術師は「サクリファイス」という名目を与え、投薬治療という名の下に、自作の薬物で後天的なサクリファイスを作り出す実験を行っていたのだと。
「その時にいた使用人を特定し、話を聞き出してきました」
「ほう、えらく手際が良いな」
「記録を辿って、隠居先の田舎まで足を運びましたよ。何の特徴もない場所で探すのには苦労しましたが、なんとか見つけ出しました」
「ここをクビになったら監査官になれ、ベルル君。俺の直属にしてやる」
考えておきます、とだけ返して話を続ける。
「先代は、サイアスのサクリファイスをどうにかしたかったようです」
「確かに、貴族社会において能力の欠落は致命的だからな。彼が嫡子であれば、そう動くのが妥当だろう」
「問題は、その薬の投与に対して、法外な額を定期的に支払わされていたということです」
「なるほどな。叔父のエイギッドは、サイアスを始末してその出費を断とうとしたか……あるいは、もうその魔術師がいないかだ。エイギッドから見れば、サイアスは制御不能な『サクリファイスの化け物』そのもの。それを御せる魔術師が不在なのは、彼にとっても痛手だろう」
使用人の証言から魔術師の存在までは裏が取れたが、その風貌や年齢、名前までは聞き出せなかった。
おそらく、何らかの徹底した隠蔽工作が行われたのだろう。
「それで、どうする気だ。後天性……いや、人工的サクリファイスだと分かったサイアスを」
「そうですね。ボクには彼を助ける大義名分なんてありません。だけど、危険な存在をわざわざ見逃すこともできない。……探しに行きます。もしもう手遅れなら、ボクが彼を始末します」
あの時、修道院で会った時には、自分には関係ないことだと見逃してしまっていた。
それがボクの落ち度だというのなら、ボク自身の手で決着をつける。
「待て。これを持って行け」
「これは……封筒?」
「セウアマリロの聖職騎士団に提示すれば、協力してくれるはずだ。面倒なことになる前に、アレクシスが帰ってくるまでにやっておけ」
荒れ狂う台風の中、ボクは駆け出した。
これ以上、師匠に罪を重ねさせるわけにはいかない。




