第46話 ライバルの影
数日後。社内の空気は少しざわついていた。
新規事業の成功を見越した投資家たちが、次期役員の人選に注目しているという噂が流れていたのだ。
そして、そのざわつきを利用しようとしている人物が一人――
「やはり君は危ういな、篠宮君」
低い声で告げたのは、役員の一人・加納常務だった。
鋭い眼差しと氷のような笑み。
社内でも辣腕として知られ、数々の部下を切り捨ててのし上がってきた男だ。
「先日の交渉、成果があったと聞いたが……証拠はまだ不十分だ。失敗に終われば責任を取ってもらう」
そう言い放ち、加納は部下に耳打ちして去っていった。
――これは明らかに俺を狙い撃ちにしている。
夕方、会議室で資料を整理していると、背後から声がかかった。
「隆行さん、加納常務……動いていますね」
振り返ると、そこには深雪がいた。
彼女はすでに情報を掴んでいたらしい。
「社内の一部に、篠宮さんを排除して自分の派閥を拡大しようという動きがあります。ですが――」
深雪の瞳は冷静で、それでいて温かかった。
「私たちは味方です。どんな罠が仕掛けられても、篠宮さんを守ります」
そこへ紗彩が書類を抱えて入ってきた。
「私も調べました。どうやら、契約先の相手にまで裏で接触しようとしているようです」
「随分と手が早いな……」
俺は額に手を当てた。
正直、心が折れそうになる。
だが、フィルが小さく首を振った。
「隆行、諦めないで。フィルたちがいる。裏切らない。ずっと支える」
その言葉に胸が熱くなる。
――そうだ、俺は一人じゃない。
夜、三人と小さな打ち合わせをした。
「証拠を集めましょう。加納常務の動きを暴けば、逆にこちらの信頼は増します」
「はい。私のネットワークを使えば、接触記録や資金の流れを追えるはずです」
「フィルも協力する。どんな小さな証拠でも見逃さない」
仲間たちの真剣な顔。
その光景を見て、俺は強く誓った。
――もう逃げない。
どんな影に狙われても、彼女たちと共に戦う。
翌日。
俺はいつもより早く会社に出勤した。
――決意を固めるには、静かな時間が必要だったのだ。
役員フロアの窓から見下ろす街は、まだ朝靄に包まれている。
「……加納常務。あんたの狙い通りにはさせない」
そう呟いたとき、背後から声がした。
「隆行さん」
現れたのは紗彩だった。
彼女は一枚のタブレットを差し出す。
「昨夜のうちに調べてみました。これ――怪しい資金の動きです」
画面には、加納常務が密かに外部の企業へ金を流している記録が表示されていた。
「取引先の役員を買収しようとしている形跡があります」
「……やっぱりな」
俺の胸に怒りが湧く。
そこへ深雪が合流する。
「加納常務、どうやら交渉相手に対して“篠宮は信用できない”と吹き込んでいます。こちらを失脚させる気なのでしょう」
彼女の声は冷ややかで、しかし確信に満ちていた。
最後にフィルが駆け込んでくる。
「隆行、フィルも見た。取引先の秘書が“怪しい招待”を受けてる。きっと裏で接待してる」
三人がそれぞれの方法で掴んだ情報。
その全てが一つに繋がっていくのを感じた。
「よし――なら、俺たちで証拠を固めよう」
◇◇◇◇◇◇
昼休み。
俺たちは小さな会議室に集まった。
ホワイトボードには、紗彩が整理した情報がびっしりと書き込まれている。
「これが資金の流れ。こちらが接触リスト。そして、この部分が接待の疑いがある日程」
「なるほど。三つを繋げれば、十分に告発できる材料になりますね」
「でも今のままでは決定打が足りない。証拠を“掴んだ瞬間”を押さえる必要がある」
深雪の冷静な分析に頷く。
そう、俺たちはまだ準備段階だ。
「それでも……光は見えてきたな」
そう口にした瞬間、胸の奥が熱くなるのを感じた。
――仲間たちの力を信じれば、必ず勝てる。
そう思えたからだ。
数日後。
俺たちは加納常務の仕掛けを逆手に取るため、慎重に動いていた。
だが――奴の一手は、想像以上に早かった。
「篠宮君。至急役員会へ」
秘書の声に呼び出され、俺は会議室へ足を運ぶ。
そこでは加納常務が勝ち誇った顔で立っていた。
「諸君、ここに重大な報告がある」
彼が差し出したのは――俺名義の不正送金を示す書類だった。
「なっ……!」
一瞬で場の空気が凍り付く。
「篠宮君、君は会社の金を横流ししていた。外部との癒着は明白だ」
「それは……捏造だ!」
「証拠はここにある。否定はできまい」
俺は言葉を失った。
確かに書類は精巧で、誰が見ても俺の仕業に見える。
その時――ドアが開いた。
「ちょっと待っていただけますか」
紗彩が颯爽と入ってきた。
「その帳簿、確認させてもらえますか?」
彼女はタブレットを操作し、瞬時に数字を照合する。
「……やはり。記録の一部が改竄されていますね」
「な、何だと!?」
「ログを追えばすぐに分かります。操作した端末は――あなたの秘書のものです」
さらに深雪が続く。
「ここに接待リストも揃っています。裏で招待を受けていたのは取引先の専務。その日程と金の動きが一致しています」
そして最後にフィルが立ち上がった。
「加納常務。フィルは見た。秘書が偽の書類を作ってるの」
「くっ……!」
証拠が次々と突き付けられ、役員会の空気は一変した。
「篠宮君に濡れ衣を着せ、自分の不正を隠そうとした――そういうことか」
社長の一言に、加納常務は顔を歪めた。
「馬鹿な……!私は……!」
その弁明は、もはや誰にも届かなかった。
◇◇◇◇◇◇
会議が終わり、俺たちは廊下に出た。
紗彩が安堵の笑みを浮かべる。
「間一髪でしたね、隆行さん」
「助かったよ、みんながいなかったら危なかった」
深雪は小さく肩をすくめる。
「まだ油断は禁物です。追い詰められた獣は何をするか分かりませんから」
「うん。でも大丈夫。フィルたちがいるから、隆行は絶対に勝つ」
仲間たちの言葉に、胸が熱くなる。
俺は一人じゃない。
だからこそ、この戦いは負けられない。




