ルビアの信仰
白装束の男の視線が、ゆっくりとルヴィアへ向く。
その瞬間。
ルヴィアの握る刀が、わずかに震えた。
「……なぜ、なぜルビアの人間が、ここにいる」
奥に抑えた怒りが滲む。
男は微笑んだまま、首を傾げる。
「なぜ、ですか…」
軽く手を広げる。
「まぁいいでしょう。特別にお教えしましょう」
その目が、冷たく細まる。
「どうせあなた方は、生きては帰れませんから…」
「我らルビア神政国にとって、アウレイヤは異端の地、人間、亜人、獣人、魔族の血を引く者まで……あらゆる種を混ぜ合わせ、共存を謳う…それは寛容ではない。堕落です。神が定めし秩序を、自ら踏み躙る愚行。純なる血統を汚し、信仰を曖昧にし、力を拡散させる。わかりますか?混在は腐敗を生むのです」
男の笑みが、わずかに深くなる。
「だからこそ、我々は証明せねばならない。神に逆らう者に、慈悲はないと…」
足元の魔法陣が脈打つ。
「そして、ようやく成功した…魔物に魔力を与え、意志を統合し、使役することに…。
誇らしげに言う。
「神に背く者は、死をもって償ってもらわねばなりません」
ルヴィアの指が白くなるほど、柄を握り締める。
「……そんな理由で」
視線が、血に濡れた床へ落ちる。
「そんな理由で……私の村を……みんなを…」
ルヴィアの声は、震えていた。
白装束の男は、わずかに首を傾げる。
「……村?」
本当に思い出そうとする素振りを見せる。
「ああ……どの村でしょうか…浄化は各地で行っておりますので、いちいち覚えていませんね…」
穏やかな顔のまま、指先で顎をなぞる。
その無関心が、刃よりも鋭い。
ルヴィアの指が柄を軋ませる。
ゆっくりと、フードを払った。
長い耳。紫がかった瞳。
怒りで揺れる視線。
「……この顔を見ても、か」
白装束の男の目が、細くなる。
「……ん?ああ、エルフ……いや、その瞳……ダークエルフですか」
小さく笑い、納得したように頷く。
「なるほど、そうですか……あの村の、生きていたのですか」
嘲りが滲む。
「あなたが悪いのですよ?神のお告げを聞き入れず、あなたという混在を受け入れ、秩序を拒んだ村、純血の枠を踏み越えた愚者の集落、浄化は当然の帰結でした。我々はちゃんと警告しましたよ…“神意に従え”と、だが、あの村の者は耳を貸さなかった。ならば、教えねばならない…神の沈黙は、寛容ではないと」
ルヴィアの怒りが、臨界に達する。
「貴様ッ!!」
地を蹴り、刃が一直線に白装束へ走る。
だが――
横から、巨大な影が割り込んだ。
ルヴィアは瞬時に軌道を変え、後方へ跳ぶ。
目の前に立ちはだかる巨体。
灰色の皮膚。筋肉が異様に膨れ上がり、頭には黒い角。
歪んだ刃のような爪。
「……グラディウス・オーガ……?なんで、こんなものが……それに……この魔力の密度……異常だ」
ルヴィアが低く呟く。
魔物の体表には、黒い紋様が脈打っている。
白装束が楽しげに拍手する。
「落ち着きがないですね…どうですか?お気に召しましたか?改良型です
従来の個体に、神意の祝福を施しました」
ゆるく首を傾げる。
「たしか、あなたの村にも、いましたね。
あなたをかくまい、勇気と無謀を履き違えた愚かな者が…」
口角が歪む。
「最終的には体を二つに裂かれていましたが、血を吐きながら、まだ立とうとしていた姿は実に滑稽でしたよ」
ルヴィアの肩が震える。
その背後で。黒瀬が、ぽつりと呟いた。
「実験だの、浄化だの、神意だの…べらべらとよく喋るやつだな…
お前はただ自分の手を汚さずに隠れて、弄んでるだけだろ」
低く、鋭い声。ゆっくりと前に出る。
「――それと、お前が崇めてる“神”ってやつは、ずいぶんと都合のいいゴミだな」
その言葉が落ちた瞬間。
白装束の男の笑みが、ぴたりと止まる。
「……今、なんと?」
声は穏やかだが、目が笑っていない。
「冒険者風情が、神意を理解せぬ下等種が、軽々しく神の名を口にするでない」
薄く笑う。
「己の無知を、信仰への侮辱で誤魔化すとは、実に浅ましい」
黒瀬は視線を逸らさない。
白装束の男は、数秒見つめたあと、ふっと息を吐く。
「……ですが、実験は成功しました」
再び笑みを浮かべる。
グラディウス・オーガの背を撫でるように視線を送る。
「魔物への魔力付与、制御精度の向上、実戦下での持続性、そして、あなた方…十分な成果です。
本日はこれで、おいとましましょう」
黒瀬が踏み出そうとした瞬間、男の姿が揺らぐ。
「生きて、この迷宮を出られたなら、またお会いしましょう」
「その時は――神の正しさを、骨の髄まで教えて差し上げますよ」
ふっと、霧のように姿が消える。
残されたのは、暴走するグラディウス・オーガと、重く歪んだ魔力だけだった。




