2.引率をお願いできませんか
朝、日が出ると同時に『カナリア亭』を後にする。
部屋はパーティで借りていたので引き払いはしなかったが、女将さんには退去する旨とこれまでの礼を言ってきた。
昨晩は気分も落ち込んだものだったが、ひと眠りするだけで若干前向きになれている自分に少し驚く。
どうやら人間と言うのは思っていたより強くできているようだ。
宿から出た俺は、そのまま冒険者ギルドへと向かう。
冒険者ギルドはいわゆる仕事の斡旋を行っている組織だ。
街中から多種多様な依頼が舞い込み、それを冒険者登録している人に斡旋する中間手数料で成り立っている。
勿論俺も冒険者登録をしていて、『紅蓮の剣』としてパーティ登録もされている。
因みに24時間営業なので朝早い時間だろうが気にせず入ることが出来る。
俺はギルドへ到着し、そのまま中に入る。
「あら、おはようございます。今日は随分早いですね?」
ギルド内に入った俺を見て声をかけてきたのはギルド職員のミリカさんだ。
ブロンドの長髪に万人受けする優しい笑顔を冒険者に向けてくれる人気の受付嬢だ。
「おはようございます。少し手続きをお願いしたいんですけど、いいですか?」
俺がそう言うとミリカさんは何かを察知したのか、少し表情を引き締めて頷く。
そしてそのまま受付スペースへと移動する。
「それで、どういった手続きですか?」
ミリカさんは若干緊張した面持ちで尋ねてくる。
「『紅蓮の剣』の脱退手続きです。」
俺がそう答えると、ミリカさんは目を瞑って大仰にため息をつく。
「やはりですか……オルカさんを放逐するなんて馬鹿なことをしましたね。」
その返答には俺の方こそ驚く。
「やはりって、知っていたんですか?」
「知っていたというか、噂ですね。『紅蓮の剣』が新メンバーを2名募集しているという話が冒険者の間で流れていたんです。」
「なるほど。」
「それに加えて最近の『紅蓮の剣』では……その、オルカさんが皆さんに距離を置かれているように見えましたので……」
俺は苦笑する。
そう感じていたのが俺だけではなかったようだ。
「まぁそんなわけで『紅蓮の剣』を脱退します。この関係のまま続けても仕方ないですからね。」
「……分かりました。こちらの書類に必要事項記入ください。」
ミリカさんはそう言って書類を俺に手渡す。
俺はその内容を確認して書類にサインをしていく。
「オルカさん、この後はどうされるんですか?」
俺は書類に視線を固定したまま答える。
「そうですね。俺の目標はSランクになることですから、また新しくパーティを組んでそこを目指すことになります。尤も、しばらくはソロで行こうかと思っていますが……まだ気持ちの整理もしっかりとできていないですからね。」
「でしたら、引率をお願いできませんか?」
「え?」
聞きなれない言葉に俺は反射的に顔を上げる。
そこにはいつも冒険者に向けている笑顔のミリカさんの顔があった。
「先月の冒険者養成所を出た子たちなんですけど、もう少し実戦経験を含む教育を受けたいと言っている人が居るんです。オルカさんなら問題ありませんし、どうですか?」
説明を聞いた俺は首をかしげる。
冒険者養成所と言うのはいわゆる冒険者としての基礎知識なんかを教えてくれる機関だ。
冒険者になるのにそこで教育を受けるのが必須という訳ではないので全員が入所するわけではないが、入所者とそうでない者で冒険者登録後のトラブル発生数に純然たる差があるので、入所を冒険者になるのに必須の項目にと言う声が慢性的に上がっている。
そこを出て、なおかつ実戦も引率付きを希望するとはなかなか慎重な人たちだな。
大怪我をしたり命を落とす者が後を絶たない職業柄、その慎重さは良いものだとは思う。
だが……
「えっと、俺なんてせいぜい冒険者暦4年ですよ?もっとベテランの人の方が良いんじゃないですか?」
「『紅蓮の剣』をAランクにまで押し上げた実力がありますから能力的には問題ありませんよ。それに、今回の依頼は人柄重視なんです。まぁそのあたりは会えばわかります。」
「『紅蓮の剣』がAランクまで行けたのは別に俺のおかげという訳ではありませんよ。ちなみに対価はいかほどです?」
俺は金の話を持ち出す。
パーティを脱退して収入は落ちるだろうし、慈善事業を行えるほど余裕があるわけではないのだ。
「契約期間を1週間。報酬は金貨3枚に銀貨5枚ですね。」
という事は1日あたり銀貨5枚か。
1日の宿分くらいだから純粋な報酬としては物足りないが、引率期間中に受ける依頼の報酬が上乗せされるだろうから低すぎるという事も無いか……
「お願いしますオルカさん!!中々条件に合う人が居なくて困ってるんです。」
ミリカさんが顔の前で両手を合わせてウィンクしてくる。
こんなお願いのされ方をしたら大抵の男性冒険者はイチコロだろう。
と言う俺も例外ではないようだ。
「分かりました。その依頼受けます。」
「やった!!では、先方に連絡入れますのでまたお昼にギルドへ顔出してもらえますか?」
ミリカさんはそう言って屈託なく笑う。
俺は首肯してパーティ脱退の書類を提出した。
依頼の話のおかげで脱退書類記入中に変に感傷に浸るようなこともなかった。
もしかしたらそう言う狙いもあったのかもしれないなとも思う。
いずれにせよこれで『紅蓮の剣』とは縁が切れた。
そして次の縁の話ができた。
ここから再出発だ。
俺は昼までの間に宿の契約をすることにする。
『紅蓮の剣』が利用していた宿が最高峰なのだが、ソロで利用するには高いし、それに『紅蓮の剣』とは別の宿にしたいという純粋な思いもある。
俺はミリカさんに礼を言ってギルドを後にした。
ギルドからこう言ったお願いが来るのは普段の行いによるものとなります。
オルカさんの人柄が現れてますね。
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