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28話 それぞれの成長

●炉都グランヴェル・共同修理所


 最後に残っていた盾は、裏側の握りが割れていた。


 表面の金属板は、まだ使える。


 腕を通す革も、傷んではいるが交換できる。


 ロックは、その盾を膝へ載せた。


「それ、明日でもいいんじゃない?」


 隣で道具を片づけていたネムが言った。


 ロックは、少し迷ってから頷く。


「……うん。どこが壊れたかだけ、見ておこうと思って」


 指を、木の割れ目へ沿わせる。


 強く握った跡。


 金具が押し込まれた跡。


 持ち主が、どこへ力をかけて耐えていたのか。


 三日前なら、気づかなかったことが見えた。


 金属だけ丈夫にすればいいわけではない。


 握る場所がずれれば、腕が痛む。


 革が伸びれば、盾は構えた位置から動いてしまう。


 前線へ戻っていった人たちの顔を思い出しながら、ロックは盾を台へ置いた。


 そのとき、未確認の通知が開いた。


【生産経験が一定値に達しました】


【〈鍛冶〉のレベルが上がりました】


【〈装具修繕 Lv.1〉を獲得しました】


 ロックは、手を止めた。


「……増えた」


 ネムが、顔を向ける。


「何が?」


「修繕の、スキル」


 説明を読む。


 武器や防具の損傷を確かめ、修理に必要な箇所を見つけやすくする。


 作業時の力加減と、部品の取り付けを補助する。


 壊れた物を、触れただけで元へ戻す力ではない。


 道具も、材料も、知識も要る。


 それでも。


 ロックは、さっきまで見ていた盾をもう一度手に取った。


 握りを支える金具。


 その下の木に、細い亀裂があった。


「……ここも、だったんだ」


 小さく呟く。


 ネムが隣へ来て、覗き込む。


「明日、そこも直そう」


「うん」


 ロックが頷くと、さらに通知が重なった。


【種族進化の条件を満たしました】


【小ゴーレムからの進化が可能です】


 今度は、声も出なかった。


     ◇


 工房の親方へ相談すると、炉の近くにある広い作業場を空けてくれた。


 ロックは、そこで自分の手を見つめた。


 石の指。


 大会のときも、盾を作るときも、ずっと使ってきた手だった。


【進化先:鉄核ゴーレム】


【金属への接触経験および生産活動を確認】


【盾を用いた継続的な戦闘経験を確認】


 体の全てが鉄になるわけではないらしい。


 内側の核と、それを支える部分が変わる。


 体格の変化も、少ない。


 ロックは顔を上げた。


 ネムが、少し離れたところで手を振る。


 バルドも、入口へ腕を組んで立っていた。


「……やってみる」


「ああ」


 バルドが頷く。


「終わったら、まず歩けるか見ろ。盾は、その後だ」


 ロックは、少し笑った。


 確認を押す。


 胸の奥に、赤い光が灯った。


 石の継ぎ目を、細い線が走る。


 熱ではなく、重さが内側へ集まるような感覚。


 やがて、光が消えた。


【進化が完了しました】


【小ゴーレム → 鉄核ゴーレム】


【種族Lvが1になりました】


【種族特性〈鉄核〉を獲得しました】


 ロックは、ゆっくり手を開いた。


 指の関節に、暗い金属の筋が見える。


 胸の中央も、少し色が違っていた。


 一歩。


 足を出す。


 もう一歩。


 地面を踏んだ感触が、前よりはっきりしている。


「どう?」


 ネムが聞いた。


 ロックは、自分の手を握った。


「……中が、しっかりした感じ」


「分かるような、分からないような感想だね」


 ネムが笑う。


 ロックも、少し笑った。


 新しい特性を読む。


 体の内側を支える核が強化され、重い衝撃を受けた際にも姿勢を保ちやすくなる。


 ただし、外側の石が傷つかなくなるわけではない。


 彼は、壁際の盾へ目を向けた。


 次に作る物。


 次に持つ物。


 考えることが、また増えた。


     ◇


●魔都ヴァルグ・飛行部隊用の休息所


 リュカは、しばらく自分の通知を見ていなかった。


 順位の発表を見て、報酬を受け取り、周りの人へ礼を言う。


 その後は、眠った。


 目を覚ますと、体に掛けられていた布が少しずれていた。


 人の姿のまま、椅子へ体を預けていたらしい。


「……あ」


 慌てて布を直す。


 近くにいた係の兵士が、顔を上げた。


「起きたか。水は、そっちだ」


「ありがとうございます」


 器を持ち、ゆっくり飲む。


 喉が、まだ少し乾いていた。


 ガルムドの顔へ炎を吐いたときの熱が、胸の奥に残っている気がする。


 リュカは、そこでようやく成長の記録を開いた。


 いくつものレベルアップ。


 飛行の経験。


 炎を扱った経験。


 その最後に、新しい通知。


【種族進化の条件を満たしました】


【幼龍からの進化が可能です】


 リュカは、器を机へ置いた。


 自分の手を見る。


 指先が、少し震えた。


【進化先:若龍】


 幼龍。


 その名前を、ずっと見てきた。


 大きな体になれても、飛べても、まだ幼い龍だった。


 彼は、もう一度説明を読んだ。


 体格は、龍の姿で一回り大きくなる。


 翼と胸部が発達し、飛行時の姿勢が安定する。


 人化は、引き継がれる。


 リュカは、隣の係へ顔を向けた。


「あの。少し、場所をお借りしたいんですが」


 係の兵士が、彼の表情を見る。


「何かあったか」


「……進化、するみたいです」


 兵士は一度黙った。


 それから、机の上の図面を引き寄せた。


「まず、大きさを聞こう」


 リュカは、少し困ったように笑った。


 また、そこからだった。


     ◇


 進化は、城壁内の広い空き地で行われた。


 人の姿から龍へ戻る。


 周囲には、誰も近づかない。


 確認を押すと、翼の内側へ赤い光が走った。


 骨格が、ゆっくり伸びる。


 肩が広がり、胸へ力が満ちた。


 翼を動かそうとして、リュカは一度止まった。


 まだ、慣れていない。


 地面の感触を確かめる。


 前脚を置く。


 尾を、少し動かす。


【進化が完了しました】


【幼龍 → 若龍】


【〈滑空 Lv.1〉を獲得しました】


 リュカは、顔を上げた。


 翼を広げる。


 昨日までより、横幅がある。


 その大きさに、自分で少し驚いた。


 係の兵士も、紙へ何かを書き足している。


「……また、場所を広げた方がいいですか」


 聞くと、兵士は顔を上げた。


「そうだな」


「すみません」


「謝ることじゃない。使う大きさが分かれば、空けておける」


 リュカは、少しだけ肩の力を抜いた。


 新しいスキルを読む。


 高い位置から、翼で風を受けて移動する動作を補助する。


 羽ばたきを減らせる分、条件が合えば消耗を抑えられる。


 上へ昇る力ではない。


 風が悪ければ、無理もできない。


 それでも、空にいられる時間が変わるかもしれない。


 ガルムドへ近づき、攻撃して、戻る。


 あの動きを、次はもう少し余裕を持ってできるかもしれなかった。


 リュカは人の姿へ戻り、連絡先を開いた。


 修羅。


 何と伝えようか、少し迷う。


『僕も、進化しました』


 そこまで打ってから、続けた。


『今度、広い場所でお見せします』


 送信する。


 それから、自分の手をもう一度見た。


 少しだけ、胸を張りたくなった。


     ◇


●炉都グランヴェル・宿舎


 バルドは、ベッドの端へ座っていた。


 腕に巻かれた布を、指で軽く押す。


 痛みは、昨日より少ない。


 それでも、盾を構える姿勢を取ると、肩の奥が重かった。


 壁際には、借りた盾。


 ロックへ返す前に、傷の場所を伝える必要がある。


 どこで受けたか。


 どちらから押されたか。


 覚えているうちに書いておこうと、紙へ手を伸ばした。


 その途中で、職業の通知が目に入る。


【職業進化の条件を満たしました】


【盾衛士 → 城塞守】


 バルドは、少し目を細めた。


 読む。


 防衛線の維持。


 味方の後退支援。


 大型個体の攻撃下での持ち場の保持。


 三日間、自分がしていたことが並んでいた。


「……見ていたか」


 小さく呟く。


 進化を選ぶ。


 派手な光は、短かった。


 体の重心が、少し低くなるような感覚。


 呼吸をする。


 足を床へ置く。


【職業進化が完了しました】


【〈守勢展開 Lv.1〉を獲得しました】


 説明を開いた。


 盾を構え、位置を保っている間、近くの味方が押し込まれにくくなる。


 範囲は狭い。


 自分が動き回れば、効果は切れる。


 攻撃を受ける痛みも、なくならない。


 バルドは、しばらくその文字を見ていた。


 自分だけが、倒れなければいいわけではない。


 隣の盾が崩れれば、その向こうから敵が入る。


 昨日まで何度も確かめたことが、そのまま力になっていた。


 彼は連絡先を開く。


 ロックへ、短く送った。


『盾を返すとき、新しい力も確認させてくれ』


 少し考え、もう一行。


『今度は、隣も支えられそうだ』


     ◇


●王都アルセリア・魔術師用訓練室


 セレネは、机へ二つの小石を置いた。


 右へ、火の魔力。


 左へ、冷気。


 同時に、維持する。


 片方を強くすると、もう片方が乱れた。


「……そう簡単には、いかないわね」


 息を吐く。


 昨日、戦闘中に出た通知は覚えていた。


【〈並列詠唱 Lv.1〉を獲得しました】


 嬉しかった。


 その場では、すぐ使わなかった。


 新しく覚えた技を、味方のいる戦場で試すほど余裕はなかったからだ。


 今日は、借りた訓練室。


 火を使ってもよい台の上。


 水も、用意してある。


 もう一度。


 右手に、小さな炎。


 左手に、薄い霜。


 両方へ意識を向ける。


 今度は、少し長く保てた。


「おお」


 入口で声がした。


 ノエルだった。


 セレネは、魔法を消して顔を向ける。


「起きたの?」


「さっき。受付で、ここにいるって聞いた」


 ノエルが中へ入る。


 机の前に立ち、二つの小石を見た。


「二つ同時に使えるようになった?」


「使える、にはまだ遠い。維持するだけで、忙しいもの」


「でも、戦場なら便利そう」


「ええ。ただ、今のまま前を見ながらやったら、片方を味方の足元へ置きそう」


 ノエルが頷いた。


 軽く聞こえたが、冗談だけではなかった。


 セレネは説明を開く。


 異なる二つの魔法を、同時に準備する動作を補助する。


 ただし、それぞれの集中が分散するため、威力と精度を保つには練習が必要。


 消費する魔力も、減るわけではない。


「最初は、簡単な物同士からね」


 セレネが言う。


 ノエルは、少し考えた。


「だったら、わたしが動かす的へ当ててみる?」


「風で?」


「うん。とても遅く」


 セレネが顔を上げる。


 それから、少し笑った。


「お願い。ただし、休憩を挟むわよ」


「もちろん」


 ノエルも杖を出した。


 その先に、小さな風が集まる。


 昨日までより、細い。


「……そっちも、変わった?」


 セレネが聞く。


 ノエルは、頷いた。


「〈風導 Lv.1〉を覚えた。風の向きと強さを、少しずつ変えやすくなるみたい」


 大きな風壁を出す力ではない。


 小さな物を動かすときや、風を狙った場所へ流すときに補助が入る。


 セレネは、机の上へ目を戻した。


「じゃあ、二人とも練習ね」


「うん」


 閉じた窓の中で、小さな紙の的が浮かんだ。


 戦いの音は、しない。


 それでも、次の戦い方は少しずつ増えていた。


     ◇


●樹都エルセリア・枝上の射場


 フィーネは、同じ場所へ矢を放った。


 一射目。


 木の的へ、刺さる。


 二射目。


 その少し横。


 彼女は、弓を下げた。


「……まだ、ずれますね」


 隣で、ミリアが的を見ていた。


「十分、近いと思うけど」


「昨日、スキルを覚えたので。感覚を、確かめたくて」


【穿継 Lv.1】


【同じ箇所へ続けて攻撃する際、狙いの再現を補助する】


【相手や使用者の移動、射角の変化によって補助の精度は変わる】


 フィーネは、説明を閉じた。


 同じ場所へ撃てば、自動で穴が深くなる。


 そういう力ではなかった。


 一本目で見つけた位置へ、次も狙いを戻しやすくなる。


 ただ、相手が動けば、その場所も動く。


「ヴェルディアの脚を狙っていたときに、覚えたみたいです」


「うん。ずっと同じところ見てたものね」


 ミリアが答える。


 フィーネは、次の矢を取った。


「でも、狙い続けていると、周りを見るのが遅れます」


 昨日、霧が足場へ近づいたときも、ミリアに声をかけられた。


 弓が強くなるほど、その危険も増えるのかもしれない。


「じゃあ、わたしが声かけるよ」


 ミリアが言った。


「そっちが狙ってる間、近くを見る。それなら昨日と同じでしょ」


 フィーネは、少し顔を上げた。


「……はい。お願いします」


「わたしも、覚えたし」


 ミリアが、細い足場へ片足を乗せた。


 次の瞬間、体が横へ移る。


 跳んだのとは、少し違う。


 足を置いた場所から、短く鋭く方向を変えていた。


「〈転歩〉。飛んだ後とか、狭い所で向きを変えるのを手伝ってくれるみたい」


 彼女は足場から下りる。


「ただ、調子に乗って使ったら、さっき柱に肩ぶつけた」


 フィーネは一度瞬いて、それから笑った。


 ミリアも笑う。


「だから、練習中」


「わたしもです」


 二人は、もう一度的へ向き直った。


     ◇


●獣都バルガント・休憩所


 ヴァイスは、自分の前脚を見ていた。


 少し、長い。


 いや、長くなった。


 毛の色も、朝より明るい。


 白い毛の下に、銀色の筋が混じっている。


 サラが周りを一周し、正面へ戻ってきた。


「……大きくなったね」


「少しな」


「少し?」


 ジンが、隣で眉を上げる。


 ヴァイスは何も言わなかった。


 実際には、肩の高さも上がっていた。


【白狼 → 銀牙狼】


 進化の通知を見たときは、二度読み直した。


 条件は、最終戦までの間に満たしていたらしい。


 ただ、戦いが終わるまで選ばなかった。


 変わった体で、仲間とぶつかりたくなかったからだ。


 今なら、歩いて確かめられる。


 ヴァイスは立ち上がった。


 前へ、一歩。


 後ろ脚が、よく伸びる。


 体が思ったより進んだ。


「……止まれ」


 自分へ言う。


 サラが横へ避けた。


「まず、そこからだね」


「ああ」


 ヴァイスは頷く。


 新しい特性が、増えていた。


【風読み】


【周囲の風の流れを捉えやすくなる】


 敵の位置が全部分かる力ではない。


 でも、匂いが届く方向や、走るときに受ける風の違いが、前よりはっきりしていた。


 ヴァイスは耳を動かす。


 背後で、ジンが盾を持ち上げた。


「戻る場所も、少し広げないとな」


「頼む」


 すぐ返すと、ジンが笑った。


「また組む前提か」


 ヴァイスは、顔を向けた。


 違うのか、と言おうとしたところで、サラが先に頷く。


「わたしは、いいよ」


 ジンも、盾を肩へ掛け直した。


「ああ。俺も」


 ヴァイスは、もう一度自分の脚を見た。


 速く走れそうだった。


 遠くまで、行けそうだった。


 戻る場所も、残っている。


 それなら、安心して練習できると思った。


     ◇


●魔都ヴァルグ・渡り鳥商会臨時倉庫


 マルクは、最後の木箱へ札を貼った。


 返却する容器。


 商会へ戻す道具。


 領主府へ引き渡す備蓄。


 混ざらないよう、一つずつ場所を変える。


 机へ戻り、帳面を閉じたところで、通知が開いた。


【〈配分 Lv.1〉を獲得しました】


 彼は、しばらくその文字を見ていた。


 登録した物資と必要数を見比べる際、不足や偏りへ気づきやすくなる。


 自分で確認した情報を、整理する補助。


 見てもいない倉庫の中身が分かるわけではない。


 必要な物が勝手に増えるわけでもない。


 けれど、三日間ずっと頭の中で組み替えていたものを、少し支えてくれる力だった。


「……助かりますね」


 マルクは、声に出した。


 近くで箱を運んでいた商会の仲間が、振り返る。


「どうしました?」


「新しいスキルを覚えました」


「戦闘の?」


「いえ。物を配る方の」


 仲間が笑った。


「代表らしいですね」


 マルクも、少し笑う。


 そこで、連絡が届いた。


 修羅からだった。


『資材セットを交換しました。運ぶ相談、後でお願いします』


 マルクは文章を読む。


 ダンジョン改築用。


 思い当たるのは、大きな熊。


 彼は少しだけ目を閉じた。


「……まずは、荷物の大きさを聞きましょう」


 返信を打ちかけたところへ、別の通知。


 リュカから、着陸場所の再調整について相談が来ていた。


 進化で、大きくなったらしい。


 続けて、ロックからも短い連絡が届く。


 体が少し重くなったので、荷車へ乗るときは先に伝える、と。


 マルクは、画面を見つめた。


 みんな、強くなっている。


 便利な技を覚え、体も変わり、行ける場所が増えていく。


 そして、その分、運ぶ物も変わる。


 彼は閉じた帳面を、もう一度開いた。


「こちらも、覚えることが増えますね」


 疲れてはいた。


 でも、その声には少し楽しそうな響きがあった。


 次は、何をどこへ届けることになるのだろう。


 まだ空白の頁へ、マルクは新しい予定を書き込み始めた。

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