19話 ワールドクエスト 魔攻防戦
●主人公視点
食べながら寝るのは、難しいですね。
どうも、修羅です。
そんな当たり前のことを、今、実感しています。
匙を持つ。
食べる。
飲み込む。
次を取ろうとして、少しだけ目を閉じる。
「……修羅さん」
「起きてます」
リィナさんの声へ、すぐ返事をした。
彼女は何も言わず、俺の手元を見る。
匙には、まだ何も載っていなかった。
〈寝てたw〉
〈今日は仕方ない〉
〈飯食ってちゃんと寝ろ〉
「……一日、長かったですね」
東門の内側に設けられた、休憩用の広場。
仮設の机と長椅子が並び、あちこちで食事を取る人たちがいる。
少し離れたところでは、ガランさんが修理担当へ盾を渡していた。
カゲロウさんは、地図を持った人と話している。
俺の隣では、イトが器の底を匙で確かめていた。
もう、食べ終わったらしい。
「まだ、食べます?」
聞くと、少し考えてから首を振った。
「ねる」
「……そうですね。俺も、食べたら寝ます」
そのとき、広場の奥に大きな光がともった。
布を張った板。
昼の間は防衛情報を映していた場所に、世界地図が浮かんでいる。
近くにいた人が顔を上げた。
「公式の戦況放送、始まるぞ」
俺も、そちらを見る。
地図の上に、十の光。
そのうち一つが、俺たちのいる街だった。
◇
【世界大侵攻】
【第一日・戦況特別放送】
音楽が流れた。
昨夜と同じ、二人の司会者が映る。
男性司会者は、開幕前より少し声が掠れていた。
でも、笑顔だった。
『各地で防衛に参加された皆さん! 第一日の戦い、本当にお疲れ様でしたあっ!』
広場の何人かが、器を持ち上げた。
画面へ、軽く乾杯するように。
『今夜は、各都市から届いた戦闘記録と防衛状況を、映像とともにお届けします!』
隣の女性司会者が頷く。
『ご紹介するのは、第一日の主要侵攻です。現在も見張りや救護、施設の修繕は続いています。皆さんも、担当の交代を確認してからご覧ください』
画面の下に、文字が流れる。
【各都市の主要侵攻波は終了】
【十都市とも都市中枢は健在】
広場が、ざわめいた。
「全部、守ったのか」
「よかった……」
俺も、匙を止めた。
俺たちだけではなかった。
遠くの街でも、今日を越えた人たちがいる。
男性司会者が、拳を握る。
『初日、全防衛都市が中枢を維持! まずは、この結果を皆さんで分かち合いましょう!』
拍手が、広場へ広がった。
俺も器を置き、手を叩いた。
◇
『最初にご紹介するのは、王都アルセリアです!』
映像が切り替わる。
明るい空。
白い城壁。
その前へ、盾を持った魔物たちが迫っていた。
数が、多い。
横へ並び、盾を重ねている。
その後ろからは、弓を持つ影。
『王都の第一日では、前衛の盾を利用して接近する部隊が確認されました』
女性司会者が、映像へ線を引く。
前に盾。
後ろに弓。
さらに奥に、杖。
『正面の敵へ注意を向けすぎると、その後ろから射撃を受ける構成です』
『こちらをご覧ください! その射線を切り、味方が前へ出る時間を作ったのは――ノエル選手!』
風が、壁のように立ち上がった。
飛んできた矢の進路が揺れる。
その陰から、騎士たちが走った。
先頭の一人が、剣を抜く。
白い光。
レオンさんだった。
〈レオン!〉
〈こっちも熱いな〉
〈修羅と別の戦場にいるの、不思議〉
敵の盾へ、剣が当たる。
真正面から割るのではない。
上から押さえ、足を運び、盾の外へ抜ける。
その後ろへ、別の騎士が入った。
『聖騎士レオン選手! 騎士団の動きに合わせ、敵の正面を崩します!』
赤い火球が、奥から飛んできた。
レオンさんが、顔を上げる。
剣が、白く光った。
一太刀。
火の塊が割れ、左右へ弾ける。
広場から、声が上がった。
「おおっ!」
俺も、少し身を乗り出した。
「……相変わらず、すごいですね」
映像は、そこで止まらなかった。
割れた炎の向こうで、別の魔物が杖を上げる。
レオンさんの剣は、まだ振り終わった位置。
その杖へ、弩の矢が刺さった。
ハルトさん。
狙っていたのは、魔物の胴ではなく、持ち上がった腕だった。
『一撃を防いだ後の隙を、後方が補います。レオン選手だけで魔法を受け続けているわけではありません』
女性司会者の説明に、俺は頷いた。
あの剣でも、全部は守れない。
隣と、後ろ。
そこに、人がいる。
次の映像では、セレネさんが地面へ杖を向けていた。
盾の列が進む、その足元。
薄い氷が広がる。
前の一体が滑り、列の間隔が崩れた。
そこへ、騎士たちが入る。
『守るだけではありません! 敵の隊列を崩す、的確な魔法! 王都では、遠距離の支援と前衛の踏み込みが噛み合いました!』
俺は、自分の斧へ目を向けた。
剣でも、魔法でも、やっていることには似た部分がある。
隙を作る。
そこへ、誰かが入る。
◇
王都の映像の最後に、白髪の老人が現れた。
【〈王剣〉アーヴェルト】
大きな魔物が、騎士へ武器を振り上げる。
その横を、老人が歩くように通った。
剣が、動いた。
大振りではない。
魔物の腕が、途中で止まる。
次の一歩で、膝が崩れた。
老人は振り返らず、近くの騎士へ何かを言う。
騎士が頷き、列へ戻る。
『こちら、再生速度を落としています』
女性司会者が言った。
俺は、黙った。
遅くして、これか。
〈今ので遅いの?〉
〈何回斬った?〉
〈分からん〉
〈レオンの目標、遠すぎるだろ〉
画面の端では、レオンさんも一瞬だけ老人を見ていた。
その後、すぐ前へ戻る。
俺は、その顔を見て少し笑った。
たぶん、同じことを考えたと思う。
◇
『続いて、炉都グランヴェル!』
赤い光に照らされた城門。
山腹へ築かれた壁。
その前を、硬い殻を持つ魔物たちが進んでいた。
矢が当たる。
跳ねる。
前列の盾へ、重い体がぶつかる。
『炉都では、装甲の厚い相手への対応が課題となりました! まずは、その突進を受け止める前衛をご覧ください!』
大盾が、地面へ置かれる。
バルドさんだった。
隣の兵士と、肩の位置を合わせる。
魔物がぶつかった。
盾が揺れる。
でも、下がらない。
俺は、思わず自分の腕へ力を入れた。
大会で見た盾。
あのときは、俺の前へ立っていた。
今日は、誰かの前を守っている。
『止まった相手へ、左右から戦鎚と槍! 盾役が一人で倒す必要はありません。止めた時間を、部隊が攻撃へ変えています!』
何体かの魔物が倒れる。
その後ろから、さらに大きな装甲獣。
前列へ、旗が上がった。
『ここで、退避の合図!』
盾の列が、横へ分かれる。
後ろへ。
慌てて走るのではなく、決めた道を下がる。
誰もいなくなった区域へ、筒状の物が投げ込まれた。
短い光。
直後、地面が弾けた。
砂と煙が、上がる。
広場が、どよめいた。
「うわっ」
『出ましたあっ! 〈魔石破砕筒〉!』
男性司会者の声が、大きくなる。
『通称、魔石ダイナマイト! ですが、注目していただきたいのは、その直前の退避です!』
映像が少し戻る。
旗。
左右の確認。
最後の兵士が、区域の外へ出る。
それを見てから、使用されていた。
『強い攻撃を使うために、味方が場所を作ったのですね』
『その通りです! そして、爆発の後を任されたのは――!』
煙の中へ、赤い光が入る。
全身鎧。
大きな戦鎚。
【〈炉心〉ドグラム】
まだ動く装甲獣へ、鎚が振り下ろされた。
重い音。
地面へ沈んだ頭の横で、砕けた殻が跳ねた。
〈炉都やばいw〉
〈爆破して鎚で仕上げるのか〉
〈あの人、煙の中入っていったぞ〉
ただ、映像はそこで別の場所へ切り替わる。
修理所。
割れた盾を受け取ったロックさんが、すぐ裏側を確かめていた。
隣へ、ネムさんが木の部品を置く。
古い持ち手が外され、新しい物へ交換される。
少し離れた席では、バルドさんが水を飲んでいた。
『前で耐えた方が下がり、道具を直し、交代した仲間が次を受ける。炉都は、この循環でも防衛線を支えています』
俺は、整備してもらった自分の斧を見た。
今日、何度も助けてもらったことだ。
◇
『樹都エルセリアは、森そのものが戦場となりました!』
画面が、緑へ変わる。
高い木。
枝の間をつなぐ道。
その下を、長い脚の魔物たちが走っていた。
視界が、悪い。
葉と幹の間で、敵の姿が見えたり消えたりする。
『こちらは、樹上へ登ろうとする魔物を射手が狙う場面です』
フィーネさんが、弓を引く。
矢が、幹へ張りついた魔物の脚へ入った。
大きく体が傾く。
すぐ、二射目。
同じ脚の付け根。
魔物が、地上へ落ちた。
「……やっぱり、正確ですね」
俺が言うと、ガランさんが隣へ来た。
報告と装備の確認を終えたらしい。
「あれで狙われるのは、嫌だな」
「はい。俺も、そう思います」
映像の中では、倒れた魔物へ地上の兵士が駆け寄る。
その頭上へ、別の影。
黒い耳が、葉の間から現れた。
ミリアさんだった。
短剣で枝に絡んだ蔓を切り、樹上の道へ駆け込む。
『ミリア選手も、樹都で参加しています! 弓兵の移動を助け、近づいた相手を退ける役目です!』
弓兵が下がる。
ミリアさんが、その前へ入る。
短剣が、素早く光った。
ただ倒すためではなく、追ってくる魔物の進路をずらしているように見えた。
射手が安全な位置へ移ったところで、彼女も跳び退く。
次の矢が飛ぶ。
〈相性いいな〉
〈弓の前を守ってる〉
〈木の上であの動きできるのすごい〉
そして、画面の上から一本の矢。
枝が重なって見えない奥へ、消えた。
次の映像では、敵の羽の付け根へ矢が刺さっている。
【〈千葉の射手〉リュシエラ】
『射線が通らないように見える場所でも、射手が道を知っていれば届く。森の防衛を支えてきた技術が、プレイヤーたちへも伝わり始めています』
リュシエラさんは、隣の若い弓兵へ手を添え、弓の向きを少し直していた。
俺は、それを見て頷いた。
強い人が一人で撃ち続けるより、その隣にも撃てる人が増えた方がいい。
今日、俺たちが訓練してきた理由にも似ていた。
◇
『さあ、続いては獣都バルガント! ここは、速いですよおっ!』
草原。
走る影。
映像を見た瞬間、ヴァイスさんだと分かった。
白い毛。
低い姿勢。
敵の横へ回り、その進路を変える。
真正面から噛みつくのではない。
近づいて、相手を向かせる。
その先には、槍を構えたサラさんがいた。
魔物が跳ぶ。
サラさんも、跳んだ。
ただし、相手より低く。
槍先が、胸の下へ入る。
着地と同時に、後ろへ下がった。
その場所を、ジンさんの盾が埋める。
『一人が動いた場所を、次の一人が使う! 草原の広さを生かした連携です!』
俺は、食べ終わった器を持ったまま見ていた。
速い。
でも、ばらばらではない。
追いかける距離が、決まっている。
ヴァイスさんが敵を追いかけかけて、途中で戻った。
その背後へ、別の敵が走る。
白い光が、横切った。
【〈白雷〉ラグナ】
双刀が、短く閃く。
敵が倒れる。
ラグナさんは、そのまま前へ走っていかなかった。
ヴァイスさんと並び、後ろへ戻る。
『速さは、前へ進むためだけのものではありません。抜けた敵へ追いつき、仲間へ戻る。それが、この戦線を支えました』
〈かっこいい〉
〈速いのにちゃんと戻ってくる〉
〈ヴァイスとラグナ、並ぶと絵になるな〉
俺は、少し笑った。
「戻る練習、そっちもしてたんですね」
ガランさんが、隣で頷いた。
「大事だな」
今日は、何度もそう思った。
◇
『海都ラグナートでは、陸上とは違う難しさがありました』
夜に近づいた海。
水面の下を、長い影が動いている。
桟橋の上へ、兵士が並ぶ。
その前で、船が向きを変えた。
『波のため、足場も射線も常に変わります。こちらは、港の内側へ入り込もうとした海獣への対応です』
水が盛り上がる。
大きな頭。
口が開く。
俺は、思わず顔をしかめた。
「……あれ、海から来るんですか」
桟橋へ爪が掛かった。
その横へ、鉤槍が伸びる。
【〈潮断ち〉オルゼン】
長い柄が、しなる。
海獣の頭が、少しだけ横を向いた。
『オルゼンが、進路を変える! その先には――船上の射手!』
矢と魔法の光が、同じ場所へ集まった。
海獣が身をよじる。
オルゼンさんは無理に引き寄せず、鉤を外して下がった。
水面へ戻った体へ、別の船から縄が飛ぶ。
映像の端では、濡れた兵士を二人が引き上げていた。
毛布。
替えの服。
すぐに別の人が、空いた場所へ入る。
『落水者を受け入れる場所と、攻撃する場所を分けている点にも注目です。海の防衛では、戦闘以外の備えが、そのまま生還につながっています』
俺は、器を机へ戻した。
もし何も知らずにあそこへ行っていたら、俺は斧を持ったまま水へ落ちていたかもしれない。
同じイベントでも、街が違えば必要な準備は全然違う。
◇
ここで、画面が世界地図へ戻った。
男性司会者が、少し息を整える。
『既存地域の各都市、それぞれに違った戦いがありましたね!』
『はい。そして、まだ航路のない四大陸でも、防衛は続いていました』
女性司会者が、地図の北を示す。
『ここからは、現地勢力による戦闘記録をご紹介します』
広場の話し声が、また少し静かになった。
まだ、誰も簡単には行けない場所。
俺は、椅子へ座り直した。
◇
【霜冠大陸イスヴェル】
【霜晶都イスカル】
白い景色だった。
雪。
氷。
その中を、青黒い獣の群れが走っている。
城壁の前には、半透明の盾を構えた兵士たち。
体の一部が、氷晶のように光っていた。
霜晶人。
名前だけで知っていた種族が、列を組んでいる。
『こちらでは、雪に足跡が残る一方、風で視界が遮られます。見張りの報告と、防衛線の合図が重要になりました』
旗が見えない。
吹雪の中では、音の方がよく届いているようだった。
低い鐘が鳴る。
盾の列が、斜めに下がった。
その正面へ、杖を持った人影が進む。
【〈凍天〉イゼルヴァ】
杖が、地面へ触れる。
光が、雪の下を走った。
次の瞬間、氷がせり上がる。
大きな壁。
迫っていた獣の群れが、進路を分けられた。
止まった敵へ、両側から槍。
『壁を作って、全てを遮るわけではありません。敵が進む道を絞り、兵士たちが受けられる場所へ導いています』
〈すげえ〉
〈地形を変えてる〉
〈あれで列を分けるのか〉
映像が、壁の内側へ移る。
ひびの入った場所へ、別の霜晶人が手を当てていた。
魔力を流し、補強する。
その横を、水と道具を持った人が通る。
最強の人が作った物を、周りが維持する。
俺は、画面の中の手を見つめた。
◇
【暁雲大陸アウレリア】
【天都アウリス】
次に映った景色には、足元がなかった。
いや、あった。
遥か下に、雲が広がっていた。
塔と岩峰を結ぶ、長い橋。
その上を、人が走っている。
頭上には、翼人の兵士。
さらに向こうから、黒い羽の群れが近づいていた。
「……高いですね」
俺が言うと、イトも画面を見上げた。
「たかい」
「はい。ものすごく」
映像の中で、橋へ一体の飛行魔物が下りた。
大きな爪が、欄干へ掛かる。
橋が揺れる。
人が、低く姿勢を取った。
上空から、槍が落ちる。
違う。
槍を持った人が、降りてきた。
【〈天槍〉セフィラ】
鋭い一撃。
魔物の体が橋から離れ、空へ投げ出される。
セフィラさんは、そのまま落ちなかった。
翼を開き、風を捉える。
大きく弧を描いて、再び上へ。
『速いっ! 高低差を、そのまま攻撃へ変える〈天槍〉!』
『ただ、周囲の守備隊も見てください。セフィラが一体を引き離した間に、橋の両端を確保しています』
翼人の兵士が、橋へ下りる。
負傷した人を抱え、隣の足場へ移した。
地上――と言っていいのか分からないけど、橋の上の人たちも、弓と長い武器を構えていた。
空を飛べるから、全部自由に動けるわけではない。
戻る場所。
運ぶ場所。
そこを、守っている。
俺は、リュカさんの着陸場所を思い出した。
◇
【翠潮大陸ネレディア】
【潮都ネレアス】
青い光が、画面を満たした。
水の中。
建物の間を、小さな魚が散っていく。
その向こうから、黒い影の群れ。
海人の兵士たちは、上下にも広がっていた。
上から来る敵。
下を抜ける敵。
横へ回る敵。
見ているだけで、頭が忙しい。
『こちらは、都市外縁の水路です。侵攻する群れが、建物の間を抜けようとしています』
歌声が、聞こえた。
高すぎず、低すぎない声。
水の中で、長く響く。
【〈深海の歌姫〉メルディア】
長い髪が、流れへ広がった。
近くの旗が、揃って向きを変える。
敵の群れが、横へ押された。
逃げようとしても、進む角度が少しずつ変わる。
その先で、槍を持つ兵士たちが待っていた。
『潮流によって、群れを分断! ばらばらに散らすのではなく、味方が迎えられる場所へ流しています!』
俺は、静かに息を吐いた。
俺たちは、糸と盾で同じことをしていた。
でも、あちらは水そのものを動かしている。
映像の端では、別の海人が腕を上げた。
負傷した人が、流れに乗って後ろへ戻る。
治療する場所へ、運ばれていく。
〈水中の戦い、すごいな〉
〈どこが前か分からなくなる〉
〈歌、きれいなのにやってること強い〉
リィナさんが、隣で小さく呟いた。
「帰る道も、作れるんですね」
俺は、頷いた。
「……はい」
◇
【黄昏大陸ヴェスティア】
【巨都ヴェルガント】
最初、大きさが分からなかった。
広い道。
石の壁。
歩く人影。
普通の都市を、少し遠くから映しているように見える。
その足元を、四足の魔物が走った。
巨人の兵士が、槍で突く。
魔物が倒れる。
そこで、映像の端にある木が見えた。
木は、人の膝より低かった。
「……あぁ」
俺は、声を漏らした。
全部、大きいんだ。
城門の前へ、甲殻を持つ巨大な獣が迫っていた。
兵士たちが盾を並べる。
ぶつかる。
石畳が、割れた。
列が、少し下がる。
その後ろから、一人の老人が歩いてきた。
長い髭。
太い腕。
肩へ乗せた、石槌。
【〈山担ぎ〉ゴルヴァン】
ほかの巨人たちが、左右へ道を空ける。
老人は足を置き、槌を持ち直した。
振る。
音が、一拍遅れてきた。
獣の横腹が大きくへこみ、巨体が斜めに倒れる。
俺は、口を閉じた。
〈でかい〉
〈重い〉
〈何も分からんけど重い〉
〈地面、かわいそう〉
『ゴルヴァンが、前進を止める! そして、両側の部隊が動きます!』
巨人たちが、縄を持っていた。
倒れた獣へ掛け、数人で引く。
城門の正面から、体がずれていく。
後ろにいた別の魔物は、進む道を塞がれた。
そこへ、長い槍が揃う。
大きさは違う。
使う物も違う。
でも、止めた後に誰が動くかは、やっぱり決まっていた。
『巨大な力を、巨大な力だけで支えているわけではないのですね』
女性司会者が言う。
『ええ! こちらも、周囲の働きが見事です!』
◇
映像が、世界地図へ戻った。
十の光が、消えずにともっている。
俺は、空になった器を見た。
いつの間にか、食べ終わっていた。
でも、眠気は少し遠くなっている。
知らない街の、知らない人たち。
今日、俺と同じように前へ出て、戻って、水を飲んだ人たち。
その姿を、見たからかもしれない。
男性司会者が、手元の資料へ目を落とす。
『そして、最後にご紹介するのは――』
画面が、黒い屋根の街へ切り替わる。
『魔都ヴァルグです!』
広場の空気が、変わった。
誰かが、背筋を伸ばす。
近くの机から、短い歓声。
俺も、画面へ顔を向けた。
◇
最初に映ったのは、朝の東門だった。
盾を持つガランさん。
その斜め後ろに、俺。
まだ地面は、綺麗だった。
黒牙走狗の群れが近づく。
先頭が、盾へ飛びついた。
『ヴァルグの初動を見てみましょう! まず、ガラン選手が受ける!』
盾が、斜めへ動く。
『その右から――修羅選手!』
俺が出た。
斧を振る。
走狗が倒れる。
低く引き戻し、盾の後ろへ戻る。
その横へ、カゲロウさんの槍。
少し後ろでは、イトの糸が張っていた。
『役割が、はっきりしていますね。ガラン選手が正面を受け、修羅選手が攻撃する。横へ回る相手は、槍と糸で進路を制限しています』
画面へ線が引かれる。
俺の歩いた道。
戻った道。
糸のある場所。
俺は、それを見て少し恥ずかしくなった。
「……こうやって、見えるんですね」
ガランさんが、隣で笑う。
「戻れてるな」
「はい」
その一言が、少し嬉しかった。
次の映像では、俺が空を見上げていた。
鳥が逃げる。
斧が、届かない。
『第一波では、低空の敵への対応に苦労する場面もありました』
〈そこも映すのかw〉
〈届かない顔してる〉
〈この後を知ってるぞ〉
俺は、頬を掻いた。
そして、第二波。
イトを狙った鳥が、地面へ下りる。
俺が走り、斧で叩き落とした。
映像が、少し先へ進む。
空振り。
刃から散る、赤い光。
『ここから、修羅選手の動きに変化が見られます』
女性司会者の声。
『普段、斧へまとわせている力を、刃の先へ集めようとしているのでしょうか』
俺は、少し驚いた。
「……見てる人には、分かるんですね」
次の瞬間。
槍兵へ、鳥が下りる。
画面の中の俺が、声を上げた。
『右上、鳥! 右へ、振ります!』
斧が、振られる。
赤い弧。
刃から離れた光が、翼へ当たった。
『出たあああっ!』
司会者の声が、広場へ響く。
『戦場で新たな技を獲得! 〈斧閃〉が、届かなかった間合いを埋めましたあっ!』
近くから、拍手と声が上がった。
「見たぞ、これ!」
「助かったんだよ、あの鳥!」
俺は、顔を向ける。
少し離れたところで、槍を持っていた人が器を上げていた。
俺も、片手を上げ返す。
耳が、少し熱くなった。
◇
『そして、この一撃を可能にしたのは、修羅選手だけではありません』
映像が、少し戻る。
俺が声を出す。
ガランさんが、盾を左へ寄せた。
槍兵が、頭を下げる。
右側の空間が、空いた。
『新しい技を、味方のいる戦場で使う。そのために必要な声かけと、周囲の反応がありました』
俺は、画面を見つめた。
あのときは、撃つことに必死だった。
でも、空いていた。
俺が振れるように、空けてくれていた。
隣のガランさんへ、顔を向ける。
「……ありがとうございます」
ガランさんは、画面を見たまま言った。
「毎回、礼はいらんと言ったろ」
それから、少し笑う。
「当たって、よかったな」
「はい」
俺も、笑った。
◇
リュカさんの映像が、流れた。
大きな翼が、鉤鳥の群れの前を横切る。
鳥が外へ膨らむ。
その先へ、城壁から矢。
『リュカ選手は、空中の敵を追い続けるのではなく、防衛線へ向かう進路を変えました!』
『矢が届く場所へ戻すことで、城壁上の射手も攻撃できます。飛べる一体だけに、対空を任せていない形です』
リュカさんが、休憩所の反対側にいた。
こちらの視線に気づき、少し手を上げる。
俺も、返した。
画面では、夕方のブレスの場面へ切り替わる。
旗が上がる。
前線の人が下がる。
区域が空く。
その先へ、赤い炎。
魔物たちが進路を変えた。
炎が消えた後、俺たちが前へ出る。
『攻撃して終わりではありません! 残った敵を、地上部隊が受け継ぎます!』
広場から、歓声。
リュカさんは、少し照れくさそうに器へ目を落とした。
俺も、同じだった。
映像の中の自分は、何だか実物より上手く動いているように見える。
実際には、ずっと忙しかった。
前。
右。
上。
戻る道。
次の相手。
その全部を、何度も確かめていた。
◇
そして、ゼルガさん。
角盾オーガの盾へ、戦槌が当たる。
金属が折れる。
大きな体が、横へ吹き飛んだ。
広場が、また沸いた。
『こちらが、ヴァルグの〈城砕き〉! いやあっ、何度見ても、とんでもない一撃です!』
俺も、あの瞬間を思い出した。
初めて見たときは、本当に声が出た。
今、画面で見ても、同じことを思う。
「……強いですね」
ガランさんが、頷く。
「盾で受ける相手じゃないな」
そこへ、背後から声がした。
「受け方は、練習できるよ」
俺たちは、同時に振り返った。
ゼルガさんがいた。
手には、大きな器。
戦槌は、少し離れた壁へ立てかけてある。
俺は、口を閉じた。
ガランさんも、黙った。
ゼルガさんが、笑う。
「今じゃないって」
〈本人来たw〉
〈二人とも急に静かになった〉
〈条件反射で訓練を警戒してる〉
ゼルガさんは、空いていた場所へ腰を下ろした。
画面の中の自分を、一度見る。
「……こいつ、よく飛んだね」
自分で言った。
俺は、少し笑ってしまった。
◇
最後に、第三波の映像が流れた。
夕日。
長い影。
猪を流す、ガランさんの盾。
その脚へ入る、俺の斧。
後ろでは、イトの糸が片脚を引く。
カゲロウさんの槍。
別の盾役。
矢。
魔法。
一つの画面の中で、いくつもの仕事が重なっていた。
『ヴァルグは、初日の主要侵攻を通じて、東門前の防衛線を維持しました』
女性司会者が言う。
『そして修羅選手は、この一日で羅刹の種族レベルが十三から五十八へ到達しています』
広場が、ざわめいた。
俺は、匙を置いた。
そこまで、紹介されるんですか。
『四十五レベルの上昇! さらに、新たな遠距離技の獲得と成長!』
男性司会者が、身を乗り出す。
『三日目には、どんな戦いを見せるのでしょうか!』
〈数字で言われるとやばいw〉
〈朝と夕方で別人〉
〈まだ二日あるぞ〉
〈これは期待する〉
俺は、画面へ小さく手を上げた。
「……一人で倒したわけじゃないですよ」
呟くと、隣のゼルガさんがこちらを見る。
「分かってるさ」
短い返事だった。
画面も、次の場面へ変わる。
俺が交代して下がる。
入れ替わった前衛が、盾の前へ出る。
その後ろで、水が渡される。
修理台へ、籠手が置かれる。
食事を運ぶ人が、器を並べる。
リィナさんも、映っていた。
彼女が、息を止める。
「……私?」
白い髪。
腕の布。
持っている水の器。
間違いなかった。
『その成長を支えたのは、戦い続けられる体制です』
女性司会者の声が、静かに響く。
『前で戦う人が戻り、別の人が入る。傷を手当てし、道具を直し、水と食事を渡す。その一つずつが、次の出撃につながりました』
俺は、隣へ顔を向けた。
リィナさんは、画面を見たまま少し俯いた。
口元が、緩んでいる。
俺は何も言わず、また映像へ戻った。
◇
十都市の光が、並んだ。
各地の戦闘記録。
城壁。
森。
海。
雪。
空。
広場。
その中で、前へ出る人と、戻る人がいた。
『第一日、各都市の中枢は健在!』
男性司会者が、声を張る。
『しかし、戦いは続きます! 明日は第二日。敵の構成や進路が変わる可能性があります!』
画面の下へ、案内が流れる。
【各防衛窓口で、翌日の配置と交代時間をご確認ください】
【負傷、装備の損傷、物資の不足は、担当窓口へご報告ください】
その後ろに、黒い旗の影。
さらに奥に、巨大な輪郭が一瞬映った。
最終日のボス。
まだ、来ていない。
俺は、膝の上で手を開いた。
今夜、この手は休める。
明日、また使うために。
『今夜も働いている皆さん、そして、これから交代に入る皆さんへも、感謝を』
女性司会者が、頭を下げた。
『本日の特別放送は、ここまでです』
『明日も、それぞれの持ち場で! 世界中の仲間と一緒に、守り抜きましょう!』
映像が、ゆっくり消えた。
◇
広場へ、いつもの音が戻ってきた。
器の触れ合う音。
人の話し声。
遠くの修理台から、金属を打つ音。
近くの人が、立ち上がった。
「俺、明日の登録確認してくる」
「俺は盾、受け取ってから帰る」
「治療所、まだ空いてるかな」
放送を見ていた人たちが、一人ずつ動き始める。
ゼルガさんも、空の器を持って立ち上がった。
「よし。あんたたちも、今日は終わり」
俺たちを見る。
「明日の朝、また顔を見せてくれ」
ガランさんが頷く。
俺も、頷いた。
「はい」
リュカさんが、こちらへ歩いてきた。
ユズリハさんとカゲロウさんも、報告を終えたらしい。
何となく、全員が揃った。
「ほかの街も、すごかったですね」
リュカさんが言った。
「王都の剣、よく分からなかったです」
「俺もです」
すぐ返すと、ガランさんが笑った。
「分からんまま寝よう。考えたところで、今からできるようにはならん」
「……確かに」
俺も、笑った。
イトが、袖を引く。
顔を向けると、少し眠そうだった。
「かえる」
「はい。帰りましょう」
立ち上がる。
斧を持つ。
重い。
でも、朝より手に馴染んでいる気がした。
みんなと別れ、宿へ向かう。
通りの店には、まだ灯りが残っていた。
城壁の上にも、人影。
俺たちが寝ている間は、別の誰かが見てくれる。
明日は、俺たちが戻る。
「……世界中で、やってるんですね」
俺が言うと、リィナさんが頷いた。
「はい」
同じゲームの中なのに、知らないことばかりだ。
会ったことのない人。
見たことのない技。
まだ黒いままの地図。
でも、今日は少しだけ、その向こうが見えた。
俺は、空を見上げた。
ヴァルグの夜空。
遠くの都市にも、同じように夜が来ているのだろうか。
そこまで考えて、欠伸が出た。
〈いいところで欠伸w〉
〈もう寝ろ〉
〈お疲れ様。また明日〉
俺は、少し目を擦った。
「……はい。お疲れ様でした」
宿の明かりが、見えてくる。
イトの手を、握り直す。
「明日も、よろしくお願いします」
隣から、小さな返事があった。
「うん」
リィナさんも、笑った。
今日は、みんなで帰れた。
世界のあちこちで、同じことを喜んでいる人たちがいる。
それを知れたことが、今夜は少し嬉しかった。




