17話 ワールドクエスト 1日目 魔都攻防戦
●主人公視点
いつもより、早く目が覚めた。
窓の外は、まだ薄暗い。
けれど、通りからは既に車輪の音が聞こえていた。
誰かが荷を下ろす声。
短い返事。
遠くで、鐘が一度鳴る。
「……今日か」
呟いて、体を起こした。
壁際には、昨日のうちに並べた装備がある。
黒角の大戦斧。
岩鎧で補強した籠手。
熊の毛皮の外套。
それから、薬と水を詰めた収納鞄。
机の端に、小さな包みが置かれていた。
リィナさんが用意してくれた、朝食とは別の食べ物。
途中で、少しでも口へ入れられるように。
俺は、その包みを鞄へしまった。
「……よし」
手を開く。
握る。
昨日より強くなっているかどうかは、よく分からない。
でも、準備してきたことは覚えている。
右から出る。
振ったら、戻る。
周りへ、伝える。
息を吐き、斧へ手を伸ばした。
◇
宿の食堂には、既に何人もの参加者がいた。
鎧の留め具を確かめる人。
黙ってパンを食べる人。
普段より大きな声で話している人。
どこか、落ち着かない。
俺も、その一人だった。
「おはようございます」
リィナさんが、器を置いてくれる。
温かいスープ。
パン。
肉と野菜。
隣では、イトが椅子へ座って待っていた。
「おはようございます。二人とも、眠れました?」
「はい」
「ねた」
返事が、二つ。
俺は頷いて、席についた。
今日は、食べるのが少し遅かった。
何度も時間を見てしまう。
まだ、集合には余裕がある。
分かっているんだけど。
イトが俺を見た。
「しゅら」
「はい?」
「たべる」
自分のパンを、少し持ち上げる。
俺は、自分の器を見た。
匙が、止まっていた。
「……そうですね。まず、食べます」
〈おはよう!〉
〈修羅も緊張してる?〉
〈俺も飯が進まん〉
〈食っとけ。後で腹減るぞ〉
配信には、いつもより早く人が集まっていた。
俺は画面へ向き直る。
「おはようございます。今日は、ヴァルグ防衛の一日目です」
言葉にすると、胸の奥が少し熱くなった。
「三日間、よろしくお願いします」
すぐに、何行もの返事が流れた。
◇
東門前の広場へ着くと、もう列ができていた。
盾。
槍。
弓。
魔法を使う人たちは、互いの装備と立ち位置を確かめている。
荷車は、決められた道を通っていた。
人が、道を空ける。
昨日まで見てきた準備が、今朝は全部動いていた。
「修羅!」
ガランさんが、片手を上げる。
俺も手を上げ返した。
「おはようございます」
「眠れたか」
「はい。そちらは?」
「寝た。盾の夢を見た」
「……いい夢ですか?」
「起きるまで、ずっと押されてた」
〈訓練のしすぎw〉
〈寝てる間も盾役〉
俺は笑った。
そのおかげで、少し肩の力が抜けた。
カゲロウさんは、前日から変わった情報を確認している。
ユズリハさんは、糸を張る道の目印を見ていた。
リュカさんも来ている。
人の姿のまま、空を見上げていた。
「おはようございます」
俺が声をかけると、顔が向く。
「おはようございます。風、昨日より少しありますね」
俺も、旗を見る。
確かに、よく揺れている。
「飛ぶとき、変わります?」
「はい。戻る向きは、気をつけます」
そんな話をしていると、リィナさんが俺の横へ来た。
「では、私は治療所へ行ってきます」
腕には、担当を示す布が巻かれていた。
彼女は今日、薬と器具の準備を手伝う。
忙しくなったら、指示を受けて物を運ぶ。
まずは、それが役目だった。
「はい。よろしくお願いします」
「怪我をしたら、戻ってきてくださいね」
「分かりました」
頷くと、リィナさんはイトへも顔を向けた。
「イトさんも、無理をしないで」
「うん」
小さな手が上がる。
リィナさんは俺たちをもう一度見てから、指定された建物へ向かった。
俺は、その背中を見送った。
戻る場所にも、仲間がいる。
◇
ゼルガさんが来ると、広場の声が少し静かになった。
大戦槌を肩へ担いでいる。
いつもと同じ、迷いのない足取り。
俺たちの前で止まり、一人ずつ顔を見た。
「いいね。全員、揃ってる」
それから、門の外へ顔を向ける。
「最初のうちは、昨日決めた形を守る。数が多くても、勝手に前へ出ない。見えたことは、近くへ伝えてくれ」
俺たちは頷いた。
「一人で全部やる必要はない。自分のところへ来た仕事を、ちゃんと頼むよ」
その声は、大きすぎなかった。
でも、よく聞こえた。
俺は斧を、少し握り直した。
そのとき。
視界へ、光が広がった。
【第一回ワールドイベント】
【世界大侵攻】
【イベントが開始されました】
街中の鐘が、鳴り始めた。
【防衛クエストが発行されました】
【魔都ヴァルグを守れ・第一日】
【第一侵攻波を迎撃せよ】
【討伐、足止め、救助、補給などの貢献が記録されます】
【戦闘経験値は通常どおり獲得できます】
俺は、表示を見上げた。
城壁の上から、声が落ちてくる。
「東、接近する群れあり!」
ゼルガさんが、戦槌を下ろした。
「持ち場へ!」
全員が、動き始めた。
◇
門の外へ出る。
朝の空気が、頬へ触れた。
訓練場より広い。
当たり前なのに、改めてそう思った。
前方には、なだらかな草地。
その奥に、昨日歩いた林。
木々の間から、黒い点が現れていた。
一つ。
二つ。
数えようとして、やめる。
後ろにも、いる。
左右にも。
黒い背中が、草を分けて走ってくる。
「……多いですね」
俺が呟くと、ガランさんが盾を上げた。
「ああ」
盾の向こうから、顔が少しだけこちらへ向く。
「右、空けるぞ」
短い言葉。
俺は、頷いた。
「はい」
背後では、イトが蜘蛛の姿へ戻る。
ユズリハさんと一緒に、低い杭の間へ糸を張り始めた。
目印の布が、揺れる。
通る道は、昨日と同じ色。
俺はそこを一度見てから、前を向いた。
【黒牙走狗 Lv.44】
先頭の一体を、鑑定する。
その後ろの個体は、少し大きい。
【黒牙走狗 Lv.48】
同じ種でも、全部同じではない。
足音が近づく。
喉の奥で、低い唸り声。
ガランさんの肩が、沈んだ。
「来る!」
◇
最初の一体は、盾へ飛びついた。
牙が、金属の縁を擦る。
ガランさんが、斜めへ押した。
黒い体が、横へ流れる。
「右!」
「出ます!」
俺は、踏み込んだ。
斧を、短く。
首の横へ、刃が入る。
走狗が地面へ崩れた。
【経験値を獲得しました】
低く戻す。
顔を上げる。
次の一体。
今度は、俺の足元へ来た。
噛みつき。
半歩引く。
柄で、頭を外へずらす。
その横から、槍が伸びた。
カゲロウさんだった。
「前、二体!」
声が飛ぶ。
俺は斧を引き寄せた。
ガランさんの盾が、また鳴る。
右へ出る。
一撃。
戻る。
次。
訓練で、何度も繰り返した。
でも、本物は止まってくれない。
一体を倒した場所へ、次の一体が踏み込む。
倒れた体が、足元へ残る。
血と土で、地面の色が変わっていく。
「足元、右に死体!」
俺が叫ぶ。
ガランさんが、位置を少し変えた。
「分かった!」
次の走狗が、横へ回る。
白い糸が、その脚へ絡んだ。
急に向きが変わる。
止まった横腹へ、俺の斧が届いた。
【経験値を獲得しました】
〈始まったあああ!〉
〈連携できてる!〉
〈イトの糸、いいところにある〉
〈修羅、戻るの早くなったな〉
コメントは、端へ寄せた。
今は、全部は読めない。
「左、回ってます!」
ユズリハさんの声。
別の盾役が、そちらへ向く。
槍兵が、並んだ。
俺は追わず、自分の前を見た。
◇
黒牙走狗の群れは、思ったより長く続いた。
数体まとめて来る。
少し途切れる。
また、林から出る。
こちらの横を探るように、走る個体もいた。
城壁の上から、矢が飛ぶ。
前方の草へ刺さる。
一体が転がる。
別の一体が、火の塊へ包まれた。
それでも、全部は止まらない。
抜けてきた相手を、俺たちが受ける。
「右、出ます!」
斧を振る。
首。
肩。
飛びかかってくる相手は、下から柄を当てる。
体勢が浮いたところへ、刃。
倒す。
喰命の回復が、何度か表示された。
脚をかすめた牙の痛みが、少し薄れる。
でも、スタミナは戻らない。
呼吸が、速くなっていた。
「修羅、交代!」
後ろから、声がした。
予備の前衛が、決めた位置へ入る。
俺は一瞬、前を見た。
まだ、来る。
あと一体くらいなら。
そう思ったところで、ガランさんが言った。
「下がれ。戻ってこい」
俺は、頷いた。
「下がります!」
斧を低く持ち、目印の間を抜ける。
糸へ、引っかからない。
後ろの空間へ出て、ようやく長く息を吐いた。
「……はぁ」
水を渡される。
一口。
飲みすぎない。
隣へ戻ってきたイトが、脚を止めた。
糸の張り替えを、ユズリハさんと交代したらしい。
「イトも、お疲れ様です」
前脚が、俺の腕へ触れる。
俺は、表示を開いた。
【種族レベルが上がりました】
【羅刹Lv:13 → 15【UP!】】
「……上がってる」
まだ、最初の群れだ。
それだけの数が、来ている。
俺は水の蓋を閉じ、前線を見た。
ガランさんの盾は、まだ立っていた。
「次、入れます」
近くの担当へ伝える。
返ってきたのは、短い頷きだった。
◇
最初の変化は、空から来た。
「上!」
誰かが叫ぶ。
俺は顔を上げた。
灰色の翼が、城壁へ向かっていた。
昨日見た鳥。
灰羽の鉤鳥。
一羽ではない。
何羽も、風を切っている。
壁の上から、矢。
魔法の光。
一羽が落ちる。
でも、別の一羽が翼を畳み、急降下した。
狙いは、後ろ。
物資を運ぶ道。
俺の足が、そちらへ向きかけた。
「対空へ任せろ!」
前線の指揮役が叫んだ。
俺は、足を止める。
地面では、まだ走狗が来ている。
ここを空けたら、そちらも抜ける。
次の瞬間、上空へ赤銅色の影が上がった。
リュカさんだ。
翼が、大きく風を打つ。
鉤鳥が、進路を変える。
リュカさんは一羽ずつ追わず、城壁へ向かう群れの前を横切った。
鳥たちが、外側へ膨らむ。
そこへ、弓兵の矢が飛んだ。
〈リュカ!〉
〈追い払って射線に戻した!〉
〈一人で全部倒そうとしてないのいいな〉
俺は、ほんの一瞬だけ見た。
それから、前へ向き直る。
「……こっちは、任せてください」
黒い走狗が、盾へぶつかった。
俺は、右へ出た。
◇
やがて、林の奥から重い足音が響いた。
走狗とは、違う。
地面を叩く音。
土が、跳ねる。
「猪、三体!」
城壁から、報告。
俺は前方を見た。
灰色の背中。
低い頭。
太い牙。
鎧背牙猪。
昨日は、一体ずつだった。
今日は、三体。
しかも、その間を走狗が走っている。
「……混ざると、嫌ですね」
「来るぞ。流す道、空けろ!」
ガランさんの声。
後ろで、杭の間の人が下がる。
イトたちが、糸を張る場所を変えた。
猪の正面を止めるためではない。
流した後、その脚を取るため。
俺は斧へ、鬼装をまとわせた。
一体目が、止まる。
鼻先が、こちらへ向いた。
短い、静止。
次の瞬間、走る。
ガランさんが、盾を斜めにした。
激突。
足が滑る。
俺は、右へ踏み込んだ。
「脚、取ります!」
前脚の付け根へ、刃。
深く入る。
でも、猪は進む。
俺は離れた。
流れた先で、白い糸が張る。
後脚が引かれる。
大きな体が傾いた。
そこへ、別の槍兵が入る。
俺は、追わない。
二体目が、もう来ていた。
「二体目、右寄り!」
カゲロウさんの声。
ガランさんが向きを変える。
俺も、位置を直した。
だが、その横を黒牙走狗が抜けようとした。
低い。
速い。
俺の脚へ、牙が向く。
「〈羅刹腕〉!」
背中から、赤い腕。
掌を、その肩の横へ当てた。
掴み止めない。
進む向きを、ずらす。
走狗が、盾の前へ押し出される。
ガランさんが、短く盾を当てた。
体が浮く。
俺は斧を振った。
その一撃の後ろで、猪が突っ込んでくる。
「下がれ!」
俺は斧を引き、横へ跳んだ。
盾が、鳴った。
ガランさんの膝が、深く曲がる。
耐える。
猪が、外へ流れた。
俺は魔力の腕を消し、すぐに追いつく。
傷のない脚へ、斧。
切る。
離れる。
猪が、糸へ踏み込んだ。
〈忙しい!〉
〈今の走狗、邪魔すぎる〉
〈羅刹腕で流した!〉
〈訓練が生きてる!〉
息を吸う。
吐く。
まだ、三体目がいる。
◇
最後の猪は、ほかより大きかった。
額の外殻が、厚い。
【鎧背牙猪 Lv.61】
【HP:2,160/2,160】
俺は、名前と数字を伝えた。
指揮役が、頷く。
「左右、間を空けろ。正面は受け止めない!」
猪の背後には、まだ走狗がいた。
そちらは、別の盾列が見る。
俺たちは、猪へ向き直った。
ガランさんが、一度だけ俺を見た。
「右へ、流す」
「はい」
俺は、左側へ位置を変えた。
いつもと、逆。
だから、声に出して確認する。
「俺、左から脚へ入ります!」
「分かった!」
猪が、走った。
重い。
足音だけで、分かる。
ガランさんの盾へぶつかる。
今までより、大きな音。
盾の表面が、歪んだ。
でも、向きは変わる。
俺は左へ入った。
「〈鬼力〉!」
腕に、力が満ちる。
斧を、脚の内側へ。
刃が入る。
猪の体が、こちらへ揺れた。
牙が、近い。
俺は魔力の腕で地面を押し、横へ体を逃がした。
その後ろで、イトの糸が張る。
一瞬だけ、脚が遅れる。
俺は、もう一歩。
「もう一発、入れます!」
声を出す。
近くの槍が、引かれた。
空いた場所へ、斧。
首の下。
硬い外殻のない所。
猪が、地面へ崩れた。
【経験値を獲得しました】
【種族レベルが上がりました】
俺は斧を構えたまま、二歩下がった。
猪が動かないことを確かめる。
その向こうで、ガランさんが盾を下ろしていた。
「……大丈夫ですか?」
「腕が痺れた。交代する」
返事が、すぐに来た。
俺は頷く。
「俺も、下がります」
今度は、迷わなかった。
◇
後ろへ戻ると、リィナさんが水を運んできていた。
俺を見る。
肩。
脚。
手。
「怪我は?」
「脚を、少し噛まれました。猪には、当たってません」
短く伝える。
彼女が頷き、近くの治療担当へ声をかけた。
俺は指定された場所へ座った。
防具を外す。
傷を見せる。
その間も、前では音が続いていた。
俺がいなくても、盾が立っている。
別の斧が、振られている。
弓が、放たれている。
それを見て、少しだけ落ち着かなかった。
戻らなければ。
そう思ったところで、リィナさんが言った。
「手当てが済んでからです」
俺は、顔を戻した。
「……はい」
〈ちゃんと戻れた〉
〈報告も短くできたな〉
〈交代があるの大事〉
イトも、隣へ来ていた。
前脚の一本に、土がついている。
俺は布を取り、軽く拭いた。
「そっちも、休みましょう」
前脚が、俺の膝へ乗る。
表示を開く。
【羅刹Lv:15 → 18【UP!】】
上がっている。
戦っている間に、体が少し軽くなった気はした。
でも、それを理由に休まなくてよくなるわけではない。
俺は、水をもう一口飲んだ。
◇
角盾オーガが現れたのは、最初の侵攻波も終わりに近づいた頃だった。
林の前で、群れの動きが変わる。
走狗が、左右へ散った。
その真ん中を、大きな体が歩いてくる。
角。
厚い肩。
片手には、金属板を打ちつけた盾。
もう片方には、長い棍棒。
【角盾オーガ Lv.64】
【HP:3,620/3,620】
俺は、数字を伝えた。
ガランさんは、交換した盾を構えている。
俺も、前線へ戻っていた。
腕は動く。
息も整っている。
ただ、見た目だけで、今までとは違う相手だと分かった。
「オーガ、一体。後ろに走狗、複数!」
カゲロウさんの報告。
指揮役が、こちらへ声を出す。
「大物は、ゼルガ様が見る! 周囲を通すな!」
俺は、頷いた。
自分が、倒さなくてもいい。
横の走狗を、見る。
そのとき、背後から重い足音がした。
「道、借りるよ」
ゼルガさんだった。
大戦槌を肩へ担ぎ、俺たちの間を進む。
オーガが、顔を上げた。
盾が、構えられる。
棍棒が、引かれる。
ゼルガさんは、止まらなかった。
「その盾――」
戦槌が、肩から離れた。
「いい音が、しそうだね!」
振り抜く。
盾へ、当たる。
音が、違った。
金属が鳴る、というより。
大きな鐘を、すぐ横で殴られたような音。
オーガの盾が、内側へ折れた。
体が、横へ流れる。
足が、地面を離れた。
「……え」
声が出た。
〈はあ!?〉
〈盾ごと吹っ飛んだ!〉
〈今、何した!?〉
「修羅!」
呼ばれて、我に返る。
ゼルガさんは、もう次の動きへ入っていた。
「そっち、抜けるよ!」
オーガの横から、走狗。
俺は、斧を持ち直した。
「右、出ます!」
ガランさんが、盾を開く。
俺は踏み込み、低い頭を斬った。
次。
横へ回る一体を、イトの糸が止める。
カゲロウさんの槍。
俺は、その向こうへ抜けようとした別の一体を叩いた。
背後で、重い音が二度した。
振り返らない。
前を見る。
今、俺の場所へ来た相手を倒す。
最後の走狗が倒れたとき、ゼルガさんが声をかけた。
「いいね。そっちは任せた!」
その言葉で、胸の奥が熱くなった。
俺は、斧を引き戻した。
「はい!」
◇
第一侵攻波が終わったのは、昼を過ぎてからだった。
林から、新しい群れが出てこなくなる。
上空の鳥も、外側へ退いた。
すぐに追う者は、いない。
城壁の上で、旗が振られる。
【第一侵攻波の撃退を確認しました】
【防衛線を維持しました】
俺は、その表示を見た。
近くで、誰かが息を吐く。
別の誰かが、笑った。
その後で、歓声が広がった。
「止めたぞ!」
「門まで、通してない!」
「お疲れ!」
俺は斧を下ろした。
肩が、重い。
でも、気持ちは少し浮いていた。
ガランさんが、こちらへ拳を出す。
俺も、拳を合わせた。
「……できましたね」
「ああ。まず、一回」
そうだ。
まだ、一日目。
その最初の侵攻波が、終わっただけ。
でも、止めた。
俺たちで。
イトが、横へ来る。
差し出した掌へ、前脚が乗った。
「お疲れ様です。ものすごく、助かりました」
白い脚が、一度動く。
俺は、笑った。
〈第一波撃退!〉
〈お疲れえええ!〉
〈連携、めっちゃよかった〉
〈ゼルガさんの一撃、まだ頭から離れない〉
〈レベルどうなった?〉
俺も、気になっていた。
後ろへ下がり、水を受け取ってから表示を開く。
【種族レベルが上がりました】
【羅刹Lv:18 → 22【UP!】】
「……二十二」
朝は、十三だった。
九つ、上がっている。
俺は、思わず自分の手を見た。
〈九つ!?〉
〈第一波で?〉
〈倒した数すごかったしな〉
〈まだ初日なんだけど〉
「……それだけ、来てたんですね」
足元には、戦いの跡が残っている。
削れた地面。
切れた糸。
折れた矢。
俺一人が、全部倒したわけではない。
でも、みんなで戦った時間が、そのまま自分の力にもなっていた。
イトの方にも、レベルアップの通知があった。
俺は、それを見せるように指を動かす。
「イトも、上がってますよ」
前脚が上がる。
少し、得意そうに見えた。
◇
門の内側へ戻ると、温かい匂いがした。
食事を受け取る列。
水を補充する場所。
盾を預け、代わりを受け取る人。
前で戦っている間にも、街の中は動いていた。
リィナさんが、配膳の人から器を受け取り、こちらへ来る。
「お疲れ様でした」
「……ただいま、です」
返事をすると、彼女が少し笑った。
器を受け取る。
湯気が、顔へ触れた。
「ありがとうございます」
近くの腰掛けへ座る。
ガランさんが隣。
カゲロウさんは、先に報告へ向かった。
イトは安全な場所で人の姿へ戻り、俺の横へ座った。
匙を渡す。
その手が、少しだけゆっくりだった。
疲れている。
俺も、同じだ。
「食べたら、休みましょう」
「うん」
頷きが返る。
俺は、温かい汁を一口飲んだ。
腹の中へ、熱が落ちる。
思っていたより、腹が減っていた。
匙を動かしながら、城門を見た。
大きな扉は、まだ無事だ。
壁の上では、兵士が見張りを続けている。
その下を、矢の束を持ったプレイヤーが走った。
明日も、その次も、これを続ける。
最後には、あの大きな影が来る。
俺は、器を持つ手へ少し力を入れた。
まだ、届くかどうかは分からない。
でも、今日より強くなる時間はある。
隣で戦う人たちと、合わせる時間も。
「……次も、止めましょう」
俺が言うと、ガランさんが器を下ろした。
「ああ」
イトも、顔を上げる。
リィナさんが、空いた水の器へ注いでくれた。
遠くで、短い鐘が鳴った。
次の見張りへ、交代する合図だった。
魔都ヴァルグの一日目は、まだ続いていた。
温かい飯って、すごいですね。
どうも、修羅です。
食べて、水を飲んで、少し座っただけなのに、さっきまで重かった体が随分動くようになりました。
もちろん、完全に元通りではない。
でも、また前へ出られる。
俺は空になった器を返し、斧を受け取った。
刃は、休んでいる間に手入れしてもらっていた。
「助かります」
「柄に緩みはありません。刃も問題なしです」
修繕担当の人が頷く。
俺も頭を下げた。
その隣では、ガランさんが盾を確かめている。
第一波で使った盾は、表面が大きくへこんでいた。
今、手にしているのは別の盾だ。
「……あれ、直りますかね」
「直すと言ってた。ありがたいな」
太い腕へ、革紐を締める。
その手つきは、朝より少しゆっくりだった。
俺も籠手の留め具を確かめる。
そこへ、笛が鳴った。
城壁の上で、旗が上がる。
「東、再び接近!」
空気が変わった。
【第二侵攻波を確認しました】
【各部隊は配置についてください】
俺は、斧を持ち直した。
「……行きましょう」
ガランさんが頷く。
「ああ。今度も、戻るぞ」
◇
門の外へ出て、最初に目についたのは空だった。
灰色の翼が、いくつも重なっている。
第一波より、低い。
そして、散っていた。
「……多くないですか」
〈鳥、増えてる!〉
〈第一波より広がってるな〉
〈弓組、頼むぞ〉
灰羽の鉤鳥。
城壁へ真っすぐ向かう個体もいれば、外側を回っている個体もいる。
その下では、黒牙走狗が走っていた。
前だけを見ていればいい相手ではない。
俺は、頭上を一度確かめた。
リュカさんは、まだ飛んでいない。
決められた場所で、翼を広げている。
上がる合図を、待っているらしい。
「まず、地上を受けるよ!」
ゼルガさんの声が響いた。
「鳥を見上げたまま、足元を噛まれないように!」
俺は前へ顔を戻した。
走狗が、草を蹴ってくる。
ガランさんの盾が上がった。
「右、空ける!」
「出ます!」
盾が鳴る。
斧を振る。
第一波と、同じ。
でも、次の一体が来るまでの間が短い。
一体を倒して戻ったところへ、もう一体。
さらに、その横へ別の黒い影。
俺は、斧を短く持ち直した。
◇
横から来た走狗は、イトの糸へ脚を取られた。
倒れきらず、前へ滑る。
その頭を、柄尻で外へ押した。
カゲロウさんの槍が伸びる。
倒れる。
すぐに、次。
「前、二体!」
俺は頷き、ガランさんの右へ。
斧を振った。
一体目。
低く戻す。
二体目が、跳ぶ。
魔力の腕を出し、肩の横へ掌を添えた。
進む向きをずらす。
そこへ、斧。
【経験値を獲得しました】
表示を、横へ流す。
まだ、見る余裕はない。
背後で、誰かが叫んだ。
「上、来るぞ!」
俺は顔を上げかけた。
その前に、風が頭を叩く。
灰色の影。
鉤のような爪が、ガランさんの肩へ伸びていた。
「ガランさん、上!」
盾が上がる。
爪が金属を擦り、嫌な音がした。
鳥が、翼を打つ。
俺は斧を振り上げた。
刃先が、尾の羽を切った。
浅い。
そのまま、届かない高さへ逃げていく。
「……っ、あと少し」
〈惜しい!〉
〈今の高さ、斧じゃ厳しいな〉
〈追うなよ〉
追わない。
でも、あの距離なら。
ほんの数歩分、刃が先へ届けば。
俺は空を見たまま、奥歯を噛んだ。
「修羅、前!」
ガランさんの声。
すぐ、顔を戻した。
走狗の牙が、足元へ迫っていた。
◇
リュカさんが飛び上がると、頭上の圧力は少し減った。
大きな翼が、鉤鳥の群れの前を横切る。
鳥たちが、外へ散る。
弓兵が、その先へ矢を放った。
何羽かが落ちる。
でも、全部ではない。
群れから離れた一羽が、低く回ってこちらへ来た。
足元では、走狗。
ガランさんの盾へ当たる。
俺は右へ出て、一撃。
その直後、鳥が背後へ下りてきた。
狙いは、糸を張っていたイト。
「イト、壁側へ!」
白い体が、横へ動く。
爪が、地面を掻いた。
鳥が、飛び直そうとする。
俺は踏み込んだ。
鬼装の刃を、振る。
届いた。
翼の付け根へ入り、鳥が地面へ落ちる。
俺は、そのまま首元へ追撃した。
【経験値を獲得しました】
すぐ、周囲を見る。
イトは壁際にいた。
無事だ。
俺は息を吐く。
「……大丈夫?」
前脚が上がった。
でも、その向こうでは別の鳥が旋回している。
毎回、下りてきたところへ走れるわけではない。
俺は、赤い光をまとった斧を見た。
◇
鬼装の力は、刃へ流している。
振るたび、赤い光が尾を引く。
いつもなら、その光はすぐ消える。
熊へ斧を叩き込んだときも。
走狗を切ったときも。
そこに残したまま、離すことはできないだろうか。
レオンさんの斬撃を、思い出した。
剣から離れ、こちらへ飛んできた光。
あれを、同じように使えるとは思わない。
でも。
「……試すなら、向こうですね」
斧の先を見る。
敵がいない場所では、意味がない。
味方の向こうへ飛ばしても、駄目だ。
俺は、ガランさんへ声をかけた。
「次、少し外側へ出ます。右へ大きく振りたいです」
「範囲は?」
「俺から、斧一本分。その先も、空いてる方へ」
ガランさんが、右を見た。
「分かった。戻る道は、こっちだ」
盾が、少し左へ寄る。
走狗が一体、右から近づく。
俺は踏み込んだ。
刃へ、魔力を集める。
振る。
少し、遠い。
刃は、届かなかった。
赤い光が、空中へ滲む。
そのまま、消えた。
走狗が、飛びかかってくる。
「……ですよね!」
普通の左腕を引き、魔力の腕で頭を外へ流す。
短く斧を返した。
倒す。
戻る。
ガランさんが、俺を見た。
「何か、試したか?」
「はい。まだ、できませんでした」
「なら、次も声をくれ」
責める声ではなかった。
俺は、頷いた。
「ありがとうございます」
〈今の何した?〉
〈鬼装の光、ちょっと伸びた?〉
〈遠距離技、狙ってる?〉
〈戦闘中に無茶しすぎるなよ〉
俺も、そう思う。
失敗した後に戻れる場所がある。
だからこそ、勝手には使わない。
◇
次は、うまくいかなかった。
その次も。
魔力を多く流すだけだと、刃が強く光るだけだった。
遠くへ飛ばそうと力むと、斧を戻すのが遅れる。
一度、走狗の牙が籠手へ当たった。
硬い外殻に助けられたけど、そこで試すのをやめた。
今は、普通に倒す。
振る。
戻る。
イトの糸で止まった相手へ、刃。
カゲロウさんの槍が空いた場所を、俺が塞ぐ。
何度も繰り返すうちに、斧へ通す力が少し分かってきた。
握り込むと、光が刃元へ集まる。
振り抜く瞬間、少し緩めると、刃先へ流れる。
全部を押し出そうとすると、散る。
薄く。
刃の形を、崩さずに。
「……そういうこと、ですかね」
俺は、呼吸を整えた。
◇
第二波の途中で、交代の合図が来た。
俺は後ろへ下がる。
水を飲み、腕を休める。
表示を開いた。
【種族レベルが上がりました】
【羅刹Lv:22 → 27【UP!】】
「……二十七」
〈五つ上がってる!〉
〈まだ第二波の途中だぞ〉
〈数が多いからな……〉
魔力も、さっきより余裕がある。
ただ、使えば減る。
新しいことを試して、全部使い切るわけにはいかない。
俺は鞄から小さな食べ物の包みを出した。
一口。
水。
その横へ、イトが来る。
前脚に、小さな羽が引っかかっていた。
取ってやる。
「鳥、嫌ですね」
イトが、前脚を動かす。
同意しているように見えた。
前方で、弓兵が声を上げる。
「低く来るぞ!」
俺は、食べ物をしまった。
まだ、休憩の時間は少し残っている。
でも、目で動きを追うくらいはできる。
鉤鳥は、ずっと高い所にいるわけではない。
獲物を見つけると、低く回る。
爪を出す直前、翼を広げる。
その一瞬なら、飛ぶ向きが読みやすかった。
俺は斧の柄へ指を添えた。
◇
前へ戻って、しばらくしたときだった。
右側の槍兵が、走狗を突く。
その頭上へ、灰色の鳥が下りてきた。
盾役が、気づく。
でも、別の走狗を受けている。
俺からは、少し遠い。
走れば、間に合うか。
違う。
走ると、ガランさんの前を横切る。
俺は、声を出した。
「右上、鳥! 右へ、振ります!」
ガランさんが盾を寄せた。
槍兵が、頭を下げる。
鳥が、翼を広げた。
俺は、斧を構えた。
鬼装の光を、刃先へ。
厚くしない。
強く押し込まない。
刃の形を、そのまま前へ。
息を吐き、振り抜いた。
赤い光が、斧から離れた。
「――っ!」
薄い弧。
空気を切って、走る。
鉤鳥の翼へ当たった。
羽が、散った。
鳥の体が傾き、地面へ落ちる。
俺は、足を止めたままそれを見た。
【行動経験が一定値に達しました】
【〈斧閃 Lv.1〉を獲得しました】
「……出た」
声が、漏れた。
すぐ横で、ガランさんが叫ぶ。
「前、来てる!」
「あ、はい!」
俺は斧を引き戻した。
走狗の頭へ、柄。
体をずらし、刃を入れる。
倒す。
今度こそ、息を吐いた。
〈出たああああ!〉
〈今、飛んだ!?〉
〈斧から斬撃出たぞ!〉
〈新スキル!!〉
〈斧閃!?〉
〈修羅が届かない距離を埋めてきた!〉
横の槍兵が、こちらを見た。
「助かった!」
「……はい!」
返事をしてから、もう一度、斧を見る。
赤い光は、刃へ残っている。
でも、さっきの一枚は、確かに向こうへ飛んだ。
◇
詳しく読めたのは、群れが少し途切れたときだった。
【斧閃 Lv.1】
【鬼装をまとった斧を振り、刃に沿って圧縮した魔力を斬撃として放つ】
【有効射程:約五メートル】
【消費MP:20】
【距離とともに威力が減衰する】
【命中精度と威力は、斧の振り方および魔力の制御に左右される】
【追尾効果はない】
「……五メートル」
〈十分だろ〉
〈弓には負けるけど近接の隙を埋めるやつだ〉
〈高い所の敵を全部倒せるわけじゃないのね〉
〈さっき低く飛んでたから当たったのか〉
俺は、頷いた。
「本物の斧で斬るより、軽い手応えでした。さっきの鳥も、あれだけでは倒れてません」
落ちた鳥は、槍兵が仕留めてくれていた。
遠くから何でも切れる技ではない。
でも、あと少し届かない。
その距離へ、手が伸びた。
俺には、それが嬉しかった。
指揮役が、こちらへ近づく。
「今の技、使える距離は?」
「五メートルくらいです。真っすぐ飛びます。まだ、狙いは安定してません」
「分かった。味方を挟む方向へは撃たないでくれ。鳥を狙うときも、外へ向ける」
「はい」
新しい技を覚えた。
その直後に、新しい注意が増えた。
俺は、斧を握り直した。
◇
次に使ったときは、外した。
低く回った鉤鳥へ向けて放った赤い弧は、その後ろを通り過ぎた。
空中で薄れ、消える。
「……速い相手は、やっぱり難しいですね」
〈初回がうますぎただけだw〉
〈追尾ないからな〉
〈MP無駄にしすぎるなよ〉
俺も、そう思う。
無理に鳥を追わない。
次は、地上。
イトの糸へ脚を取られた走狗。
こちらから少し離れた場所で、体を起こそうとしている。
向こうに、味方はいない。
「右前、撃ちます!」
声を出し、斧を振る。
赤い弧が、低く飛んだ。
横腹へ当たる。
走狗が、地面へ崩れた。
【経験値を獲得しました】
「……止まってる相手の方が、当てやすいですね」
ガランさんが、盾の向こうで笑った。
「俺が止めた相手にも、使えそうだな」
「はい。ただ、盾のすぐ横へ飛ばすのは、まだ怖いです」
「なら、最初は広い方で頼む」
「分かりました」
イトが、壁際で前脚を上げた。
俺も、そちらへ頷く。
糸で止める。
そこへ、斧閃。
走って近づかなくても、届く相手ができた。
〈イトとの連携増えた〉
〈止めて撃つ、分かりやすく強い〉
〈これで斧持って走り回らなくて済む場面あるな〉
全部を、これで解決する必要はない。
近くは、斧。
少し遠くは、斧閃。
もっと遠い相手は、弓と魔法と、リュカさん。
俺は、自分の立つ場所を確かめた。
◇
第二波の後半には、角盾オーガが三体現れた。
同時に、別々の方向。
ゼルガさんが、中央へ向かう。
左は、別の前衛部隊。
俺たちは、右。
「大物、一体! 周りの走狗を先に減らす!」
指示が飛ぶ。
ガランさんが、盾を構えた。
「修羅。まず、横を頼む」
「はい」
オーガの盾は、大きい。
正面から斧閃を撃っても、止められそうだった。
俺は、そちらへ魔力を無駄に使わない。
横へ回る走狗を、斧で。
糸に絡んだ個体へ、斧閃。
少しずつ、周囲を空ける。
カゲロウさんの槍が、オーガの足元を狙った。
大きな体が、そちらへ向く。
「右、開いた!」
ガランさんが、盾で前へ出た。
オーガの盾と、ぶつかる。
重い音。
押し合いになる。
俺は、右へ踏み込んだ。
「〈鬼力〉!」
斧へ、鬼装。
背中から、羅刹腕。
魔力の手を、盾の上へ掛ける。
普通の両手で、斧を低く持つ。
オーガが、こちらを見た。
棍棒が、動く。
「槍、入れる!」
カゲロウさんの声。
棍棒を持つ腕へ、穂先が伸びる。
オーガの動きが、一瞬止まった。
俺は、盾を斜め下へ引いた。
「〈崩し〉!」
ガランさんが、押す。
盾が、傾く。
肩口が、開いた。
俺は斧を、短く叩き込んだ。
オーガが吠える。
離れる。
すぐに。
棍棒が、さっきまで俺のいた場所を薙いだ。
その風が、外套の毛を揺らした。
〈入った!〉
〈今、三人で開かせたぞ〉
〈盾と槍と斧!〉
オーガが、後ろへ下がる。
傷ついた肩を、盾で隠そうとした。
俺から、少し距離ができた。
追えば、盾の正面へ入る。
なら。
「ガランさん、右へ撃ちます!」
「空ける!」
盾が寄る。
俺は、斧を振り抜いた。
赤い弧が、盾の外側を抜ける。
守りきれていなかった腕へ、当たった。
オーガの肩が揺れる。
そこへ、カゲロウさんの槍。
俺は、踏み込んだ。
もう一撃。
首の横へ、刃を入れる。
大きな体が、膝をついた。
「離れろ!」
ガランさんの声。
俺たちは、同時に下がった。
オーガが、最後に棍棒を振る。
地面が削れる。
届かない。
振り終えた、その首元へ。
俺は、斧を振り下ろした。
【経験値を獲得しました】
大きな体が、倒れた。
◇
第二侵攻波の撃退が告げられたとき、俺は斧へ手をついて息を整えていた。
【第二侵攻波の撃退を確認しました】
【東門防衛線を維持しました】
周囲から、声が上がる。
でも、俺の返事は少し遅れた。
「……はぁ」
空を見る。
リュカさんが、城壁の内側へ戻っていく。
着陸の合図。
係の人が、道を空ける。
地上では、糸を直す人と、倒れた魔物を片づける人が動き始めていた。
俺も、帰る。
「下がります」
声をかけると、ガランさんが頷いた。
「俺もだ」
イトを呼ぶ。
白い体が、壁際から出てきた。
脚を確かめる。
小さな擦り傷はある。
でも、大きな怪我はない。
「お疲れ様です。今回も、助かりました」
前脚が、俺の指へ乗る。
俺は、その脚を軽く支えた。
それから、残っていた表示を開く。
【種族レベルが上がりました】
【羅刹Lv:27 → 35【UP!】】
【〈斧閃 Lv.1〉を獲得しました】
俺は、数字を見た。
「……三十五」
〈上がったあああ!〉
〈第二波だけで十三!?〉
〈朝から二十二上がってるぞ〉
〈新スキルまで覚えた〉
〈この三日間、どこまで伸びるんだ〉
俺にも、まだ分からない。
ただ、朝にはできなかったことが、今は一つできる。
俺は斧の刃を見た。
そこから離れた、赤い弧。
まだ、短い。
まだ、外す。
でも、明日も、その次も使っていけば。
もっと、届くようになるかもしれない。
「……まずは、ちゃんと戻ります」
俺は表示を閉じた。
門の内側から、手を振る人が見える。
水を持った、リィナさんだった。
その隣には、空の器を重ねているプレイヤー。
さらに向こうでは、修理担当が手を上げていた。
戻る場所は、今日も動いている。
俺は、ガランさんと歩き出した。
イトが、その横をついてくる。
城壁の影へ入ったところで、ゼルガさんの声がした。
「新しいのを、覚えたそうだね」
顔を向ける。
戦槌を肩へ担いだ彼女が、俺の斧を見ていた。
「はい。まだ、近くまでしか届きませんけど」
「十分だ。味方を越えて撃つときは、また練習だね」
「……はい」
ゼルガさんが笑う。
「今は、飯だ」
俺も、頷いた。
できることが増えた分、覚えることも増える。
でも、それは食べてからでいい。
俺は温かい匂いのする方へ、足を向けた。




