↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
63/138

2話 新天地へ

●主人公視点


 はい。旅支度中の修羅です。


 今、目の前には干し肉があります。


 その隣にも、干し肉。


 さらに、少し焦げた干し肉。


「……こっちは、今日食べる分ですね」


〈失敗作を隠すなw〉

〈ちゃんと食うの偉い〉

〈旅に持ってく分は大丈夫?〉


「大丈夫です。たぶん」


 俺は、出来のよさそうなものを持ち上げた。


 薄く切った肉へ塩をすり込み、火から離して、ゆっくり水分を抜いたものだ。


 集落で作り方を聞いて、ガドにも見てもらった。


 そのときの評価は、「長く置くな」。


 ……はい。


 本格的な保存食を作るには、まだ練習が必要らしい。


 とりあえず、今回の旅の最初に食べる分にはなる。


 足りない分は、集落で交換してもらった。


 袋へ、包みを一つずつ入れる。


 干し肉。


 薄いパン。


 小袋の塩。


 香草。


 水筒は二本。


 火起こしに使う道具と、乾いた火口もある。


 紐。


 布。


 簡単な手当てに使うもの。


 それから、肉を切るための、古い牙短剣。


 全部入れると、袋が随分膨らんだ。


「……持つもの、増えましたね」


〈最初、棍棒一本だったのにな〉

〈今は塩まである〉

〈塩の扱いが伝説の素材〉


「大事ですよ。食事の満足度が違うので」


 袋の口を結び、持ち上げる。


 重い。


 ただ、持てないほどではなかった。


 鬼になって、レベルも上がった。


 こういうところでも、ありがたみがある。


 俺は壁へ立てかけていた斧を取った。


 黒角の大戦斧。


 刃を確かめ、柄の付け根を揺らす。


 問題なし。


 短剣も、二本とも抜いて戻した。


 留め紐。


 靴。


 胴当て。


 順番に触り、最後に地図を開く。


 黒角の峡谷から、その先へ伸びる細い道。


 ガドから教わった旧街道。


 先端には、小さな印があった。


【魔都ヴァルグ】


 そこまで、自分の足で歩く。


 俺は表示を閉じ、入口へ顔を向けた。


「……じゃあ、行きましょうか」


 棚の上で、白いものが動いた。


 イトだ。


 手を差し出すと、細い糸を伝って下りてきた。


 前脚が指へ触れる。


 手首。


 腕。


 肩を通り、角の根元へ。


〈乗車完了〉

〈今度は一緒だな〉

〈旅回、楽しみ!〉


「はい。今回は、ちゃんと連れていきます」


 頭の上へ指を近づける。


 小さな脚が、そこへ触れた。


 俺は入口を出る前に、一度だけ振り返った。


 寝床。


 台所。


 壁に掛けた優勝旗。


 奥には、配下の蜘蛛や猪たちがいる。


 管理表示で、配置と指示を確かめる。


 追いかけすぎない。


 侵入した魔物は、決めた範囲で迎え撃つ。


 ガドは協力者として登録してある。様子を見に来てくれるとも言っていた。


「留守、お願いしますね」


 奥から、猪の鼻息が聞こえた。


 返事だったら、うれしい。


 そのあとで地面を掘る音がしたので、俺は少しだけ不安になった。


「……帰ったら、床も確認しましょう」


     ◇


 集落へ寄ると、ガドは入口のそばにいた。


 俺を見る。


 袋を見る。


 斧を見る。


「持ったな」


「はい。言われたものは、だいたい」


「水は」


「二本」


「飯は」


「あります」


 ガドは、袋の結び目へ手を伸ばした。


 軽く引く。


 少し緩んでいた紐が、きゅっと締まった。


「途中で落とすなよ」


「……ありがとうございます」


 俺が礼を言うと、ガドは頭の上へ目を向けた。


 イトが、角の間からこちらを見ている。


「そいつも、落とすな」


「そっちは、かなりしっかりつかまってます」


 配信のコメントが流れる。


〈旅立ち前の点検〉

〈ガドいないと忘れ物しそう〉

〈地図もらった?〉


 俺は、地図をもう一度開いた。


「この橋までは、街道に沿ってですよね」


「ああ。砦を抜けたら、古い石畳を探せ。途中で道が分かれるが、南へ下るな」


 ガドが、指で線をなぞった。


「水場は、こっち。道から少し外れる」


「分かりました」


「ただし、俺が通ったときの話だ。草も崩れた土も、今は違うかもしれん」


 俺は、うなずいた。


 地図がある。


 でも、見なくてよくなるわけじゃない。


 足元も、周りも、自分で確かめる。


 ガドが、俺の斧へ目を向けた。


「ガルゼンには、会っていくんだろ」


「はい。優勝したの、まだ話してないので」


「そうか」


 少しだけ、口元が動いた。


「何を言われたか、帰ったら教えろ」


「……また、構えろって言われそうです」


「だろうな」


 否定されなかった。


     ◇


 東へ向かう道は、もう何度も歩いた。


 最初に岩背猪を倒した岩山。


 棍棒を持って、追いかけ回された場所。


 その先の、岩鱗の谷。


 火喰いの岩場へ近づくと、風に少し熱が混ざった。


 俺は歩きながら、目についたものへ鑑定を使った。


 岩の割れ目に生えた草。


 乾いた木の実。


 遠くで岩へ腹をつけている蜥蜴。


【岩鱗蜥蜴 Lv.44】


【HP:464/464】


 名前と、レベルと、HP。


 相変わらず、それだけ。


「……これ、もう少し分かると助かるんですけどね」


〈鑑定?〉

〈レベル上がれば増えるらしいぞ〉

〈俺、二になったけど説明出た〉


「説明、ですか」


 気になって、近くの草へもう一度使う。


【岩縁草】


 それ以上は、出なかった。


 俺は手を伸ばしかけ、やめた。


 食えるか分からないものを、何となく採る必要はない。


 今は、袋もいっぱいだ。


「……知らないもの、結構ありますね」


 戦う相手の名前が分かる。


 それだけでも、最初は随分助かった。


 でも、旅を始めると、気になるものが増える。


 この草は、何に使えるのか。


 この実は、食えるのか。


 同じ蜥蜴でも、鱗の色が違うのは何なのか。


 俺は足を止め、岩へ落ちていた羽根を拾った。


 灰色。


 先だけ、黒い。


【鳥獣の羽根】


「……鳥獣」


〈大ざっぱw〉

〈落ちてるだけだと分からんのかな〉

〈そのうち分かるだろ。持ってけば?〉


 俺は羽根を一本だけ、袋の脇へ差した。


 先で、同じ鳥を見ることがあるかもしれない。


     ◇


 黒角の峡谷へ入ると、風の音が変わった。


 高い崖の間を抜け、低く鳴っている。


 見慣れた石畳。


 砕けた柱。


 その奥に、砦があった。


 今日は、斧を持った鬼戦士が入口の脇へ立っていた。


 俺を見ると、顔が上がる。


 大戦斧へ、目が向く。


 それから、顎で奥を示された。


 通っていいらしい。


「……どうも」


 頭を下げ、門をくぐる。


〈顔パスになってる〉

〈斧が通行証〉

〈最初、襲われた場所なのにな〉


 俺も、少し不思議だった。


 同じ石壁。


 同じ、大きな鬼。


 でも、今日は斧を構えなくていい。


 中庭には、何本かの丸太が並んでいた。


 刃の跡が、深く残っている。


 その一つを前に、ガルゼンが立っていた。


 別の戦斧を、肩へ担いでいる。


 前にもらった大戦斧より、少し細い。


 それでも、十分でかかった。


「戻ったか」


 こちらへ顔を向ける。


「はい。こんにちは」


「腕試しは、終わったのか」


 俺は、足を止めた。


 少しだけ、背筋を伸ばす。


「……優勝しました」


 ガルゼンの目が、俺へ戻った。


 顔。


 腕。


 手に持つ斧。


 しばらく見てから、短く鼻を鳴らした。


「そうか」


 それだけだった。


 俺は、少し待った。


 ガルゼンも、こちらを見ている。


「……はい」


〈終わり!?〉

〈もっと驚いてくれてもw〉

〈この人はこうだろうな〉


 頭の上で、イトが動いた。


 ガルゼンの視線が、そこへ上がる。


「そいつも出たのか」


「いえ。今回は、俺だけです」


「なら、少しは振れたんだな」


 大きな手が、俺の斧を指した。


「見せろ」


 やっぱり。


 俺は、少し笑ってしまった。


「……そう言われると思いました」


     ◇


 荷物を、中庭の端へ置く。


 イトは、袋の上へ。


 前脚で布を確かめ、そのまま落ち着いた。


 俺は大戦斧を持ち、ガルゼンの前へ出た。


 斜めに振る。


 戻す。


 足を踏み替え、短く横へ。


 もう一度、構える。


 ガルゼンは黙って見ていた。


 俺が斧を下ろすと、自分の斧の柄で床をたたいた。


「足は、前よりいい」


「ありがとうございます」


「ただ、正面に残る」


 俺は、少し黙った。


 バルドとの試合が、頭へ浮かぶ。


 盾と、槌。


 受けて、打って、また受けた。


「……結構、残りましたね」


「だろうな」


 見られていたわけでもないのに、言い切られた。


 ガルゼンが、近くの長い棒を拾う。


 俺にも、一本渡した。


「一つ打ったら、横へ出ろ」


「下がるんじゃなくて?」


「前にいるのに、なぜ遠くへ戻る」


 棒の先が、俺の胸へ向いた。


「相手が振り直す場所から、外れろ」


 俺は、構えた。


 ガルゼンの棒が、落ちてくる。


 斜めに合わせる。


 流す。


 前へ、一歩。


 突く。


 そのまま、右へ。


 脇腹へ、棒が当たった。


「っ!」


「そっちは、まだ俺の前だ」


〈厳しいw〉

〈大会優勝しても通常営業〉

〈先生、容赦ない〉


「……お願いします。もう一回」


     ◇


 今度は、足だけを動かさなかった。


 相手の肩を見る。


 棒を外す。


 前へ。


 打つ。


 そこから、相手の脇へ回る。


 ガルゼンの体が、こちらへ向いた。


 棒が戻る。


 俺はさらに半歩出た。


 目の前を、先端が抜ける。


「……お」


「止まるな」


 すぐ、反対側から来た。


 肩へ当たる。


 痛い。


 でも、さっきより一つ避けた。


 何度か繰り返す。


 受け流し。


 踏み込み。


 打った後に、横へ。


 頭では分かる。


 でも、当てたと思うと、そこで足が止まりやすい。


 ガルゼンは、そのたびに棒を返してきた。


「今ので倒れん相手なら、どうする」


「……次が来ますね」


「なら、動け」


 俺は、うなずいた。


 勝つための一撃を出す。


 でも、それで終わらなかったときの場所も、残す。


 レオンは、ずっとやっていた。


 俺が斧を戻すころには、もう横にいた。


 思い出しながら、もう一度踏み込んだ。


     ◇


 短い稽古を終え、水を飲む。


 ガルゼンは、まだ息も乱していなかった。


 俺は少し迷い、首飾りへ触れた。


「そういえば、これ。もう一つ、開いたんです」


 ガルゼンの目が、首元へ向く。


「見せろ」


「……使って、大丈夫ですか」


「俺へ向けろ。そいつには当てるな」


 顎が、袋の上のイトを指した。


 俺はイトを受け取り、中庭から少し離れた入口の石段へ移した。


 戻って、ガルゼンと向き合う。


「では、少しだけ」


 息を吸う。


「〈鬼王の威圧〉」


 赤黒い光が、足元から広がった。


 砂が、外へ流れる。


 ガルゼンの目が、細くなった。


 肩が、わずかに沈む。


 でも、足は動かなかった。


 そのまま、俺を見ていた。


 効果が抜ける。


 静かになった中庭で、ガルゼンが口を開いた。


「……その力まで、出したか」


 俺は、顔を上げた。


「知ってるんですか?」


 ガルゼンは、首飾りを見た。


 長い間ではなかった。


 でも、何かを確かめるような目だった。


「どこで、出た」


「龍と、戦ってるときです」


 大きな鬼の顔が、こちらへ戻る。


「龍」


「はい。幼龍って、出てました」


 ガルゼンが、低く息を吐いた。


 少しだけ、笑ったように見えた。


「……忙しい腕試しだったな」


〈それは本当にそう〉

〈先生、何か知ってるぞ〉

〈首飾りの話もっと聞いて!〉


 俺も、聞きたかった。


 でも、ガルゼンの棒が、俺の脇を軽くたたいた。


「力が増えても、ここは空く」


「……はい」


「怯まん相手にも、同じように入るなよ」


 レオンを、思い出す。


 威圧を受けても、足を残した相手。


 その剣が、胸へ返ってきた。


 俺は、首飾りから手を離した。


「覚えておきます」


 ガルゼンは、うなずいた。


 それ以上、首飾りの話はしなかった。


     ◇


 砦を出る前に、地図を見せた。


 ヴァルグへ向かうと伝えると、ガルゼンは道の途中を指した。


「ここは、道が崩れてる。斜面の下へ回れ」


 ガドから教わった線へ、新しい印が入る。


【ガルゼンから地図情報を取得しました】


【旧街道・崩落地点の情報を更新しました】


 俺は、少し身を乗り出した。


 同じ道。


 でも、知っていることは違う。


「助かります。ありがとうございます」


「あと、草の深いところで鳥の声がしたら、横を見ろ」


「鳥?」


「脚の長いやつだ。前だけ追うと、蹴られる」


 俺は、袋に差していた羽根を出した。


「……これですかね」


 ガルゼンが見る。


「ああ。それだ」


 さっき拾った、灰色の羽根。


 先だけ、黒い。


 俺は羽根をしまい直した。


「分かりました」


「肉は食える。筋は取れ」


「……ありがとうございます」


〈食材情報まで来た〉

〈ガルゼン、料理も教えてくれる〉

〈肉は薄く、筋は取れ〉


 ガルゼンは、入口の脇へ立った。


 俺が荷物を担ぐと、斧へ目を向ける。


「振って、戻せ」


 最初にも言われた言葉だった。


 今は、その先も少し分かる。


「……足も、残します」


 ガルゼンが、短くうなずいた。


 俺はイトを頭へ戻し、砦の奥へ続く道へ足を向けた。


     ◇


 砦を抜けた先で、景色が変わった。


 今まで歩いていた谷は、石と乾いた土が多かった。


 こちらは、草が深い。


 崖の間が少しずつ開け、風が広く通っている。


 足元には、割れた石畳。


 その隙間から、細い草が伸びていた。


 地図を開く。


 自分の印の周りで、黒い部分が少しずつ消えていく。


 道の線。


 低い丘。


 岩の集まり。


「……本当に、歩いた分だけですね」


〈地図開くの気持ちいいな〉

〈寄り道したくなる〉

〈あっちの岩の裏も見たい〉


「分かります。……ただ、今日は道を外れすぎないようにします」


 ヴァルグは、まだ先だ。


 最初の一日から、違う方向へ行きたくない。


 俺は、道端の石柱へ近づいた。


 上の部分が折れている。


 表面には、文字らしいもの。


 苔と土で、よく見えなかった。


 手で少し払う。


「〈鑑定〉」


【風化した道標】


 それだけだった。


 読めるようには、ならないらしい。


「……便利だけど、何でもではないですね」


 道標を離れ、また歩く。


 岩の根元に、赤い実。


【赤粒の実】


 草の間に、大きな茸。


【灰傘茸】


 拾った羽根。


【鳥獣の羽根】


 名前を知るたび、気になることが増えていった。


 食えるのか。


 売れるのか。


 道具に使えるのか。


 俺は立ち止まり、赤い実をもう一度見た。


 少し先にも、同じものがなっている。


 今度、誰かへ聞いてみよう。


     ◇


 しばらく進むと、風に混じって音がした。


 こつ。


 こつ、こつ。


 石をたたくような、乾いた音。


 俺は足を止めた。


 イトが、頭の上で体を動かす。


 前方。


 草の間に、細い首が見えた。


 鳥だった。


 ただし、知っている鳥よりずっと大きい。


 灰褐色の羽毛。


 小さな頭。


 胴体の下から伸びる、長い脚。


 背丈は、俺と同じくらいだろうか。


 片脚で地面を掻き、何かを探している。


「……あれですね」


 ガルゼンが言っていた、脚の長い鳥。


 俺は斧を下ろし、周囲を見る。


 草が深い。


 奥のほうまでは、見えない。


 まず、確かめよう。


「〈鑑定〉」


【鎌脚鳥 Lv.42】


【HP:620/620】


 文字が浮かんだ。


 その直後、もう一つ。


【〈鑑定〉のレベルが上がりました】


【鑑定 Lv.1→Lv.2【UP!】】


「……お?」


〈来た!〉

〈鑑定上がった!〉

〈ずっと使ってたもんな〉


 俺は一度表示を閉じ、もう一度、鳥へ視線を向けた。


「〈鑑定〉」


 今度は、文字が増えた。


     ◇


【鎌脚鳥 Lv.42】


種族:鳥獣

HP:620/620


【特徴】


飛翔能力を持たない大型の鳥獣。脚力と跳躍力に優れ、湾曲した爪で獲物を引き裂く。複数で行動する個体もいる。


【主な素材】


・鎌脚鳥の爪

・鎌脚鳥の腱

・鎌脚鳥の羽毛

・鎌脚鳥の肉


     ◇


「……すごい。説明、出ましたね」


 俺は、少しだけ表示へ顔を近づけた。


 名前と、数字だけじゃない。


 どんな魔物なのか。


 何が取れるのか。


 ちゃんと、書いてある。


〈情報増えたああ!〉

〈種族欄もある!〉

〈鑑定二でそこまで分かるのか〉

〈俺も上げたい〉

〈素材一覧、ありがたすぎる〉

〈待って、複数〉

〈周り見ろ修羅!〉


「はい。そこ、気になりました」


 表示から、目を離す。


 鳥は、まだ地面を掻いている。


 その後ろ。


 少し離れた草が、不自然に揺れた。


 細い頭が、もう一つ上がる。


 こちらを、見ていた。


「……いますね。もう一匹」


〈いた!〉

〈先に分かるの助かる〉

〈鑑定、優先して上げるわ〉

〈でも上がった瞬間に事故るなよw〉


「大丈夫です。まだ、近づきません」


 俺は半歩、下がった。


 頭の上からイトを受け取り、手へ移す。


 その間に、素材欄をもう一度読んだ。


 爪。


 腱。


 羽毛。


 肉。


〈腱、欲しい〉

〈弓弦に使えるか調べたい〉

〈爪、短剣にできそうだな〉

〈羽毛、傷つけずに取ってくれ〉

〈生産職、一気に元気になった〉

〈肉〉

〈意思表示が短いw〉


「……用途までは、出ないですね」


 表示を動かす。


 今の段階で分かるのは、主な素材まで。


 爪をどう加工するか。


 腱を何に使うか。


 そこは、まだ自分で調べたり、知っている人へ聞いたりする必要がありそうだった。


 肉も、食えるとは書いていない。


「倒した後で、もう一回見てみましょう」


〈珍しく慎重〉

〈台所持ちは違うな〉

〈肉がある=食えるとは限らんか〉

〈まず倒そう〉


「ですね」


 俺は、イトを足元の平たい岩へ下ろした。


 少し離れた、二つの岩の間を指す。


「イト。あっちへ、糸をお願いできますか」


 前脚が、岩の表面へ触れる。


 それから、小さな体が地面へ下りた。


 草の下へ、消える。


 俺は袋を下ろし、道の端へ寄せた。


 身軽になってから、斧を構える。


 新しい魔物。


 動きは、まだ知らない。


 大会で勝ったからといって、最初から分かるわけではない。


「……では、行きましょうか」


     ◇


 近づくと、手前の鳥が顔を上げた。


 小さな目。


 細い嘴。


 その顔が、ゆっくり横へ傾く。


 俺も、足を止めた。


 向こうの鳥が、歩く。


 右へ。


 二匹の距離が、少し開いた。


 囲むつもりだろうか。


 俺は、草の薄い道へ下がった。


 鳥たちは、ついてくる。


 羽毛が膨らんだ。


 見た目が、一回り大きくなる。


 その下で、脚が動いた。


 速い。


 手前の一匹が、跳んだ。


「っ!」


 斜めに、こちらへ。


 持ち上がった脚の内側に、大きな爪があった。


 湾曲した、黒い刃。


 鎌脚鳥。


 なるほど。


 俺は横へ動き、斧を短く振った。


 胴へ。


 刃が、羽毛を切る。


 軽い感触。


 体には、深く入らなかった。


「……遠い?」


 羽毛のぶん、胴体が大きく見えていた。


 鳥が着地する。


 そのまま、脚が跳ね上がった。


 爪が、俺の脇へ来る。


 俺は柄を下ろし、外へ流した。


 硬い音。


 足の力が、思ったより強い。


 腕が、少し持ち上がる。


 その奥で、二匹目が走った。


     ◇


 横から、細い頭が近づく。


 俺は追撃をやめ、後ろへ下がった。


 嘴が、顔の前を通った。


 脚。


 また、爪。


 右。


 左。


 二匹は、同じところから来ない。


 手前を見ていると、もう一匹が横へ入る。


「……忙しいですね」


〈二匹いると厄介だな〉

〈胴、見た目より小さいのか〉

〈脚長いから間合い広いぞ〉


 返事はしなかった。


 今は、目を離したくない。


 俺は、二つの岩のほうへ動いた。


 イトが向かった場所。


 手前の鳥が追う。


 二匹目は、外へ回ろうとした。


 その脚へ、糸がかかる。


 細いものが、ぴんと張った。


 鳥が、片脚を引く。


 糸が伸びる。


 切れる前に、動きが止まった。


 ほんの、一瞬。


 俺は、手前の一匹へ向き直った。


 まず、一匹。


     ◇


 鳥が、また跳んだ。


 今度は、真横。


 こっちの斧を外し、脇へ回るつもりだ。


 俺は、振らなかった。


 顔ではなく、脚を見る。


 長い指が、地面へ向く。


 着くところ。


 そこへ、一歩。


「〈踏み込み〉!」


 鳥の目が、こちらへ向いた。


 脚が伸びる。


 蹴り。


 俺は斧の柄を立て、爪の根元へ合わせた。


「〈受け流し〉!」


 切っ先が、脇の外へ抜ける。


 体は、正面へ残さない。


 打ったら、横へ。


 ガルゼンの声を思い出しながら、足を動かした。


 鳥の脚が、伸びきる。


 その付け根へ、斧。


 羽毛ではなく、実際の体があるところ。


 刃が、入った。


 重い感触。


 鳥が、鋭く鳴く。


 俺は抜いた。


 そのまま、横へ。


 もう片方の爪が、さっきまで俺がいた場所を切った。


「……よし」


 避けた。


 当ててから、ちゃんと。


 鳥の片脚が、沈んだ。


 踏み直せない。


 俺は斧を戻し、反対側へ回った。


 短く、もう一撃。


 体が、道へ倒れる。


 動きを見て、少し離れる。


 脚が一度、大きく伸びた。


 それから、止まった。


【経験値を獲得しました】


【〈喰命〉が発動しました】


 俺はすぐ、もう一匹を見た。


     ◇


 糸は、切れていた。


 二匹目が、こちらへ向いている。


 脚の先に白いものが残っていた。


 イトは、岩の陰。


 無事そうだ。


 俺は、鳥との間へ出た。


「……次ですね」


 鳥が、鳴いた。


 羽毛が、膨らむ。


 でも、今度は一匹だ。


 俺は地面を見る。


 小石。


 草の根。


 左側に、少し低いところ。


 鳥の脚が動く。


 横へ跳ぶ。


 俺は、追わずに向きを変えた。


 着地した体が、少し沈む。


 次の蹴り。


 柄で、外へ。


 今度は、力の向きが分かりやすかった。


 脚を止めようとしない。


 そのまま、横へ流す。


 鳥の体が、わずかに回る。


 背中。


 首の付け根。


 俺は、斧を肩の横へ置いた。


「〈鬼装〉」


 赤い光が、刃先へ走る。


 振る。


 硬い羽根の下へ、刃が通った。


 鳥の体が、前へ傾いた。


 抜く。


 戻す。


 その間に、足も外へ。


 爪が届かない位置へ、出る。


 鳥は起き上がろうとした。


 でも、片脚がもつれた。


 俺は深く息を吐き、最後の一撃を入れた。


【経験値を獲得しました】


 動きが止まる。


 俺は、斧を下ろした。


     ◇


「……倒せましたね」


 鬼装を解除する。


 周りを見る。


 草の奥。


 岩の向こう。


 ほかに、頭は上がらない。


 少し待ち、ようやく息を整えた。


〈お疲れ!〉

〈新しい魔物、面白い動きだったな〉

〈最初、羽毛に騙された〉

〈横へ抜けてた!〉

〈ガルゼンの稽古、早速生きたな〉


「ですね。……同じところに残ってたら、結構蹴られてたと思います」


 俺は脇腹の防具を見た。


 最初に爪がかすめた跡が、浅く残っている。


 深くはない。


 でも、当たり方が違えば危なかった。


 岩陰から、イトが出てきた。


 俺は斧を地面へ置き、しゃがむ。


 手を差し出す。


「助かりました。二匹目、止めてくれて」


 前脚が指へかかる。


 小さな体が、手のひらへ乗った。


 俺は顔へ近づけすぎないようにして、少し持ち上げる。


「いい仕事でしたね」


〈イトお疲れ!〉

〈久しぶりの連携いいな〉

〈大会出られなかった分、働いてる〉


 イトは俺の親指へ触れ、そのまま手首へ進んだ。


 褒められているかどうかは、分かっていないかもしれない。


 それでも、ちゃんと帰ってきてくれた。


 俺は肩へ移し、倒れた鳥へ目を向ける。


「……では、素材ですね」


     ◇


 まず、爪。


 脚の内側にあるそれは、近くで見るとさらに大きかった。


 黒く、湾曲している。


 先端を指で確かめるのは、やめておいた。


 見れば、鋭いのは分かる。


「〈鑑定〉」


【鎌脚鳥の爪】


【硬く湾曲した鳥獣の爪。刃物などの素材として利用される】


「……素材にも、説明出ますね」


〈それ欲しい!〉

〈短剣にできそう〉

〈湾曲してるの、どう使うか楽しみだな〉

〈ロックに聞こう〉


 俺は、採り方を少し考えた。


 無理に根元から折って、傷めたくない。


 関節の位置を確かめ、古い牙短剣を使う。


 急がず、少しずつ。


 爪を外し、布へ包んだ。


 次は、羽毛。


【鎌脚鳥の羽毛】


【保温性のある羽毛。衣類や寝具などに利用される】


「……寝具」


 手が、止まった。


 俺の寝床。


 今も、草を詰めた敷物が中心だ。


 悪くはない。


 でも、羽毛。


〈今、顔変わったw〉

〈分かりやすい〉

〈椅子より先に寝床更新か〉


「結構、大事ですよ。寝心地」


 傷んでいないものを選び、別の袋へ。


 持ってきてよかった。


 旅に出ると、荷物は増える。


 出発前から、分かっていたはずなのに。


 俺は膨らみ始めた袋を見て、少し笑った。


 腱は、取るのが難しかった。


 ガルゼンの言葉を思い出し、脚の筋を確かめる。


【鎌脚鳥の腱】


【弾力と強度を持つ繊維質の素材。加工には下処理が必要】


「下処理、ですか」


〈勝手に乾かす前に聞いたほうがいい〉

〈余計な肉残ってると傷むぞ〉

〈分からないなら持ち帰って職人へ〉


「そうします。全部は、今やらなくていいですね」


 食べる分。


 運ぶ分。


 残りをどうするかも、考える必要があった。


 ダンジョンの中なら、吸収してポイントへ変えられる。


 でも、ここは俺の拠点ではない。


 何でも持っていけるわけではなかった。


 俺は使う分をまとめ、残りは街道から離れた場所へ寄せた。


 水場の近くや、休む場所には置かない。


 血の匂いを残したところで、そのまま飯を食うつもりもなかった。


     ◇


 少し先へ進むと、風を避けられる岩陰があった。


 周りは、短い草。


 地面は乾いている。


 上に、崩れそうな石もない。


 俺はしばらく周囲を見てから、荷物を下ろした。


「……ここで、休憩しましょう」


〈飯だ!〉

〈待ってました〉

〈まず肉の鑑定な〉


「分かってますよ」


 取り分けた肉を、布の上へ置く。


 色は、赤い。


 脚の肉は、筋が何本も走っていた。


「〈鑑定〉」


【鎌脚鳥の肉】


【食用となる鳥獣の肉。脂は少なく、脚の肉は筋が多い。十分に加熱して食べられる】


 俺は、表示を読んだ。


 もう一度。


「……食べられますね」


〈公式に食える判定出た〉

〈鑑定二、最強〉

〈急に評価跳ね上がったw〉

〈狩りと料理がつながったな〉


 食えると分かる。


 それだけでも、かなりありがたい。


 初めて見る魔物だ。


 見た目が鳥だからといって、同じように食えるとは限らない。


 俺は、袋から塩を出した。


 小さな袋。


 それを、配信用の視点へ少し持ち上げる。


「今日は、あります」


〈塩!〉

〈文明!〉

〈台所の外へ文明が出た〉


「……ただの塩ですよ」


 言いながら、少し得意だった。


     ◇


 まず、火。


 今回は、最初のときとは違う。


 乾いた火口。


 細い枝。


 その上へ、少し太いもの。


 風が入る向きを確かめ、火打ち道具を使う。


 一度では、つかなかった。


 二度。


 三度。


 小さな赤色が残る。


 息を、弱く送った。


 煙。


 少しして、炎が上がった。


「……よし」


〈成長したな〉

〈前はここだけで配信一本だった〉

〈火起こし完走した俺、少し寂しい〉


「俺は、かなりうれしいです」


 枝を足す。


 炎が落ち着くまで、肉を切る。


 薄く。


 筋は、見える分を取り除く。


 ガルゼンの言葉どおりに。


 ただ、全部きれいには取れなかった。


 俺は少し迷い、切る向きを変えた。


 筋へ沿って長く残さないよう、短く切り分ける。


「……こんな感じですかね」


〈前より包丁の使い方いいぞ〉

〈その肉、薄いところと厚いところある〉

〈厚いやつは端へ分けて焼こう〉


「はい」


 塩を、少し。


 香草も、少し。


 つけすぎても、戻せない。


 串へ刺し、火のそばへ置いた。


 すぐには、炎へ近づけない。


 肉の表面が、ゆっくり色を変える。


 かすかな脂が、光った。


 匂いが、上がってくる。


「……鳥ですね」


〈そりゃ鳥だからなw〉

〈何となく言いたいことは分かる〉

〈腹減ってきた〉


 俺は串を回した。


 表。


 裏。


 端が焦げそうなら、少し離す。


 厚いものは、火の弱い側へ置く。


 待つ。


 狩りの直後に、この時間がある。


 周りの風を聞きながら、肉の色を見る。


 それが、結構好きだった。


     ◇


 イトには、味をつけていない分を用意した。


 火から下ろし、十分に冷ます。


 小さく切って、平たい器へ。


 俺の足元で、前脚が動いた。


「待ってくださいね。まだ、熱いです」


〈ちゃんと待ってる〉

〈旅先でも待遇いい〉

〈今日の功労者だからな〉


 俺は自分の串を取った。


 肉を一つ、端から割る。


 中を、見る。


 まだ少し、色が違った。


「……もうちょっとですね」


 火へ戻す。


 焦らない。


 せっかく鑑定に、十分加熱しろと書いてあったんだ。


 その言葉は、守っておこう。


 少し待って、もう一度。


 今度は、中まで変わっていた。


 息を吹きかける。


 口へ。


「熱っ」


〈学習しろw〉

〈優勝しても熱いものは熱い〉


 口を開け、少し冷ます。


 それから、噛んだ。


 硬い。


 でも、脂っこくはない。


 噛むと、肉の味が出る。


 塩も、ちゃんと分かる。


 香草の匂いが、鼻へ抜けた。


「……うま」


 思わず、もう一口。


 噛む。


 少し、長く噛む。


 ……噛む。


「筋、ありますね」


〈説明どおりw〉

〈ガルゼン先生も言ってた〉

〈取りきれてないな〉


「……次は、もう少しうまくやります」


 飲み込み、水を飲む。


 硬い。


 そこは、認める。


 でも、うまい。


 初めて倒した魔物。


 初めて取った素材。


 その肉を、自分で焼いて食う。


 何となく、今日の道が自分のものになった気がした。


     ◇


 イトの器を置くと、小さな体が近づいた。


 前脚で肉へ触れる。


 少し待つ。


 それから、食べ始めた。


 俺も次の串を取った。


 薄いパンを、少し火であぶる。


 焼いた肉を挟む。


 かじる。


「……これも、いいですね」


〈塩とパンあるだけで違うな〉

〈旅飯だ〉

〈初日の生兎から遠くまで来た〉


 俺は、手元のパンを見た。


 あのときは、とにかく腹を満たしたかった。


 今は、どう食べるかを考えられる。


 道具が増えた。


 教えてくれる人も増えた。


 ガド。


 職人。


 ガルゼン。


 大会で知り合った人たちもいる。


 自分一人で全部分かったわけじゃない。


 今日の鳥だって、最初に注意を聞いていた。


 鑑定で、二匹いるかもしれないと分かった。


 イトが、一匹を止めてくれた。


 そのうえで、俺が斧を振った。


「……いい一日ですね」


〈まだ町着いてないぞw〉

〈でもいい一日だな〉

〈次は煮込みにしよう〉


「そうですね。脚の肉は、煮たいです」


 鍋。


 小さくて、旅へ持っていけるもの。


 また欲しいものが、一つ増えた。


     ◇


 食事を終え、火の始末をする。


 燃え残りを広げ、熱が残っていないか確かめる。


 水を少し使い、最後に土も寄せた。


 使った器を拭き、袋へ。


 肉と素材は、包みを分ける。


 爪は、布で厚く巻いた。


 袋の中を突き破られても困る。


「……来たときより、膨らみましたね」


〈知ってた〉

〈まだ初日だぞ〉

〈羽毛、結構場所取るな〉


「軽いんですけどね。かさばります」


 袋を持ち上げる。


 背負う。


 紐の位置を直して、斧を取った。


 イトを、手のひらへ。


 肩へ移すと、そのまま頭へ登ってきた。


「落ち着きました?」


 返事は、ない。


 角の根元で、小さな脚が止まる。


 いつもの重さ。


 俺は地図を開いた。


 黒かったところに、少しだけ色がついている。


 古い道標。


 鳥を見つけた草地。


 休んだ岩陰。


 自分で歩いた記録が、道の周りへ残っていた。


 俺は草地の近くへ、印をつける。


【鎌脚鳥を二匹確認】


【草が深い。横からの接近に注意】


 もう一つ、休んだ場所へ。


【風を避けられる岩陰】


 ただし、今日そこへ魔物がいなかっただけだ。


 安全な場所だと、言い切るつもりはなかった。


「……こういうのも、残しておきましょう」


〈助かる〉

〈後から来る人の情報になるな〉

〈食用、も書いといて〉


 俺は少し笑い、鳥の印へ説明を足した。


【肉は食用。筋が多い】


〈大事な情報〉

〈次の旅人、献立決まる〉


 表示を閉じる。


 道の先で、草が風に揺れていた。


 その向こうには、まだ見ていない橋。


 さらに先に、魔都ヴァルグ。


 店。


 職人。


 いろんな種族。


 今日取った爪や腱を見せたら、何て言われるだろう。


 肉の焼き方も、もう少し教わりたい。


 俺は、歩き始めた。


「……では、続きですね」


 足元で、石畳が小さく鳴る。


 頭の上では、イトが一度だけ脚を動かした。


 黒い地図の中へ、俺たちの道が少しずつ伸びていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。