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42.5話 世間の反応

閑話 大会の翌日


●とある高校生視点


「昨日の決勝、見た?」


 教室へ入ると、いつもの挨拶より先に聞かれた。


 友人の机には、スマホが置かれている。


 画面の中で、白い斬撃と赤い衝撃がぶつかった。


「ああ、見た。最後まで」


「俺、寝る前にもう一回見たんだけどさ。あそこ、何が起きてるか一回じゃ分かんなくない?」


「現地の配信だと、障壁が光って何も見えなくなってたな」


「そう、それ!」


 友人が画面を止めた。


 光の向こうに、大戦斧を持った鬼がいる。


「修羅だっけ。この人、前から有名だったの?」


「俺は火起こしの動画で知った」


「火起こし?」


「木、こすってた」


 友人は、もう一度画面を見た。


 さっきまで龍を倒し、聖騎士と打ち合っていた鬼。


 その顔を拡大してから、こちらを見る。


「……同じ人?」


「同じ人」


「それ、後で送って」


 スマホをしまいかけたところで、隣の席から声がした。


「俺も欲しい」


 振り向く。


 普段、ゲームの話にはあまり入ってこないやつだった。


「お前、見てたの?」


「大会は、最後だけ。姉ちゃんがテレビで見てた」


 少し照れたように笑う。


「蜘蛛を頭に乗せる人でしょ?」


 俺と友人は、同時にうなずいた。


     ◇


●とある会社員視点


 昼休み、弁当のふたを開けたところで、向かいの先輩がスマホを見せてきた。


「これ、昨日のやつ?」


 画面には、修羅の大戦斧。


 その前で、レオンが光の盾を出している。


「そうです。決勝ですね」


「やっぱり。朝、ニュースの特集でちょっと流れててさ」


 先輩は、画面を自分へ戻した。


「昔のゲームって、剣振ると決まった動きするじゃん。これ、全部自分でやってんの?」


「スキルの補助はあるみたいですけど、動くのは自分ですね」


「そりゃ大変だな……」


 箸を持つ手が、少し止まる。


「俺、あの剣の人みたいに動ける気しないわ」


「私も無理です」


 即答すると、先輩が笑った。


 そこへ、隣でパンを食べていた同僚が口を挟む。


「でも、料理とか店もできるんでしょ?」


「できますよ。昨日も、会場で商売してる人いました」


「そっち面白そうなんだよな。動画で、店員と材料の相談してた」


 先輩が、意外そうにそちらを見た。


「お前も見てたの?」


「嫁が見てたんで。一緒に」


 同僚は、パンの袋を畳んだ。


「優勝した人、賞品で台所選んだじゃないですか。あそこで嫁が笑って、最初の動画から見始めてました」


 先輩が、もう一度スマホを開く。


「……修羅、だったな」


 名前を打ち込む指が、少しゆっくりだった。


     ◇


●とある家庭


「お父さん、角つけて」


「今、洗い物してる」


「じゃあ、終わったら」


 娘は、紙を丸めて作った二本の角を持っていた。


 昨日までは、工作の箱に入っていた色紙だ。


 今朝には、鬼の角になっていた。


 ソファでは、妻がテレビの動画を止めている。


「斧は作らないでね。家の中では危ないから」


「じゃあ、これ」


 娘が持ち上げたのは、丸めたタオルだった。


 その上に、小さな蜘蛛の絵が貼ってある。


 父親は、洗った皿を置いた。


「……イト?」


「うん」


 妻が笑いをこらえながら、スマホを構える。


「優勝報告、お願い」


 父親は濡れた手を拭き、渡された角を頭へ乗せた。


 その間へ、タオルの蜘蛛。


 娘が、満足そうにうなずく。


「ただいま、って言って」


 父親は一度だけ、テレビの中の鬼を見た。


 あれだけ派手な大会を見たのに、娘が一番覚えていたのは、帰宅したところらしい。


「……ただいま」


 娘が、声を上げて笑った。


     ◇


●アビス・フロンティア・オンライン運営会社

 大会翌日・社内会議


 会議室の大きな画面に、時間帯別の視聴者推移が映っていた。


 予選第四組で、線が大きく上がる。


 準決勝。


 そして、決勝。


 最後の山は、表彰式が終わるまで緩やかに続いていた。


「想定を上回りました」


 広報担当が、資料を送った。


「公式配信だけでなく、選手側の配信から来た方も多いです。大会告知への流入元も、ゲーム関連以外が増えています」


「決勝の切り抜きですか」


「それが最大です。ただ、その後の流れが少し特徴的で」


 次の画面へ切り替わる。


 大会映像から選手のチャンネルへ。


 そこから、過去の配信へ。


「戦闘を見た方が、初期の探索や制作、食事の動画まで見ています。特に修羅選手は、古い配信の再生が伸びています」


 会議室の端で、担当者が短く笑った。


「火起こしですね」


「はい。あと、防具を脱げなくなった回です」


 何人かの顔が緩んだ。


 広報担当は、そのまま続ける。


「正式サービスの事前登録と、ネクサスの対応確認ページへのアクセスも増えています。購入前の問い合わせは、戦闘以外の遊び方に関するものが目立ちました」


「たとえば?」


「商売はできるか。料理だけでも遊べるか。人間以外の姿で、町を利用できるか。会場の交流配信が、かなり効いています」


 販売担当が、手元の数字を確かめた。


「大会前の数日と比較して、予約も上向いています。ただ、大会だけの効果とまでは切り分けられません。リリース日の告知とも重なっていますので」


 責任者は、うなずいた。


「そこは、混ぜずに見よう。視聴が増えたことと、実際に始めてくれることは別だ」


 画面の端には、正式サービス開始までの残り時間が表示されていた。


     ◇


 次に発言したのは、開発側の担当者だった。


「対戦データとしても、収穫はありました」


 予選第三組の全体図が出る。


 二か所へ、選手の位置が集まっている。


「まず、極端な共闘です。現行ルールでは違反ではありません。ただ、次回も同じ形式にするなら、参加者の納得感は検討が必要です」


「終了判定もですね」


「はい。同時撃破で通過人数を下回った件は、説明をもっと事前に分かりやすく出せます」


 今度は、決勝の映像。


 赤と白の光がぶつかり、客席前の障壁が輝いた。


 会議室の空気が、少し引き締まる。


「観客保護は、想定どおり動作しています。余波も破片も、客席へは通っていません」


「演出的には、かなり派手でしたね」


「ええ。ただ、何も見えなかったという声はあります。現地観戦と配信映像、両方の見やすさを確認します」


 責任者が、修羅とレオンの静止画を見た。


「聖騎士と、首飾りの解放は?」


「どちらも正規条件です。修羅選手の第三封印も、龍との対峙と攻撃行動を確認しています」


 担当者は、記録を一つ開いた。


「プレイヤー側で、条件と出会う順番が違います。今回は、それが大会中に重なりました」


 広報担当が、ペンを置く。


「宣伝用に、再現をお願いすることはできますか」


「表彰やインタビューなら相談できますが、覚醒の瞬間を同じ形で再現するのは難しいですね」


 責任者は、少し笑った。


「だから、見てもらえたんだろうな」


     ◇


●とある小さな配信事務所


 担当者は、画面を二つ並べていた。


 一方には、修羅の決勝戦。


 もう一方には、ダンジョンの入口で鍋の置き場所を考える配信予定の告知。


「……この落差、強いな」


 隣の社員が、登録者数の推移を見ていた。


「大会前に二万人を超えたばかりですよね」


「うん。今は更新するたび増えてる」


「声をかけます?」


 担当者は、すぐには答えなかった。


 プロフィール。


 配信の概要。


 連絡先の有無を確認する。


「まず、本人が何をしたい人なのか見よう。配信を始めて、まだ長くない」


 画面の中で、修羅がイトへ手を差し出した。


 蜘蛛が、その指へ乗る。


「戦闘だけ切り出すと、全然違う売り方しそうになりますね」


「そこは、間違えないほうがいい」


 担当者は決勝の映像を止め、過去の配信一覧へ戻った。


 上から順番に見ていくつもりだったが、総時間を見て少し黙った。


「……まず、火起こしからにするか」


     ◇


●とあるβテスター視点


 鍛冶場へ入ると、親方が金床の前にいた。


 俺は昨日買った素材を台へ置き、会場で交換した連絡先を開く。


 知らない地域の採掘プレイヤー。


 革細工の人。


 護衛を引き受けてくれそうな槍使い。


 大会へ行く前には、誰の名前も知らなかった。


 今は、次に何を作るか相談できる。


 通知が鳴った。


『修羅の斧、見た?』


 採掘の人からだった。


 俺は、すぐに返した。


『見た。あれ受ける盾作れって言うなよ』


 返事は、早かった。


『違う。柄に使えそうな鉱石見つけた』


 添えられた画像を開く。


 黒い石。


 細い金属の筋が、表面に走っている。


 俺は画像を拡大した。


 横から親方が覗き込む。


「何だ、それは」


「大会で知り合った人が、見つけたそうです」


「持ってこられるのか」


「……そこは、これから相談します」


 親方が、鼻を鳴らした。


「なら、まず道を聞け」


 俺はメッセージを打ち始めた。


 昨日の大会は終わった。


 でも、昨日できた話は、今日も続いていた。


     ◇


●柊圭斗視点


 スマホが、また震えた。


 俺は布団の上で、画面を見る。


 配信へのコメント。


 チャンネルへの登録通知。


 昨日まで見たことのない名前が、次々に並んでいる。


「……ええ?」


 更新する。


 数字が変わる。


 もう一度、更新する。


 また増えた。


 怖くなって、いったん閉じた。


 机へ置こうとして、別の通知に気づく。


 学校の友人からだった。


『昨日の大会見た?』


 俺は、指を止めた。


 その下に、動画。


 斧を振っている、俺。


『この修羅って人、やばくない?』


 しばらく、画面を見た。


 ゲームの中の顔は、現実の俺とは違う。


 体も、声も、普段とは少し違う。


 名前も出していない。


 だから、気づかれてはいないらしい。


 返信欄へ、文字を打つ。


『見た。すごかったね』


 送信する。


 自分で書いておいて、ちょっと落ち着かない。


 すぐに返事が来た。


『火起こしの動画も見て』


 俺は、スマホを伏せた。


「……そっちまで、行ったか」


 天井を見る。


 昨日、戦った人たちの名前が、あちこちで話されている。


 レオン。


 リュカ。


 セレネ。


 ロック。


 そして、修羅。


 それが俺だという実感は、まだ少し薄い。


 でも、会場で握手した人の顔は覚えている。


 勝ったとき、立ち上がってくれた人たちも。


 スマホを持ち直し、届いたコメントを一つ開いた。


『大会から来ました。正式リリース後の探索も楽しみにしています』


 俺は、ゆっくり読み返した。


 次も、見てくれる。


 大会だけじゃなく、その後も。


「……じゃあ、まず台所ですね」


 口に出すと、ようやくいつもの予定に戻った気がした。


 斧を振る練習もしたい。


 首飾りの説明も、ちゃんと読みたい。


 でも、その前に。


 俺はスマホのメモへ、買うものを書き足した。


 塩。


 香草。


 鍋で煮られそうな野菜。


 初代闘技王の翌日は、献立を考えるところから始まった。

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