4話 はじめての食事
●主人公視点
はい。岩背猪倒してフラフラな修羅でーす。
今は、休憩中ですが、ふと思いついたことがあり準備をしてます。
何を言いましょう。食事です!
猪なんですよ!
食えるんですよ!
昨日の兎も生でかじったりしましたけど、やっぱ人間なら調理!焼きです!
そこで火を起こし、とりあえず焼いてみようと思い至りまして...
今、火起こしに悪戦苦闘中です。
……火って、どうやってつけるんだっけ。
いや、知識はある。
木と木をこすったり、石を打ち合わせたり。
ほら、そういうやつだ。
「……つかねぇ」
手に持った石を、もう一方の石へぶつける。
”カチッ!”
”カチッ!”
欠けた。
火は出ない。
〈何してるんですか?〉
「文明を取り戻してます」
〈壮大だな〉
石を置く。
違う。何かが違う。
たぶん、石にも向き不向きがある。
しかし今の俺には、どれが火を起こせる石なのか分からない。
となると、木か。
俺は近くで拾った枝を、平たい木片に押しつけた。
両手で挟んで、回す。
ぐりぐり。
ぐりぐりぐり。
「……これ、現実でもやったことねぇんだよな」
枝の先が、つるっと滑った。
もう一回。
ぐりぐりぐりぐり。
手が下までいく。
持ち直す。
また回す。
……疲れる。
猪との戦闘後にやることではない。
「火って、偉大なんですね……」
〈魔法使いの配信だと普通に着火してた〉
〈こっちは指先から出ました〉
「いいなぁ! 俺の指、十本あるだけなんですけど!」
〈十分だろw〉
思わず自分の手を見る。
小鬼の小さな手。
握れば、岩背猪とも戦える拳になる。
けれど、小さな火一つ出せない。
能力の偏りがひどい。
しばらく枝を回してみたものの、煙どころか匂いも変わらなかった。
「……はい。休憩!」
木片を置き、空を見上げた。
腹が鳴る。
横には、さっき切り分けた猪の肉。
持っていたのは棍棒だけなので、薄く剥がれた石を使って、どうにか切ったものだ。
肉一切れ手に入れるのにも、随分と苦労した。
その成果が目の前にある。
食える。
今すぐ食える。
……生だけど。
「いや、今日は焼くって決めたんだ」
〈昨日もそう言ってた?〉
「昨日は昨日。今日は今日です」
俺は立ち上がった。
近くの木の下まで歩き、枝を拾い直す。
今度は地面に落ちていたものではなく、枯れて乾いた細い枝を選ぶ。ほぐせそうな枯れ草も集めた。
太い薪にいきなり火をつけようとしていたのが、そもそも間違いだった気がする。
まず、小さいものから。
「……戦闘なら分かるんですけどね。こういうの」
相手が何をしてくるか。
どこなら攻撃が通るか。
そういうことなら、考えられる。
火は何もしてこない。
何も起きないから、合っているのかさえ分からない。
〈その枝、回すなら上から押さえるものいるんじゃない?〉
「……あぁ」
両手で回しているだけだと、押しつける力が続かない。
さっきから先端が滑っていたのも、そのせいか。
俺は荷物を見回した。
角兎の角。
ひびの入った棍棒。
拾った石。
枯れ草。
……なかなか原始的な持ち物だな。
その中から、片面がへこんだ石を拾う。
枝の上にかぶせ、片手で押さえる。
「問題は、どう回すか……」
考えて、木片に押しつけている枝へ目を落とした。
手のひらで往復させるより、何かを巻いて引けば――。
「紐が欲しいな」
〈腰巻き〉
「嫌です」
〈即答〉
「まだ冒険始まったばっかりなんで。失うものは選ばせてください」
仕方なく、手で回す方法に戻した。
木片の浅いくぼみに枝先を収める。
今度は滑らせないよう、体重をかけながら回した。
両手を下へ。
すぐ上へ戻す。
また、下へ。
肩が痛い。
腕も重い。
けれど、少しずつ、木片に黒い粉がたまっていく。
「……お?」
匂いが変わった。
焦げたような、乾いた匂い。
細い煙が上がる。
〈煙!〉
〈出てる〉
「見えてます! 今ちょっと忙しい!」
止めたら終わる気がした。
歯を食いしばり、そのまま回す。
黒い粉の一部が、赤く光った。
「……できた?」
枝を離す。
煙は、まだ消えない。
俺は息を止めるようにして、火種を枯れ草へ移した。
そっと包む。
顔を近づけ、息を送った。
ふうっ。
煙が顔へ来る。
「げほっ!」
〈大丈夫か〉
「大丈夫。まだ大丈夫……」
目がしみる。
それでも、もう一度。
弱く、長く。
枯れ草の奥が赤くなる。
やがて、小さな炎が上がった。
「ついた!」
慌てて、用意していた細枝の下へ置く。
枝が一本、燃える。
次に、もう一本。
ぱち、と音がした。
俺はしばらく、黙ってそれを見ていた。
火だ。
何の変哲もない、小さな焚き火。
その前に座っているだけで、妙にうれしかった。
「……猪倒したときより、達成感あるんですけど」
〈おめでとう〉
〈文明復旧〉
〈見てるこっちまで力入ったわ〉
「ありがとうございます。これでようやく、飯です」
細い枝に肉を刺す。
火の上へ差し出す。
じっと待つ。
肉の表面が、少しずつ色を変えていった。
脂が浮く。
一滴落ちて、火が小さくはぜた。
「おぉ……」
匂いがする。
生肉のときとは違う、焼けた脂の匂い。
腹が鳴った。
さっきから何度も鳴っているけど、今のは一番大きかった。
肉をひっくり返す。
もう少し。
焦げそうになったら、火から離す。
何度か繰り返してから、端を小さく割って中を見る。
「……よし。今度こそ」
軽く息を吹きかけ、かじった。
「熱っ!」
〈知ってた〉
口を開けて、少し冷ます。
それから、ゆっくり噛んだ。
硬い。
思ったより、ずっと硬い。
けど、噛むたびに脂と肉の味が出てくる。
「……うま」
塩はない。
タレもない。
少し焦げているし、形だってぐちゃぐちゃだ。
でも、うまい。
自分で倒して、切って、火を起こして焼いた肉だ。
俺はもう一口かじった。
〈うまそう〉
〈腹減ってきた〉
「皆さんも、ぜひ」
〈火起こしから?〉
「肉買うところからでいいです」
食べながらステータスを開くと、スタミナが回復し始めていた。
〈健啖〉も、ちゃんと働いているらしい。
「……こういう種族特性も、いいですね」
戦闘中は、怪力ばかり気にしていた。
でも、いっぱい食って、また動ける。
今の暮らしだと、結構ありがたい。
残りの肉も枝に刺して、火のそばへ並べた。
小さな焚き火。
その周りに、猪肉の串。
俺は満足して、うなずいた。
「だいぶ生活が整ってきましたね」
〈家は?〉
肉を持つ手が止まる。
背後には、ただの岩山。
頭の上には、空。
少し考えてから、もう一口かじった。
「……まず、食事からです」
家はない。
武器も壊れかけ。
配下もいない。
でも、焼いた肉はある。
今日のところは、かなりの前進だと思う。




