1.覚醒
鈴木守。大学を卒業後、商社の営業マンになった。希望していた職種についたわけではない。大学在学中に就職の内定をとるのに懸命になっていたが、なかなか就職口もみつからず、やっと採ってもらえたのが中堅の商社だった。
なんとか営業マンにはなれたが、営業成績は上がらなかった。それはそうだ。小学生のことから社交性は乏しく、友達もろくにいなかった。部活動は運動部ではなく、文化部だった。大学に入れるだけの頭はあったので、なんとか一流ではない大学に進学することが出来た。
就職は出来たものの、その会社も倒産してしまった。新しい就職先は見つからず、引きこもりになってしまった。しかし、毎日何かは食べないと生きられないので、コンビニに出かけたときだった。
交通事故に遭ってしまった。突然のことだった。救急車のサイレンの音が聞こえた。病院に運ばれるようだ。
◇
目を覚ますと、見知らぬ場所に居た。病院の治療室や病室には見えない。引きこもった自分の部屋でもない。部屋というには広すぎる空間。ダブルベッドより大きなベッドに自分は横たわっていた。
「ここはどこだ。・・そして、俺はどうなっている・・」
「お目覚めですか?」
近くから女の声がした。母親の声ではない。もっと若い女の声だった。守は一人っ子で、姉も妹もいない。まして彼女など、居たことがない。
体に痛みは無い。意識は覚醒をはじめている。
ベッドで体を起こすと、ベッドの傍に若い女が控えていた。
え? どうなっている・・。
「ここはどこ?・・きみは誰?・・」
守は女に聞いてみた。すると
「お忘れですか? 私はペレニス。そして私の愛しいご主人のビースト様」
「ビースト?・・」
「はい」
ペレニスという女が愛しい目で教えてくれる。歳は20歳代?そう、年上には見えない。
「ビーストとは俺のことか?」
「はい」
辺りを見回す。大きな部屋だ。部屋というより、どこかの会場にような広さだ。俺は夢を見ているのか・・そうに違いない。
そう、思い出した。俺はコンビニに行って前の道路で自動車に轢かれたはずだ。・・そして救急車が来て、それに載せられて・・あとは思い出せない。・・病院に運ばれて、夢を見ている?・・見知らぬ場所といい、名前といい、美女も居る。・・まさか、死んで、生まれ変わった?
守は近くに大きな鏡があることに気づいた。ベッドを降りて、鏡に向かう。そこに映った自分の姿を見て、守は絶句した。
「髑髏・・そして体は骨?・・これが俺・・やはり俺は死んだのか?・・転生してこのような姿に?・・」
守の友達はテレビや小説本だ。異世界物も見たり読んだりしている。そして主人公たちが、死んだ後、別の世界で新しい命をもらうような話も多くあったように覚えている。まさか自分も・・。異世界に転移した?・・。
女が、ペレニスが、不思議そうな顔をして守を見ていた。
「あ・・あなたは、女神?」
思わず聞いた。
「いえ、私はビースト様に仕えるペレニスです」
「・・あ、そう」
飲み込めない。・・状況が全然飲み込めない。
これが夢であっても、異世界に転移したとしても、自分に仕える者が居ることは間違いないようだ。でも、何で俺は髑髏なんだ。
「ここはどこなんだ」
守が聞くと
「ここはマルケドーラ帝国の宮殿の中です」
とペレニスがこたえた。
「マルケドーラ帝国?・・」
記憶はない。今までに見聞きした異世界に、そのような国はない。
「お目覚めになったようですね」
男が現れた。若くも無い。が、中年や老人でもない。
「でもまだ、覚醒はしていないようで、自分の名前も思い出せないようなの」
ペレニスが現れた男に言った。
「そう・・ですか」
男は残念そうな顔をしていた。
状況はまだ何も飲み込めていないが、ペレニスが俺に仕える者といっていたことからすると、この男もそういう者なのだろう。
「名前だけでも聞いておこうか」
守が言うと男が
「では僭越ながら私から紹介させていただきます。私はダークデビル(黒悪魔)のイヴァンと申します」
とイヴァンが方膝をついて挨拶すると
「あらためまして、私はペールデビル(白悪魔)のペレニスです」
とペレニスも同じように挨拶した。
「デビル?」
ということは、二人は悪魔?
「はい。私たちはアンデッドであるビースト様に仕える悪魔です」
やっぱり。・・そして俺はアンデッド?
「アンデッド?・・」
守はイヴァンに自分がアンデッド言われた。
「ペレニス、ビースト様は、まだ覚醒していないのを私も確認した。しばらくビースト様の世話を頼めるかな?」
「もちろん、喜んで」
「では私は失礼します」
イヴァンは気をきかせるように出て行った。
ペレニスが
「ビースト様、私がビースト様のお世話をさせていただきます。何でも申しつけてください」
「申し付けてって・・」
困った。何を頼めばいいんだ?
まだ今の自分のことを理解していないし、異性にも慣れていない。傍に居るだけでとまどってしまう。異性に寄り付かれた経験すらなかった。そんな俺は異性が傍に居るだけでとまどってしまう。・・悪魔らしいけど。
「ああ・・では、俺、いや私は自分のことを何も思いだせない。ペレニスの知っていることを教えてもらえるか?」
「はい、喜んで。では、ビースト様と私たちの関係からお話しましょうか」
ペレニスが話してくれた。
◇
数百年前、世界は多種な生き物が存在し、生死をかけて争っていた。地上に降臨したビーストが、それぞれの縄張りをつくらせ異種間の争いを鎮めた。そして力を使い果たしたビースは深い眠りについた。
ビーストに仕えていたペレニスたちは、ビーストの守護者として、眠りに入ったビーストを守ってきた。
ということらしい。
「そして俺は、そのビーストとして、この世界で蘇ったと言うことか。ちなみにペレニスはいくつだ」
「え?何がですか?」
「歳だよ。女性に歳を聞くのは失礼だとは思うが」
「生まれてからどのくらいか?ということでしょうか。正確には把握していませんが、500年は経っていると思います」
「500年?・・熟女の域も超えているような、いや、失礼。そうか」
人間の平均寿命は年々伸びているようだが、どんなに長くても120歳までという話を聞いている。ペレニスもイヴァンも悪魔だと言った。それなら、どんなに生きていても不思議ではないのかもしれない。では、アンデッドとして生まれ変わった俺は?・・アンデッドは生きた屍らしい。つまり生きてはいない。ということは寿命はないということか。え、俺はこれからどうなるんだ?




