第19話:乙女ゲーム脳(笑)へのスパルタ教育 〜勉強という名の現実調教〜
「ヒッ……! ひぃぃぃぃぃ! 許してください真理子様! 私、もう『異世界転生してイケメンに愛される妄想』なんて二度としませんからぁぁぁぁぁ!!」
帝都高校の校舎裏にある、元・生徒会資料室(現在は葛貫真理子専用・集中学習ルーム)。
重厚なオーク材のデスクの上には、山のように積み上げられた『チャート式数学』『ターゲット1900』『過去問10年分』の山。
その中央で、パイプ椅子に縛り付けられた(※自発的に逃げ出せないよう周囲を参考書の塔で囲まれた)少女——白鳥花音ちゃん(15歳)が、滝のような涙を流しながら叫んでいた。
「甘いですわ、白鳥さん。涙を流している暇があったら、その手で『フォーカスゴールド』の例題125(確率の最大値)を解きなさい。制限時間はあと45秒ですの」
私は黒縁の伊達メガネを指でクイと押し上げ、ストップウォッチを片手に冷徹な笑みを浮かべた。
私、葛貫真理子、15歳。私立帝都高校1年生。
先日の入学式。
自分を「乙女ゲームの転生ヒロイン」と思い込み、私を「悪役令嬢」と呼んでイタい妄想を振りまいていた転生仲間(笑)の白鳥花音。
彼女の脳内にへばりついた「甘いファンタジー脳」を叩き潰し、現代日本の厳しい現実(偏差値競争)へと引きずり戻すため、私は彼女に【放課後スパルタ学習プログラム(物理的・精神的調教)】を施すことを決意したのだ。
(ふふふ……前世でブラック企業の過労死社員だった私を甘く見ないでちょうだい。過労死寸前の土壇場で叩き込まれた「新人研修」と、今世の母のバグで得た「超人的プロファイリング能力」。この二つを組み合わせれば、どんなお花畑脳の女子高生でも、1ヶ月で東大模試の判定をDからAに引き上げる『受験マシーン』に再起動できるわ!)
「ほら、白鳥さん。手が止まっていますわよ? 集中力が切れたのなら、脳の血流を良くするために『ターゲット1900』の単語を1語1秒で暗唱していただきましょうか。……101番、『eliminate』の意味は?」
「え、えっと……『排除する』……!?」
「102番、『substitute』は!?」
「『代用する』!!」
「103番、『乙女ゲームの甘い妄想』は!?」
「『現実に何の足しにもならない無駄なゴミ』ぃぃぃぃぃ!!」
「大変結構ですわ。正解です」
私は満足げに頷いた。
1. スパルタ調教の始まり 〜現実の鉄槌〜
そもそも、なぜ私がここまで手塩にかけて(?)彼女をスパルタ教育しているのか。
理由は単純である。
この白鳥花音という少女、一般入試の最低点スレスレで帝都高校に滑り込んだものの、入学直後の実力テストで【学年最下位(280人中280位)】という恐ろしい数値を叩き出したからだ。
帝都高校は東大合格者数日本一の超進学校。
学年最下位の生徒の担任になったのは、よりによってあの「学年主任(ローン残り30年の既婚者)」だった。
『葛貫さん……頼む! 白鳥さんがこのまま赤点を取って留年したら、私の賞与がカットされて我が家の住宅ローンが焦げ付いてしまうんだ……! 君の観察眼と学習指導力で、彼女をなんとか人並みの偏差値にしてくれぇぇぇ!』
職員室で涙ながらに頭を下げられた私は、仕方なく彼女の「教育係(調教担当)」を引き受けたのである。
「いいですか、白鳥さん。あなたが『転生ヒロイン(笑)』としてイケメン攻略対象に抱きつこうとしていたあの行動……現実のプロファイリングで見れば、単なる『不審者による人身事故の未遂』ですのよ」
「うぐっ……! だって……だって乙女ゲームでは、角で食パン咥えてぶつかればイベントが発生するって……!」
「発生するのはイベントではなく『校則違反による反省文の山』と『保護者呼び出し』ですわ。現実に王子様は降ってきません。降ってくるのは『期末テストの赤点通知』だけです!」
バシィィィィン!!
私は赤ペンでデスクを叩いた。
「ひぇぇぇぇぇぇ! ごめんなさいごめんなさい! 私、もう『イケメン生徒会長との秘密の放課後』なんて望みません! 英文法を覚えますからぁ!」
花音ちゃんは涙目でシャープペンシルを爆速で走らせ始めた。
(ふふ……だいぶ『現実』の感覚が戻ってきたわね。だけど、まだまだ甘いわ。彼女の潜在能力を極限まで引き出すには、さらなる『刺客』が必要ね)
2. 一条華乃と神楽坂美羽による「追い込み」
ガラリと資料室の扉が開いた。
「真理子様、差し入れの高級エスプレッソをお持ちしましたわ。……あら、まだそのガラクタ(白鳥さん)の再教育が終わっていませんの?」
優雅な足取りで入ってきたのは、一条グループの令嬢・一条華乃ちゃん(15歳)。
後ろには、タキシード姿の執事・黒木が、特注の「学習効率向上アロマ」を炊きながら控えている。
「あ、一条さん……! お願いです、助けてください! 真理子様が……真理子様が私を人間じゃなくて『受験計算機』に改造しようとしてるんですぅぅ!」
花音ちゃんが華乃ちゃんにすがりつこうとしたが、華乃ちゃんは冷たい一瞥をくれた。
「見苦しいですわね、白鳥さん。真理子様が直々に家庭教師をしてくださるなど、一条グループの総力を挙げても買い取れないほどの『至高の価値』ですのよ? それを『調教』などと表現するとは……万死に値しますわ」
「ひっ……!」
「ちなみに、もしあなたが次の小テストで90点以下を取った場合……一条グループの傘下にある『北海道の極寒学習合宿所』へ強制送還の手配が完了しております。そこでは氷点下10度の部屋で、暖房代わりに『東大赤本』を読まされることになりますわ」
「笑顔で恐ろしいこと言わないでぇぇぇぇぇ!」
さらに、扉の陰から静かに現れたのは、ハリウッド女優・神楽坂美羽ちゃん(16歳)だった。
「白鳥さん。私の演技指導も受けてもらうわね」
「美羽様……!? 演技指導って何ですか……!?」
「あなたが『勉強が苦しい』と思った瞬間に、私の『迫真の絶望の演技』を目の前で披露してあげるわ。……人間ね、本物の絶望的な演技を間近で見せられると、恐怖で脳内麻薬が噴出して、集中力が5倍になるのよ」
「それただのトラウマ植え付けじゃないですかぁぁぁぁぁ!!」
真理子:プロファイリングによる超効率的カリキュラム(逃げ場なし)
華乃:逃亡を許さない物理的・財力的包囲網
美羽:精神を追い詰める極限のメンタルハック
完璧な三位一体の「調教システム」。
白鳥花音の「乙女ゲーム脳」は、この三人の天才女子高生の手によって、みるみるうちに粉砕され、純粋な「学力パラメーター」へと変換されていった。
3. 覚醒・白鳥花音 〜妄想少女から偏差値モンスターへ〜
スパルタ指導開始から2週間。
資料室にこもっていた花音ちゃんの雰囲気が、明らかに変わり始めていた。
かつてのピンク色のツインテールはしっかりと結い直され、無駄に短かったスカート丈は校則通りに直されている。
彼女の目は、かつての「少女漫画のようなお花畑の光」ではなく、「過去問を解き明かすハンターの眼光」へと変貌を遂げていた。
「……真理子様。この数学IIIの微分方程式……一見すると複雑な合成関数ですが、『x=tanθ』と置換積分することで、わずか3行で解に辿り着けますわね……?」
「……正解です、白鳥さん。素晴らしい観察眼ですわ」
私は静かに微笑んだ。
(……凄いわ。彼女、根が「思い込みの激しいオタク」だった分、一度集中力のベクトルを『勉強』に向けさせたら、恐ろしいスピードで知識を吸収していく……! 前世の知識(笑)で乙女ゲームの攻略情報を丸暗記していた記憶力が、そのまま『英単語と歴史の年表暗記』に横滑りしたんだわ!)
「ふふふ……見えます……見えますわ……! 駿台全国模試の偏差値70の壁が……! イケメン攻略対象の顔よりも、微分積分の解法グラフの方が遥かに美しく思えてきましたわ……!」
花音ちゃんが、シャープペンシルを指でカチカチと鳴らしながら不敵に笑う。
(あ、ヤバい。調教しすぎて『勉強中毒(ペン依存症)』になっちゃった……!)
「白鳥さん、少し休憩しましょうか? 温かい紅茶でも——」
「不要です真理子様! 休憩している5分の間に、全国のライバルたちが『ターゲット1900』を5ページ覚えています! 私は……私は帝都高校のトップ層に追いつき、真理子様の第一の臣下(学習部門)になって見せますわーーーーっ!」
「「「おお……!!」」」
後ろで見守っていた華乃ちゃんと美羽ちゃんが、感銘を受けたように手を叩いた。
【ネットの反応(帝都高校の裏掲示板)】
『【悲報】学年最下位だった乙女ゲームツインテールちゃん、葛貫真理子様の指導で覚醒』
『この前の実力テストで数学100点取って学年10位に入ってて草』
『真理子様、人間を受験マシーンに改造する能力まであるのか……』
『うちのクラスの不登校児も真理子様に調教してもらいたいんだが』
4. 母・智恵子の乱入と、現実的(?)なバグ
花音ちゃんの見事な更生(調教完了)を祝して、私たちが資料室でささやかな茶話会を開こうとした、その時だった。
バコンッ!!
資料室の重厚なドアが、景気よく蹴り開けられた!
「マコちゃ〜〜〜〜ん! 花音ちゃ〜〜〜〜ん! 勉強がんばってる〜〜〜〜!?」
(げぇっ……!! お母さん……!? だから学校に不法侵入するなって言ってるでしょうが!!)
着物姿に缶チューハイを片手を持った母・葛貫智恵子(39歳)が、ガハハと大爆笑しながら入ってきたのだ!
「お母さん! 今は花音ちゃんの集中学習が終わったところなの! 余計な邪魔をしないで!!」
「やだぁ〜マコちゃんたら冷たいわねぇ〜! あらぁ、花音ちゃん! 顔つきがすっかり『ガリ勉』になっちゃって〜! 乙女ゲームのお話はもういいの〜?」
花音ちゃんは、ビクッと体を震わせると、深々と智恵子にお辞儀をした。
「お母様……ご心配なく。私は真理子様のご指導により、愚かな乙女ゲーム脳を脱却いたしました。これからは『東大理一合格』のみを目指す、健全な受験生として生きていきます!」
「まぁぁぁ〜! すごいわねぇ〜! 15歳で東大を目指すなんて、偉いわぁ〜!」
智恵子はウインクすると、いつものように現実の法則を過剰に肥大化させる「最大級の大風呂敷」をぶち上げたのだ!
「でもねぇ〜花音ちゃん! 東大合格くらいで満足してちゃダメよ〜! うちのマコちゃんの指導を受けた生徒ねぇ! 『日本中のすべての国家試験・全大学の入試問題を0.1秒で満点解答し、文部科学省の全教育カリキュラムを一人で執筆・改訂する、人類史上最強の教育の神(超スーパー家庭教師)』になるのよ〜〜〜っ!」
(一気に『超スーパー家庭教師』まで盛るなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!)
私は叫び声を上げながら、資料室のフカフカの絨毯の上に突っ伏した。
全入試問題を0.1秒で満点!? 文科省のカリキュラム改訂!?
過剰! 教育のスケールが国家レベルになっちゃってるじゃん!! なんでただの「補習指導」から「国家の教育神」にまで飛躍するんだよ!!
ズキュゥゥゥゥン!!
頭蓋骨の奥で、日本の全教育課程、過去50年の入試データベース、教授法の極意、そして「相手の弱点を1秒で割り出して偏差値を30引き上げる超教授スキル(バグ)」が、怒涛の勢いで私の15歳の脳みそにダイレクトインストールされていく!
(あぁぁぁぁぁぁぁ!? 脳みそに『予備校のカリスマ講師陣と文部科学省のトップ』が同時に殴り込んできたー!?)
「真理子様……!? お顔色が真っ青ですが……!?」
花音ちゃんが心配そうに覗き込んでくる。
頭痛が治まった私は、黒縁メガネを静かに外し、可憐だがどこか「国家の教育を統べる者」の威厳を漂わせて立ち上がった。
「……白鳥さん」
「は、はいっ! 真理子様!」
「東大理一……などと言わず、来週の『駿台全国模試』で、全国1位(満点)を取っていただきますわ」
「「「全……全国1位ーーーーーー!?!?」」」
資料室にいた華乃ちゃん、美羽ちゃん、そして花音ちゃんが声を揃えて叫んだ!
5. エピローグ:新たな野望と、終わらない現実(社畜)
数ヶ月後。
全国模試の速報掲示板。
そこには、恐ろしい結果が貼り出されていた。
【全国1位(満点)】:葛貫真理子(帝都高校1年)
【全国2位】:一条華乃(帝都高校1年)
【全国3位】:神楽坂美羽(帝都高校1年)
【全国4位】:白鳥花音(帝都高校1年)
学年最下位だったはずの白鳥花音は、見事に「全国4位」という化け物じみた数値を叩き出し、帝都高校の伝説となった。
「真理子様……! 私、やりました! 全国4位です! もう乙女ゲームのヒロインなんてどうでもいいです! 私の生きがいは『真理子様の作る模擬問題を解くこと』です!」
花音ちゃんは目がハートマーク(※勉強への執着)になりながら、私に抱きついてきた。
(……うん、まあ……乙女ゲーム脳から脱却してくれたのは良かったけれど……完全に別の方向(勉強マシーン)に依存されちゃったわね……)
私がやれやれと苦笑いしていると、廊下の向こうから学年主任の先生が、文部科学省の役人たちをゾロゾロと引き連れて走ってきた。
「葛貫さん!! 大変だ! 君の『超・効率的学習プログラム』を聞きつけた文科省の役人たちが、『日本の教育改革の最高顧問になってくれ』と押しかけてきたぞ!!」
(えぇぇぇぇぇぇぇ!? 文科省の最高顧問!? 私、これから友達と放課後スタバに行って新作のフラペチーノを飲む予定なんですけどーーーーー!!)
「普通の高校生としてFIRE生活を送る」という私の夢は、またしても母の大風呂敷によって遠のいていく。
だが、隣で目を輝かせる花音ちゃん、華乃ちゃん、美羽ちゃんたちの笑顔を見て、私は小さく息を吐いた。
(……まあ、いいわ。前世の社畜時代に比べれば、友達と一緒に勉強して、教育改革をするくらい……なんてことないわね!)
「文科省の皆様。私の指導料(コンサルティング料)は少々お高いですわよ?」
私は15歳の知的な微笑みを浮かべ、新たな「現実の仕事」へと足を踏み出すのだった——。




